52話 黄昏は終わりを告げる
皆さま大晦日はそかはいかがお過ごしでしょうか。まだ私は時計を見ていないので年が明けているか分かりません。シュレディンガーの年越しということですね。お待たせしてすみません。これ含めてリヴィングス前編はあと2話です。2025年までには終わらせますよ
「どう、して、龍核廻転は、」
「使用者は龍核の一部となる、ですか?ええそうですね。私としても賭けでしたが上手くいってよかった」
龍核廻転、人を犠牲に龍装に封じられた龍を呼び起こす禁術。具体的な方法は分からないが、少なくともベルクスにおいて、龍になった人はそういった素振りを見せることはなかった。ならなぜあいつが、あいつだけが生き残る?
「人工的な子龍への試み、その恩恵か」
「流石は王族、無駄に長生きはしていませんね。だが、これで対等だ」
龍の下半身に人の上半身、とても歪なその姿でようやく対等だとアギナルドは言う。確かに魔力量は俺とカウレスに並ぶ。元の人だった頃のアギナルドの魔力量とは比較にならないほどの量だった。
「あなた方が龍の頭部を破壊してくれたおかげで表層に出ることが出来ましたよ。肉体の主導権はやはりあちらのほうが上でしたからね。さて、終わらせますか」
何でもないようにアギナルドはそう呟く。その瞬間、下半身から溢れる黒糸が俺たちを襲う。さっきまでとの黒糸と違い、1本1本が太く鞭のようにしなっていた。
油断していたわけじゃない。けれど、もう魔力が底を突きかけようとしている中、全力の龍核解放を使った直後のこれだ。
鈍い音が左腕から響く。骨が粉砕される音、昔経験したそれとはまるで違う痛みに一瞬意識が飛びかける。地面に衝突する痛みが無ければ本当に気絶していただろう。
「ぐっ…………あ」
痛い。だいぶ痛覚が鈍くなってもこの痛さ、多分そういう魔術か何かが乗ってる。ベルクスでやられた時と同じなら、それこそヴォルフぐらいじゃないとどうにもならない。
遠くで誰かに呼ばれている気がする。レティかカウレスか、いや、それよりもまずたってここから離れないと。
表面的には傷が治りかけている左腕を庇ってそこから離れる。みてくれはともかく中身はぐちゃぐちゃだ。両手では振るえないな。
追撃はない。いや、俺以外に集中している。俺以外の2人は初撃に対応できたのか。不甲斐ない。ぼやけた視界がようやくクリアになる。魔力を流してないと、やっぱり見えずらいな。
「アモウ、大丈夫ですか!」
「だい、じょうぶ。なんとかガードは間に合った。けど左腕はしばらく無理かな。肩の傷も治り切ってないみたいだし」
駆け寄るレティには傷がなかった。自力で対応したのか、それともカウレスが庇ったのか。いづれにせよ彼女に傷が無くてよかった。時間があれば治る俺と違って彼女の傷はそう簡単には癒えないから。
「アモウはまだ、戦います、か?」
そう問うレティの顔はとても複雑な表情をしていた。傷ついてほしくないのだろう、けど誰かがあれを殺さなければこの戦いには勝てない。カウレスももう限界だ。1人であれの相手をするのは多分無理だろう。そのことをレティも分かっている。
だから、俺はまだ戦わないといけない。
「戦うよ。それが俺の責務だから」
そう返すと彼女は少し寂しそうな顔をする。彼女からみれば、俺は戦いを強いられているように見えるかもしれない。確かに戦いたくなんてない。でも俺は、それ以上に誰かを救わないといけないんだ。
「…………分かりました。必ず勝ちましょう」
「ああ、そうだな。勝たないとな。急いでカウレスと合流しよう」
元居た場所からここまではかなりの距離がある。子龍の膂力で踏ん張ってもこの距離だ。もうアギナルドの規模を人と見る事は不可能だろう。もうあれは龍だ。人類の生活を脅かし、敵対する龍。
レティを抱えカウレスの下へと駆ける。あの物量だ。身体が大きいカノンは上空に待機している。
触れれば激痛、だけどおそらく他人を支配する力はなくなっている。そうでもなきゃ打撃なんて手法は選ばないだろう。刺すなりなんなりして拘束するのならともかく、吹き飛ばすほどの威力は嚙み合わない。
幸い痛みならまだ我慢できる。どのみちあの威力の打撃を、むざむざ受けるわけにはいかないけど。
「おや、無様にも吹き飛ばされた子龍が戻ってきましたか。あの場で倒れていればよいものを」
「カウレスを1人にするわけには、いかないからな」
襲い来る黒糸の軌道をアドで逸らす。まともに受けてもいないのに右腕に残る痺れ。この黒糸がまだ十重二十重にも行く手を拒んでいるのだから、剣1本じゃどうにもならない。
「頼むレティ」
「任せて下さい。愁嘆の精霊よその権威を示せ『悲哀の落涙』!」
雨が降る。時間的には夕立のようなそれは、けれど勢いはなく、しとしととこの場を濡らす。ただ雨を降らせる魔法、それならばレティシアも使わないだろう。その雨は黒糸にしみこみ、その動きを鈍くする。ただ水の重みで遅くなったわけじゃない。それ以上に魔法という具現化した法則が黒糸を縛る。
「チッ!やはり魔法は邪魔ですね。大した力もない癖にこちらの邪魔ばかりする!」
「よそ見をする余裕など!」
炎が爆ぜる。黒糸の妨害が落ち着いたからか、これまで受けに回らざる得負えなかったカウレスが攻め始めた。たった一振りで並大抵の龍なら一撃で龍核まで破壊でそうなカウレスの一撃は、アギナルドが握る剣によって弾かれる。
あの剣を俺は知っている。見たのはたったの1回、それも夢の中で。それでもあの翡翠色の刀身を俺が見間違えるはずもない。
「っ!ブラックモア!」
「ええ、この剣にはとても助けられましたよ。これからも私が使いつぶしてあげます」
「ふざけるな、それは師匠の剣だ!」
動きが鈍重となった黒糸を掻い潜りアギナルドへと接近する。龍となったことであいつの腕も再生している。その剣さばきは二刀だったころと遜色がない。龍核解放はおそらく打ててあと1度。タイミングを見極めないと。
だが奴の注意は俺には向いていない。まるで俺のことなど眼中にないように適当にあしらっている。その眼はもうカウレスのことしか見ておらず。他のことは些事としか思っていないのだろう。
多分こいつはもう、自分に与えられた役割を放棄したんだ。いやもしかしたらもうやり遂げたのかもしれない。けれど少なくともアギナルドの内に秘めた欲望を遮るものはない。未熟な自分の思いを否定したい理性も、龍によってリヴィングスを崩壊させるという役割も、こいつの中には残っていない。
全て、そう全ては、自分の居場所を奪ったカウレスを殺すために。
「そうまでしてカウレスを殺したいかアギナルド!」
「もうあなたには興味がないのですよ子龍。私は私という全てをもって貴様を殺すのだ、父さんを奪ったお前を!」
アギナルドは子供じみた思いを叫ぶ。昔日に刻まれた思いは終ぞ消えることなく今までアギナルドの中で燻っていた。子供の頃の思いをいつまでも胸に抱き続けた彼は、数百年を生きてもまだ確かに子供だった。
これは子供の喧嘩の延長だ。兄弟が父母を巡って喧嘩するそんなありふれたものだった。けれどその喧嘩はどちらかが大人になれば無くなってしまう。今回は偶々弟が先に大人になっただけだ。
「お前の悲しみを俺は知っている。父に刃をむけられる痛みを知っている。それでも俺が剣を握るのはお前がリヴィングスの敵だからだ」
「何を、何を言って。私が殺したいのは王子としてのお前じゃない!ただ感情のまま俺を殺そうとするお前だ!」
一方通行の思いは届かない。もうカウレスは成長してしまった。進まざるを得なかった。その痛みも悲しみも教えてしまったのは紛れもないアギナルド自身だ。師を、父を殺すという同じ選択を取った2人だが、1人は進み、もう1人はその現実を見ようともしなかった。
その思いを突き放された、いや受け入れられたアギナルドの攻撃はさらに苛烈になる。あの痛みを悲しみを味わっておきながら復讐という選択肢に走らずに相手に同情する。その精神構造を彼は受け入れなれない。
「貴様ならどうする子龍!目の前に親の仇がいるというのにその仇を殺さないという選択肢がとれるのか!」
「…………例え相手が親の仇であれ、大量殺戮の実行者であれ、俺は人を殺さない」
天羽にも問いただすが望んだ答えは返ってこない。誰であれそうではないだろう。だがここにいる2人は、父の死を自分の責任と思い人を救うと決めたもの、師の願いをくみ取り騎士たらんとするもの。
「気色悪い!気色悪いにもほどがある!ならば諸共に死んでしまえ!」
感情に身を任せ、単調な攻撃を2人に仕掛けるも雨によって鈍重となった黒糸は2人には届かない。紙一重で避け、アギナルドの龍体を刻んでいく。
アギナルド本体には近づかない。ブラックモアの間合いの外、そこでならアギナルドに邪魔されることなく、龍の体にダメージを与え続けることが出来る。一進一退、けれどその均衡が続く限り天羽たちの勝利はない。2人の龍血脈動の限界、レティシアの魔法の維持。もし何かが崩れればこの均衡は破られるだろう。
故に崩す側は彼らではないといけない。
「アモウ、しばらく1人でも大丈夫か?」
黒い嵐が吹き荒れる中、カウレスが天羽に近づく。それまでは互いの隙を埋め合うように攻撃を続けていたが、一度集まり背中合わせに互いを庇いあっている。時間の無い2人にとって、それは時間を浪費することにつながる。しかしそれはただ単調に攻撃するのも同じ。状況を変えうる何かがない限り、敗北は濃厚だろう。そして彼らの死はリヴィングスの敗北にも直結する。
「何か、あるのか?」
「ああ、多分それで隙を作ることが出来るはずだ。だから」
カウレスの秘策。たとえそれが何であれ、この硬直した状況を動かすになるものなのだろう。なら無理をしない道理もない。時間が経てばたつほどこちらが不利になる。なら打開策は早いほうが良い。
「最大の一撃を、か。任せてくれ。でもたぶん10分が限界だ」
「分かった。それまでには何とかする」
カウレスがその場から離脱する。向かう方向には今もなお魔法を紡ぎ、黒糸を抑えているレティシアがいた。けれど、それを見逃すほどアギナルドは錯乱していない。2人の防御が緩み、レティシアへと黒糸を伸ばす。しかしそれは純白の剣閃によって拒まれ。
「邪魔をするな!子龍!」
「悪いが時間を稼がせてもらう!」
前へと足を踏み出す。2人ならば庇いあって責めることが出来た。けれど、それだと時間が足りない。そして1人だと完全に受けに回らざるを得なくなる。だけどそれだと、きっと10分もたたずにあの黒糸は2人を押しつぶすだろう。
だから前へ、アギナルドの懐へ。あいつの注意を俺だけに。多少の怪我はこの際、無視する。最悪左腕は生き別れだ。
前面から押し寄せる壁のごとき黒糸をアドで軌道をずらし、対処する。けれどそんなもの全体から見れば悲しいぐらい小さなものだ。押し寄せる黒の糸。もはやそれら1つ1つが龍の首と見間違えるほどの脅威となって、俺へと襲い掛かる。
けれど、それは足場が豊富にあるということ。慣性を力尽く振り払い、黒糸を足場にしてアギナルドに詰め寄る。
距離は近いようで遠い。刻一刻と形状を変化させる立体的な迷路を足1つで踏破しようとしているものだ。だからこうやって足をすくわれる。
「っ!踏ん張れな、」
唐突な浮遊感。足場にしようと踏み込んだ太い黒糸が突如として解かれた。小賢しい、いやこういった攻め方はまさしくアギナルドの戦い方だ。
空中に浮いた俺はまさしく袋の中の鼠だろう。眼が捉えたのは右足へと振るわれる黒い龍の殴打。痛みより先に体を動かす。何故ならばもうアギナルドは目の前、右足を殴打した黒糸にアドを差し込み、その勢いのまま加速する。タイミングを見極め、アドを解除する。黒糸から離れ、今いる場所はアギナルドの頭上。アドの術式を再度刻印し、頭上から振り下ろす。
「はぁあ‼」
アドとブラックモアとが交差する。翡翠色の光を放つその剣はしかし全力を出せていない。
「っ!左腕も右足も動かない。魔術による精神への負荷、そのうえもはや魔力も尽き欠けではないですか!そうまでしてなぜ、お前はそうあろうとするとする!」
そうあろうとするのか、そんなもの決まっている。父さんは始まりだ。あの人の死はきっとどこまでいっても俺への愛で、俺の責任だ。それを捨てることも忘れることもできたかもしれない。けどそれは過去の選択の後悔で今の選択を変えるということは、選ばなかったもの救わなかったものへの冒涜だ。そんなことできるはずもない。
「過去のあらゆる選択が俺を、人を形作る。そこに絶対の答えはないんだ。ただ最初の出発点と、助けるって選択肢があっただけだ。だから俺は今まで通り、その選択肢を選び続ける」
「ならばあの選択肢が私を生んだとでも言うのですか。いいや違う!私が私を生んだのではない、世界が、この国が、私という存在を生み出したんですよ!」
アドを弾かれる。力は互角。なら、地に足着いた方がアギナルドが俺を弾くのも当然の結果だ。
あの選択。それが何かは俺には分からない。でもきっとそれはアギナルドにとって人生を変える決断だったのだろう。その良し悪しなんて今は関係ない。今、この瞬間において、アギナルドが人に仇なすのなら躊躇するな。
黒糸は、よしまだ俺を狙ってる。もう本当に限界が近い。だから早く、頼むぞカウレス、レティ。
10分。いや5分で終わらせる。強がってはいたが、きっとアモウももう限界のはずだ。いくら子龍といえどこの連戦、もういつ倒れてもおかしくない。
俺たちがいたところよりも少し後方、そこに今もなお魔法を維持し続けているレティシアがいた。魔法の維持はマリア曰く相当な負担がかかるらしい。それを絶えず行っているのだから、あの子はきっと精霊に愛されている。
「レティシア、1つ頼みごとがある」
「カウレスさん!?どうし…………いえ、それよりも頼み事とは何でしょうか」
冷静で助かる。アモウが1人で時間を稼いでいることを、そして俺がこれから頼むことがこの戦いを左右することを瞬時に理解したのだろう。ならもう迷うな。たとえ形が残らなくとも、あの人が生きた記録はずっと残り続けるのだから。
「この剣の対を探してほしい。おそらくあの龍の体内にあるはずだ」
「これは、ヨウムさんの」
龍剣イル・ハン。長年ヨウムと共に過ごした彼の相棒。それは二対で一本足りえる龍剣。だからこの剣がまだ存在する限り、もう片方も存在する。
「この剣を破壊して、魔力を暴走させる。でもそのためにはもう片方が何処にあるかがわからないとうまく破壊できない。だから頼めるか?」
「でも!でもそれはヨウムさんがカウレス殿下に遺された、」
「いいんだ、それでこの戦いを終わらせることが出来るのなら」
とっくに覚悟はできている…………いや、それは嘘だ。少しでもヨウムが生きた証を残したい。ずっと手元に置いておきたい。騎士の象徴たる龍装をそう易々と手放したくない。
けど、それでもこの戦いに勝つには、あの龍に大きな隙を作るにはこれしかない。外からの攻撃じゃ事前にあの黒糸で対策を取られるだろう。でも中からの攻撃なら確実にその身を削ることが出来る。
「わかり、ました。導きの精霊よ…………『篝火』」
ほんの少し躊躇しながらも彼女は魔法を使ってくれた。彼女の手から溢れた小さな火種はふらふらと彷徨いながらも、龍の体内目掛けて飛んでいく。吹けば消えそうなほどに穏やかな火は、それでも確かに龍剣のありかを指示した。
龍の中腹。宝物を隠すように、大事に大事にそれは秘匿されていた。だが秘密は暴かれるもの。自身の破滅に繋がるものならなおさらだろう。
宙へと剣が舞う。淡い碧の刀身は黄昏の中、鈍く光る。刹那その輝きに誰もが目を奪われた。
1人はそれが合図だと悟り、己がもつ最大の一撃をその剣に束ねる。
1人はそれが滅びだと悟り、それを阻止せんと黒糸を束ね砲塔とし撃ち落とさんとする。
1人はそれが離別だと悟り、感謝とそして一種の怒りを込めて光を喰らう熱を放つ。
「させるかぁああ!」
龍として、この世界に君臨する機構として、その動きは脆弱な人のそれを超えていた。束ねられた黒糸は息吹を放つ砲身となり、その照準は正しくカウレスに向いていた。
だが、すでに走り出したものに出遅れたものが追い付く道理はない。
言葉は紡がれる。原初の炎は遍く光を喰らい、離別の儀の口火をきった。
「…………『プライマル・ノヴァ』」
天を衝く炎の柱。蒼炎にも黒炎にも負けることはないその紅蓮の炎は、師の遺物を燃やし尽くす。余燼すらも残らない。器は破壊され、その核となる龍核はまるで魔力で編まれた導火線を伝うように、その片割れに滅びを伝播させる。
2度の衝撃。1つは当然上空の剣。もう一つの衝撃は龍の中からあふれ出た。あふれ出る魔力の波濤。それが龍の身を蝕むことは傍から見ても明らかだった。
「がぁあ、GaaaaaRaaaa!」
中から溢れる魔力にもだえ苦しむ龍。その苦しみは肉体から生じるものか、それともまだわずかに残る心から生じるものか。いずれにせよその苦しみは眼前の敵すらも捉えることが出来ないほどの苦しみだった。
苦しむ龍の前に立つのは、立つことも剣を構えることもままならない子龍と全員の覚悟を見届けた魔法使い。上がらない左腕、踏ん張ることのできない右足。それでもレティシアに支えられ、右腕で純白の剣を天に掲げる。
「終わりだアギナルド…………『アド・アストラ』!」
ただ星の力に身を任せるように、上段に構えた剣を振り下ろす。眼の前にはもう人ではなくなったものがいた。人であることをやめ、それでも父を、いや父と子という関係を希った成れの果て。願いの果てがこれならば報われないにもほどがある。
純白の光は龍を呑む。その身体は無数の糸へと解れていく。僅かに残った人であった部分も、塵となってともに消える。
願いは断たれた。父の愛を願い、その思いを未熟と切り捨て、忘れ去ろうとした子供は大人へと成長することなくその記録に終止符を打った。
かくして戦いは幕を閉じる。多くの犠牲、多くの血を流したこの戦いは、辛くも人の、この世界に暮らす人類の勝利となった。




