閑話 打ち上げ
お待たせして申し訳ないです!
決闘会場を出たハンスとかずさはティナの家に向かっていた。
かずさは長い赤髪を揺らしながら上機嫌で広場を歩く。
「打ち上げって何するのかな」
楽しそうに隣を歩くかずさにハンスは笑いながら答える。
「さぁな。豪華な料理が出てくるんじゃないか」
その答えに目を輝かせるかずさ。
「楽しみだなぁ!」
二人は雑談しながら歩いていると、程なくして目的地であるティナの家に着いた。
ティン達は既に家にいるらしく、灰色のスレートで覆われた家には明かりが灯っている。
ハンスが木造のドアをノックし、しばらく待つと中から無表情のマチルダが出てきた。
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
促され家の中に入った二人は部屋の中央のテーブルで、いつものように分厚い専門書を読んでいるティナを見つける。ティナは顔をあげると二人に笑顔を向けた。
「いらっしゃい。二人とも席に着いて」
そう言ったティナは椅子から立ち上がると、壁際に置かれた食器棚からワイングラスを三つ取り出す。
その間、マチルダはキッチンで食事の準備をしている。
ハンスは羽織っていたショールを、かずさはショールとかぶっていたかつらを椅子の背もたれに掛け、並んで座る。
ティナは二人の前にグラスを置くと、キッチン下の戸棚からワインボトルを数本取り出した。
ラベルにはハンスも見慣れた文字が。
『ワイナリー トロックナー』
ティナは手慣れたようにワインボトルの蓋を開け、かずさ、ハンスの順で横から注いでいく。
目の前で注がれる芳醇な香りを発する白ワインに二人は少し戸惑う。
「オレ、普段あんまり飲まないんだけど......」
「私、お酒は初めて......」
そんな二人にティナは不思議そうに尋ねる。
「二人とももう飲める歳でしょう?打ち上げなんだから今日くらい良いじゃない。それともワイン苦手だった?」
ハンスとかずさは首を振る。
「まあ、今日くらいいいか」
「そのボトル、店で見かけたことあるけどトロックナーさんのワインだよね。お客さんがいつも美味しいって言うし、飲んでみたい」
肯定的な二人の反応にティナは嬉しそうにして言う。
「そう来なくっちゃ!」
そんな三人の前に前菜代わりの酒の当てなのか、綺麗に盛り付けられた茹でた白ウインナーとチーズとトマトのカプレーゼが現れる。
静かに料理をテーブルに置いたマチルダは再びキッチンに戻る。
それを見たハンスはおもてなしを受けるだけでは申し訳ないと、慌てて椅子から立ち上がった。
「あ、オレも手伝いますっ」
キッチンから振り返ったマチルダが少し驚いたように目を開き、少し考えてから言った。
「では......私はミートパイの準備をするので、何か他にもう一品作れますか?そこにある食材なら何でも使っていいので」
ハンスはキッチンの上に並んだ野菜や卵などの食材を見て、その中の一つに目を留めた。大きくて立派な、秋が旬の食材、カボチャである。
「じゃあ、カボチャのスープを作ります。あと、オムレツもすぐにできるのでそれを作っても?」
それを聞いたマチルダは頷く。
「ではその二品をお願いします」
頷いたハンスは早速キッチンに行き、包丁とまな板を準備する。
残されたかずさとティナは顔を見合わせる。
「じゃあ、私はこのハンスさんのワインを飲むとして......私たちはしばらくお話でもしましょうか」
「いいね!あ、ついでに少し文字も教えてくれるかな」
「もちろん、いいわよ。ちょっと待ってて、物取ってくるわね」
そういうとティナは書斎部屋へと向かった。
一人テーブルに残されたかずさはキッチンに立つハンスに顔を向ける。
かずさは頬杖をついて、楽しそうに料理するハンスの背中を優しい眼差しで見つめた。
「お待たせしました!」
室内にミートパイの香ばしい香りと、カボチャスープの少し甘い香りが広がる。
注ぎ分けられたスープとオムレツ、ホール型のミートパイは同時にテーブルの上に置かれた。
美味しそうな匂いがする料理を前にかずさとティナの瞳が輝く。
少しワインを飲んだ二人はいつもよりも高いテンションで反応する。
「とってもおいしそうねっ!」
「すーーーごく美味しそう!すぐ食べよう!」
オムレツにスープとスプーンを置き終えたハンスはかずさの隣に座った。
すぐにマチルダはハンスの前にワインが注がれたグラスを静かに置く。
「手伝っていただきありがとうございました」
「あ、いえ、どうも」
感謝されるとは思わなかったハンスはぎこちない返事をしてしまった。
最後にマチルダは自らが用意した紅茶をカップに入れて持ち、静かに着席するとティナが席に着いた面々を見て言った。
「今日は皆ありがとう。そして、無事計画を完遂できたことに、乾杯!!」
一同はグラスとカップを打ち鳴らす。
「「「乾杯!」」」
一同は一口飲むと、各々料理に手を付ける。
かずさは最初にハンスが作ったカボチャスープをスプーンですくって口に入れた。
その瞬間、かずさの蒼い瞳が一際輝く。
「ん~~っ!甘くて、あったかくて、コクがあって......すっごい優しい味がするっ!美味しい~!」
ワインのせいかいつもより大げさにハンスの料理を褒めるかずさに、ハンスは照れて頬をかく。
「いや、それは言い過ぎだろう」
などと言いつつ、美味しそうに食べるかずさにまんざらでもないハンスはニヤける。
ティナとマチルダもスープを口にする。
「んっ。本当ね。すごく美味しいわ」
「はい」
同意する二人にかずさは食い気味に言う。
「そうなの!いつも家で作ってくれるご飯も店で作ってくれるまかないも美味しくて!ハンスが作る料理はなんでも美味しいんだよ。ほらっ、このオムレツも!......ふわっふわでおいしー!」
「そんな大したことじゃない......。あと落ち着いて食べてくれ」
オムレツを口に入れながら絶賛するかずさにハンスは再び照れる。
自分の料理を好きな人がおいしそうに食べる姿に自然と笑みがこぼれる。それこそ、一生見ていたい姿だ。
しかし、かずさを見つめるハンスは自分の気持ちが急に恥ずかしくなる。気を紛らわそうとワインを一気に飲み、切り分けられたミートパイを口に入れる。
入れた瞬間、サクッとした生地と口に広がる肉のうまみが口内に広がる。
「うっまっ!」
思わず口に手を当てて驚くハンスにかずさの前に座るティナがにやりとして言う。
「うちのマチルダもなかなかの腕でしょ」
「ティナ様。張り合うものではありません」
そう言って淡々とした口調でティナを諫めるマチルダは無表情ながらもいつもより少し顔が赤い。
かずさもパイを一口食べるとまたもオーバーな反応をする。
「ん~!このパイもすっごいジューシー!美味しい!そしてこのトロックナーさんのワインも美味しい~!」
パイを食べ進めるハンスもかずさの意見に同意する。」
「ああ、本当にうまい!ぜひ秘訣を教えてもらいたい!」
酒が回ってきたのかハンスもいつもよりも感情がこもった物言いだ。
自分の料理を褒められ馴れていないのか、ティナは若干俯き加減で小さく答える。
「ありがとう......ございます」
四人の打ち上げは美味い手料理を肴に大いに盛り上がった。
「じゃあ、私たちはこれで」
時刻は夜10時を回り、街はすっかり静まり返っている。
外でティナの玄関前に立つかずさは借りた革コートを羽織り立っていた。
同じく借りたコートを羽織ったハンスは肩をかずさに担がれている。
「まさか、ハンスさんがお酒に弱いとはね......」
苦笑するティナは玄関の枠に寄りかかって担がれたハンスを見ている。
担がれたハンスは顔を真っ赤にしていつもより大きな声を出す。
「オレは一人であるけるって言ってるだろォ~」
かずさから離れようとするが、ふらついて離れられない。呂律の回っていない様子はまさに酔っぱらいの言動そのものだ。
「ね。いつもはお母さんみたいにいろいろしっかりしてるのにね。おっと。大人しくしてよハンス」
その言葉にティナは困った様な顔をする。
「それは素面の本人には言わないであげて」
「え......わ、わかった」
まずいことなのだろうか、とかずさはすぐ横でふら付くハンスを見る。
「じゃあ、また」
「クリスティーナ様ぁ、ありがとうございましたぁ~」
「ええ。気をつけて帰りなさい」
酔いながらも律儀に礼を言って手を振るハンスとそのハンスを肩に担ぐかずさはティナの家を後にした。
半ばハンスの足を引きずりながら歩くかずさとハンスは門の前まで来ると馴染みの顔が二人に呼びかける。今日は夜の当番らしい門番のロレンスだ。
「おお~ハンスに嬢ちゃん~今日もいっしょーー」
陽気に声をかけるロレンスに、しっ、とかずさは人差し指を立てる。
肩に担いだハンスは辛うじて歩きはするものの、頭をがくんと何度も揺らして寝かかっている。
その様子に気づいたロレンスもやれやれといった顔でハンスを見る。
「おやすみなさい、ロレンスさん」
ロレンスの横を通り過ぎる際にかずさは会釈して小さく挨拶した。
ロレンスも小声で返す。
「ああ、おやすみ。気を付けて帰れよ」
かずさは笑顔を返して橋を渡っていく。
ようやく家に着いたかずさは扉を開け、まずはハンスをベットに横たえた。
ベッドの上で気持ちよさそうに眠るハンスの顔はあどけない。
ハンスの身体に静かに布団を掛けたかずさはハンスの髪をひとなですると小さくつぶやいた。
「おやすみ、ハンス」
かずさは立ち上がり、自室に戻る。
自分の持ち物が詰められた大きな背嚢から皮装丁の日記帳を取り出し机の上で開く。
ペンを持ち、月明かりをもとに日課の日記帳を記す。
三百三十二日
無事作戦は成功!ティナ達との打ち上げはご飯も美味しくてすごく楽しかった。ハンスはお酒に弱いみたい。
今日一日の事を思い出してかずさは笑う。
この街に来てからそんなに経っていないのに、この街での出来事は新しいことがいっぱいで、毎日が楽しくて、幸せだ。
でも、こんな日々は長く続かない。
ーーだけど、あと少しだけ、もう少しだけ、こんな幸せな気持ちでいさせてほしい。
かずさは寝巻に着替えてベッドの上に横になる。
ーーずっとこんな日々が続けばいいのに。
ささやかな願いを内に秘め、かずさは瞼を閉じた。
明日も、閑話のデート回。明々後日からは三章突入します!




