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練習後

 かずさとマチルダの決闘練習は小一時間ほど続いた。

 かずさは防具と剣に慣れてきたのか動きにキレが増しているのに対して、マチルダは息が乱れ、その表情も苦し気だ。

 攻め続けるかずさにマチルダは今や防戦一方だ。


 ティナは頃合いかと近づいて二人に声をかける。

「二人とも、そろそろ終わりにしましょう。かずさも勘弁してあげてくれるかしら」

 苦笑して言ったティナの言葉に、マチルダに突っ込もうとしていたかずさはぴたりと動きを止めた。

「ティナ、それだと何だか私がマチルダさんをいじめてるみたいじゃない?!」

 戦闘態勢を解いたかずさは鎧兜を外し、巻いていた手ぬぐいも取るとティナに抗議の目を向けた。

「でも見て、マチルダももう限界よ」

 ティナと同じくマチルダに視線を向けたかずさは初めてマチルダの状態に気づく。


 マチルダは肩で息をしながら、額に掻いた汗を腕で拭っている。

 明らかに体力を削られている様子だが、マチルダは気丈にふるまう。

「いいえ、私はまだできます。クリスティーナ様」

 その言葉に首を振るティナ。

「あなたも頑固ね。でも夜も遅いし今日はこれで終わり。かずさは防具と剣にも慣れたみたいだし、明日も練習するのだから問題ないわよ」

 主の言葉を聞いたマチルダは大きく息を吐いて答える。

「わかりました」

 返答を聞いたティナは頷いて言う。

「かずさも一日中働いた後に決闘練習もしたのだから疲れていると思うわ。お風呂に入ってもらってから帰ってもらいましょう。その後あなたも入りなさい、マチルダ」

 それからティナはハンスの方を向いた。

「いいわよね、ハンスさん。あ、あなたもお風呂に入る?」

 最初は頷いていたハンスも、最後の問いに頭をぶんぶんと振って否定した。

 その反応を見て、ティナはクスリと笑う。


「じゃあ、マチルダお願いね」

「かしこまりました。さっそく準備いたします」

 そう言ってそそくさと階段へ向かうマチルダに続いて、風呂と聞いて目を輝かせていたかずさも慌てて言う。

 「あ、私も手伝いますっ」

 さすがに自分のせいで疲れさせたのに、何も手伝わないのは気が引ける。

 かずさは急いで胸甲も脱ぎ、防具と剣を包まれていた布の上に置いて、マチルダの後に続く。


 残されたティナはハンスに声をかける。

「私たちも松明の火を消して上へ戻りましょうか」

「そうだな」

 二人の間には当初あったよそよそしさは今はない。腹の内を明かしたティナは、確かにハンスの心象を変えた。

 こうやって大学でも頑張っているのだろうな、とハンスは思った。



 かずさが風呂に入っている間、ティナはテーブルについて再び参考書とノートを開き勉強を、ハンスは対面に座り適当に勧められたレシピ本を興味深そうに読んでいた。

 マチルダは二人のために茶を用意した後、キッチンで食器などを片付けている。

 

 そんな静かな空間へ浴室から出てきたかずさが声をかけた。

「はぁ~......いいお湯でした。ありがとうございましたぁ。マチルダさん、次どうぞ」

 全身から湯気を立ち上らせるかずさはかなり満足げだ。

 

 それを見たマチルダは空いたテーブルの椅子を引き、かずさに座るよう促す。

 入浴後のリラックス状態が続くかずさは促されるままにストン、とハンスとティナの間に腰を下ろす。

 そして、マチルダは何処からか取り出したタオルで後ろからかずさの頭をわしゃわしゃ拭きだした。

 あぁ~と謎に声を出してされるがままのかずさにティナとハンスは自然と表情が綻ぶ。

 ティナが立ち上がってマチルダに言う。

「私が代わりにやるから、あなたもお風呂に行ってきなさい」

「わかりました」

 手を止めたマチルダは頷いて答えると、かずさの後ろに立ったティナにタオルを渡して浴室へと入って行った。

 ティナはタオルでかずさの頭を乾かしていく。

「あなたお風呂、本当に好きよね」

「うん、極楽だからね~」

 その言葉にティナは手を動かしながら笑った。

 

 雑談しつつ、ティナはかずさの髪を完璧に乾かした。仕上げに、櫛を通せば艶やかな黒髪がお目見えする。

 顎下で切り揃えられえたかずさの髪を一束救いながらティナは言う。

「本当きれいな髪よねぇ」

 その言葉にかずさも返す。

「私はティナの長い赤髪の方が綺麗だし、かっこいいと思うけど?」

「ありがとう。でもあなたの髪もすごくきれいなんだから伸ばしてみてもいいんじゃないかしら、ね」

 ティナはかずさを見ていたハンスに同意を求める視線を送った。

 ハンスはティナのそのニヤついた顔に気づくと、すぐに本に目線を落とす。

 かずさはそんな二人のやり取りなど知らず、ティナの言葉に少し力なく答えた。

「そう......だね」

 その反応にティナは不思議そうに首を傾げた。



 ハンスとかずさは家に帰るべく荷物を持ってショールを羽織り、ドアの前に立っていた。

 ティナが二人に向かって言う。

「明日は私、午後まで講義があるから、午後2時に教会前に集合でもいいかしら。合流してからまた練習しましょう」

 予定を聞いた二人は頷いて答える。

「わかった」

「わかりました」

 ティナは続けて言う。

「明日は二人ともお休みなんだから、それまでは二人でデートでもしたらいいんじゃないかしら」

「はぁ?!」

「あ、それ良いね」

 ティナの突然の提案に動揺するハンスと嬉しそうに賛同するかずさ。

 かずさは未だに『デート』をただ仲の良い男女が一緒に出かける事だと思っている。

 その二人の認識の齟齬に気づいたのかティナはまた可笑しそうに笑った。



 ティナと別れたハンスとかずさは静かな夜の街を歩く。

 時刻は夜中の0時に近く、ランプ灯に照らされた夜の街には自分たち以外誰もいない。


 冷たい風が時折、かずさの風呂上がりの良い香りをハンスに運ぶ。

 ハンスは自然と高鳴る胸の音を抑えながら、香りのしたかずさの方をそっと見る。

 

 湯上りの血色の良い肌に艶やかな黒髪。普段はしない良い香りも相まってそれらはハンスの胸を打ったが、しかしその表情にいつもの明るさはなかった。

 ショールに隠れてよくわからないが、首から下げた黄金色の鉱石が付いたネックレスを握っているようだ。


 ひとり何かを考えているようで、邪魔してはいけないとハンスは道に視線を落とした。


 二人の足音だけが静寂な夜の街に響く。



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