出会い④
かずさと名乗った少女はしばらくの間、ハンスの家に滞在する事となった。
経緯がどうであれ、これ以上自分が連れこんだ問題で雇い主二人に迷惑をかけたくないというのが本音だ。今は使っていない部屋も余っている。
自ら提案したハンスに驚く表情をしたレッカーとエレナだったが、そういう事なら今日はもうかずさをゆっくり休ませてやれと、夜営業の出勤は無しになった。
ハンスの家は橋を渡ってから川沿いの住宅街をしばらく行った先にある。
日は暮れ、街中にオイルランプの街灯が灯されていく。オレンジのほのかな灯りが夜の街を包む。
街中は帰路に着いたり、逆に夜の街に繰り出す人々で人通りが多い。しかし、中心地を過ぎて橋まで来ると、途端に人通りは少なくなり、静かになった。
ハンスの隣を歩くかずさは大きな背嚢を背負い、すべてが物珍しいのかあたりを忙しなく見ている。かずさのブーツは高らかに石畳を叩く。
「ハンス…君?まだお礼を言ってなかったね。今日は助けてくれてありがとう。あと、泊めてくれて本当に助かるよ。何から何までありがとう」
横に並んでかずさはハンスの目を見てしっかりと礼を言った。
ハンスは律儀な奴だな、と思いながらチラリとかずさを見た後また前を見る。
「ハンスでいいよ。オレもアンタがいなかったらあそこで襲われてたかもしれない。気にしなくていい」
「うん」
ハンスの表情を見たかずさは自分の事をあまり面倒に思っていなさそうだ、と少し安堵した。
ハンスは続けて話を振る。
「かずさ...だっけか。アンタ、今日野盗と戦ってたよな」
ピタ、と動きを止めるかずさ。
「いや、そんな、私が野盗と戦うなんて…」
何故かとぼけるかずさにハンスも怪訝に思い、立ち止まる。
「しらばっくれても無駄だぞ。その腰にある小さな剣で野盗を切ってたのをオレはしっかり見た」
あ~...と目を逸らすかずさだが、おずおずとハンスの顔を見て言う。
「ぜーんぶ見てた?」
「見てた。アンタが大の男を遠くまで蹴り飛ばしてたのも、常人じゃあり得ない動きや速度で動き回っていたのも全部」
あちゃ~と思わず天を仰ぐかずさ。
そしてハンスは核心を突く。
「アンタもしかして能力者?」
天を仰いだままだったかずさは目線だけハンスに向けた後、ゆっくりと顔を向かい合わせる。
「…そうだよ」
その静かな返答にハンスに緊張が走った。
能力者はこの世界ではかなり貴重な存在である。一千万人に一人の確率で現れる能力者は存在自体が貴重だ。
そのため、古来より権力の象徴たらしめる存在であり、その能力を手に入れようと多くの権力者たちが躍起になって探す。その希少さから多くの者からは存在自体がおとぎ話だと思われている。
力の種類も多種多様だ。
火を生み出す者、空を飛べる者、人の気持ちが読み取れる者、周囲の状況を五感以外で感知する者、そしてかずさのように異常に高い身体能力を持つ者。
かずさの出身村は十人に一人の確率で能力者が発現する特殊な村だったが、通常その発現率はあり得ない。
また、能力者の特徴の一つとして特殊な瞳の色がある。かずさの場合、蒼色とアインハイト連邦では珍しくもない色であったため、能力者だと気づくものは少ないが、東方を旅していた頃は瞳の色だけで狙われることもあった。
かずさも村から出て初めて知った。能力を知られることがどれほど厄介で危険なことか。自分の力が知られれば人間兵器にされることは想像に難くない。
また、能力者の子は能力が発現しやすい。そのことから最悪の結果、捉えられれば一生を生産機として過ごさねばならない危険性もある。
その覚悟を持ってかずさはハンスに正直に答えた。
どのみち口を封じる手はいくらでもあるし、いっそバレても良いとすら思っていた。
「あ、そう」
ハンスは特に気にする様子もなく再び歩き出し、かずさの横を通り過ぎる。
「え、あ、え」
「なに。言いふらされるとでも思った?」
「あ、いやそういうわけでは…ただ、驚いたというか...」
ハンスは後ろにいるかずさを一瞥して言う。
「そんなめんどくさいことに首突っ込まないよ。それにこの話を他に漏らしたらアンタ、オレをどうするつもり」
かずさは自分の物騒な考えを見透かされて驚くと同時に、さして興味もなさそうなハンスの様子に、わずかに気を緩める。
そもそも、自分の危険を顧みず、保護してくれた人間だ。少しは信用していいのかもしれない、とかずさは思った。
「はは、どうもしないよ。じゃあ、少しだけ君を信用してみようかな」
笑顔で背中のデカい背嚢を揺らし、かずさはスキップしてハンスを追い越した。
かずさを知りたい方は 「プロローグ いつかまたどこかで」読んでいただければ嬉しいです。処女作なのでかなり読みにくいと思いますが...よろしくお願いします。