SS 恋バナ
目が覚める。カーテンから差し込む光は太陽が高い位置にあることを示していて、時刻はすでに昼間だということがわかる。
まだ眠い。昨日も夜に他の都市で龍害が発生してその対処に向かってそのままとんぼ返りだったから、正直あんまり眠れてない。
さっきまで抱き枕になってくれていたレティも気づいたらいなくなってる。規則正しい彼女にしては遅い起床だけど、それも仕方ないよね。元から今日は何も予定はないし、夜また龍害が来るかもしれないから、もう少し寝とこうかな。
うとうとしながらそんなことを考えていた私の耳に、扉の方から声が聞こえた。この声はフランさんかな?
「ユキちゃん、レティシアちゃん、いる~?」
間違えようのない元気のいい明るい声。あんなに明朗快活な響きはフランさんしかない。どうやら私たちを探しているみたい。私がベットから這い起きる前にどうやらレティが対応してくれたみたいだった。
「はい、どうかしましたかフランさん?あ、それにセシルさんにマリアさんも」
「お、いたいた…………ごめん、寝起きだった?」
「…………す、すみません!こんな見苦しい姿で」
そんなやり取りが寝室の扉越しに聞こえてくる。多分レティもまだパジャマ姿で寝癖がついたままだったんだろう。シルクのように柔らかい彼女の髪も起きた直後はとっちらかってる。最近は彼女の髪を解くのが私の朝の習慣だったのだけど、そっか私まだ起きてないもんね。でもそれでも、レティの寝起きが見苦しいわけがない。それは私が保証できる。絶対にかわいい。
「ユキに何かご用ですか?」
「ううん、2人に、ね。その様子だとユキちゃんもまだ寝ているのかな?」
ばれちゃった。けどまあ仕方ない。2度寝の誘惑というのは、誰であれ抗えないものである。きっとあの誘惑を乗り越えられる人こそ立派な社会人になれるのだろう。
なんとか挨拶しに行こうと立ち上がろうとした時、ふとある単語が聞こえてしまった。
「せっかくの休みなんだからショッピングに行こうよ!」
ショッピング、その言葉を反芻する。かつてよく耳にしながら諸事情であまり関わり合いを持てなかったもの。
寝起きだった私の頭は即座に覚醒した。なにせショッピングである。ショッピングなんだよ!それはもう行かない手はない。
「ショッピングにいくの?!」
考える前に体が動いていた。魔力で強化された肉体は寝室の扉を勢いよく開き、フランさんたちの前に颯爽と登場した。してしまったのだ、自分も寝起きであることを忘れて。
「おお!勢いいいなユキ。だけど女の子なんだからもうちょっと恥じらいを持とうぜ」
「それを君が言うのかい?フラン」
「あのなマリア、私だって立派な淑女なんだ。むしろ女子力がないのはお前たち2人だろ!」
寝起きと諸々を見られた私とレティをよそに2人、というかマリアさんとセシルさんはちょっとした言い争いをする。料理が出来ない、言葉遣いがあらあらしい、万年乙女主義、魔法狂いなどなど。ヒートアップこそしてないけどなかなかな罵詈雑言。フランさんが止めてないところを見ると、まあ平常運転なんだろうな。学校でもこういうやり取りはよく耳にしていたし、俗に言う腐れ縁、みたいなものなのだろう。
「はいはい、それくらいに。レティシアちゃんびっくりしてるよ。あとセーちゃん、私の料理はおいしいって言ってくれる人いるんだよ」
「は?寝言は寝て言えよ。あんなもん誰が食うか」
「ヴォルフ君はおいしいって言ってくれました~」
「あいつはなんだっておいしいっていうだろ」
たしかにヴォルフ君ならそう言いそう。けど彼も彼なりに好みがあると思うんだけど、それがなかなか分からない。私の似非日本料理もおいしいとは言ってくれるけど、どうなんだろ。
「おいしいって言ってくれたことに間違いはないよ。おっとこんなことで言い争うわけにはいかないんだ。それで?2人はどうする?」
私はもちろん、何せショッピングだ。退屈とまではいかなくても、やっぱり元の世界と比べて娯楽は少ない。毎日本を読むにしても5冊程度だとすぐ読み切っちゃうし。とはいえ紙媒体だと嵩張るからほどほどにしておかないと。
「もちろん行きますよ。レティはどうする?」
「はい!私も楽しみです」
そうと決まればすぐに行動しないと時間が無くなる。なにせ女子の準備は時間がかかる。これならもっと早くに起きるんだった。
30分ほど待ってもらってようやく私たちの準備は整った。途中で3人に手伝ってもらわなかったらもう少しかかっていたかもしれない。
「それで今日はどこに行くの?」
「まだ体の疲れは残っていると思うから近くの大通りかな。龍に乗ればもう少し遠くにも行けるけど、龍にも休暇は必要だからね。さ、それじゃめいいっぱい楽しもう!」
宿は大通りに面している。いつもはその活気を窓から指をくわえて見る事しかできないけど、今日は違う。すぐそばで響く店主の大きな声。昼間から酒を飲む人たちの怒号。子供たちの小さくてもよく通る笑い声。最後以外は私の地元では聞こえないような、とても愉快な声で賑わっている。
「いつ通ってもすごいね。天神や博多でもここまで人は多くないよ」
「まあこのロンデリア通りがベルクスのメインストリートだからってのもあるし、今はほら、人も多いからね」
規模感で言うとベルクスはどのくらいだろう。体感だと街というより一つの国って言った方が正しいぐらいには広いから、人気のあるなしも場所によって違うのかも。
この通りの治安はよくも悪くもといったところ。大きい通りならともかく少しわきにそれただけで、多分治安は悪くなる。生きるため、生活するため、逃げ出してきた人たちがすることはあまり考えたくない。
「あんまり私たちから離れないでね2人とも。はぐれると大変だから」
「マリアなら魔法でパパっと見つけれそうだけどね。よぉーし!まずは軽く腹を満たそうか!」
フランの提案で私たちは近場の飲食店に入ることになった。この店は確かテノティトでも見かけた人気店だったはず。そんなにすんなりと入れる店じゃないはずだけどすんなり席に付けた。きっと元から予約してあったんだと思う。
ならこの休暇はきっと前から予定してあったものなんだろう。普段とは違う環境にさらされる私たちのことを気遣った休暇。きっと天羽君の方もカウレスさんたちが何処か連れ出しているんだろう。
店の雰囲気は外の喧騒とは打って変わって落ち着いたものだった。外の音が全くと言っていいほど聞こえず、静かにご飯を食べるのに向いていた。
「何か魔術か魔法でも使ってるのかな?」
まったくと言っていいほど聞こえないのはやっぱり不思議な感覚。これが向こうだったら最新科学の発展とでも思えるのだろうけど、やっぱりこっちじゃ魔法や魔術のおかげだと感じてしまう。
「こういうのは魔法の専売特許じゃない?魔術だったら逆に騒音を騒音で打ち消すぐらい派手なのになっちゃうよ」
「多分沈黙の精霊か、対波の精霊ですね。音の遮断を外だけに限定するとなると、対波のほうが可能性は高いかもです」
私の疑問にフランさんとレティが応えてくれた。科学の代わりに魔術や魔法がこういった普及の仕方をしているのをみると未だにワクワクしてしまう。
改めて中を見渡すと少しだけ懐かしく思える。人気店と言っても建築様式は古く感じて、ちょっとしたアンティーク調なお店みたいだった。
「2人とも遠慮しなくていいぜ。今日は私たちのおごりだからな」
「いいんですか、このご時世に」
今は、正直自分たちが贅沢していいのか分からない。だって西部ではまだたくさんの人が戦っている。東部では街を破壊された避難民たちが日々の生活にすら困っている状況なんだ。だから、やっぱり気が引ける。
「今日は自分を甘やかす日だと思って。ユキちゃんやレティシアちゃんのおかげで助かった命はいっぱいあるんだから。そのご褒美」
「無償で、何て思わなくてもいいよ。何かを為したならその報いがあっていい。私たちから送られるのはこの程度のものだけどね」
「そうそう、ま、気にしなさんな。どのみちここの店もこうやって客が来てくれねえと立ち行かないだろ」
それはまあ確かに。ならやっぱり今日は気にせず楽しむべきなんだろう。それに私が遠慮してちゃきっとレティも遠慮しちゃう。それはやっぱり私も嫌だ。
「じゃあ遠慮なく甘えて良いですか?」
「うん、それがいいよ。オンとオフはしっかりと切り分けないと精神がすり減っちゃうからね」
「じゃあこの高そうな、」
「あはは…………加減はしてね」
最後にそんなつぶやきが聞こえた気がする。けれど私とレティは滅多に食べることが出来ないデザートにくぎ付けである。右耳から左耳にその音は流れ過ぎ、理解することはなかった。
「ここはフラン持ちだな」
「まあ、年長者がもつべきだよね」
「こんな時ばっかり年長者だなんて言わないでよ!うう、私のなけなしのへすくりがぁ」
私が選んだのは上にブドウのような果物がこれでもかと乗っているパフェ。レティが選んだのは、生クリームをふんだんに使ったケーキ。
普段の私たちのおやつと言えばクッキーやビスケットといった甘さが控えめなものだった。だけど今日は、今日だけはこんな豪華なデザートを食べることが出来るんだ。
「うんうん、2人ともこの店のおすすめを言われずとも頼むなんて、いい目してるね」
どうやら2つとも人気商品らしい。当然それだけ値は張るわけで、若干、ほんとに若干フランさんの笑い声が乾いて聞こえる。でも、それでも、食べたい!フランさんの懐事情が気にならなくなるぐらいには、このデザートというかこの機会は魅力的だった。
「さてと、できるまで時間かかると思うから、何かお話でもしながら待とっか」
「と、いうと?」
「そりゃもちろん恋バナだよ!」
フランさんのその発言にセシルさんとマリアさんはまたか、といった感じで苦笑いでしてる。たぶん、彼女は常にそういった話題に飢えているのだろう。龍と戦う時はいつもありえないほど遠くから龍を倒している頼もしいフランさんは、どうやら年頃、年頃?の女の子のように恋バナに心惹かれているらしい。
「2人はほら、アモウ君とかいるじゃない?どうなの異性としては」
どう、と聞かれても、私は多分彼女が期待するような答えを返すことはできない。もし純粋に彼をそういう目で見られるとしたら、どんなに幸せだったろう。それならきっと、あの時彼を引き留めることもできたかもしれない。
私にある想いはひどく色褪せたもの。恋心なんて言葉で表せるほど色鮮やかじゃないし、かといった淡くもない、ただの滲んで傷んだ赤色。彼の在り方を決めてしまったのは私だから。
「大事な、家族ですよ」
けど彼との関係性を表すとしたらこの言葉が一番しっくりくる。もう10年以上も同じ屋根の下で一緒に過ごしているんだから、たぶん。それ以上を求めることも、それ未満であることも、これから先ないのだろう。それがいいんだ、それで。
「あ~やっぱりユキちゃんはアモウ君と似たような答えだよね。それでレティシアチャンの方は?」
期待外れ、ではあったものの予想通りではあったらしい。そっか天羽君も似たようなこと言ってたのか。それにしてもレティの答えは私も確かに気になる。
「友達、ですよ?異性として、と言われてもすみません、いまいち意図が理解できなくて」
一瞬、ほんの一瞬だけど静寂がこの場を包んだ。いかに静かな店内といえど、私たち以外にも数人客がいるはずなのに、それでも私たちの耳はそのレティの発言を理解するのに時間がかかった。
「ユキちゃんちょっと」
フランさんに呼ばれて4人で席を立つ。レティは不思議がっていたがついてこなかった。
「あれは、真面目に言ってる、よね」
「多分、そうですね。恥ずかしがって隠している様子もないですし。私もちょっと予想外でした」
これで意識しているとか、大事な人、とか言うのであれば私だってそれとなくフォローする。けど分からないって、そんなの小学生の女の子じゃないんだから。
「レティシアちゃんってさ、精霊の森で暮らしてたんだよね」
「それがどうかしたのかマリア?」
「あそこよっぽどのことがない限り、人が寄り付かない場所でしょ。だからそういった情操教育とかもさ」
そう言えばレティから故郷での話をあまり聞かない。精霊がたくさんいる、という話は聞いているけど両親の話や、それこそどんなふうに過ごしてきたか、なんて話はほとんどない。レティが意図的に避けてきたのか、いや、違う。多分、私も天羽君もそういった話題は出しづらい身の上だから、話題にすら上がらなかったんだ。そっか、私たちレティのことあまり知らないんだ。
とりあえず藪蛇にならないようにと、そういった話を今触れるのはなし、ということで席に戻った。
「4人ともどうしたんですか?」
「あはは、ちょっと…………トイレにね」
こんなすぐばれるような嘘すぐば、
「大丈夫でしたか?体調が悪いのなら、すぐ宿に、」
「大丈夫、大丈夫!もう大丈夫だから」
少しだけ心配になる。レティはあんまり人を疑わなすぎる。どれだけ親しくても人は簡単に嘘をつくのに。
「そうですか?大丈夫ならいいですけど。あ!注文した商品もう来てますよ」
机にはデザートが所狭しと並んでいる。写真で見るよりもおいしそうに見える。というか絶対においしい。この世界に来てから実質初めての本格的なデザート。夢の中でのあれは流石にノーカンだろう。
席に座りなおし一口頬張ると、ブドウのような果物(ポクの実というらしい)の酸味とアイスの甘さが口いっぱいに広がってとてもおいしい。暑く乾燥しているベルクスだからからこそ、よりこの冷たく瑞々しい甘さが身にしみる。
まずい、毎日食べたい。けどそんな時間はないし、お金もない。子龍の体になったとはいえ太るものは太る、いやていうか太った。これ以上太らないためにも我慢、するしかない。
「そういえば、異性としてとしてどう、とはどういう意味なんですか?フランさん」
「ん゛!」
予想外の所から話題を振られたフランさんは飲んでいた紅茶を吹きかけていた。もしすかさずセシルさんが口に手を押し当てていなかったら多分吹きこぼれていただろう。かわりにすごいむせてたけど。
「とっとと飲み込め馬鹿」
「大丈夫ですか!?」
「だい、じょうぶ。えーとごめん、もう一回言ってもらっていい」
聞き間違いだと思いたい。きっとフランさんはそう思っているんだろう。私だってレティがそういうことを言うとは思わなかった。でもまあ気にはなるの、かな?女の子なんだし。
「ええと、異性とし、」
「あ、うん、だいじょぶ、聞き間違いじゃないことはわかったから。う~ん異性として、かぁ。でも私も説明をするのは難しいかも。やっぱりここは専門家に任せますかね。というわけでマリアよろしく」
「な!私は別にそんなんじゃ。こういう時こそ無駄に長く生きてきて培った知見を披露するべきでしょ」
いきなり矢面に立たされたマリアさんはだいぶ「無駄に」を強調してボールをフランさんに返す。
言い争いというよりかは、嫌味の言い合い。相手を傷つけるのではなくあくまでスキンシップの一環。さっきも見たけど多分彼女たちにとってこれが日常なんだろう。いつしかセシルさんも巻き込んでしまって少しだけヒートアップした3人を見ながら私とレティはデザートを完食する。どうやらレティもこの光景には慣れたっぽい。
食べ終わってもレティは自分が抱く疑問を消化できていなかったようで、ついに私も矢面に立たされた。
「ユキは知っていますか?異性として、という意味合いを」
「うーん。もう、忘れちゃったかな」
「忘れたのなら仕方ないですね」
「ごめんね、でもきっと自然と分かるようになるよ。たぶん…………」
そんな曖昧な返事しか返せない。だからこの恋バナはここでおしまい。さて午後、というか日没までショッピングを楽しみますか。




