食堂の看板娘
タイトルが定まりません。。完結したらつけさせてください。。とりあえず、このままでお願いします。
エレナは自分が着ている服と同じものをかずさに見せる。
それは街行く女性たちが来ている伝統服である。ブラウスにコルセット風の胴衣、スカート、腰にエプロンという意外にシンプルな作りで、胴衣で腰を締めることにより少々胸が強調される。
さらにエレナが用意したそれは街で見た普段着とはちがい、装飾が派手な接客用である。スカートがふわりと広がり、足も大胆に見える仕様だ。
かずさは今まで着たことのない、女性らしい服に気後れする。
「あ、あの親方さんのようにエプロンだけじゃだめですか」
「何言ってるの!かわいく着飾ってたくさん客を呼び込んでもらわなきゃ」
「あぁ…」
恩返しのためだ、恥ずかしいが受け入れるしかない。悟ったかずさはしぶしぶ承諾した。
エレナは続けざまにかずさに尋ねる。
「で、どの色がいい?」
せめて派手じゃない色にしようと、濃緑の衣装を選んだのだが、
「せっかく着るのに何でこんな地味な色なの。却下」
早々に棄却された。
「アンタには…そうね。これなんかどうかしら」
エレナが引っ張ってきたのは白地のブラウスに茶色の胴衣、赤のチェック柄スカートだ。揃えてある衣装の中でも一際目を引くデザインだ。
明らかに顔が引き攣ったかずさに、エレナは圧のある笑顔で迫る。
「いいわね?」
「...…はい...」
かずさは泣く泣くその衣装を受け取った。
「いやでもさすがにこれは......」
「なーに今更怖気づいてんの。こんなにかわいい恰好見せなくてどうするの」
「似合ってないですよ...」
「自信持ちなって!最高にイカしてるわ!」
開店まであまり時間はない。二人はかなり長い時間奥の部屋に入ったままだったが、ハンス達には中の騒々しさがよく聞こえた。
何をしてるんだか、とハンスは部屋の扉をちらりと見る。
「あいつらおっせーな。おーい、そろそろ出てこないと間に合わねーぞ!」
レッカーが声をかける。すると、はいはーいというエレナの快活な返事と共に、二人は部屋から出てきた。
エレナに押されて出てきたかずさの姿にレッカーとハンスは驚く。
この地方の伝統衣装を着たかずさは、まさに可憐と形容するにふさわしい姿になっていた。
今まで地味な藍色の服を着ていたかずさは、赤いチェック柄のスカートを着ることで可愛らしさが際立ち、頭部の赤いリボンがキュートさをプラスしている。
あまり豊満でない胸もコルセットの補正により、それなりに見え、多少色気も出ている。白いニーソックスに焦茶色のハイヒール靴も服によく合っている。
薄い化粧も施され、下地と眉墨み、少しのチークとリップだけだが、以前とは違い、かなり垢ぬけた印象だ。
恥ずかしそうに短いスカートを隠すしぐさが初々しくて、見ている者になぜだか背徳感を抱かせる。
「おいおいおい、馬子にも衣装じゃねーか!よく似合ってるぜ」
レッカーはいつもの調子で豪快に誉める。
「でしょ~?!やっぱりアタシの見立てに間違いないわ!ハンスもそう思うでしょ」
エレナから話を振られたハンスはどういう訳か、かずさの恰好をじっと見たまま固まっている。
何も言わないハンスに、かずさは恥を忍んだ格好なのにやっぱり似合ってないのか、と俯いて落ち込んだ。
しかし、せめて正直な感想を聞こう、と間近で見てもらうためにハンスに近づく。
「…ハンス...似合っていないなら正直に言うんだよ...」
かずさは近づきつつも自身の恰好に更なる恥ずかしさを感じてちょっと泣きたくなる。
恥を忍び、忌憚なき意見のためにハンスの顔をしっかり見ようと顔を上げる。
かずさはハンスの目の前で図らずも上目遣いになってしまった。
それを見るや否や、ハンスは思わず全力で目を逸らした。
そのしぐさに落ち込むかずさだったが、ハンスの手が急に目の前に出された。
ハンスは腕で顔を隠しながらグッとサインを出している。彼なりの誉めサインなのだろう。
半泣きだったかずさも明るい表情になり、ハンスを見た。
「誉めてくれてありがとう、ハンス」
顔は普通だが耳を真っ赤にしたハンスは笑顔のかずさをちらっと見てまた顔を逸らす。
「いや、まあ、頑張れ…」
「うん」
他二人は、にやけ顔で一連のやり取りを見ていた。
昼時、街の飲食店は昼食を取る仕事中の者や学生たちで溢れかえる。
そんな中、学生たちも多く通う食堂「レッカーハウス」はいつにも増して大勢の客で賑わっていた。食堂内の席も、外にあるテラス席も満席になるほどの大盛況だ。
テーブルの間を縫って忙しく駆け回るのは赤いチェック柄のスカートを着たかずさである。
「こっちの注文おねがーい」
「はーい、ただいまー!」
「こっちもビール三つ頼むよー」
「はーい!」
あちこちから声を掛けられ引っ張りだこだ。
店の奥に引っ込んだかずさは大きなビールジョッキ八杯分を左手に持ち、右手には五皿のメインディッシュを器用に手と腕に載せて出てきた。
華奢な少女が到底持てないような量を軽々と持つ姿に周りから拍手が起こる。
「どうぞ、お待たせしました!」
眩しい笑顔でビールと食事を配るその姿に、ボーと見惚れる学生も少なくない。
席のあちこちからは「あの娘いいなぁ…」「癒される...」という声や「あの娘はまるでローマ神話の豊穣の女神、ケレースのようではないか...」「いやいやどちらかというと、ケルト神話のブリギットだろう...」
学生らしいオタクな会話も繰り広げられている。
当の本人は次々に入る注文をさばく事にいっぱいいっぱいで周りの目線や話し声など全く入ってこない。
「おーい、お嬢さんーって、ありゃりゃ。これはいつになく盛況だなぁ」
朝に橋で会ったロレンスが同僚と一緒に入り口に立っていた。
気づいたかずさは席に品を届けたついでに、ロレンスの前を通る。
「すみません、ロレンスさん、只今席がいっぱいでして…。お待ちいただければ席をご用意できるとは思いますが...」
「いやいいよ、また今度来ることにするよ。頑張りな」
「誘ったのに本当にすみませんっ。またよろしくお願いします!」
会話もそこそこに再び席に呼ばれて注文を取りに行く。
「かずさちゃん~こっちも手伝っておくれ~」
「はーい!」
店内から呼ぶエレナの声にまた店内へと向かうかずさ。
体力的には全く問題ないが、慣れない接客と常人の範囲で動かなければいけない、と気を張っているため、なかなかにハードである。
店への恩返しのためにと、接客中かずさが持つすべての愛想と愛嬌を振りまき続けた。
結果、うわさがうわさを呼び、多くの客(学生中心)が来てしまったというわけだ。
結局、営業時間中かずさとエレナの接客組は息つく暇もなく動き回り、ハンスやレッカーたち調理組もまた常にフライパンや包丁を持って作り続けることとなった。
昼時も終わり、店の昼休みの時間に入って一同は漸くゆっくりと息をつくことができたのだった。




