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出会い③

「おいおい、ハンス、俺はてっきり山菜採りに行ったと思ってたんだが、こりゃまたとんだ大収穫だな」

 ハンスの姿を見るや否や、勤め先の食堂の店主、レッカーはその大柄な身体を()じり大笑いした。


 ハンスは背中に少女が持っていた巨大な背嚢(ザック)を背負い、前に山菜やキノコが入った籠をかけ、その中に例の少女をお尻から入れた状態で店の前に立っていた。

 ハンスだって自身がおかしな恰好をしているのは自覚ている。しかし、すべてを一度に運ぶにはこうするほかなかった。

 

 勢いで少女を抱えて走っていたがほどなく、ハンスの腕が限界を迎えた。とにかく、少女の持つ荷物が重すぎたのだ。

 仕方なく、背中に少女の荷物である、デカく膨らんだ背嚢を背負い、前に籠を持ってくる体勢に変えた。このままだと少女が運べないので、試しに籠に入れてみたらきれいに入ってしまったため、そのまま移動することにしたのだ。

 街に近づくにつれ人々の視線を感じ、街の入り口を通る際には顔なじみの門番にも揶揄(からか)われ、大変恥ずかしい思いをした。

 

 笑う雇い主から目を逸らしながら恥ずかしさで俯くハンスに店の奥から一人の女性が現れた。

「アンタはいつまで笑ってるんだいっ!ハンスはよくやったじゃない。野盗に襲われたってのに女の子まで助けて帰ってきてるんだよ。すごい勇気じゃないか」

「エレナさん…」

 優しい言葉に顔を上げるハンス。

 レッカーと同じく30代後半の妻、エレナはふくよかな身体を揺らし、ハンスの元へ駆け寄る。

 服はこの地方の伝統衣装でブラウスと焦茶のスカートにコルセット風の胴衣を着ている。長い三つ編みの赤髪を肩の横から流して、笑顔でハンスを迎える。

「お前はまたそうやってすぐ甘やかすんだ。だいたいハンスも17なんだから、その状況で男を見せないでどうするってんだ」

「アンタねぇ~…」

 いつものように二人の間に不穏な空気が流れ始めたのを察したハンスは慌てて二人の間に入ろうとする。

 

その時ーー、

ぐ~~~~…。

 どこからか壮大な音が鳴った。間髪入れずもう一回。

ぐ、ぐ~~~~っ…。

 

 その音が籠に埋まった少女の腹から鳴っていることに、その場にいる全員が気づいた。

 

 程なくして、少女のまつげが揺れ、ゆっくりと目を開く。開かれた瞼の奥から深い蒼い瞳がハンス達を映し出す。

 開かれた大きな瞳に伏せがちな長いまつげ。桜色の薄い唇が少女の白い肌と相まって(はかな)げな印象を抱かせる。

 そんな可憐な少女は最初、周りを見渡してから自分の身体を見て、また自分を籠ごと担いでいるハンスを見た。少女は短めの黒髪を揺らしながら首を傾ける。


ぐう~~~~。

 三度なる、長く間延びした音。ハンスと目が合っていた少女は途端に顔を真っ赤にして俯いた。


 



「それでアンタは山の中にいたって事ね」

「はい。何か食べ物がないかなって、ずっと探してたんですけど、途中から意識がなくなってしまって…」

 キッチン前のカウンターにエレナと少女は座っていた。少女は話しながらすごい速さで出された料理を平らげていく。

「いや、アンタ食うの早すぎでしょ…そのペースじゃ旨いかどうかかなんてわかんないだろ…」

 ハンスはキッチンに立って次々と料理を作っていた。

 最初はジャガイモにバターを乗せたものをあげたのだが、少女は相当に腹が減っていたらしく腹の虫がまったく収まらなかった。

 そのため、レッカーが練習がてら振舞ってやれ、というので料理人見習いであるハンスは練習ができるのならと様々な料理を振舞っていた。

 どの料理も爆速で食べていく少女に、ハンスはため息交じりに言う。

「できれば感想ほしいんだけど」

 それを聞いた少女はハッとして手にしたスプーンをおいて頭を下げる。

「大変美味しゅうございますッ!」

 礼儀正しく頭を下げる少女に、

「いやそこまで求めてないんだけど…美味いならよかった…」

 顔を搔きながら答えるハンス。

 

 それを見ていたレッカーは客席のソファーで寝ころび、煙草を吸って言った。

「かーっ!いっちょ前に照れやがって。材料費はお前持ちだからな~」

「はー?!あなたが言ったからオレは作っただけで、材料費なんて聞いてないですよ!」

 とぼけて口笛を鳴らすレッカーに、間髪入れず妻エレナの怒号が飛ぶ。

「アンタ、いい加減にしなさいな!そんなんだから弟子がどんどん辞めてったんでしょうが」

 聞こえないふりをするレッカー。

 

 一連の流れを見ていた少女は途端に顔を青くし、椅子から立ったかと思うと、床に手をついて土下座をしだした。

 この地方では見慣れない所作だが、なにか最大限の敬意を込めた行動だという事は全員が理解した。

「申し訳ありませんっ。これは自分が食したもの、自分の不始末です!働くなり、物を売るなりしてこの分のお金は必ずお支払いしますっ。ですので、この恩人には何も要求しないでいただけませんか」

 顔をあげた少女の必死の形相に思わずレッカーも起き上がってたじろぐ。

「いやいやいや、冗談、冗談だって」

「あんたが悪いんでしょう。こんな可愛らしい子不安にさせて。大丈夫よ、あの人がやったことなんだから、あの人自身が自腹切るに決まっててるじゃない」

 笑顔で少女の手を取り、立たせるエレナ。

「俺はそんなこと…」

 言いかけたレッカーは鋭く睨むエレナに対してそれ以上何も言えなくなる。

 だが少女は納得していないらしく食い下がる。

「ですが、せめて受けた御恩はお返ししたいです…。数日待っていただければお金も用意出来ると思います」

 食い下がる少女にエレナ達は顔を見合わせる。

「う~ん...そうね、どうしてもって言うなら、この食堂手伝ってくれないかい。数日でいいからさ。最近この店も人気出ちゃって三人で回すのがきつくなってきたところでね。接客やってくれると助かるわ」

「まあ~そうだな、手伝ってくれたらすごく助かるな」

 自身の長いひげをなでてレッカーもエレナに賛同する。

 二人の言葉に蒼い瞳を輝かせて少女は言う。

「はい、よろしくお願いしますっ」

 うなずく二人に、深々とまた頭を下げる少女。

 レッカーがそういえばと少女に尋ねる。

「お前さん、名前は?」

 顔を上げた少女は元気に答える。

「かずさです!」

 少女の胸元で黄金色の鉱石がきらりと光った。

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