表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

きみを×すためのまほう

3000字程度で共依存ものを書こうと思ったら筆が乗りました。人は選びます。ハッピーエンド……?たぶん……





「結婚することにしたよ」


 ガラスの割れた音がした。腕に赤い液体が伝って、やけに生ぬるいそれに反吐が出そうだった。

 薬指に指輪をつけた目の前の男の手よりも、ずっと汚れている。


「へえ、結婚できるのか。おまえのようなやつが」


 目の前の男に話しかけたわけではなかった。ただ怨念が、口から腕を伸ばしただけだ。


 男は一瞬目を丸くして、血塗れの手を掬いとった。


「ああ。世の中には物好きな人もいたものだね」


 ガラスの破片が地面に落ちて、いやな音が部屋に響いた。

 男の手はやけに冷たい気がした。ああ、拍子に破片を落としさえしなければ、今頃この男の手にも傷跡のひとつやふたつ、刻んでやったと言うのに。


「痛くないかい」

「ああ、まったく。俺の血をつけて、おまえが可哀想な女に会いに行くと思うとせいせいする」

「会うにしたって血は落とすさ」

「いいや、おちない。みえなくても、一生おまえの手は血みどろだ」


 男の手を、強く握りしめた。俺の傷を覚えさせるためだった。


 これはおまえがつけた傷なのだ。


 まったく、なんてうそっぱちだ。痛くて痛くてたまらない。きっとしばらく左手は使えないだろう。おまえのつけた傷のせいで、俺は箸もペンも持てないのだ。いまさら、使えなくなったところで、別になんの支障もないが。


「困ったやつだな。そんなに僕が結婚するのが悔しいかい?」

「くやしい?」


 随分と心外なことを言ってくれるじゃあないか。悔しいなんて言葉で済むものか。おまえが俺に、一体どれだけの痕跡を残したと思っている。


 おまえがよこした香水が、一体どれだけ俺の脳を支配したと思っている。


 おまえが作った料理が、一体どれだけ俺の胃を支配したと思っている。


 おまえの手が、おまえの声が、一体、どれだけ。


 吐き気がするほど甘ったるい台詞を吐いて、おれを口説いてきたくせに。今更おれを捨てるのか。

 おまえが残した傷の修繕費は、一体だれが出してくれると言うのか。


「醜い女を捕まえた野郎に嫉妬なんかしないさ」


 人を見る目のない女。せいぜい、おまえもこの男に捨てられたらいい。散々泣いて、泣きわめいて、それでも振り返ることすらされずに、ひとり悲しさに暮れたらいい。そうしたら、おまえが惚れた男はこういう男なのだと、俺が盛大にわらってやろう。仲間面なんてしてやるものか。被害者はおまえ一人でじゅうぶんだ。


「随分とひどい言い草だ。僕の見る目を信じていないとでも言うのかい?」

「ああ、信じていないさ。信じてなんてやるものか。貧乏くじでも引いて、最後地獄にでも落ちるといい」


 蜘蛛の糸すら垂らされずに、永遠に地獄の釜で茹でられ続けるといいさ。死んですべてが許されるなんてこと、俺が許さない。死んでも罪をつぐない続けろ。許されることの無い罪を後悔しつづけて、終わりのない絶望にでも打ちひしがれるといい。


「地獄には、君もついてきてくれるのかい」

「ついていくものか。愛しのハニーとでもいけよ。一生どころか、永遠に一緒にいられるなんてロマンチックじゃないか。病める時も愛することを誓うんだろう」


 夫婦で地獄にランデブーか。これが俺がおまえにやれる最大の慈悲だ。ああ、慈悲だとも。

 俺が地獄に落ちたとしても、絶対におまえには会ってやらないさ。地獄でまで顔を合わせるなんてうんざりだ。別の釜に入って、高笑いしてやろう。その高らかな笑い声を聞かせてやることさえしてやるつもりはない。


「さあ。話は済んだか? 俺はもう出ていく」

「待った。先に、手当をしよう」

「必要ない」

「利き手を怪我したくせに、何を言っているんだい。ほら、大人しく言うことを聞くんだ」


 目の前の男は、俺の手首を掴んだ。骨ばった手はかたくてつめたい。振りほどこうとしたが、力は出なかった。


 こいつはおれをソファに座らせて、「いいかい、じっとしておくんだよ」となだめるようにいった。原因はおまえだというのに、何をえらそうに。


 鉄の匂いがした。ああ、吐きそうだ。鉄の匂いに混じるおまえの香水の匂いも。


「ああ、いい子だね。ちゃんと待っていた」

「おまえのためじゃない」

「知っているとも。ほら、手を出して」


 聞いてなんてやるものか。返事も何もしなかったが、こいつは俺の手首を掴んだ。血まみれのズボンが目について、嫌な気分になった。


「いたくないかい」

「いたいと言ったら痛みでも消せるのか、おまえは。立派なものだな。医者にでもなったらどうだ。重宝されるぞ」

「思ってもないことをいうものじゃないよ」


 ああ、思っていないさ。俺に優しくしている傍らで、この男は他人の怪我になんざ目をやることすらしないのだから。可哀想なんて思ったことは無い。俺の辞書に倫理観なんて言葉は存在しない。


 治療の終わったらしい手を、こいつは握った。


 ああ、いたい。いたいよ。いたいにきまっている。


「傷は深くないようでよかったよ」

「おまえの傷が浅く済んだものな。ああ、もっと強く握りしめておくんだった」

「そんなことをしたって、君が傷つくだけだよ」

「今更傷ついたところでなんだっていうんだ」


 身体が傷ついたって、もういたくない。心臓を一突きされたって、きっと死んだことにすら気づけない。おまえがつけた傷はそういうものだ。


 おれが受けた傷の分、おまえも傷つけばいいのに。そうすれば、おまえの心にも、一生分の傷あとが残るだろう。女に愛を囁く時も、女を抱いている時ですら、俺のことが頭にちらついて、一生苛まれればいいのに。


 おまえが与えた偽愛の代償が、どれだけ重いか思い知ればいい。


 頬を生ぬるい液体がつたった。何色かは分からない。赤色ならいいのに。そうしたら舐めとって、その口でおまえにキスでもしてやるというのに。俺の血の味を覚えて、女との口付けが物足りなく感じればいいのに。


「泣かないでよ」

「ないてなんかいるものか」

「そんなに嫌かい? 僕が結婚するのは」


 いや? ああ、いやさ。いやにきまっている。おまえにゆるされているのは、俺と地獄に落ちるか、おまえが不幸になるかのどちらかだけだ。


 おまえが教えたんだ。愛情も、温もりも、全部おまえが。おまえがいなければ、おれは一生孤独で、ひとり路地裏で野垂れ死ぬだけだったのに。愛なんて知らず死ねることが、どれだけしあわせか。


「君と縁を切るわけじゃないよ」

「いいや。おまえが結婚するなら、俺は姿を消す。おまえが一生をかけても見つからないような場所で死んでやる」

「どうして。僕に傷を遺したいなら、僕の前で死ねばいいじゃない。そうすれば、僕は君の死を悲しむよ」

「でもそれは、俺が死んだ一瞬のことだろう。いったいだれが、他人の死に50年苦しみ続けるんだ」


 せいぜい気にするのだって、葬儀をあげたら終わりだ。葬儀なんてするかどうかも分かったもんじゃないが。

 それに、どうやっておまえの目の前で、凄惨な死を遂げようか。両手両足も無くなって、さいご首だけになって、そのくらいのインパクトがないと、おまえの頭には残りすらしないだろう。


「俺はおまえのいない所で、おまえが考えうるいっちばん惨い死を遂げてやる。全部おまえのせいだ。それをおまえが死ぬまで憂いていればいい。女を抱いて快楽に溺れているときですら、俺の死体を想像すればいいんだよ」


 目の前の男は、とうとう困ったような顔をした。ふん、ざまあみろ。少し心が軽くなった。

 おまえの思考に、俺が入らないなんて許さない。


「きみは、僕が思ういちばん惨い死を、本当に遂げるのかい?」

「ああ、やってみせよう。腕だって首だって眼球だって、何を傷つけられたっていいさ。おまえが一生苦しむなら」

「なら、教えてあげよう。僕の心に永遠ものの傷を残す死に方を」

「ほう?」


 目の前の男は、胡散臭いつり目をきゅう、と細めて笑った。ああ、嫌な顔だ。女は本当に見る目がない。


 今後女に訪れるだろう不幸を想像して、胸が踊る。おまえがすべてを貰うなんてことは許さない。60パーセントの後悔と、おまえは付き合っていくのだ。


「僕はね、君の身体の一部が無くなるだとか、餓死するだとか、他の誰かに殺されるだとか、自殺するだとか、そんなことで傷つかないんだよ。ただ死を知った時に憐れむだけさ」

「へぇ? 随分と薄情なやつだ。女は今からでも結婚を考え直した方がいいんじゃないか?」

「僕が傷つく死に方は、たったひとつだけ」


 目の前の男は、手を拳銃のようにして、俺の額に人差し指を当てた。にい、と弧を描く顔がやけに腹立たしかった。


「僕が君を殺すことだよ。由良ゆらくん」

「……は、」


 甘い声が、毒のように脳を支配した。


「でもねえ、僕は君を殺してなんかやらないよ。だから君は一生僕を傷つけられない。君が僕のそばを離れたところで、君のことは僕の記憶にも残らない」

「こ、んの」


 大して強い力でもないのに、立ち上がれなかった。一発ぶん殴ろうとしても、身体が言うことを聞きやしない。


「僕の結婚に君がそこまで取り乱すとは思わなかったよ。見立てが甘かったみたいだ」

「ゆるさない、一生どころじゃなく、永遠に」

「別にいいさ。君に許してもらわなくたって、籍は入れられるからね」


 なんで。


 なんでそこまでその女に入れ込んでんだ。


 その女が何をできるって言うんだ。おまえごときに騙されるアマが。何を。


 なんでみすてるの。おれだけっていったのに。

 うそつき。うそつき。うそつき!


 こいつの指が、俺の目元をぬぐった。


「君が僕のそばに居てくれるなら、僕が死ぬそのときに君のことを殺してあげるよ」


 甘い香りに、酔いそうになる。


 おまえを絶望させるためには、おまえのそばにいつづけなきゃいけないのか?


 そんなの、やってられない。ならおれがここでおまえを殺した方が、よっぽど効率がいいだろう。死ぬ時におれをころすと言うのなら、いま。


「今僕を殺そうとしたところで、殺してなんてやらないよ。せめて50年は待ってもらわないと」

「…………ひきょうだ」


 おれをどれだけ苦しめたら気が済むんだ。どんな凄惨な死に方をするよりも、おまえからほかの女の匂いがすることがなによりもつらいというのに。


「君が惚れた男はそういう男だよ、由良くん。君もつくづく見る目がないね。それとも、運がないね、とでもいうべきか」


 甘い香りが、もっと濃くなった。視界にはムカつく顔はいなくなって、ただこいつの肩が見えるだけだ。背中に触れた温もりが、ほんの少し心地よくて、そして気持ち悪い。


「嫌いだよ、おまえなんか」

「僕は好きだよ」

「結婚するくせに」

「そんなに僕が結婚するのが嫌?」

「嫌だ」


 こいつはしばらく黙り込んだ。


 俺の背中をさすっている手は、温かいんだか冷たいんだかよく分からない。


「由良くん」

「……なんだよ」

「僕に君だけを見ていて欲しいの? それとも、僕が君を見なくなるのが怖いの?」


 そのふたつの、何が違うというのか。


 だって母親は、男がいない時にしか、俺を見てくれなかった。男が居ない時なんてほんの1日しかなくて、男が出来たら俺の存在なんていなかったように扱った。父親だって、俺が産まれる前に俺を捨てた。


 戸籍のない俺を、誰も雇ってなんかくれない。こいつ以外に知り合いもいない。


 ひとりになったら、どのみち俺はもう生きてなんかいけないのだ。こいつに拾われる前に何とか生きていたのだって、偶然みたいなものだった。


「おれをみるいみなんて、ないじゃないか。女のほうがよっぽどきれいで、かしこくて、手間もかからない。俺ははたらけないし、病気になっても病院にだっていけない。ただの足でまといだ」


 女に厄介者扱いされたとき、おまえは女をとるだろう。どうせ、俺のことなんか話していないくせに。ただ偶然、前科がつかなかっただけの男を飼う意味なんて、女には一切ないんだから。


 俺はおまえに頼らないと、もう生きてすらいけない。


 おまえの料理の味を知ってしまったから、いまさらゴミを漁ろうなんて思えない。


 温もりを知ってしまったから、寒空の下でダンボールの上で縮こまって寝ようなんて思えない。


 生活のレベルが一気にあがってしまって、今更元に戻すくらいなら、死んだ方がよっぽどいい。それが俺にとっての唯一の救いで、今更地獄に落ちたって、なんの後悔もありはしない。


「どうせ最後には、おれを捨てるくせに」


 かあさんみたいに。


 だって、恋愛をするのに、使えないガキ()は邪魔だから。


「はい、そこで止まって。僕をゴミと一緒にするな。反吐が出る」


 低く響く声に、脳にかかったモヤが、一瞬消えたような気がした。


 ああ、そうだった。この男は、母親と同じだと思われるのが嫌だと、以前何かで口にしていた。

 俺は大して母親のことを知らないし──男好きだということしか──、同じだと思ったことは、あまりないような気もしたけれど。


「伝え方を配慮しなかったところは謝るよ。そこまで拒絶反応を示すなんて思わなかったんだ」


 謝られたところで。


 そう思いはしたが、口には出さなかった。どうせ結婚はするんだろう。俺が泣こうが喚こうがどこかに行こうが、おまえは絶対に結婚はするんだろう。


 だって、なんの約束もしていない俺とは違って、女とは正式に契約を交わす約束をしているのだから。婚約というのは、そういうものだ。わざわざ俺を拾って慰謝料を払う意味なんて、おまえには一切合切ありゃしない。


「でもね、よく考えてごらんよ。僕は婚約する以前も、彼女と付き合っていたはずだ。たとえ君が知らなかったとしても。違う?」

「……だからなんだって言うんだ」

「僕が一度でも、由良くんを蔑ろにしたかい? 彼女がいるから君はいらないなんて、僕が一度でも言ったかい?」

「それは……」


 それは、そうかもしれないけれど。女が俺を良くは思わないに違いない。俺は無理やり追い出されたって、文句のひとつも言えやしない。


「彼女は君のことを知っているよ。君をそばに置いておくことも、了承している」

「……はぁ?キショ」

「いきなり冷静になるのやめてくれるかい?びっくりしたよ今」


 いや、俺は戸籍のない男を飼う男と結婚するのなんてごめんだし。飼ってもいいとかいう女も普通に意味がわからなさすぎて怖いだろ。


「善人すぎるバカなのか、それともただ計算高いだけか……」


 一応こいつ、倫理観終わってる面はあるけど、面もいいし金もあるからな。何で稼いだ金かは知らんが。


「どうだろうね。君の写真を見せたらやけに興奮していたから、僕より君目当てかもしれない」

「き、きしょ……」


 いや、母親譲りの顔面はたしかに悪くは無いんだろうが。正気かその女。俺よりおまえの見る目を疑った方がいいんじゃないか。


 目の前の男は思い切り吹き出した。


「由良くんのドン引きする顔、久々に見たな。僕が君を養うと言った時以来じゃないかい?」

「顔で選ぶ女なんか俺の母親と変わらないだろ。正気か? おまえ。それとも俺への嫌がらせか?」

「嫌がらせ? 君に? まさか。僕は馬鹿な女が好きなんだ」


 バカで済ませていいのか? というか今鼻で笑っただろ。


 俺に倫理観なんてものは備わっちゃいないが、さすがにイカれてやいないだろうか。いや、おれをそばに置いておく時点でそんなものは今更なのだが。


「いやあ、人はそう簡単には変わらないね。声をかけたら案外簡単に引っかかってくれたよ」

「そう簡単には変わらないって……誰をひっかけたんだ」

「ゴミだよ」

「ごみ?」

「君の実の母親」

「……………………ぁあ?」


 何を言っているんだこいつは?


 え、何を言っているんだこいつは?


「歳をとって、若い男に見初められなくなったらしいね。餌をチラつかせたら、すぐ食いついてきたよ」

「いや……お、ぁあ?」

「まさか息子に気づかないほど馬鹿だとはね。いっぱい遊べそうだね?どうせもう妊娠器官なんてぶっ壊れてるだろうし」

「待った」

「なぁに?」

「おまえ俺に倫理観を語らせるつもりか?」


 サイコパスすぎるだろ。なんなんだお前は。本当になんなんだ。


 俺を捨てるとか捨てないとかそんな話ですらないレベルのぶっ壊れた倫理観を嬉々として俺に示してくるんじゃない。怖い。


 いや、知っていたよ。お前はそういう男だよ。さっきまでの時間を返してくれ。ただ無意味に怪我をしただけじゃないか。


「倫理観も何も、ゴミをどう扱おうが勝手でしょ?」

「そのゴミは俺の母親なんだよ。血の繋がった」

「ああ、そういうこと? 安心して。別に抱かないよ」

「妊娠云々の話はじゃあなんだよ」

「知り合いなんていくらでもいるんだから。男好きな彼女にとっては、幸せなんじゃないかな」

「おまえなんのために結婚すんの?」

「母親がいると、君の戸籍を作りやすいからね。それに、君が戸籍に入れば、君も僕の身内になるってわけだ」


 頭がパンクしそうだ。こいつこれで社会に本当に溶け込めているのか? いや、友だちいないって前言ってたな。尚更なんでおまえを好きになったんだあの女は。血は争えないってか?


 もう、いいか。こいつの頭がおかしいのなんて今更だった。もう好きにしてくれ。


「……あは、理解出来ていなさそうだね?」

「もう、いい。全部任せる」

「そう?」


 考えたってしょうがない。この様子だと、どうやらこいつのいちばんに、俺はまだ居続けられるようだし。


「君が惚れた男はこんなやつなわけだけど。嫌いになったかい?」

「おまえがイカレサイコ野郎なんてことは今更だろ。俺が一番なら、誰と結婚しようがどうでもいい。吐き気はするが」

「なら、一緒に地獄に落ちてくれる?」

「さあな。どうせ迷子になるから、探してくれ」

「一緒に死ぬんだから、迷子になんてならないさ。ずっと手を握っていてあげる」

「ならま、いいんじゃないか。あの女は連れてくんなよ」

「連れてなんて行かないよ。永遠に二人きりだ」













 逃がしてなんかあげないよ。君が地獄に落ちるというのなら、僕も地獄に落ちて見せよう。そのためなら、僕はあのゴミ(悪魔)に魂を売るさ。


 僕以外の手で幸福にされることも、不幸にされることも、すべて許さない。許可なく君を不幸にしたゴミのことも、絶対に許さない。


 ああ、うるさい。うるさい。僕は由良くん以外を目に入れたくないし、由良くんの声以外を聞きたくもないんだよ。ゴミの叫びなんか聞きたくないの。


「どうして」


 さあ。どうしてだろうね。自分の胸に手を当てて聞いてごらんよ。ゴミに恨みを持つ人間が、一人や二人じゃなかったところを見ると、本当にお里が知れるというか、なんというか。

 いや、それともただ性欲に溺れた猿が来ただけかな? ま、僕にはどうでもいい話だけどね。


 曲がりなりにも由良くんの母親というか。年増でもまあ美人は美人だし。妊娠も出来ないだろうし……ああいや、まだ年齢は40も超えてないんだっけ?17で由良くんを産んだらしいから。


 ま、年齢は免罪符にはならないし。脳みそぶっ壊れたって、別に死にゃしないんだから。その程度で許してあげていることに、むしろ感謝して欲しいくらいだよ。


 ──気味が悪い

 ──私に近寄らないで

 ──もう、親としての役目は果たした



 ……ああ、ほんとうに反吐が出る。人を化け物みたいに扱いやがったあいつらを思い出すと、今にも吐きそうだ。

 ただ、手放したくないだけだ。大切なものを、汚されたくないだけ。自分の手を離れていくのが、嫌なだけ。

 そんなの、人間として当然のことだろう。それなのに。


 ──俺がおまえの一番なら、あとはどうでもいい


「……く、ぁはっ」


 大丈夫。まだ僕は人間だ。君が僕を求める限り、僕はずっと人間でいられる。


 煙草の火が消える。

由良くん▶︎家庭環境最悪の戸籍のない青年。誕生日も年齢も知りません。基本落ち着いていますが、捨てられる匂いを察知すると脳が怒りと憎悪で支配されます。その状態でも話は通じます。

マルくん▶︎今回名前は出てきていませんが、由良くんを拾った狡猾な男です。やたら物に執着する上に過激な性格で、昔から周りに気味悪がられていたようです。気遣える男のように見えますが、言葉選びを間違えて由良くんを激昂させがちです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ