赤髪の女子学生⑧
一通り拭き終えると、尚もびしょ濡れのかずさを見てティナはある提案をした。
「ねえ、家にお風呂があるから入って行かない?ここから近いし、このままだと風邪をひいちゃうわ。私のためにしてくれたのに、何もせずに帰してしまうのは忍びないもの」
一般家庭には、まだ風呂のない家がほとんどだが、さすがは曲がりなりにも貴族だ。
「でも仕事もあるし、店に戻らないと」
「あなたの店は私の家までの通り道でもあるし、一度店に寄ってから遅れてもいいか聞いてみましょ」
ティナのその提案で、かずさ、ティナ、マチルダの三人は一旦店に向かった。
店に着くと、身体中ぐっしょり濡れたかずさを見て店にいた三人は当然驚いた。
「おいおいおいどうしたんだ」
「かずさちゃん何があったの?!」
エレナとレッカーはすぐさま入り口にいるかずさに駆け寄ってくる。
対してハンスは一歩離れて後ろから、ティナ達に反抗的な目を向けていた。濡れた原因がこの二人にあるのかと疑っているのだ。
「ちょっとしたなり行きで川に飛び込んでしまいまして......エレナさん、衣装ごめんなさい。綺麗に洗ってお返しします.....」
「嬢ちゃん、どういうなり行きなんだ……」
かずさのよくわからない説明にレッカーから当然のツッコミが飛んだ。
「服は別に気にしなくて良いわよ。けがは無いの?」
心配そうにエレナは声をかけた。
「私はピンピンしてます......」
弱々しく答えたかずさの後ろからティナが代弁する。
「この子は私の大事なものを拾うために川に飛び込んだんです。このままだと身体を冷やしてしまうので、私の家でお風呂に入るためのお時間はいただけないでしょうか。こうなったのも私のせいなので、お願いするのも、恐縮なのですが……」
ティナの低姿勢な申し出に、レッカーとエレナは慌てて答える。
「いやいやいや、オレ達は全然!むしろゆっくり、あったまってもらった方がいいしな。今日の夜営業は休みでも良いんじゃないか」
レッカーのその言葉に、エレナも同意する。
「そうそう。店は大丈夫だからゆっくりお風呂に入ってきな。まずは、今の服を着替えないとね。かずさちゃん、こっち」
促されるままにかずさは奥の部屋へと入っていった。
かずさが部屋に入った後、終始おとなしかったハンスはティナたちに問う。
「クリスティーナ様たちが原因なんですか」
ハンスの質問に、ティナは正直に答える。
「経緯はあるけれど、そうね、私のせいだわ。ごめんなさい」
ティナは大人しく頭を下げると後ろに控えていたマチルダも一緒に頭を下げた。
そのあまりにも素直な謝罪に、ハンスは慌てる。さすがに王族にこんな事をされては居心地が悪い。
「いや、アイツが怪我とかしていないならいいんです。たぶん、後先考えずにやったんだろうし」
かずさとは短期間しか過ごしていないハンスだが、大分彼女の事を理解してきている。人のために身体が動く、そういう人間だということが。
ハンスの言葉にティナは少し笑って言う。
「あの子の事、良くわかってるのね」
ハンスは顔を掻いて、照れた素振りを見せた。
しばらくすると部屋から、普段着として着ている薄い桃色を基調とした伝統服に着替えたかずさが荷物を持って戻ってきた。
「お待たせしました」
かずさがティナの傍に駆け寄ると、ティナは一度礼をした。
「急なお願いを聞いてくださり、ありがとうございます。では、私たちはこれで。良い一日を」
そして扉から外へ出て行った。
マチルダも一礼して去る。
かずさも後に続いて、レッカー達に一礼した。
「今日は急にすみません、ありがとうございます。また明日からしっかり働きます!」
顔をあげて、今度はハンスに軽く手を振った。
「家で待ってるね、ハンス」
「ああ、気を着けて帰れよ」
ハンスは相も変わらず、目を逸らして、ぶっきらぼうな態度を取ってしまった。
その態度にかずさは少し悲し気な表情をした後、店を出ていった。
二人のやり取りを見て、不審に思ったレッカーとエレナは互いに顔を見合わせて首を傾げた。
ティナの家は広場を通り抜けて、商店街とは逆側、城寄りの方角に数分歩いた先にあった。
築年数が相当経っていそうな、平屋の一軒家だ。この地方特有の伝統技法を用いた作りで、外壁が魚のうろこのような灰色のスレートで覆われている。
「お風呂ありがとうございましたぁ」
タオルを肩にかけたかずさは身体から湯気を立ち上らせ、幸せな気分になっていた。
というのも、この国に来てからは冷たい水で身体を拭くか、水浴びばかりでゆっくりと温かい湯につかったのはかなり久しぶりたった。
故郷の村に居た時は、風呂は毎日の習慣だったため、久々の温かい風呂にかずさはリラックス全開だ。
居間ではティナが紅茶が入ったカップを片手に、机の上で専門書を開き、何やら書き出している。
ティナは顔をあげると、目の前の席をすすめた。かずさが席に着くと、マチルダがマグカップに入ったホットミルクを差し出す。
「ありがとうございます......」
かずさが受けとると、マチルダは一度会釈すると、奥にある別室へと消えて行った。
ティナは持っていたペンを置き、かずさに話しかける。
「大きな浴場じゃないけど、気に入ってもらえたかしら」
もらったミルクにふーふーと、息を吹きかけた後かずさは答える。
「うん!とても気持ちよかった。すごくあったまったよ。ありがとう」
風呂効果で、身体も心もなんだかホカホカするかずさ。
それはよかったわ、とティナはクスッと笑ってから紅茶を一口飲んだ。
かずさも一緒にミルクを飲む。
そしてティナは柔和な笑顔を作るとかずさにサラッと尋ねた。
「......で、話は変わるのだけれど、かずさ、あなた能力持ちでしょ」
ティナのその言葉で、かずさの温まった心が急激に冷えていく。
「ど、え、な、なんのこと...かな。能力...?よ、よくわからないなー......」
全くもって動揺を隠せないかずさの反応を見てティナは半ば呆れた表情をした。
「あなた......嘘つけないにしても程があるでしょう......これまでよく無事でいたわね」
全部見透かされてる、とかずさは内心嘆く。
能力持ちという事がバレた今の状況は非常にまずい。かと言ってティナを力づくで脅すというのもやりたく無いのもあるが、実際問題難しそうだ。
というのも、奥の部屋からかずさに向けて強い殺気が向けられていたのだ。
おそらく牽制を兼ねたマチルダのものだろう。思えば気配が無かったのに突然現れたりとかずさの感知を逃れていた。それだけでも、彼女がただの侍女ではなく、護衛も務めるほどの実力の持ち主であることがわかる。
とはいえ、かずさも一人で逃げ切るくらいの事は容易く出来る。
かずさは観念して、下手な嘘はつかないことにした。
ティナの目をまっすぐに見つめ返す。
「......それで、私が能力者だったとして、ティナはどうするの」
ティナの緑とかずさの蒼い瞳の視線が交差する。
そして、ティナはゆっくりと口を開いた。
「何もしないわよ」
「へ?」
ティナの想定外の言葉にかずさは豆鉄砲をくらったような顔をした。
ティナは淡々とした口調で話す。
「確かに能力者は希少で、権力者はこぞって欲しがるわ。普通の貴族とかならね。でも私はそんなの興味もないし、だいたい友人を売るような女に見える?」
「友人......」
「え、私だけが勝手に友人だと思ってたのかしら...」
大げさにショックを受けたティナに、かずさは慌てて否定する。
「ううん、私たちはもう友達だよ!」
「そうよね、友達よね」
突然表情を変えニヤリ、としたティナにかずさは嵌められた、声を上げた。
「ティナ、意地悪だぁ」
「ふふふ、冗談よ。私たちは知り合ったばかりだけど本当の良い友人になれると私は思ってる。これだけは言わせて。私の誇りと命に誓って、誰にも能力の事は言わないわ。約束する」
かずさはティナと出会ってからの事を思い返してみる。知り合って短い時間だがティナの言動はいつも誇り高く、そして芯が通っていた。
ティナのその真っ直ぐな眼差しに、かずさはこの少女を信じてみようと思えた。
「うん……。ティナを信じるよ」
その言葉をしっかりと胸に受け取めたティナは頷く。
「死んでも守るわ。特に私のお兄様みたいな人には絶対バレてはダメだから。あの人は、目的のためなら利用できるものはなんでも利用するの。あなたの存在なんてバレたらどうなるかわからないわ」
その言葉に背筋に冷や汗が走る。
「本当に私、バレないようにしないと...」
「そうよ、私も気をつけないと。あなたも嘘も方便って言葉、学ばないと。あと、ごめんなさい、私早速嘘ついたわ。能力者に興味無いって言ったけれど、それは権力の証としてはって意味で、研究対象としての能力者になら興味津々よ。あなた、最速でどのくらい速く走れるの?視力は?さっきすごく飛んでたけど、木の上まで一瞬で飛べたりするのかしら」
緑の瞳を見開き、好奇心いっぱいの表情て詰め寄ってくるティナにかずさは半ば泣きそうになる。
「ティナ、やっぱり意地悪だぁ」
「意地悪じゃないわ、研究者魂よっ」
陽が傾いたゾンダーベルクの街にかずさの嘆きがこだまする。
次回は遅くても日曜の午前中あたりかと思います!さてさて、描きたいシーンが近づいてきた!
よろしくお願いします!!




