8話 王立龍狩騎士団
「それで、昨日はあまり眠れなかったと、ふ~ん天羽君怖くて眠れなかったんだ。」
昨日の夢のことを魔力制御の練習中に雪とフェリスさんに話したら、俺のことを怖くて眠れない子供のようだと揶揄う。魔力制御のほうはまだまだで体外への魔力の調整は体内のそれよりも極めて難しい。いまだ強すぎたり、弱すぎたりする。
「そんなわけあるか。昨日はずっと考え事してて、それで寝不足なんだよ。一体何なんだよあれは。」
結局昨日はあの後眠れず、幽霊のことや廃墟について色々考えてみたが、全然図らなかった。
「魔力とかがあるなら、この世界に幽霊って実在するんですか?それともこっちでもやっぱり眉唾?」
「んー幽霊がいないと断言するのは難しいですけど、この城が壊れるなんてことはありえないと思いますよ。何せここは、ウェルト姉さまの近衛兵や精鋭の騎士団が守護する鉄壁の城塞都市ですから。安心して下さいね。ああ、また魔力が乱れてる。集中してください、集中ですよ、集中。」
フェリスさんでも幽霊がいるかどうかもわからないなら、あれはやっぱり生きてる人間なのか。けれど声も聞こえず、こちらから触れる事すらかなわない、彼女は一体…
「ほう、俺の城が崩れるか、面白い冗談だな。それはつまりこの国が負けたと言いたいのか?」
突然後ろから声がかかる、昨日に続き今日も。最近こんなことばっかだ。だが訪問者は昨日と違って師匠じゃない。この声を聴くのはこっちに来て二度目だ。
「王様、どうしたんですか、こんなところに。」
雪も驚いたようだ。たしか日中は公務が忙しくてまともな休み時間すらないとか前ノルディックさんから聞いたような。
「何、子龍の成長具合を見に来ただけよ。そうか、属性が一人に偏ったか、だが天羽の方は魔力量が並外れている。それを加味すれば五分といったところか。」
その金色の目は何もかもを見通しているかのように、俺たちの状態を的確に言い表す。
「その目、龍眼を扱えるんですか?王様も昔は剣士だったんですか?」
「いや、俺は剣士ではない。先王の騎士だった。この国の習わしでな、王太子のうちは必ず、軍務につかなくてはならぬ。それで騎士となったのだ。」
「騎士と剣士は別物なんですか?呼び名や階級が違うだけじゃなくて?」
今の王の話ではその二つは区別されていた。単純に役職の違いでしかないと思っていたけど、どうやら違うようだ。
「それはですね、騎士は魔術と剣術どちらも扱えて、お父様からの許しを得た人しか名乗れない称号です。剣士は魔術が使いたくないか、体外での魔力操作が苦手で魔術を使えない人達のどちらかですね。要するに騎士は精鋭中の精鋭なんです。」
魔術も剣もどちらも使えて騎士を名乗れる。なら魔術が扱えない俺は絶対に名乗れないな。まあ気にする事でも無いけれど。
「そういうことだ、天羽は剣士の道を選んだか。リーランに存分に鍛えてもらうがいい。ん?その剣リーランからもらったのか?」
王様が腰に佩いている剣を見つける。昨日師匠に貰って言いつけ通り、日ごろから持ち歩いている。物騒かもしれないがそう思う人はここにはいないし、何よりまあまあ重いから、重心が傾かないように日頃からみにつけている。
「昨日、師匠が部屋に来た時に貰いました。何回か振ってみましたけどいい剣ですね。握りやすくて、刀身もとても綺麗で、こんないい剣貰ってもいいんですかね。」
「当たり前だ、その剣は昔俺がリーランに譲り渡した俺の剣なのだから、となる龍の身骨から鍛え上げられた至上の一品よ。」
そんな大事な剣、俺が持っていていいのだろうか。親子二世代にわたって、この剣を使ってきたのにそれを手放すなんて。
「いいんですか、王様。俺が貰っても。王様にとっても師匠にとっても大事な剣なんじゃ。」
「たわけ、すでに俺の手元から離れたものをリーランがどう扱おうと、俺の知ったことではない。それにあいつはその剣がお前を守ってくれると思っているのだろうよ。受け取っておけ。」
そういうことなら貰ってもいいのだろうか。剣が俺を守る、そんなことがないようにももっと強くならないと。
「それはそうと、そろそろアモウはリーランのところに行かなくてはならんのではないか?あいつは怒らせると面倒だぞ。」
いけない喋りすぎた。時計はそろそろ13時を回る。急いでいかないと、午後の訓練に間に合わない。
「それじゃあ失礼します。雪またあとで。」
急いで部屋を出る。走っていったらまだ間に合う時間だ。道のりは昨日覚えたので迷わず進むことが出来る。最上階は人もいないから走ってもぶつかることはない。何とか午後になる前に稽古場につく。
「遅いよ、弟子なら5分間にはついて、素振りを終わらせるぐらいじゃないと。それじゃあ、まずは素振りをしてて、終わったら昨日みたいに、じゃないか、今日は後で客が来る。その時に教えるよ。」
「客?誰か来るんですか?」
「そう、馬鹿どもの集まりがね。」
そう言ったきり、師匠は自分の稽古に戻る。馬鹿ども一体だれが来るのだろうと考えながら、昨日と同じように剣を振るっていく。
―3時間後―
稽古場のとびらが開き大勢が入ってくる。白銀の甲冑に身を包み一糸乱れぬ動きで整列する。一番前にいる、大柄の男が師匠の前に跪き深々と一礼する。
「久しぶり、元気だった?ゲルド」
「姫殿下に措かれましてもお元気なようで安心しました。いつものように、いや、いつも以上にお美しい。」
「やめて、気持ち悪いから、いつも通りでいいから。紹介するね、この馬鹿はゲルド・マクバ王立龍狩騎士団の団長。一応あたしの上司。」
歯の浮くようなセリフを吐いた男は騎士団の団長らしい。さっき聞いた通りならばエリート中のエリートなのだろう。体つきもがっしりしていて師匠よりも見た目だけは一層強く見える。
「初めまして。子龍としてこちらの世界に来た、久美天羽です。どうぞ気軽に天羽とでも呼んでください。」
「ほぅ、しっかりした若造だな、なかなかどうして人間として立派に見える。だが剣士としてはどうなのだ?ん?そんななよっちぃ体では、ただの龍にすら勝つことが出来ないんじゃないのか。」
「まって、天羽は昨日鍛え始めたばかり、それに龍人に体格なんて関係ない、いつもの調子で言いといったけど、脳筋理論を許したわけじゃない。」
さすがにあんたと比べたら誰だって体が細く見えるだろう。弱そうに見えるのは事実だし、たいして腹は立たないのだが、初対面の人に対してその態度はどうなのだろう。
「まあまあ姫さんや、そうかっかするんじゃない。せっかくの美人が台無しだ。なあお前ら、そう思うだろう。」
「然り!然り!然り!」
厄介なファンがこんな感じだった気がする、っていうか騎士団全員こうなのか。師匠が馬鹿どもというのも頷ける。さながら俺は抜け駆けしてお近づきになろうとする全員の敵ってところか。なんて厄介な。
「それでゲルド、何しに来たの?まさか本当にあたしに会いに来ただけってわけなじゃないよね。」
「もちろんそれも理由の一つだが、一番の理由は陛下に子龍様の相手をしろと仰せつかったからだ。いまいちぴんと来ないんだが、強いのかこいつ?」
まったく失礼な奴だなほんと、それにしても騎士相手だと今の俺じゃあ太刀打ちできないだろ、相手は魔術も使うし、それに当たり前だが実践の経験がある。それがあるとないとじゃ大違いだろう。
「もちろん、あたしの弟子だよ。じゃあ、魔術なしの真剣勝負。あたしが止めるまで試合が続くから、そのつもりで。」
止めてくれるかと期待はしたが、残念なことに試合はやるらしい。今この場に俺の決定権などないに等しく、流れに流されるまま試合をするしかない。
「まあよかろうて、こっちは適当に騎士団から一人ずつ負けたら交代ってことで。じゃあ…おいエリックお相手差し上げろ。」
騎士団でも若手の男が出てきた。爽やかそうな青年でとてもじゃないが強そうには見えなかったが、それはお互い様だ。
「よろしくお願いしますよ子龍様。安心して下さいね、手加減して差し上げますから。」
ナチュラルに下に見られている。まあ無理もないか、こっちは昨日初めて剣を握ったのだから。
「双方準備いい?じゃあ、はじめ」
エリックがこちらに走り出す、だけどさすがに師匠ほどじゃない。避けるだけなら問題はない。横の大振り、一発で決めようとしているが、それを後ろに避ける。
「おお、意外とやりますね。じゃあどんどん行きますよ。」
さっきよりかは一段早くなったが、まだまだ余裕だ。次々と斬りかかられるが一回も当たらない。何度かヒヤッとする場面があったが、それでも剣で受け止められる。
「っく、この、ちょこまかと、いい加減に」
俺に必死に迫りくるが、当たることはない。少し自分の剣に集中しすぎている。相手の行動をまるで見ていない。これなら、
「てい」
そんな気の抜けた声が無情にも響く、わずかな隙、それで十分だった。俺に翻弄されたエリックは若干反応が遅れ首に剣がそえられる。
「まて」
師匠の止めが入り試合はそれで終了する。エリックは悔しそうに後ろに下がる。
「おいおいエリックよぉ、いくらお前たちが龍専門の龍狩騎士だとしても、初心者相手に負けるってのはどうなんだ。ったく次はどいつがやる、誰でもいいぞ、………なんだ誰も名乗り出ねぇのか、しかたねえなあ。おい小僧次は俺だ、文句は、なさそうだな。」
魔術も封じられ、対人想定でもないなら仕方がないだろう。けれどこのぐらいの速度なら俺でも対応できる。
「かまいませんよ、さあやりましょう。」
「はっ嫌いじゃないぜそういう顔、でもな、経験の壁ってやつをお前に叩き込んでやる。」
「双方構え、形式は一緒、じゃあはじめ。」