9話 城下町へ
試合が始まった瞬間俺でも感じられるぐらい、ゲルドから魔力が放出される。これが騎士その長である団長の実力。ただ立っているだけで威圧感がすごい、先ほどまでの自信が一気に吹っ飛ぶ。
「どうした来ないのか、まだ斬り込む自信はないか。こないのなら、こちらからいくぞ!」
先ほどの軽い雰囲気とは違い、気迫だけでも圧倒されそうになる。急速に近づかれる。師匠ほどではないにしても素の目で追うのは難しい。龍眼を起動して動きを追う。何とかものにできた龍眼はまだ不安定さはあるものの使わなければ一方的ななぶり殺しだろう。
近づいてきたゲルドを剣にて応戦しようとするが、即座後ろに引く。あの剣はまともに受けちゃだめだ。師匠の剣が早さに重きを置いた剣なら、この人の剣は一撃に一撃に重きを措いた剣。子龍の膂力でも受け止めきれるか怪しい。
「どうした、どうしたぁ、避けてるだけじゃ俺には勝てねぇぞ。ちったぁ反撃してこい。」
んなこと言われても、斬り返す隙もまったくない、…しまった。今のは誘い文句だ、俺を一瞬でもそうさせるように仕向けるための。リズムが崩される。確かにこれは経験の差だろう。こういうこともある、それをわかっていればいくらでも対応できたのに。だんだんと詰将棋みたいに、一手一手綺麗に詰められる、このままでは敗北は必至。
だけど、意地でもこの人には負けたくない。自分でも不思議に思うほど、ああいや違うのか勝負に負けたくないんだ、この人じゃなくても、他の人であってもなぜか、剣士としては絶対に負けてもいいとは思わない。
瞬間、体中に力が溢れる、ゲルドと同じように体内に魔力が迸るのを感じる。俺に迫る致命の一撃、少し前の俺なら避けることは不可能だろう。眼で追えても体が追い付かない。でも今は、当たる刹那体をそらし斬撃をかわす。ゲルドの背後に回り込み斬りこむが焦ることもなく対処される。
「ふざけた奴め、身体強化を使えるなら最初から使えばよかろうに。それともなんだ、まさか今使えるようになったなどと言うのではあるまいな。」
呵々大笑、自分の渾身の一撃を避けられて何が面白いのかゲルドは楽しそうにこちらを見る。もう最初のような見下した目線じゃない、俺を敵と認識した目だ。今なら存分に剣を振れる。もう力負けをすることはない。体が自由に動く、剣と剣とが交差する。真剣同士の鍔迫り合いに火花が散る。
「やるじゃないか坊主、見直したぞ。たっぱもない腕もまだまだ、だというのに俺についてくるか、生意気な男だな。だがな、これくらいの修羅場幾度となく潜ってきておる。そう簡単に勝てると思うでないぞ。」
「あんたこそ最初の印象とはまるで違うな。もっと荒々しくて粗野な剣かと思ってたのに、まさかこんな綺麗な剣筋とはな。簡単に勝つなんて思っていないさ。、けど負けるとも思っていないんだよ!」
大きく切り上げる、二つの剣はそれぞれ高く跳ね上がる。どうはがら空き、後は単純どちらが先に振り下ろせるか。昨日と今日で俺がどれだけそれをしてきたと思っている。たとえトータルでは俺のほうが圧倒的に少なくても、今は俺のほうがはやい。
「おおおお!」
「ぬあああ!」
コンマ数秒だがそれだけ違えば勝敗は決まる。俺のほうが早く、あいつの頭にぶち当たる…はずだった。
「馬鹿、二人とも死ぬ気?そこまで」
いつの間にか俺とゲルドの剣はどちらも弾き飛ばされ、地面に突き刺さっていた。ほんの数秒までは絶対に持っていたのに、龍眼でも追えなかったのか。
「おおっと、つい熱くなってしまった。姫止めて下さりありがとうございます。さもなければ不肖私めが子龍様を半分にしてしまうところでした。」
「馬鹿言わないで、アモウの方が少し早かった。死んでいたのはゲルドの方だよ。」
「つまり姫様は私めを救ってくださったのかな。おおなんと慈悲深い。皆の者そうはおもわぬか!」
「然り!然り!然り!」
またこの流れだ頭が痛くなる。どれだけ好きなんだよ師匠のこと。ていうか今のはわざとだろ。この流れにするためにわざと師匠の言動を誘導した、意外と賢いのかな、やってることは馬鹿だけど。
「アモウはああならないで、いい絶対」
恨みがましい目をこちらに向けられるが、さすがにああはならないはずだ。なりたくもない。然りコールが止み。ひとしきり満足したのかゲルドがこちらに近づいてくる。
「いやぁ~悪かったな最初はまさか俺もこんな奴が子龍になるとは思って無くてな。ちょっと試してみたくなったのよ。そしたらまさかここまでやる奴だとは思わなんだ。久しぶりに楽しかったぞ。礼を言う。」
「俺の方こそ。今回の試合で一皮むけた気がする。魔力による身体強化もできるようになったし、剣の冴えもよくなったと思う。最初はいけ好かない奴だと思ったけど、意外といいやつだなあんた。」
結果はどうあれこいつのおかげで強くなれたのなら、礼を言っておくべきだろう。俺が握手を求めると、快く手を取ってくれた。やっぱり良い奴なのかも。
俺たちの間に確かな友情のようなものが出来ようとしたとき、指南所の扉が開く。
「ゲルド、貴様子龍殿を殺しかけたようだな。万死に値する。」
ものすごい殺気をまとわせてウェルトさんがやって来た。それはもうすごい威圧感で体中から魔力が溢れ、すでに臨戦状態だ。ウェルトさんには洒落が通じそうにない、騒ぎを聞きつけてここに来る途中に何かを聞いたのだろう。俺はぱっとゲルドの手から手を放す。あれには関わってはいけない、もう決して止まることのない暴走機関車だ。
「待て、待ってくれ、誤解だウェルト近衛騎士殿。俺はただこの坊主と試合を…」
「ほう、子龍殿を坊主呼びとは、いいご身分だな。遠征から帰ってきて浮かれているようだが、私が叩き直してやろう。」
「ほら、ぼ、アモウだったか、お前からも弁明を。ってどこに消えたあいつ!」
すでに危機を察知していたのか師匠に連れられ、この部屋を後にしていた俺はそんな奴の叫びを聞くだけだった。後のことは想像するのもやめておこう、考えるだけでも恐ろしい。
「止めなくていいんですか、師匠。実の姉妹からの忠告なら、いくらウェルトさんでも止まるんじゃ」
「むり、ああなったウェルトは止められるのはアイリス姉さんぐらい。姉妹の中じゃウェルトが一番強いし、実力行使でも絶対に止められない。」
アイリスさんまだ会っていないこの姉妹達の長女、その人なら止められるかもなら呼びに行くべきだろう。
「今アイリスさんはどこにいるんですか。俺呼んできますよ。」
「アイリス姉さんならいつもは図書館にいる。でもほっといていい、あいつらも少しはお灸を据えてやらないと。けど止めたいなら案内したげる。」
図書館は城の奥まった場所にあり、普段なら行かないような場所だった。中に入ると天井までぎっしりと本棚があり、その本棚にも所狭しと本が並んでいた。学校の図書館とは比べ物にならないほど大きな建造物だった。
「でかいですね、こんなに本があるところ初めて見ました。」
近くの本棚から適当に一冊とる。題名は「龍騎士ドランの邪龍討伐」見た感じ童話のようだ。
「読みたい?なら読み聞かせしてあげようか。」
「いやいや、俺は文字を読めますから。そんな子ども扱いしないでくださいよ。」
「そう読めるの、ふぅん読めるんだ。」
師匠がちょっとだけ不機嫌になる。いまいち女心は分からない。どっちかっていうと姉のようにふるまいたいのか、フェリスさんと同じで姉妹の中でも下の方だからかな。
「おーい、天羽君何してるのー」
奥のほうから雪の声がする。午後にここにきているのならフェリスさんも一緒だろうか。声のしたほうに目を向けると案の定雪とフェリスさんがいた。けれどももう一人、知らない女性がいた。赤髪で柔らかい雰囲気の人、多分あれがアイリスさんなのだろう。
「こらこら雪ちゃん、図書館内では大声出しちゃいけませんよ。他の人に迷惑ですから。」
優しそうな声音包み込むような所作がまるで、幼稚園の園長のような感じだ。けれどとても若く見える。姉妹の長女とは思えないほどの若さだ。
「アイリス姉さん、紹介するね、こいつが子龍のアモウ。今はあたしの弟子なんだ。」
「まぁまぁ、リーランにもついに、よかったわね。初めましてですね天羽君、以後お見知りおきを。それで二人はなんで図書館に?」
「実は…」
説明しようとしたときに、雪が入り込む。
「ねぇ天羽君たちもこれから一緒に街に行かない。私たちこれから、街の様子を見て回るんだ。ほら、まだ一回も城の外には出たことないでしょ。だからどうかな。」
そんなことを言われたって俺たちにはウェルトさんを止めるっていう重要な任務が、
「いいよ、行こう。最近はずっと城にこもってたから、退屈。ゲルド達のことは諦めようか。」
もともと乗り気ではなかったのか、すぐに師匠は外出の方に心持がシフトする。確かに今まで一度も外に出ていないし俺も多少は興味がある。人と龍とが共存する世界、俺が守ろうとする場所。ゲルド達には悪いが段々と心変わりしてくる。
「まあ、ウェルトさんも殺すことなんてないだろうし、放っておいても大丈夫…かな?」
「ん?ウェルトさんがどうかしたの?まあでも決まりだね。じゃあみんなで、城下町へ。そうと決まれば早く早く。」
まるで子供の用に大はしゃぎ、それほど行くのが楽しみだったのだろう。みんなを急かすように背中を押してくる。
「そういえば、なんで二人は図書館に?いつもはこの時間は訓練室の方じゃなかったか。」
「私が教材を忘れてきてしまって、せっかくですしユキ様を図書館に案内しようと思いまして。そしたら、二人と鉢合わせてびっくりです。」
これだけ多くの本があるなら、そりゃ魔術に関するものもあるか。俺もこの世界の知識を得るために今度時間があったら来てみようかな。
「では、少し待っていてください。図書館を閉鎖しますので。」
全員で図書館の外に出る。アイリスさんが施錠が終わり城の外に出る。馬鹿でかいこの城は出るだけでも一苦労だ。城門を抜けた先に、初日に見たあの景色を思い浮かべると、少しわくわくする。雪の方を見るとあいつも同じなのか楽しそうなのが見て取れる。
そして、いざ城門を抜けるとそこは。