鍵の手がかり②
第一章も終盤、引き続きよろしくお願いします。
思わず大きな声を出してしまったかずさは、周囲が驚いた表情でこちらを見ていることに気づき、恥ずかしくてベンチで俯く。
一方ロビンは気にした様子もなく小走りでかずさのもとに駆け寄る。この間あった時と同じ、白いシャツにウール生地の焦茶のズボンと茶色のベストを羽織っている。
「かずさちゃん、今日もめっさかわいいなぁ!水の妖精さんやんかー!」
駆け寄るなり、恥ずかしげもなく堂々と誉めてくる少年に、自身の恰好の恥ずかしさも相まって羞恥心が増す。
恥ずかしさで若干顔を赤らめつつも、話しかけたのは自分だと、顔を上げて目の前の少年に向き合う。
「やあ、えっとロビン君...だよね。君に聞きたいことがあって」
「ロビンでええよ。かずさちゃんが聞きたいことならなんでも答えるで!」
嬉しそうに瞳を輝かし、もし尻尾が付いていたら全力で振っているような様子でかずさの隣に座るロビン。
「わかった...ロビン。この鍵に見覚えある?」
服のポケットからハンスの妹の部屋で見つけた鍵を取り出して見せる。
「そうか...ルナちゃんが残してくれとったんか...」
ロビンはかずさの話を静かに聞いていた。
かずさから受け取った小さな鍵を陽光に照らし、しばし眺めている。
「これ...もしかしたら...」
「?!何か心当たりあるの?」
ロビンは茶髪の頭を掻きながら言う。
「かずさちゃん、今から時間ある?そんなかからへんけど、オレの家に見せたいもんがあるんや」
「いいよ」
「あ、いや、家に連れ込んで変なことしようとかそういう事やないで?!さすがにナンボ一目ぼれしたかて、いきなり襲うようなこと、オレはせん――」
「??別にいいよ?」
かずさは答えてるのに話が進まないことに疑問を感じ、再度返事をした。
「へ?!それは襲われていいよって意味――」
いきなり赤面して見当違いな事を言うそばかすの少年に、
――話通じない人かな...。
うすうす感じていたこの少年の一面に一抹の不安を覚えるも、かずさは再び答える。
「家に行って見せたいもの見るだけなら良いよってコトだよ!」
この少年にはあまり遠慮できそうにない、というよりはっきり言わないと伝わらない可能性がある。ほぼ初めて会話するが遠慮なしにいこうとかずさは決心した。
「あ。そっちか~なら大丈夫かー」
落ち着きを取り戻したロビンは立ち上がって言う。
「ほな行こか」
頷いたかずさはロビンの後に続いて広場から繋がる商店街の方へ足を向けた。
着いたのは商店街の一角にある二階建ての木組みの建物だ。厚板に文字が彫られた看板がある。
『木工工房 シュライナー』
かずさはこの地方の文字が読めないためここがロビンの働き先だとはわかっていない。
建物横の路地に入ると、ロビンは鍵を取り出し、左右を確認してから扉を開けた。そして、そろりと中に入り、後に続いたかずさに対して、人差し指を口に当て、静かに、とジェスチャーする。
なぜロビンは自分の家に入るのにコソコソするのか、とかずさは疑問に思ったが、何か事情があるのだろうと指示に従って続く。
家に入るとすぐに古い木造階段があり、軋まないように抜き足差し脚で進むロビンにかずさも習う。階段を上がって、突き当りの部屋に二人は入る。
部屋はこじんまりとしているが、やたらと物が多い。ベッド、机、棚、以外はよくわからない解体された家具の木材やら、金槌などの工具が散乱している。お世辞にも綺麗とは言えない。
そんな部屋の隅には白い布がかけられた何やら大きな物が置いてある。
「ふう、もう大丈夫や」
「なんで自分の家なのにコソコソしてるの」
「あ~...まあまあそんな事より、これを見てくれ」
そう言ってロビンは部屋の隅にある、かけてあった布を取った。
明らかに話を逸らしたロビンを不信に思ったが、その布の下を見てそれまであった不信感など、一気に吹き飛んだ。
「君...これ...」
そこには小さな木で作られたままごとセットや、ドレスを着た人形。可愛らしいデザインの小棚など女の子が持つようなものが大量に積み重ねて置いてあった。
「これな、全部ルナちゃんの物やねん」
ロビンはその積み重ねられた物を見ながら静かに語る。
「ルナちゃんが亡くなってから、あいつは町に一切姿を見せんようになった。レッカーのおっちゃんとこもしばらく休みをもらってたみたいでな。さすがに何週間も姿も見せんと不安になるもんで、オレがあいつの様子見に行くときにたまたま、街の廃棄場で見つけたんや。何回かルナちゃんとも遊んでたし、すぐにこれがあの子の物やってわかった」
真剣に話すロビンの言葉にかずさも真剣に耳を傾ける。
「すぐにアイツに文句言ってやろう思った。何てことしてんねんってな。でも久々に会ったアイツは抜け殻みたいになっとった。あぁ、今のコイツに何言っても届かへんなって。アイツがルナちゃんの死を受け入れられるまで、この事どやしても意味ないと思った…。せやから、オレいつかアイツに一発殴ってやろう思うて、こうやってあの日捨てられてたもん全部持ってきてん。おかげさまで、一時期部屋の中がえらいファンシーやったわ!」
終盤、親友に対する怒りを露わにするロビンだが、その怒りは真に友人の事を思ってのもので。
親友思いの優しいロビンの一面を知り、かずさはたまらなく嬉しくなった。ハンスにはこんなにいい友人がいるのかと、胸が熱くなる。
勢いで熱い抱擁を交わしたい衝動に駆られるかずさだったが、さすがに会って二回目の人間にすることではないと、両手でロビンの手を掴みぶんぶんと振る。
「君ってやつはぁ!」
「え、何なに、うれしいんやけど、何なん、かずさちゃん!」
慌てながらも照れるロビンをよそにかずさは嬉しさで少し涙が出てくる。
「ありがとう、ロビン」
「なんや、わからんけど、かずさちゃんが喜んでくれてるならよかったわ」
笑顔で熱い握手を交わす二人であった。
「確か、ここら辺に...あった。たぶんこれ...ちゃうかな」
その積み重ねられたルナの持ち物からロビンは一つの小物入れを取り出した。幾何学模様の寄木造の装飾が施された片手に乗るほどの小さな小箱。その蓋の部分に小さな鍵穴がある。
かずさは受け取ると、恐る恐る持っていた鍵を差し込み、回す。
カチッ、という音とともに鍵が開いた。
かずさはロビンと目を見合わせてから、ゆっくりと小箱を開ける。
そこには白い小さな封筒が入っていた。
ちなみにこの物語の世界では言語は同じですが大陸内でも使われてる文字は地方で違います。かずさは西部地域の文字は読めません。食堂のメニューは頭で覚えています。