SS 知り合い以上友達未満
リヴィングスへの道のりは龍に乗っても3日ほどかかるらしい。つまり最低2回は野営をしないといけないんだが、あいにく俺も雪もそういったものの経験はほとんどない。昔、孤児院のみんなと一緒に簡単なキャンプをしたことがあるくらいだ。それも精々火を起こして、カレーを作る程度のもの。せめてもう少し準備をする時間が欲しかったな。
太陽はすでに傾きつつある。3人と3匹だけの静寂。眼下に見える廃れた街がこの国が本当に死んだということを、これでもかと分からせてくる。本来ならあの夢に見た景色のように、人と龍とが共に住むものだったそれは、今はもう沈黙を貫いている。
人がいなくなった廃墟はそれだけで不気味だ。本来なら人がいて初めて成立する人工物は、この自然豊かな大地の上では異質な滲みとなっていた。
丸1日飛び続けたせいか流石にカノンたちも疲れが見えてきている。昨日は夜通し飛んだが、今日もというわけにはいかない。カノンたちが潰れたらそれだけロスになる。それに夜間の飛行は危険が伴うらしい、昨日はともかく今日は休まないとだろう。
「2人とも今日はあの街で休憩しよう。そろそろカノンたちも限界だ」
「分かった。レティもそれでいい?」
「いいですよ。私は2人の決定に従いますから」
それは、まあ今はいいか。まだ出会って間もないわけだし、彼女も遠慮しているのだろう。雪のようにこれから打ち解けていけば、遠慮もなくなるはず。ただ雪と違って時間はかかりそうだけど。
カノンとニースが街へと降りていく。街はかなりの大きさで、俺や雪が通っていた学校がある街よりも広そうだった。それなのに街を囲うようにきちんとした防壁がある。あれだけ立派なものを作るのには魔術や魔法はやはり欠かせないのだろう。
しかしその防壁も大部分が崩壊している。龍害による侵攻、その結果があれだとすると、やはり恐ろしい。それでも防壁があったと分かるのは都市の玄関口である立派な門だけは無事だったからだ。今でも誰かの帰還を待っているその門は、けれどこの街と同じように俺たちを前にしても沈黙している。やはり、もうこの都市は死んでいるのだ。
「開かない、か。崩れてるとこから入ろうか。誰も咎める人はいないだろうし」
「だね。けどやっぱり寂しいね。この街に私たちしかいないなんて」
探すとそれはすぐに見つかった。簡単に登れそうな瓦礫の山があり、それを超えれば街へと入れそうだった。俺や雪は子龍の肉体だから簡単に登れるだろう。けど多分レティシアは、
「1人で登れるか?レティシア」
「えっと魔法を使えば登れます。大丈夫ですよ」
「わざわざ使うような場面でもないだろ。ほら、手、かして」
彼女は少しだけ戸惑って、結局こちらへと手を伸ばす。レティシアを抱きかかえ、瓦礫の山を登っていく。
前だったらこうもいかないのだろうが、今はこんなにも簡単に人を持ち上げることが出来る。もしこんな力があれば、昔も、いや無理な話か。
「どうか、したんですか?」
瓦礫の山を越えて、考えていた俺を不思議がったレティシアが話しかけて来る。その顔は微妙に心配の色が出ていた。ああ、自分が重かったのでは、とでも思ったのか。
「いや、なんでも。雪、そっちは大丈夫か?」
「うん、大丈夫。このぐらいならへっちゃらだよ」
ほどなくして雪も瓦礫を超え、街へと入る。灯りのない夜の街に人の営みは感じられない。門の前なので大通りであったはずの道路は、そこら中に瓦礫が散乱しており、とてもじゃないが賑やかだったころの姿は想像できない。
「まずは雨風が凌げる場所を探すか」
「ホテル、ああいや宿屋があった場所とかなら、いいんじゃない?元から人が泊まる場所だし、それなりの設備が残っているかも」
とりあえず3人で手分けして宿らしき建物を探すことになった。本当はそこらの民家にでも入ればよかったのかもしれない。けれど誰かが生活していた空間で一夜を過ごすのはどことなく気が引けた。それが俺だけならまだしも多分2人とも。例え壊れてしまった民家にも帰る誰かがいるんだ。その人たちを差し置いて家に入るのは、やはり気が引ける。ただもし宿屋が見つからなければ、俺から言おう。休めなければ話にならない。
「宿は…………なかなか見つかりませんね」
こんなに大きな街なら1つくらい大通り沿いにあってもおかしくはないはず。けれど見つからないとなると、ここはそういった通りじゃないのかもしれない。
どのみち私じゃ見つけられないと思う。2人と違って体力もなければ、都市社会に明るいわけじゃない。ここはあの森と違ってあの子たちの声をじかに聞くこともできない。
要するに私は役立たずなのである。
「私、2人の旅についていけるのかな」
漠然とした不安がこみ上げる。2人のことを支えたい、助けたいという思いは確かにある。でもそれだけの力が私にあるかと言われると、多分ない。
魔法使いが子龍の戦闘に介入できる、そんなことを思えるほど私の認識は甘くない。そもそも地力がまるで違うのだから、それは無理もないことなのかもしれないけど、
そんなことをうじうじと考えていると開けた場所に出た。そこの中心には機能していない噴水があり、街の広場だということがわかる。奇跡的にも噴水は壊れておらず、ただその機能だけを停止していた。
「よかった。あれなら浄化して飲み水にできる」
例え戦いでは役に立てないとしても、せめてこういったところではあの人たちを支えたい。2人の旅が快適とまではいかないにしても、不便なことが無いように頑張らないと。
水筒に水を汲もうと噴水に近づく。少し汚れているがこの程度なら手持ちの精霊で綺麗にできる。そう思って魔法を使おうとすると、水面に巨大な影が映った。
「え?」
もし咄嗟に頭を下げていなかったら私の体は、あの巨大な鉤爪に捉えられていたかもしれない。いやそれ以上に引き裂かれていただろう。
私の目の前で無残にも噴水が破壊される。あの龍害を奇跡的に乗り越えた噴水も龍の突進一つで簡単に崩れ去った。
「どうして、幻術で私たちは捕捉できないはずじゃ」
ノルディックさんの魔術による幻術。そのおかげで私たちは今まで龍に見つからずに移動できていたはず。だというのに、今目の前には私を殺そうとした龍が体勢を立て直していた。
頭が回らない。でも今動かなかったら間違いなく私は龍に殺される。
なにか、なにか、なにか、なにかをしないと。
龍を倒せる魔法なんていくらでもある。けど口が、手が動かない、今たしかに目の前に私を殺そうとする存在がいるのに私はただ恐怖に怯えることしかできない。だって知らなかった、死に直面するということがこんなにも恐ろしく、寂しいものなんて。
それでも必死に喉から絞り出した言葉は、
「たす、けて」
あんまりにも情けない言葉だったのです。
龍が身を翻す。その眼が私を捉える。私は何もできないまま、こうやって死んでしまうんだ。何もできない、魔法紡ぐことも、戦うことも、逃げることも、けど助けを求めたことだけは確かだった。
その声が届いたかなんてわからない。でも私の微かな願いは確かに届いていた。
「立って、立つんだ!レティシア」
「え、」
目の前を見ると今にも私を噛み砕こうとしていた龍はアモウによって阻まれていた。龍の膂力を体いっぱいに受け止めている彼は、それでも一歩たりとも後ろに下がることはなかった。
2秒ほどかかってようやく私は彼の言葉を理解する。理解して飲み込んでそれでどうにか立とうとするも、私の体は言うことを聞いてはくれなかった。そのことをアモウに言う前に彼はそれを察したのか、龍を蹴り上げ、私を抱えて一度距離を取った。
「大丈夫か?レティシア」
「あ、えっと、すみ、ません」
申し訳なさで胸がいっぱいになる。私が龍に対応していたらあんな危険な状況にはならなかったはずなのに。私のせいでアモウが怪我をしてしまった。
「別に感謝を求めるわけじゃないけど、そういう時はありがとうの方がいい。助けられる側に非なんてないんだから」
「でも、うで、血が」
「これは、俺の選択の結果だよ。だからレティシアが気に病む必要はない」
怪我を私を助けようとして負った怪我を私のせいじゃないという。そんなはずない、でも確かに誰かに助けられた時に言う言葉が謝罪の言葉だけなのは、ダメだろう。
「あり、がとうございます。もう、大丈夫です。自分で立てます。でも怪我は、」
「大丈夫このくらい一晩あれば治る、はず。そんなことよりまずはあの龍を倒そう。これ以上この街で暴れさせるわけにはいかない」
そう言うアモウの腕は振るえていた。怪我による震えじゃない。何かに怯えるようなそんな震え。でも何に?子龍が一体何に怯えるのだろう。彼の力さえあれば、あんな龍簡単に倒せるはず。それでも彼は怯えていた。そして、立ち向かっていた。
戦いの結果なんて、最初から決まっていた。彼の握るあの純白の剣が綺麗な弧を描いて龍の胸を切り裂く。それだけで龍の動きは止まり、その命を終わらせていた。
「よかったよ本当に。レティシアが無事でほんとよかった」
「助けてもらってありがとうございます。アモウがいなかったら私、」
「おーい2人とも!宿が見つかったよ」
そんな声が不意に聞こえる。ユキの声は緊張しきっていた私の意識を弛緩させる。さっきは自分で立てると嘯いた私はまたしても膝を着いてしまった。でも今度は恐怖によるものじゃない、安堵しきった私はつい力が抜けてしまったのである。
「え、天羽君怪我してるじゃん。大丈夫?」
「こんぐらいならしっかり処置すれば明日には治ってるから大丈夫。それよりレティシアを宿まで運んであげよう」
「あ、あの自分で立てますから。そんな気を遣ってもらわなくても」
「気を遣ってるのはそっちだろ。ほら遠慮しないで」
でも、アモウは私のせいで怪我を負っている。そんな彼にまだ頼るのはやっぱり気が引けるというか。それにもう少しすれば、きっと立てるようになる、はず。だから、
そんな私の思惑を意に介さず、彼は私の前でしゃがんでくれた。ああ、背中に乗れということなのだろう。きっとこれは彼なりに歩み寄ってくれている。頼りにしてくれと、そう言うことなのかもしれない。
たしかにこのまま私が遠慮し続けたら、縮まるものも縮まらないのはわかっている。ただやっぱり少し気恥しい。でもだからこそ一歩前に進まないと。これから彼らと一緒に旅する者として、せめて頼り頼られる関係にはなりたいんだ。
「あの、その、お願いします」
「ああ、もちろん。ほら掴まって」
彼の背中に体を預ける。その背中はそんなに大きく無くて、私と同じ年相応の少年なのだということを感じさせる。勘違いしていた、彼は子龍である前に17歳の少年なんだ。怖くて当然だ、龍を前にして震えるのも無理はない。それでも彼は立ち向かったんだ。恐怖があろうと、前へ。それはきっと子龍だからじゃない、アモウがアモウだから立ち向かうんだ。
彼が歩を進めるたびに揺れる背中。昔お母さんにおぶってもらったときのように安心感がこみ上げる。
「そういえば天羽君、まだレティのことレティシアなんて呼んでるの?いい加減親しみ込めてレティって呼んであげなよ」
「いやでも、それは」
「レティでお願いします。私ももう遠慮はしませんから」
少し悩んだアモウはそれでもこちらに一歩、歩み寄ってくれました。
「わかったよ、レ、レティ」
少し照れた言い方に私と雪は小さく笑ってしまったのです。




