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出会い⑤

 二人は橋を渡って左手にある川沿いの住宅街をしばらく歩き、平屋の一軒家の前で止まった。

 この古い小さな木組み造りの家がハンスの家である。

 

 玄関を開けるとすぐ目の前にはキッチンがあり壁に沿ってベッド、その隣にタンス備え付けられている。

 玄関側の壁には窓があり、その横に小さなテーブルと2つの椅子が置いてある。

 部屋の奥には別の扉があり、奥の部屋に続いているようだ。

 

 ハンスは椅子に自分の鞄を置きながらかずさに言う。

「アンタはあっちの部屋ね。お茶出すから荷物置いて待ってて」

 ハンスは奥の扉を指さしてからキッチンで茶の準備を始める。

 かずさは促されるまま奥の部屋を開けた。

 中はベッドと机だけの質素な部屋だった。扉の左手奥にベッドが、右手奥に机がある。

 机の上には赤いリボンを首に結んだかわいいくまのぬいぐるみが座っている。

 かずさはハンスに尋ねる。

「君は一人暮らしなの?」

 キッチンにいるハンスは背を向けたまま答える。

「...そうだ」

「そっか…」

 少し間をあけて答えたハンス。明らかに彼以外の誰かが使っていた部屋に違いないが、何か事情があるのだろう。かずさはそれ以上何も聞かなかった。


 


 奥の部屋に荷物を置いたかずさは入り口の部屋に戻り、椅子に座った。

 ハンスはカップに入れたハーブティーをそっとかずさの前に置いて聞く。

「ミルクと砂糖いる?」

「ううん、いらない。ありがとう」

 かずさは正直この茶を飲んだことがなかったが、素の味を味わいたいと思い断った。

 

 自分のカップを片手にハンスも向かいの椅子に座り、一口飲む。

 かずさも習って一口。

 初めて飲む味だ。すーと鼻筋を通る香りに薬草のような風味が広がる。すっきりして落ち着く飲み物だな、とかずさは興味深く飲んだ茶を観察する。

 一口飲んだハンスは話を切り出す。

「で、アンタは東から来た旅人で、空腹で行き倒れたって話…レッカーさんたちは人が良いからすぐに信じたけど、それだけじゃないだろ。アンタ能力者なんだし、どっかのスパイとも考えられるよな」

 ハンスはかずさの素性がただの旅人でないと踏んでいる。

 それぞれ王国や帝国だった国々が州となり統一したアインハイト連邦だったが、まだ国としても新しく、州同士の結束は緩い。

 しかも今は二つの州の権力者が国の主権を争っている状態だ。そのため自国内でも互いの探り合いが今も続いている。

 そうでなくとも連邦の統一によって、国境に位置するこのヴィレ州は隣の大国、ブロイツとの緊張状態が続いている。

 

 連邦内の別州の人間か、はたまた隣国の間者か、かずさの戦闘力を知れば疑うのも無理はない。

 カップを傾けながらハンスと目が合ったかずさは困ったように眉を歪め、カップをテーブルに置き答える。

「私は大陸の東の果てから来たんだ。故郷の村はすごく辺境にあって、外部との交流は定期的な買い付け以外ない。外部と隔絶しているからこそ外の情報は重要なんだ。だから定期的に外界の情報収集もしてる。今回はもっと広い地域の発展した技術や情報を取り入れるべきだっていう話になって、視察の話があがった。それで、私はこんな能力でしょ。小さい頃から戦闘訓練もしてて襲われても返り討ちにできるし、平気だから一人で来たってわけ…。わかってもらえるかな」

 かずさはハンスの様子を伺う。今までの旅では能力がバレた事はほとんどなかったため、バレた後の言い訳を考えてこなかった。かなり苦しい言い訳になってしまった。

 ハンスの疑いの目は尚も向けられる。

「新しい技術や外界の情報のために、こんな西の端まで来る必要があるか?」

 故郷にある実際の情報も交えながら語ったが逆に変な矛盾ができてしまった。

 

 かずさはあまり嘘をつき慣れていない。それでも、本当の理由は話したくはなかった。

 疑いの目を相手から向けられたかずさは頭が真っ白になっていく。

「や…あの…私は…本当にスパイなんかじゃなくて…えっと…」

 こちらを疑う視線にかずさの背筋に汗が流れる。

「はぁ〜…」

 ハンスは大きなため息をつく。

「まぁアンタ明らかに嘘つけない感じだし。出されたものを疑いもなく口にする軽率さとか。流石にスパイはないか。なんか話したくない事情があるんだろ。小さな女の子がこんな所まで一人で来る事とかおかしな矛盾点はあるけど...そう言う事にしとく」

「あ、ありがとう」

 小さな女の子というワードに若干の齟齬(そご)を感じたが理解してくれたことにかずさは安堵する。

 

 話して緊張の糸が切れたのか、それともハーブティーの影響か、急な眠気がかずさを襲う。

「ごめん…今日はもう休ませてもらってもいいかな」

 こくりと頷くハンス。

 席を立ったかずさは部屋に戻る。

「おやすみ、ハンス」

「…おやすみ」

 

 ハンスはかずさが閉じた扉をしばらく見つめた後、横の窓外に目を向けた。

 雲一つない夜空には満月が煌々と光っている。

 寝る前の挨拶はいつぶりだろうか。



この物語、思ったより長い連載になりそうです。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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