本日も「レッカーハウス」は大盛況
かずさの出勤二日目。
今日もかずさは店に到着してすぐにエレナに有無を言わさず奥の部屋に引っ張られた。
今回、当てがわれたのは昨日とは違い、ひざ下のロング丈スカートの服だ。白いブラウス、茶色のコルセット風の胴衣は同じものだが、スカートの色は黄緑色と白を基調にしており、若干目立つ色ではあるものの、派手さは昨日より幾分かマシだった。腰には白いエプロンをしている。
足元も足首下までの白靴下に、ローファー靴と動きやすいことこの上ない。
頭のリボンは昨日とは違い、黄緑色の長いリボンを頭の上ではなく、下で結んでいる。髪の後ろからちらりと見える新緑色が可愛らしい。
全体的に清楚でおとなしめの恰好になり、かずさとしても昨日よりも落ち着いた恰好に安堵する。軽く化粧をしてもらい外に出る。
準備中のレッカーとハンスは扉から出てきたかずさに目を向ける。
「嬢ちゃん、今日もばっちり決まってるな。よろしくな」
長いコック帽子を被ったレッカーは白髪交じりの茶髭を揺らしながらはにかむ。昨日は疲れ果てていたレッカーも一夜明けて本調子に戻ったようだ。
一方のハンスはかずさと目が合うと、なぜかコクリと頷くだけで、自身の作業に視線を戻した。昨日の恰好よりは落ち着いていて良い、ということなのだろうか。
かずさはその反応に疑問を残しつつも、開店準備に取り掛かる。
開店してほどなく、紺色の軍服を来た男二人が入店してきた。
「開いてるか~い、って一番乗りか」
帽子を脱いだカイゼル髭の男、ロレンスが入るなり言った。帽子で若干平らになった短髪の黒髪を手でくしゃくしゃにしてキッチン前のカウンター席に座る。
同僚らしき若い男も隣に座った。
ロレンスの顔を見るなりレッカーは声をかけた。
「お~久々じゃねーかロレンス。調子はどうだ」
「ぼちぼちさ。最近は国の主権争いで近隣諸侯もピリピリしてて、街の警備体制も大幅に変わって大忙しさ」
「州同士で小競り合いが起きるかもってんだろう。せっかく統一したのに、もう争いはこりごりだな」
「まったくだ」
二人の話がひと段落したところで、奥で控えていたかずさは注文を取りにロレンスたちの元へと向かう。
「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか」
持ち前の愛嬌たっぷりの笑顔で、ロレンスに尋ねる。
「おお、嬢ちゃん!昨日ぶりだな。今日は座れたよ。昨日は言いそびれたが、その衣装見違えたよ!」
「へへ、ありがとうございます。少し恥ずかしいですけど...」
照れて頭を掻くしぐさに今の姿のようなお淑やかさはない。
ロレンスの隣に座る若い軍服の男はかずさをじっと見て、頬を赤らめている。
見られていることに気づいたかずさはすぐさま姿勢を正し、笑顔を向ける。その姿にますます見惚れる男に、キッチンからハンスが声をかける。
「ご注文はいかがなさいますかっ」
その声で我に帰った男は、慌てて壁に書いてあるメニューを見て注文する。
「えっと、豚肉のローストとオニオンスープを頼む」
おずおずと注文する男に、かずさは追加で質問する。
「お飲み物は何か飲まれますか」
不意に目が合った男は少し照れて答える。
「ビールを一杯...」
「かしこまり」
「かしこまりましたー!」
かずさの返事にかぶせてハンスが声を張り上げる。急な大きな声に客の男もかずさも驚く。
ハンスも声を出しながら、なぜこんな態度を取っているのかわからない。だが、自然に口が動いてしまったのだ。
その態度にムッとしたかずさは失礼ではないか、とハンスに冷たい視線を送る。
その視線に気づかないふりをしてハンスは頼まれた料理の準備に移る。
「嬢ちゃん、オレはソーセージと蒸かし芋にエンドウ豆のスープを頼むよ。あと、ビールも」
「はい、かしこまりました」
すぐにいつもの笑顔に戻ったかずさはビールを準備するために店の奥へと入って行った。
かずさが去ったのを見てからロレンスはハンスに声をかける。
「ハンス、いくら嬢ちゃんが可愛いからって人の恋路まで邪魔しちゃあいけないだろう」
その言葉に、同僚の男は赤くなり頭をぶんぶん振って否定する。
そんな男の態度など気に留めず、ハンスは淡々と返答する。
「いや、そんなつもりないし...あいつがどんな奴と親しい関係になろうがどうでもいいけど、保護者としてちゃんと監視しなきゃなって」
「保護者ってお前...」
困った視線を店主に向けるロレンスだったが、レッカーは我関せずと肩をすくめる。それを見て、やれやれと首を振るロレンスであった。
その後も学生客を中心に続々と客が入り、ほとんど満席になりかけている。
「おい、今日のあの子はまさに森の精霊、ドライアドじゃないか...清純そのものだ…」「いやいや、あの軽快な動きはまさに、羽でもついていそうじゃないか。シルフと形容するのが正しいだろう」
本日も学生オタク談義で盛り上がっている。
ロレンスたちは満席になる前に食事を済ませ、またな、と去って行った。
その後も四人は昨日同様、昼休憩まで休みなく働き続けた。