かずさ
翌朝、かずさは目を覚ました。
さわやかな陽光が窓から差し込み、机にあるクマのぬいぐるみから長い影が伸びている。
外からは朝を知らせる鳥の鳴き声、隣の部屋からは静かな物音が聞こえる。
かずさは寝たまま身体を横に向け、朝陽を避けるように背にして静かに瞼を閉じた。
頭の中で昨夜の夢を思い出す。
丘から見下ろした夕陽に照らされた美しい村落。
久しぶりに見た、故郷の夢だった。
村の神に仕える巫子選定儀式の日、かずさは村の幼子を庇って神から呪いを受けた。
受けた呪い、それは
ーー 一年後、全ての記憶を失う事。
当初、かずさは身代わりになってでも大切な存在を守れた事に後悔は無かった。即死でないだけ神は寛容な対応をしたものだとすら思っていた。
しかし、神は確かにかずさが一番嫌がる方法で罰を与えていた。
もし大好きな人達と、変わらずに村で過ごせばどうなるか。傍で大切な人達が自分の事で、日を追うごとに悲しむ様を眺めながら、自分が自分でなくなる、その時をただ待つだけになる。
そして、記憶を失った後も、自分を見る度に周囲は自分の事を悲しい思い出として思い起こすのだろう。
自分が苦しめられるのはまだいい。
だが大事な人たちが自身のせいで苦しみ、悲しみ、嘆き、後悔し、積み上げてきた大切な時間を、思い出をたった一つの呪いで穢されたくはなかった。
ならば、と生まれ故郷の村を離れる決断をしたのだ。
後押ししてくれたのは、ずっと一緒に暮らし、育ててくれた養父だった。
その父からもらった黄金色の鉱石が光るネックレスを触りながら、かずさはベットの上で故郷の村に思いを馳せる。
父は今どうしているか、守ったユズハは元気だろうか、幼馴染のナオトはちゃんと勤めを果たしているだろうか。巫子になっためぐみ子は寂しがっていないだろうかーー。
ーーあの日から321日経った。残り44日、約一月半。
呪いを受けた日から数え、毎夜その日起きたことを短文で記す。
まだ思い出せるうちは自分は自分のままだと確かめられる。確認のための日課だ。
記憶が消えるその日までは、大切な人たちとの思い出を抱いて生きていく。かずさにとって思い出はたった一つの拠り所だ。
自分の大切な思い出は胸の中にある。
この思い出を最後の最後まで大切にして、自分は消えるーー。
だからこそ、大切な家族との思い出を消そうと苦しんでいるハンスの行動が痛々しく思えた。二度と会えなくて、辛いから思い出したくない気持ちは、理解できるが、その記憶からハンスは逃れられないこともかずさにはわかる。
なぜならそれはハンスの一番大切なもののはずだから。
どうにかできないだろうかと悩むかずさだったが、考えてすぐに浮かぶはずもない。
やがて朝食のいい匂いが扉の方からしてきた。
考えることを一旦やめ、かずさは起き上がる。
寝ぐせで髪はあちこち跳ねているのも気にせず、扉を開け、朝の挨拶をする。
「おはよう、ハンス」
かずさの起き抜けの恰好を見て、ハンスは思わず苦笑する。
「おはよう。朝食の準備できてるから、座って」
二人の朝が始まる。
すみませんすみません、週一で更新するとか行って、先週投稿してませんでした!!!今週末日曜午前中までには新しい話必ず投稿します!(自分で追い込むスタイル)