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Utopia ―すべての人が救われる理想郷の中心地にて―

作者: 冷瑞葵

――Guidance 1 start――


 おはようございます。


 こちらに集められた皆様は、今日からhoproviderとしての役割を果たしていただきます。「希望を提供する者」という意味の造語です。

 かつては「レンタル人間」とも呼ばれていましたが、今ではその呼び方は蔑称とされております――。

 おや、その呼び方はご存じ? あぁ、そんなに慌てないでください。逃げ口は用意しておりません。


 ええ、ご存じの方もいらっしゃるようですが、あなた方には体の一部を貸し出す仕事をしていただきます。


 ご安心ください。体の一部を貸している間、皆様には最新テクノロジーを用いた処置を提供します。

 出血および傷害部位のダメージは最小限に抑えられます。貸し出す器官によっては、この処置を施すことで普段通りの生活を送ることも可能です。


 どうか胸を張ってください。とても立派なお仕事です。


 もはや、この世に病気や怪我で苦しむ人はほとんどおりません。景気の回復、戦争の根絶、世界の平和が約束されているとすら言ってもいい。

 そんな世界を裏で支えるのがあなた方です。今の世になくてはならない存在です。

 どうぞ胸を張って、役割を果たしていただければと存じます。


――Guidance 1 close――




 灰白色のパイプが張り巡らされた薄暗い部屋で、【No.47503】は目を覚ましました。

 目の前には、いつも通り自分を見下ろす顔があります。【No.47503】は、その白衣の人間に語りかけました。


「……今回もあの人だったね。明日もまた来るのかなぁ」

「朝10時に心臓のご予約をされて帰りました」

「うげぇ。心臓か。初めてだから、少し怖いや」

「問題ございません。術後生存率は80%以上であると説明したはずです」

「それ、生きてるうちに返してもらったらの話でしょう?」

「その通りです」


 【No.47503】は苦い顔をしました。

 白衣の人間は45°の礼をして、そんな彼を置いて出て行ってしまいました。足音が甲高く部屋中に響きます。


「技術はあるのだし、もう少しきれいな見た目にするべきではないかなぁ」


 7日ぶりに自分のもとへと帰ってきた右腕の繋ぎ目を見て【No.47503】は呟きました。


 そして、【No.47503】は1枚の布からできた衣服を身にまといました。

 Aluminiumを中心とした合金で作られているベッドをおりて、部屋に張り巡らされたパイプの上を少し駆けます。


 両足が久しぶりに揃ったのが19日前。簡単にバランスを崩してしまいます。

 常に最良の状態にしておかなければ注意を受けてしまいますから、【No.47503】は当初の予定よりも長く走り続けて筋力トレーニングとしました。


 この建物を構成する合金は、かつて「最高の硬度を誇る」と謳われたダイヤモンドと同等の強度を持ちますから、しばらく走っていると【No.47503】の足の裏が内出血を起こしました。


 【No.47503】は床に戻り、足の裏に内出血の回復を早める薬を注射しました。ついさっき眠っている間に右腕の付け根に打たれたものと同じです。

 こうして何度も解体された体は丁寧に一つの個体としてまとめられて、人々に満足に貸し出しできるようになるのです。




――Guidance 2 start――


 どなたか質問のある方? ――はい、どうぞ。


 危険性、ですか。えぇ、確かに皆様には知る権利があります。お話ししましょう。


 そうですね、例えば心臓や脳を貸し出すとなると、今の技術では昏睡状態におくのが限界です。死亡例もわずかながらございます。稀に、それら器官の返却がなされない場合もございますし。

 しかし、以前と比較するとそれらの貸し出しも随分安全に行われるようになりました。ご安心ください。


 それから、個体貸し出しが数年に一度発生しております。


 hoproviderは基本的に人間ではなく部品として貸し出されますので、個体で貸し出される場合も道具として利用されることがほとんどです。

 器官のみを貸し出す場合とは異なり、こちらで延命処置を行うことができませんので、少々危険度も高くなります。個体を貸し出した場合の死亡率は40%とも報告されております。


 ――あぁ、大丈夫ですよ。先ほどお話しした通り、個体の貸し出しはほとんど行われません。どうしても高価になりますので、利用人数はごく限られているのです。


――Guidance 2 close――




 太陽が30回昇り、沈みました。


 【No.47503】は灰白色のパイプが張り巡らされた薄暗い部屋で目を覚ましました。目の前には、いつも通り自分を見下ろす顔があります。

 【No.47503】は、その白衣の人間に語りかけました。


「……生きているね。明日もまた来るのかなぁ」

「朝10時に個体のご予約をされて帰りました」

「へぇ。こた……個体?」


 【No.47503】は言葉を詰まらせました。


 【No.47503】はほとんどの器官を貸し出してきました。現についさっきまで心臓を貸し出していましたし、過去には脳や脊髄を貸し出したこともありました。

 しかし、個体を丸ごとというのは、初めての経験だったのです。


「個体、か。初めてだから、少し怖いや」

「問題ございません。返却後はこちらのテクノロジーで元通りになると説明したはずです」

「それ、生きたまま返してもらえたらの話でしょう?」

「その通りです」


 【No.47503】は苦い顔をしました。

 白衣の人間は45°の礼をして、そんな彼を置いて出て行ってしまいました。足音が甲高く部屋中に響きます。


「感情はあるのだし、もう少し人権を尊重するべきではないかなぁ」


 30日ぶりに自分のもとへと帰ってきた心臓の鼓動を聴きながら【No.47503】は呟きました。


 そして【No.47503】は1枚の布からできた衣服を身にまといました。

 Aluminiumを中心とした合金から作られているベッドをおりて、パイプに足をかけました。


 両足が揃ったのは49日前ですが、30日も歩いていなかったので簡単にバランスを崩してしまいました。

 常に最良の状態にしておかなければ注意を受けてしまいます、から……、ですから……。


(何をしたらよいのだろう?)


 【No.47503】は床に戻り、胸に内出血の回復を早める薬を注射しました。

 ついさっきも打たれましたが、明日の朝までに最上の状態にしなくてはなりませんので、投薬量上限きっかりまで注射してしまおうと考えたのです。


 こうして見た目をきれいにすることで、彼の体は一つになって、彼は仕事を続けることができるのです。




――Guidance 3 start――


 貸し出しを希望する人は誰でも所定の金額を払うことで任意の器官を使用することができます。


 hoproviderのサービスはレンタルサービスですので、買い切りと比較すると非常に手を出しやすくなっており、かつ人工臓器や金属では再現できない使用感がありますので、特定のイベント時や短期間の延命等でサービスの提供を受ける例が多数あります。


 ――はい、質問ですか? どうぞ。

 金額について、もう少し詳しく、ですか。分かりました。


 残念ながらお金は皆様には分配されません。代わりと言っては何ですが、衣食住は保証しますので。


 支払金額の2割はシステムの維持のために使用させていただきます。hoproviderの災害補償が1割、延命処置駆動費が――貸し出し期間にもよりますが――1割程度となっております。

 そして残りの8割は、その大半がある方に渡ります。


 近年は生物の値下がりやテクノロジーの低価格化が進んでおりますので、日々お求めやすくなっており――。


 ――え、8割を誰に渡すか、ですか。

 えぇ、そうですね、皆様にも知る権利はありますね。


 皆様をご提供いただいたご家族ですよ。


――Guidance 3 close――




 灰白色のパイプが張り巡らされた薄暗い部屋で、【No.47503】が目を覚ますことはありませんでした。

 いつも通り彼を見下ろす顔の隣に、いつもはいない長髪の人間がいます。その人は、白衣の人間に語りかけました。


「申し訳ございませんでした。明日はもう来ません」

「……はい」

「弁償します。おいくら払えばよろしいですか?」

「問題ございません。保険費はお支払金額にすでに含まれていると説明したはずです」

「承知しました。それでは失礼いたします」

「……はい」


 白衣の人間は直立の姿勢のままです。長髪の人間は、そんな彼を置いて出て行ってしまいました。足音が甲高く部屋中に響きます。


「……次に救うべき人を見つけましょう」


 白衣の人間は呟きました。

 目の前に投げ出された【No.47503】は部品の集合体という様子で、嫌に異臭が漂っていました。




――Guidance 4 start――


 この世は何人たりとも見捨てません。すべての人を救います。

 それが、世界が掲げるスローガンです。


 hoproviderはこの理念の遂行のためにはなくてはならない存在です。

 hoproviderは、すべての人を救うのです。あなた方がこの役割を担うことによって、あなた方の家庭は間違いなく救われたことでしょう。


 落ち着いてください。冷静になってください。


 ここに集められた皆様が世界の求心力となって、世界は秩序を持って回るのです。

 えぇ、あなた方はその都度解体されます。部品として世界の至る所に供給されます。

 しかし、そこに何の問題がありましょう。


 もはや、もちろんあなた方の家族含め、この世に病気や怪我で苦しむ人間はいないのです。

 半永久的な世界の平和が約束されているのです。あなた方がいることによって。

 この世界を理想郷と呼ばずして何と呼びましょう。


 あなた方は理想郷の中心なのです。

 どうぞ胸を張って、役割を果たしてください。


――Guidance 4 close――




 【No.47503】が目を覚ましたのは、灰白色のパイプが張り巡らされた薄暗い部屋ではありませんでした。

 目の前で自分を見下ろすのも、白衣の人間ではありませんでした。そこにいる長髪の人間は、【No.47503】に語りかけました。


「おはよう。今日で4日目だね。君は4日前から私の友人としての役割を果たしてもらっているわけだけれど、もう慣れたかな」

「……えっと」


 【No.47503】は上半身を起こして、辺りを見渡しました。

 木化した光合成生物から作られたのであろう家は、音が反響せず静かで、不思議な安心感がありました。


「……あまり言うのもよくないかもしれないけれど、いったい何日貸し出しを受けるつもりなんだい? 個体の貸し出しとなると、料金も馬鹿にならないことだろう」

「料金のことは気にしなくていい。なぜなら、君は今無料だからね」

「……どういうことだい?」

「わからないか?」


 長髪の人間の顔全体に笑みが広がりました。【No.47503】が「わからない」と返答しましたので、長髪の人間は説明してやることにしました。


「何のために君を連日注文したと思っている? わざわざ一つ一つ集めていったんだぞ」

「いいや。まったくわからない」

「君の粗悪品を作るためさ。君のパーツになるものを集めていたんだよ。そうして外見はもちろん脳や内臓の形まで、君と全く同じものを作ったんだ」


 【No.47503】はまばたきをしました。その後5秒ほど首をかしげて、最初の体勢に戻りました。


「話が見えてこないのだけれど……。まず、僕のコピーを作れるのなら僕の個体を貸し出す必要はなかったのではないかな?」

「アッハッハ。機能的な完全複製体を作ることが技術的に可能ならば、君のようなhoproviderは必要ないだろう? そういうことだよ。……あぁいや、今はもうhoproviderではなくなったのか」

「まだよくわからないのだけれど」

「つまりね、私は君が欲しかった。でも君のコピーは作れない。そこで私は君の粗悪品を君の死体とした。君は死んだことになったのさ! そしてこれからはここで生きるのだよ。改めてどうぞよろしく」


 【No.47503】は右手を差し出されたので握手しました。急に手を大きく上下に振られたせいで、36日前に返却を受けた右腕の付け根が鈍く痛みました。


「まだいまいちわからないのだけれど。なんでこんなことをしたんだい?」

「私はただの愉快犯さ。あるいは、君に恋をした」

「まったくわからない」

「興味が湧いたんだよ」


 長髪の人間の瞳が、わずかながら真剣なまなざしに変わりました。窓から見える煙突と透明の煙へと視線を移し、慈しみの表情で言葉を続けます。


「この世界の中心に君らがいるのだ。この何もない世界の中心に集められた君を奪い取ったら、世界に何が起こるのか興味が湧いたのさ」

「何か起こるのかい?」

「起こらないだろうね。そういうものだよ。だがそれでいい。気になったものは手元に置きたい性分なのだ。そうでもしなきゃ、この世界はあまりにつまらないからね」


 【No.47503】はほんの10°ほど首を傾げました。長髪の人間は窓の向こうを見たままで【No.47503】の方を向きませんでした。


「聞いていた話と違うや。この世界は病気や怪我で苦しむ人もいないし、争いもなく、平和が約束されていると聞いたよ」

「あぁ。何も矛盾しないよ。この世界では皆幸せだ。私以外はね。きっと君を売ったご家族も今頃は人生を謳歌しているだろうさ。あの色の中で」


 【No.47503】は窓の外を振り返って、煙突が立ち並ぶ景色を目に焼き付けました。

 初めて見る風景はどことなく既視感がありました。しばらく考えて、煙突の色も空の色もすべてこれまで過ごしてきた部屋に似た灰白色なのだと気づきました。

 世界中の灰白色を寄せ集めて作り上げたような景色でした。【No.47503】は部屋の壁に触れてごく僅かに頷きました。




――Guidance ?――


――close――




 人間を集めて、ばらまいて、我々は世界に救いを提供しています。


 もちろん我々はhoproviderの皆様も救います。

 我々はhoproviderに存在価値を提供し、そして、世界から隔離します。

 隔離することが、何よりの幸せだから。


 ……あぁ、私たちだって本当はわかっているのだ。


 数百年前の人間たちは私たちを見てこう言うのだろう? 「そんな世界はディストピアだ」と。


――Monologue close――

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