決着
先ほどのかずさの様子が変だったことを心配して不安そうに決闘場の下で見上げているティナとハンスは祈るような気持ちで見守る。
「始めっ」
三度目の始まりを告げる号令が出された。
またも号令と共に先に動き出したレオポルトは今度は明らかに腕を狙って横から切り上げた。
しかし、かずさは剣を両手で持ちそれを横で受け止める。
カキンッと剣が交わる音が響き渡った。
これまでのヨロヨロとした動きとは違い、両手でしっかりとレオポルトの剣を受けきった小柄な剣士に観客から歓声が上がる。
レオポルトは決闘に置いてかなりの実力を持っている。剣を振るう力も当然強く、まともに受け止められる者は滅多にいない。そんな実力者の剣を両手とはいえ押し負けもせず受け止めたことは、少なからず観客を驚かせた。
下で見ていた三人はこれまでにないかずさの行動に違和感を覚える。当然片手でも軽々受け止めたであろう剣撃をあえて両手で受け止めたのは、かずさがまだ演技を意識した行動ができ、多少冷静な証拠だ。
しかし、これまでに無いイレギュラーな動きに、ティナとハンスはかずさの動きを固唾を飲んで見守る。
そんな二人とは対照的にマチルダは珍しくも、一人笑っていた。
かずさはレオポルトの剣を受けるとそのまま剣を払い、相手の頭を付いた。
カーンという金属音が響き、レオポルトがよろけて後ろに後退する。
「.......は?」
突然の反撃に訳が分からない、と言いたげなレオポルトの声が鎧兜の中から漏れた。
さらに追うことはせず、かずさは静かに再び両手で剣を構える。
「おい......調子にのるなよ......」
思わぬ反撃に明らかに苛立ったレオポルトは剣を振りかぶり、再びかずさに襲い掛かった。
腕や、足など鎧で守られていない箇所に的確に切り込んでいく。
ーーが、かずさはそれをすべて見透かしているかのように次々と来る攻撃を剣で受けたり避けたりして全て防いでいる。
一向に当たらない攻撃を絶え間なく繰り出すレオポルトの息は徐々に上がっていく。
「なんだよお前、なんで当たらねぇんだよ!当たれよぉッ!!」
次第に雑になっていくレオポルトの剣をかずさは冷静にさばいていく。
観客も予想だにしない展開にいい意味で期待を裏切られたと歓声を上げる。
「いいぞー!」
「そのままやっちまえーーっ」
何度防がれてもめげずに打ち込むレオポルトは半狂乱的に叫ぶ。
「なんでなんだよ、なんで当たんねえんだよっ!」
息も絶え絶えなレオポルトの剣撃を受けたかずさは今度はそのまま鍔迫り合いに持ち込み、押し出した。
そしてかずさは剣を後ろに引くと、後ろによろけたレオポルトの首目掛けて思いきり突いた。
カーンッと金属音が再び会場に響き渡る。
一歩間違えれば、致命症になり得る強烈な一撃。
突きの衝撃でレオポルトはそのまま後ろに倒れてしまった。
倒れ込んだ地面からレオポルトは目の前の決闘相手であるはずのひ弱な医者の息子を見上げる。そこには得体の知れない存在が自分を見下ろしていた。
その存在はこちらに鋭い剣先を向けてくる。
「あ......あ、あぁ......」
レオポルトは完全に腰が抜け、声にならない声を出して目の前の鎧の人物を見上げる。
レオポルトの見上げた鎧兜の隙間から蒼く鋭い眼光が光る。
圧倒的強者の存在感。どちらかが狩人で獲物ならば、レオポルトはまぎれもなく狩られる側だ。
目の前の化け物は静かに低い声で告げる。
「君、他愛無いね」
目の前にいる小柄な人物から初めて感じる底知れない恐怖にレオポルトは我を忘れて面前の相手に剣を振り回す。
「来るな来るな来るなぁあぁああーーーっ!!!」
闇雲に振り回すレオポルトの一太刀がかずさの腕をかすめた。
切られた箇所の白いシャツが赤い血でにじむ。
「そこまでっ!」
審判の号令とともに決闘場に上がってきた医者が急いでかずさの傷を確認する。
「ふむ、この程度ならすぐ直るだろう。包帯だけ巻いておこう」
かずさが包帯を巻かれている間に、下で決闘の行方を見ていたレオポルトの取り巻き二人がレオポルトに駆け寄る。
「レオポルト様!」
「ご無事ですかっ」
二人は放心状態のレオポルトの両肩を担いで立たせる。
本来ならば立ち合いの審判と医者以外の決闘場の立ち入りは禁止のはずだが、審判は何も言わない。代わりに、試合の結果を告げる。
「今回の決闘の勝者はレオポルト氏!」
その判定結果に観客からブーイングが起こる。
「おかしいだろ!」
「あれは本来ならやり直す場面だったろ!反則だっ」
不満の声が上がる中、審判は静かに我関せず、と動じずに立っている。
当の勝者のレオポルトは放心状態のまま、取り巻き達の支えをかりて、決闘場からゆっくり降りている。
応急処置をしてもらったかずさも階段を下りてティナ達の元へと戻る。
ティナに近づくとかずさは慌てて小声で謝罪する。
「ご、ごめんなさいっ、頭に血が昇っちゃって、結局怪我までしちゃって......」
若干困惑気味のかずさにティナは何も言わず抱き着く。
「ティ、ティナ......?」
ティナは抱きつく腕に力を込めてかずさの耳元で笑う。
「ふふ......もういいわよ......終わった事なのだし。それよりもかずさ......とってもかっこよかったわ......なんだか気持ちがすっきりした......ありがとう」
思いがけないティナの反応に驚いたかずさは少し困った顔で笑うと優しくティナを抱き返す。
「うん......」
すると唐突にかずさの頭が揺らされた。
ハンスが鎧兜を上から押さえてかずさの頭を揺らしている。
ティナと身体を離したかずさはハンスを見ると、呆れた顔でかずさを見下ろしている。
「心配したんだぞ......」
ハンスの言葉に、かずさは鎧の中で小声で言う。
「ごめん......」
「ったく......」
と言いながらかずさの鎧兜をまたも揺する。
ハンスの不満の表れなのだろうと、かずさはそのままされるがままに揺れていると、マチルダがかずさに深々と頭を下げて言った。
「本当に、ありがとうございました......っ」
その言葉には、単純な感謝だけでなく様々な気持ちが滲んでいた。
かずさは返事の代わりに、マチルダに親指を立てた。
仲間二人に支えられて控室へと向かうレオポルトを見つけたティナは大きな声で呼び止めた。
「レオポルトっ!」
その声に、レオポルト一同は振り返る。
ティナは人ごみを掻き分けてレオポルトの前に出ると、腰に手を当てて胸を張る。
緑の瞳を真っ直ぐにレオポルトに向けて堂々とティナは言う。
「あなたが私をどう思おうともどうでもいいわ。たとえあなたが私の事を一生認めなくても、私にはありのままを認めてくれる、心から尊敬できる素敵な人たちがいるもの!……だから、あなたが私に何をしてきても全く、これっぽっちも怖くも痛くも無いのよ!」
ティナはこれまで感じてきた心からの思いの丈をレオポルトに笑顔で言い放った。
それを聞いたレオポルトは得に反応するでもなく俯き舌打ちすると仲間と共に控えし室に入って行った。
ティナは自身の心からの気持ちを吐き出せたことで、いままで抱えてた心のわだかまりが消えていくのが分かった。
これまでにない、とても晴れやかな気分だ。
「さあ、さっさと帰って、今日は打ち上げしましょうっ」
その提案に、ハンスも乗る。
「いいですね、それ」
かずさも鎧兜を全力で縦に振る。
「ではさっそく買い出しに行ってまいります」
マチルダはどこから取り出したかわからない財布と籠を持つ。
決闘が終わり、観客たちはビールを飲んで先ほどの決闘の感想で盛り上がり、雑談を楽しみだした。再び会場内の倉庫は賑わいを取り戻す。
ゾンダーベルクの空もまた明るさを取り戻した。昨日から降り続いていた雨はいつの間にか止み、雲の隙間から今宵の月が煌々と街を照らしている。
決闘終わりました〜!戦闘シーン、下手くそで申し訳ないっ!
次回はティナ視点のお話を挟みます。週末投稿になります。どうぞ、引き続きよろしくお願いします!




