パン屋のポーラと画家のリュシアン⑤
ハンスはリュシアンが話してくれることに安堵して、傾聴するために再び姿勢を正す。
「あれは大体一年くらい前だったなぁ~。私はブロンツから芸術と学問の街として有名なこの街に来たんだ。私は地元では有名なアカデミーも出ていて、それなりに自身をもって来たんだが、この街には私程度の技術をもった画家なんてたくさんいて......少々自信を失って落ち込んでた時期にポーラさんに出会った」
リュシアンにつられて、ハンスも噴水の方を見る。噴水の鳥たちは可愛らしい鳴き声をあげながら噴水の水を飲んでいる。
「何気なく、たまたま見つけたパン屋でパンを買ったんだ。そこにポーラさんがいて、パンを渡す時に私が落ち込んでるのがわかったのか、サービスだと言って子袋に入ったクッキーをくれたんだ。それは彼女の何気ない気遣い......接客の一環だったのかもしれない。でも私には、あの時のその優しさがすごく嬉しくて......あの時の彼女の優しい笑顔に強く惹かれてしまった」
晴れているせいか、少し温かい風が拭き、話しているリュシアンの長い前髪がたなびく。
ハンスはそんなリュシアンを見ながら尋ねる。
「それで、ポーラさんに惚れたんですか」
尋ねられたリュシアンは水を飲み終えた小鳥を追って、今度は空を見ると首を振る。
「いや、きっかけはそれだったけど、その日からパン屋に通うようになって彼女のいろんな面を知るようになってから本気で惚れたな。ポーラさんが麗しいのはもちろんだが、誰にでも分け隔てなく優しいところや、子供のいないミュラー老夫婦の代わりに店を守れるように努力してる所とか。彼女の事を知るたびに惹かれて行ったんだよ......」
リュシアンの言葉を聞きながら、ハンスはかずさの事を思い浮かべた。かずさに惹かれたきっかけは妹の手紙を見つけてくれたことだが、それから共に過ごすうちにかずさのお人好しな内面や、食べることが好きなこと、戦闘中の凛々しさなどいろんな面を知って、気づけば好きになっていた気がする。
「あ、で、なんで私がプロポーズし続けるか......だっけ」
ハンスが聞きたい本題をリュシアンが確認してきたため、ハンスは思考を現実に引き戻して答える。
「はい。リュシアンさんはポーラさんの気持ち、知ってるんですよね......。なのになんで続けるんですか」
その質問を聞いたリュシアンは空を向いていた顔をハンスに向け、穏やかな表情で答える。
「それは違うよ、ハンスちゃん。知ってるからプロポーズしたんだ」
予想外のリュシアンの答えにハンスの頭に疑問符が浮かぶ。
「?どういうことですか」
リュシアンは話を続ける。
「傍から見てポーラさんの態度はわかりやすい。けど、あのトロックナーって人、気づく気配もない。というかそもそも対象外って感じなんだよなぁ。あの人奥さん、失くしてるんだろ?きっとまだ、あの人は奥さんを想ってるんだよ。それで、ポーラさんもそれが分かっているから何も言わない......でもそれって、辛すぎないか」
トロックナーの態度は確かにポーラを昔から知っている近所の子供、程度にしか見ていない感じだった。ハンスに向ける態度と変わらない。ポーラの想いが報われる事は簡単ではないだろう。
リュシアンは再び噴水の方を見ると、その決意にも似た想いを口にした。
「だから私は伝えたかったんだ。私の想いと一緒にポーラさんに、彼女を大切に思ってる私という存在がいる事を」
リュシアンが想いを伝え続ける理由をハンスは今、理解した。
ポーラのその想いを知ったからこそリュシアンは自分の存在と想いを伝える事にしたのだ。
ずっと貴方を見ている、大切にしている存在がここにいると、そう示すために。
「だから私は私の気持ちを伝え続ける。迷惑なのは百も承知だ。でも私はやめないよ。本気で拒まれるまではね」
ポーラはリュシアンのプロポーズを断りはしたものの本気で嫌がっているわけではなさそうだった。
リュシアンのその気持ちは伝わっていないわけではないのだ。
ポーラとリュシアンの二人は相手を思うがためにそれぞれ対照的な行動をとっている。
ポーラはトロックナーの気持ちを思うあまりに自身の想いを伝えることをせずに、想いを胸に抱え、ただ見守っている。
一方のリュシアンはポーラを思い、あえて想いを伝え続けることにした。
どちらが正解か、という答えはないだろう。どちらも相手を思えばこその行動だ。
「ってことだ、ハンスちゃん。参考になったか」
リュシアン言葉をかけられたハンスは頷いて答える。
「はい......なんか、腑に落ちました。答えてくださってありがとうございます」
感謝を述べたハンスの肩をリュシアンは掴むと耳元でささやく。
「告白するときはストレートに自分の気持ちを言わないと伝わるもんも伝わらないぞ。あの黒髪の子とか特に鈍感そうだしな」
「っ!!な、なんで知って......」
ハンスはベンチから反射的に立ち上がると、顔を赤らめながらリュシアンを見る。
そんなハンスに対してニヤニヤと意地悪そうに笑うリュシアン。
「わかりやすいな~ハンスちゃんも。ま、頑張れ」
「......。あ、ありがとうございましたっ!」
ハンスはそれ以上何も言えず、急いでリュシアンから離れると食堂の方向に向かって歩いていく。
そんなハンスの後姿をリュシアンは少し見てからまたキャンバスにペンを滑らせた。
なかなか話が進まないで申し訳ないっ!でもあと二週間くらいでまとまった時間できるので、その時にどんどん進めるつもりです。
次回は月曜の朝七時までには投稿予定です。よろしくお願いします。




