鍵
体調が回復したハンスは夜の営業中、いつも通り働いていた。かずさも時折様子を伺っていたが、特に変わった様子はない。
片づけを終えた食堂でいつもの藍色の着物と同色の半股引に着替えたかずさは店内でハンスを待っていた。
「今日もご苦労様!かずさちゃん、今日の分のお給料はこれね、ありがとう」
今日も売り上げ好調でご機嫌なエレナは笑顔でかずさに封筒を渡す。
「え、いいんですか」
驚くかずさに、エレナは答える。
「当り前じゃない!好きに使っていいのよ」
「う~ん…でも特にほしいものもないですし...ハンスに宿代として...」
「オレはいらないぞ」
奥の部屋から鞄を肩にかけて出てきたハンスは食い気味に言った。
尚もお金の使い先を考えるかずさにエレナはそれなら、と提案する。
「明後日の祭りで使えばいいじゃない!出店もたくさんあるのよ」
「祭り...いいですね。そうします!」
初給料をありがたく受け取るかずさにハンスが出口の扉を開けて呼びかける。
「帰るぞー。エレナさん、親方、良い夜を」
「ありがとうございました、おやすみなさい」
かずさも一礼して去っていく。
「気をつけて帰れよ~」
「また明日も頼むわね」
店を出たかずさは前を歩くハンスを見つめながら午後のハンスの様子を思い出す。
『ルナ...ごめん、オレ...何もっ...』
ルナ...おそらくハンスの妹の名前なのだろう。
かずさは何とかして、妹との思い出にハンスが再び触れられるようにしたいと考えていた。
しかし、今日の様子を見て無理に促すのはやはり酷なことなのかもしれないとも感じる。
かずさは帰り道ずっとこの事に頭を悩ませた。
そんなかずさの様子をハンスは時折じっと見ながら何も言わず歩いていた。
その夜、かずさは家に着くと、日課のために背嚢からペンと日記帳を取り出そうとするが、一緒になにやら藁の塊も出てきた。
取り出したものを見て、かずさは思わずクスリと笑う。
この塊は元は藁で編まれた雪駄で故郷の父が別れ際に渡してくれたものだ。冬の間ずっと履いていたが、さすがに使いすぎてとうとう原型も保てないほど履きつぶしてしまった。
とはいえ捨てられるわけもなく、今も背嚢の奥にしまっている。
藁を再びしまい、かずさは机について日記を書き始めた。
三百二十二日
城に住む公爵さまについてハンスと話した。迷子の女の子と出会った。今日も店は繁盛してて、服もフリフリじゃなくてよかった。
あえて昼間のハンスの事は書かなかった。
日記を閉じ、なんと無く机に置いてあるクマのぬいぐるみを抱きあげる。首に巻いた太い赤リボンがチャーミングなどこにでもある普通のぬいぐるみだ。
かずさは机の上でくまの手足を動かしたり、故郷の村の踊りをさせてみたりと、遊んでみる。
ーーこんな風にハンスの妹も遊んでたのかな。
そう思いをめぐらしている時、月明かりに照らされて、クマの首元のリボンがキラリと光った。
気になったかずさはそのあたりをまさぐってみる。すると、リボンの裏に小さな鍵が張り付けられていた。
その鍵を手に取り、月明かりに照らして細部を見ながら考え込むかずさ。
ーーこんな小さな鍵は扉の鍵じゃないし、小箱とか何かの鍵かな。
かずさは部屋を見渡してみるもそれらしき物は見当たらない。念のため、ベッドの下や天井なども見てみるが何もない。
翌朝、陽が出たらもう一度この部屋とハンスの部屋を探そうと思うかずさだったが、ハンスが既に捨ててしまったのかもしれない、という最悪のケースが脳裏をよぎる。
「そんな...」
おもわず声が出てしまうが、頭を振って悪い想像を打ち消す。
もしかしたらハンスの妹は家以外の別の場所に隠したのかもしれない。明日、食堂の二人にも聞いてみよう。
これは妹がハンスのために残した大切なものかもしれないから。
そう簡単にはあきらめられない。できるだけの事はしようと決意するかずさだった。
ほんと、ここまで誤字脱字いろいろ多い文を読んでくださりありがとうございます!!