49話 されど燃える恩讐
「くそ!戦いずらい」
周囲から紫色の球体が地面や家屋を抉りながら接近してくる。その全てを斬り落とすが、それを刻印したアギナルドは俺の隙を突き、二対の剣を振り上げる。片方を剣で抑え込み片方を首を傾け避ける。
絶え間ない至近距離での魔術の刻印、その上その合間を縫うようなアギナルドの精密な斬撃、モースウィッグの時とは違い術式が見えやすいから視認することはできる。
けれど、その先にあるあいつの剣がいつも俺の命を狙ってくる。多分俺は龍血脈動を使っていなかったら、3回は死んでいた。
龍血脈動、子龍と王族のみが使える最大の神秘。それを使ってもなお、俺はアギナルドには届かない。純粋なまでに経験不足と、その上自傷も辞さない魔術による手数。力では当然俺が勝っている。しかし、勝負の駆け引きや、罠や市街地での立ち回りはアギナルドの方が圧倒的に上だった。
1つだけましな点があるとすれば、黒糸をアギナルドが使わないということ。二本の剣から溢れる糸は俺の方へ迫ることなく、常に一定の方向へ向けられていた。
「甘い甘い、甘いにもほどがある。今更人殺しをためらうなどあの小娘にも言ったが、そんなもの所詮は感情。そんなもの唾棄すべきだ!」
「未だに過去のトラウマでカウレスやヨウムさんを狙っているような奴に感情がどうのこうのなんて言われる筋合いはない!」
あいつは人を、俺を殺すことに躊躇しない。そんな相手であれ俺は、殺す選択肢なんて取りたくはなかった。
一度距離を取り、アドの斬撃を飛ばす。狙いはアギナルドではなくその先の家屋。持ち主には悪いが、今は。
狙い通り、アギナルドは簡単にその斬撃を避けその奥にある家の壁にあたる。壁に亀裂が走り、家が倒壊した。しかしそれをあいつは軽々と避ける。けれどそれはまだ予想の範囲内。
術式は無い、今ならいける。避けた方向へ再び接近し、体制がわずかに崩れたアギナルドを上から叩きつける。かろうじて2つの剣を交差させ防いではいるが、片膝を着くアギナルドと、上から剣を振り下ろす俺なら力で勝る俺の方が、
「正直すぎますね。『クロス・パニッシュメント』」
瓦礫により形成された影から光が駆ける。その光は影よりもなお黒く、陽光の下では異様なほど黒い十字だった。その光が不意を突かれた俺の脇腹に十字を刻む。激痛と眩暈、焼け付く十字架は咎人を罰するように、子龍の回復力をもってしても消えることはなかった。
「っつ!」
一瞬の硬直、けれどそれだけの時間があればアギナルドが体勢を立て直すのに十分だった。巴投げの要領で後ろに飛ばされる。
空中は、まずい。魔術を避けることが出来なくなる。そして当然のように鍵句を唱える囁きが聞こえた。
囲まれた。四方には無数の魔術が刻まれ、俺に向かって炸裂する。
抜ける方法は、1つだけ。あまり使いたくはないが、ここにもう人はいない。ほんの僅か、俺に魔術が当たるまでの刹那、魔力を圧縮し解放する。普段は踏ん張るが今は、
「『アド・アストラ』!」
僅かに放たれた純白の魔力がアギナルドに向けて放出される。放たれた魔術、その全てを撃ち落とすことは不可能だ。だから龍核解放の反動をそのままに1方向だけの魔術を背中で受ける。痛い、けど、アギナルドとの距離はある。この距離なら体勢を立て直せる。
「過去のトラウマ?そんなこと、もう関係ないことですよ。あの老いぼれは死に、そしてカウレスも殺される。きっと師匠思いの奴のことだ、剣を振るうことすらできず、そのまま死に絶えるでしょう」
「あの男?他にも仲間がいるのか?例え誰が相手でも昼間のカウレスがただやられるなんて訳が、」
「いえ、いるでしょう。彼が誰よりも敬愛し、私を見捨てた男が」
理解し難い情報をそれでも人の頭ってものは理解するようになっている。あいつの言葉をそのまま、本当にそのまま飲み込むのならば、カウレスの相手はヨウムさんがしているということになる。
でもそれはありえない。ヨウムさんがカウレスを裏切るとはとてもじゃないが考えずらい。操られでもしない限りは、そんなこと絶対にない。
ああでも、今俺が戦っているのは誰だ?ベルクスで複数の人を操り、龍を発生させたのは?考えるまでもない、アギナルド・モースウィッグ。目の前の男は人を操ることが出来る。なら、答えなんてもう出ているようなもんだ。
「おまえ!カウレスとヨウムさんを!」
「今更気付いたのですか?ええ、この黒糸をなぜ使わないか分かりませんか。流石にあのカウレスを殺すには生半可な操作では太刀打ちできませんからね。全ての糸を父さんに繋いで、操っているのですよ」
「父さん?」
今、父さんといったか?ヨウムさんのことを?いやたしかに間違いではないのだろうが、あいつの口からそんな単語が出ることに衝撃を受けてしまう。この前まで何なら今さっきだってヨウムさんのことは呼び捨てで呼んでいたはずだ。
「何か?しかしこれであのカウレスも死に、私があなたを殺しこの龍害でリヴィングスを滅ぼすことが出来る。…………ですが、その前に聞きたいことがあるのですよ」
「おまえに話すことなんて何も、」
「なぜあなた方は天龍の予言とやらに従うのです?」
天龍の予言、いや正しくは遺言といった方がいいのだろうか。神龍と呼ばれる龍がいずれ災厄になり人の世を終わらせると。
何故信じるか?そんなもの今この現状を見れば明らかなはずだ。
「終末の龍害。実際にこの龍害がリヴィングスを壊滅の追い込もうとしているだろ。それだけでも信じるに値する。それに俺は」
俺は天龍にあの龍に会っている。
「いえいえ、これはただの生存本能でしょう。自分を殺しうる存在が何者かにそそのかされて、自身を殺しに来る。それを知ったのなら、誰だって防衛するための手段を講じても不思議ではないでしょう?」
「仮にそうだとしても、そんな身勝手な一存で世界を、そこに暮らす人を殺していい理由にはならないだろ!」
そんなこと許されていいはずがない。ただ一人の死にたくないという意思で他の大勢を殺す?そんな暴挙が許されるなら人はいつまでたっても、先には進めない。
より良い未来のための犠牲は、きっとどこまでいってもなくならない。だからせめて、その死を無駄にしないためにも人は前に進まなくちゃいけない。
「ではあなた方に神龍を殺す意思はないと?」
「もし、神龍が対話を望むなら、いくらだって応えてやる!」
小休止はもう終わり、なんとしてでも早く、こいつを倒さなければ。カウレスはきっとヨウムさんを殺すことが出来ない。あの人が操られた原因を自分に見つけるかもしれない。そんな、そんな惨いことをさせちゃいけないし見るつもりもない。
崩れた瓦礫にふと眼を向ける。アギナルドを挟んだ向かい側。白い影が動いていた気がした。白日のもとであってもなお目立つ白いからだ。あれは、
「よそ見とは、ずいぶん余裕がありますね」
「くっ!」
ほんの一瞬、俺が目を離した瞬間をアギナルドは見逃さなかった。後手に回るのは、まずい。あいつの戦い方は常に選択肢を突き付けてくる戦い方だ。魔術を。剣を、どちらを選んでも、どちらかは確実に当たる。俺の体はすでに傷だらけだ。対してアギナルドには目立った傷はない。
「威勢がいいだけならとっとと死んでください!」
技術が、経験が足りないというのなら、その差を圧倒的な力で埋めるしかない。天龍の施した制約、本来の龍血脈動の効力を半減以下にまでしている魔術の効力を緩めていく。当然魔力が多ければそれだけ、扱いが難しくなるうえ自滅する可能性もある。それでも、そうでもしないとアギナルドという男は倒せない。
龍眼が使える相手に生半可な速度では簡単に捕捉される。魔力による強化を足と眼だけに集中した身体強化は破壊的な加速力を生む。けれど足と違い繊細な眼球はその負荷に耐えられない。充血したことが俺ですらわかるほどに、視界の端が赤くなる。でも、こうでもしないと俺も俺の速度についていけない。
一歩を踏み込む。たった一歩されどそれは、莫大な魔力によって強化された音速の踏み込み。あたりの瓦礫を吹き飛ばしてアギナルドの背後に回る。
狙いは腕、剣士としても魔術師としても、腕がまともに動かなければ振るうことも術式を刻むこともできない。これ以上人を殺させないために、その腕、斬り落とす。
常人では近くすることすら不可能な速度だった。けれど、それでもあいつは反応した。まるで普段からこの程度の速度を見慣れているかのように、背後に回りつつある俺の眼とアギナルドの眼が交差した。
馬鹿な、本当に俺が出せる最高速度だって言うのに、それでもなおあいつは反応してついてこれるのか。それだけの研鑽、それだけの天賦、そのうえでこんな道を選ぶのなら。
回り込んだ速度をそのまま斬り上げる。見きられている以上アギナルドは反応するだろう。でも、それでも後手に回るよりはいい。
けれど、俺の予想と反して、アギナルドは反応できなかった。いや反応できなかったというよりは、見当違いな箇所を守ったというべきか。俺の剣はまっすぐにアギナルドの左腕、今首を守ろうとしている左腕に軌跡を描く。
鮮血が舞った。こんなにも至近距離で、傷つく誰かの血を見るのは久しぶりだった。しかもそれが、俺によって刻まれた傷というだけで嫌になる。
左腕を失い、かなりの血を流すアギナルドだが、それでも残る右手で術式を刻み、鍵句を唱えた。
「ぐっ!『カラミティライン』!」
紫の光線が放たれる。眼ではとらえている。けれど俺の足はそれに反応できない。いや止まることが出来なかった。
「づぁっ!」
俺の進行方向状に網を作った紫の光線は俺の脇腹を切り刻む。足に魔力を集中していたからかもろにその激痛が腹部に走った。痛みを我慢して向き直る。俺も痛手を負ったとは言え相手はそれ以上だ。これまでの傷を含めても形勢は傾きつつある。
左腕を失ったアギナルドはその傷口をおさえ、止血している。だがあれだけの流血、かなりの魔力が流れたはずだ。
「あの、程度の、速度で、よくも」
「殺す覚悟もない奴が、首を狙うわけないだろ。だが、その左腕、確かに斬り落としたぞ」
「あの軌道、あの魔力、だがおまえがあの人を知るわけがない。なら偶然だと?とことん運がいい人ですね」
あの人?ヨウムさんのことか?確かにあの時のあいつは、癖のような、体に染みついた動きで俺の剣を防ごうとした。いやでも、ヨウムさんのことを俺が知らないわけがない。なら、別の人?
アギナルドは左手を斬り落とされたことで手元から離れた剣の片割れを、右手に持つ剣から溢れる黒糸で拾い上げる。まるでいつか見たあの人の捨て身の戦い方みたいに、亡くなった左腕をカバーするように剣を構えた。
「ヨウムさんの…………結局意識せずにはいられないみたいだな。子龍になるという手段を目的に挿げ替えて、現実を見ようともしない奴に、俺もカウレスも負けるわけにはいかない!」
魔力を全身に回し距離を詰める。アギナルドの戦い方は今までとは違う。まるで何かを思い出しながら、その動きを模倣するような、そんな拙くも洗練された動き。
本人の技術と元の動きが卓越したものだから形にはなっているが、所詮は猿真似。この動きはきっとヨウムさんがアギナルドの為だけに考えたもの。その緩急も、隙を穿つ浮遊する剣も、俺とは合わない。担い手がヨウムさんで、相手がアギナルドだからこそ成立するものなんだ。
「違う!カウレスなど関係ない。私は、あの人の理想を、そしてその隣に立つだけの資格を得るために貴様を!」
「そもそも、子龍になる、子龍に匹敵するほどの力を得る。そんな周りくどい手段を取ってる時点で、はなから自分はカウレスには敵わないって、認めているようなもんだろ!」
飛来する剣を弾き、足元から射出される魔術を避ける。左腕を斬り落としてからの動きが拙い。別の何かに気を回さざるを得ないのか、まるで俺を見れていない。
左手で握っていいた剣からはもう黒糸は出ていない。となると残る片方の剣だけで、ヨウムさんを操り、カウレスの相手をしていることになる。
「回りくどい?それをあなたが言いますか!犠牲を容認する癖に、人一人殺せないお前が!」
「何を!」
「いい加減諦めろ!あの龍に、災害の具現たる老級にお前の仲間が勝てるはずがない!」
「いいや、勝つさ。ヴォルフ達なら」
剣が交わる。魔術が閃く。互いにもう時間がないことはわかっている。俺は龍血脈動の有効時間。アギナルドは左腕を失ったことによる、魔力の損耗。
それでも黒糸を手繰り、ヨウムさんを操っているのはある種の信頼故だろうか。カウレスではヨウムさんを殺せないという確証の無い確信がアギナルドを動かしている。
「なぜわかる。相手はあの老級。子龍たるお前ならばいざ知らず。あの龍人はただの」
「信用してくれって言われたからな」
だからきっとヴォルフはやり遂げる。それを信じて俺はあいつに剣を向ける。何もかもを投げうてるのならどんなに楽か。けれど、肩にのしかかる重圧が。天龍に貰った大きな力の責任が。子龍という、それこそその名前を持つだけで殺されそうになる一種の偶像めいた名前が、力になることだってあるんだ。裏を返せば、期待や憧れにもなっていくそんな思いが。
昔の友人なら、きっと「勝手に期待して身勝手に絶望する奴のことなんて気にするな」なんて言いそうだな。大丈夫、絶望なんてさせないさ。
「理解し難いな、そんな幼稚な考え!」
「おまえみたいな誰のことも信頼しないで見下すことしかできないような奴に、理解されたくもない!」
アギナルドが距離を取る。今まで、いやになるくらい接近戦を仕掛けてきたあいつがだ。そんな隙を晒すような真似、きっとこれは罠だろう。
だけど、あの先は、レティと雪がいる魔術院。行かせるわけにはいかない。だから罠だと分かったうえで、俺はいかなければならない。
「させるか!」
「その愚かさは賞賛に値しますね『インフェルノ・ゲート』!」
地獄の門が開いた。黒く深いその淵は俺の足元に開かれ。地獄から魔の手を伸ばす。その手に触れるとどうなるか、そんなこと考えなくとも分かる。でも俺には防ぐ手段がない、だから。
飛翔する白の影。その小さくも頼もしい体になけなしの魔力を流す。
「ノルディック!」
「またっく、人使いが荒いない君は。『ヘブンズ・ゲート』」
天国の門が開く。アスターを中心に広がった純白の門から延びる聖なる御手は、穢れた闇色の腕を絡めとり、俺から遠ざける。
道は拓けた。白と黒が交差する梯を昇り、今だ隙を晒すアギナルドへと接近する。
「何度私の邪魔をする!ノルディック・パリーグ!」
「何度でもしてあげよう。さあ、行け天羽君。現実を見ず、ただ妄執と力に囚われた空虚な物語に終止符を」
言われなくとも。魔力を廻す。きっと俺の全力は如何な人とて致命傷になるだろう。だから狙うは、その右腕。唯一残るアギナルドとヨウムさんとのつながり。その歪んだ縁を切り捨てる。
束ねた魔力を剣身に、長く、そして救いのないこの戦いに決着を。
「『アド・アストラ』!」
純白の光が迸る。至近距離から放たれたその光は、正しくアギナルドの右腕だけを焼く。命には届かないだろう。でもあいつの戦う術を奪い、そして叶うことならその未練までをも消し去ってほしかった。けれど、その執念は両手を失っただけでは止まることのできないものだった。
「がぁ!」
太ももに漆黒の刃が突き刺さる。土壇場で、飛翔する剣を飛ばしたのだろう。敵の前で膝を着いてしまう。まだ、まだだ、あいつの意思はまだ折れちゃいない。だから立て。立って、その命を、大切な人を奪おうとする敵を、撃て、アモウ。
「ひね、ひりゅう」
見上げれば、口に剣を咥え、今にも振り下ろさんとするアギナルドの姿が映る。間に合わない。龍核解放の反動、一瞬とは言え硬直した俺にできることは、ただ眼の前に突き刺さった剣に魔力を流すことだけ。
「アモウ!拾え!」
剣と同時に聞きなれた声がこちらに放たれる。それは本来、別の場所で恩師と戦わされていたはずの人の声。ここにいるはずのない誰かの声。それを正しく認識できたからこそ、俺はその手を伸ばすことができ、アギナルドは固まってしまった。
「なぜ、おまえ、がぁ!」
1度、俺の命を救ったこの剣を見間違えるはずがない。そしてこの剣をカウレスがもっているということは。ああ、世界はこんなにも優しくない。
握る剣に魔力を流す。龍剣イル・ハン、その龍核解放は2対の剣の間に水の刃を形成する。一振りは俺の手に、そしてもう一振りはアギナルドの背後に立つカウレスの手に
「「『ブルーホライズン』!」」
青の軌跡は描かれた。斬り穿つは、両足。四肢を奪われたアギナルドは支えを失い、倒れ込む。彼はもはや、その手に剣を持つことも能わず、魔術を刻むことも能わず、その足で大地を踏みしめる事すらできない。
「おわっ、た」
もうアギナルドに戦う力も手段も残されてはいないだろう。この戦いもきっともう終わりなんだ。
「おまえが父さんを、殺じだのがぁ」
「そうか、アモウは殺さない選択肢を選んだんだな…………ああ、そうだ俺が殺した。殺して、そのやり残しを俺が代わりに請け負ったんだ」




