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赤髪の女子学生③

 クリスティーナと名乗った女子学生は上品な笑みをかずさ達に向けた。

 ハンスはゲヴァルト、という単語に聞き覚えがある気がしたが目前の洗礼された所作を前に戸惑いで思考が止まる。

 明らかな上流階級の貴族相手に二人は緊張してしまう。

「よろしければお二方のお名前をお聞きしてもよろしいですか」

 その問いかけに慌てて答える。

「あ、お、オレはハンスって言います」

「私はかずさと申しますっ」

 そんな二人にクリスティーナは一人ずつ目を合わせて話す。

「ハンスさん、かずささん。この度は本当にありがとうございました。すぐに恩返しを、と言いたいところなのですが申し訳ありません。(わたくし)、今時間がございませんの。後日伺いたいので、どこか連絡の取れる場所などありませんか?」

 バツの悪そうな表情をした貴族であろうお嬢様に二人はいやいやいや、と顔を振り答える。

「いや、あの、オレ達は大したことしていないので。本当にお気になさらず。な」

「う、うん。私たちはたまたま通りかかっただけなので」

 全力で遠慮する二人に、クリスティーナは一歩前に出て二人に顔を近づける。

「いけません。私が嫌なのです。教えていただけませんか」

 ずいずい、と近づく令嬢の顔に我慢ならず観念して二人は答える。

「お、オレたちは広場近くにあるレッカーハウスっていう食堂で働いています...」

「よ、よろしければいらしてだしゃい...」

 かずさはクリスティーナの圧のせいか最後に噛んでしまった。

 二人の返答を聞いた彼女は満足そうに頷くと、顔を引っ込め姿勢を正した。

「では、改めて後日必ず伺いますわ。ソフィーもまた講義で。行くわよ、マチルダ」

 そう言ってかずさ達が歩いてきた方向へと歩いていく。

 マチルダと呼ばれたのはクリスティーナを抑えていた栗毛くせっ毛が特徴的な庶民風の女性だ。おそらく侍女であろう彼女はかずさ達に一礼するとクリスティーナに続いて去って行った。

 ソフィーと呼ばれた金髪の女子学生は手を振りながらクリスティーナ達を見送っている。

「なんかすごい人だったな...」

「だね...」

 二人はクリスティーナの背中を見ながら圧倒された余韻に浸っていたが、隣に並んで見送っていた金髪の女子学生と目が合った。



 曇り空の下、ハンスとかずさ、そして金髪の女子学生の三人は広場のベンチに座っている。

 クリスティーナ達を見送った後、ハンス達は女子学生から少し話がしたいとお願いされ、場所を移動した。

 買い出し途中だったハンス達だが、諍いの事情も知りたいと快諾したのだ。

 広場までの道中で自身をクリスティーナの学友のソフィーと名乗った女子学生はハンスと変わらない年頃のようだ。

 ソファーは身体をかずさ達に向け、まっすぐに青い()を合わせ、深々と礼をした。

「あの、先ほどはありがとうございました。ティナ様...クリスティーナ様を助けてくれて……。私たちじゃどうしようもなかったです…….」

 その言葉に二人は柔らかく答える。

「いいえ、気にしないでください。私たちがそうしたかったんですから」

「ああ。あれは一方的にあの男子学生が悪いしな」

 その返答にソファーは目尻に少し涙を浮かべて笑った。



 ソフィーは事の経緯を話し始める。

「ティナ様…クリスティーナ様は本当にすごい人なんです。数少ない女子学生でありながら、いつも一番の成績を取っていて。それも受ける授業すべてでいつもトップなんです。でもあまりにもすごいから、妬んだ他の学生たちがああやってやっかみによく来るんです。いつもなら、ティナ様なりにあしらったりするのですが、今日は、その……お(いえ)の事を出されてそれで...」

 ハンスは『お家』というワードを聞き、ハッとする。クリスティーナが名乗った時のあの違和感の正体に気づいた。

「ゲヴァルトって、あのゲヴァルト家か?!」

 ソフィーはハンスの発言に頷いて答える。

「はい、あのゲヴァルト家です」

 ゲヴァルト家、どこかで聞いた事があると思ったら、この国の二大勢力の一つ、ゲヴァルト州を率いる古くから続く王族の血筋だ。道理で気品があるわけだ。

 だが、そんな大物貴族の令嬢のはずなのにそもそもなぜ大学に、しかも直轄の州でなく、なぜこの街の大学なのか、ハンスは疑問に思う。

「本当にお姫様だったんだな...そんなお姫様がなんで大学に、しかもこの街に来てるんですか?貴族のお嬢様なら普通嫁入りまでは城内で教育を受けて、政略結婚なりで嫁いでいくもんでは?」

 ハンスも貴族階級の事情にはまったく詳しくないが、一般的な情報になぞらえるとこうだろう。

 ソフィーはハンスの質問に困ったような笑い方をした。

「そうですね、普通なら家...ティナ様だと城の中で淑女教育を受けてから、由緒正しい他貴族に嫁ぐというのが貴族階級だと一般的です。男性で留学や大学に行くことは珍しくないのですが、貴族子女ではティナ様以外いないと思います」

 ソフィーは青い瞳で広場の中央の噴水を見る。

「でも、どうしても大学で学びたかったティナ様は家族に直談判したそうです。当然大反対されたそうで...それでも諦めなかったティナ様に、お兄様...若き現当主であられます、マキシミリアン様はあることを条件に大学に行くことを許されました」

「お兄様...?さらに当主の妹だったのか、あの人...。かなりの大物じゃないか...」

 ソフィーの口から次々と語られるクリスティーナの驚くべき情報に、ハンスは開いた口がふさがらない。

「で、その条件って...?」 

 かずさはこの国の貴族事情はよくわからないため、身分の事よりも話の途中が気になっていた。

 ソフィーはかずさに顔を向けて続ける。

「二十歳になったら、マキシミリアン様が決めた相手と必ず結婚すること」

 それを聞いてハンスは疑問に思う。

「それって...どこかのご令嬢なら普通の事で何か条件にするような事、なの...か?」

 ハンスのその発言にソフィーは思わず笑う。

「だよね、そうなんです。私もその条件は身分のある女性にとっては当たり前の事なんじゃないか、むしろ立派な家柄に嫁ぐことは幸せな事だろうって思ったの」

 ソフィーは夢中になって話しているからか次第に敬語が崩れていった。

「でもティナ様にとって、それは嫌な事だった。学び続けて、研究して、そうやって過ごすことが一番楽しいっていう人なの。だから、二十歳まで、なんて信じられないくらい短いって感じたそうよ」

 女性にしては珍しい感性の持ち主だとハンスは思った。

「でもなんでこの街に?ゲヴァルト州にもいくつかの都市に立派な大学があるでしょう?」

「それが、女性を向かい入れる大学がこの国ではゾンダーベルクにしかなくて...。新しい公爵様が子女の大学入学を許可してくれたおかげで私たちは今ここで学べているの」

「へ~やっぱり、ハンスが話したように立派な公爵様なんだね」

 かずさの発言にソフィーはそうなの、と強く頷いた。

「あ、で話がそれちゃったんだけど、家族の反対を押し切ってここに来たティナ様は家から最低限の生活費と家を当てがわれて、今は侍女のマチルダ様と二人暮らししてるの。貴族の普段の生活とは比べられないくらい質素な暮らしよ。私は商家の生まれだけど、私の生活よりもね。それでも、ティナ様は今の生活をむしろ楽しんでいらっしゃるの。最初は女というだけで教授たちからも敬遠されたりしてた。それでもティナ様は気に留めないで積極的に授業にも研究にも取り組んで、今じゃどの教授からも好印象なの」

 楽しそうに話す様子から、ソフィーがクリスティーナを心底尊敬していることが伝わってくる。

「必死に時間を惜しんで学んでいるティナ様だから成績が良いのは当然なんだけど、それを家柄のせいとか言われたら、もう怒っちゃうに決まってるのよね...成績が一番なのはティナ様の努力の賜物だもの…」

 悩まし気にソフィーの眉が寄せられる。


 その時、教会から4時を知らせる鐘が鳴った。時計を見た瞬間ハンスは慌てて立ち上がる。

「やばい!買い出し終わってない!オレ、ちょっと走って行ってくる!かずさは先戻ってて。ソフィーさん、話ありがとうございました。オレはこれで!」

「わかった。買い出しお願いね」

「はい、今日はありがとうございました」

 

 ハンスは籠を持って商店街の方へと走っていった。

 残されたかずさとソフィーもベンチからゆっくり立ち上がる。

「ごめんなさい、話、長くなっちゃいましたね」

「いえいえ、お話ありがとうございました」

 かずさは笑顔で感謝を述べた。

 ソフィーも穏やかな笑顔を返す。

「ではまた。良い一日をお過ごしください」

「ありがとうございます。ソフィーさんも良い一日を」

 かずさはソフィーの後ろ姿を見送ってから、食堂に向かう。

 先ほどの話からとても面白そうな人だ、とクリスティーナとの再会が楽しみになったかずさだった。

ソフィーによる、ティナ語り(笑) 長くなっちゃいました(-_-;)


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