7話 幽霊と廃墟
稽古が終わり、部屋に戻る、汗でべっとりしているので。部屋に備え付けの風呂に入る。入っていると部屋の扉が開く、歩き方的に雪だろう。
「天羽君いる~いなくても入るけど」
「風呂に入ってるから適当にくつろいでおいてくれ。」
「は~い」
風呂から上がり髪をタオルで拭いていると後ろからタオルを掴まれる。
「おつかれ~どうだった剣の稽古は?」
俺の髪を乾かしながら雪が質問してくる。
「2時間素振りして、1時間鬼ごっこしてたよ。何度も気絶させられた。」
「おにっごっこ?」
「っそ、捕まったら、気絶するタイプの。」
洒落にならない、本当に気絶する。まあ毎度毎度膝枕されるのは悪い気分じゃないけど、さすがにみられるのは恥ずかしい。しかも気絶しているところを乗せられるから、抵抗すらできないし、かといって拒絶するのもなんか違う気がする。
「雪のほうはどうだった?どんな魔術を習ったんだ?」
午後は俺と違って魔術を習っていた雪はしたり顔でにんまりしている。
「ふふー、私はついに空を飛べるようになったのだよ。フェリスさんにも筋がいいって言われたんだ。他にもいろんな魔術を教えてもらったんだよ。」
雪は手のひらの上にぐるぐると魔力で作った物質を回す。魔力の扱いは驚異的なスピードで上達している。
「ねぇねぇどんな人?その剣を教えてもらっている人って。」
「俺たちと同じぐらいの年齢で、あんまり喋らない人かな。でも剣の腕は俺から見ても凄まじいよ。」
素人目から見ても、師匠の剣筋は流麗でとてもきれいに見える。ついつい見惚れて回避が遅れそうになる。もちろんそんなことは命取りですぐに伸ばされた。
「かわいい?かわいい人?」
「美人よりはかわいいよりかな」
「そう、かわいい?」
いきなり後ろから話しかけられる。
「うわ、師匠。なんでここに」
後ろに師匠が立っていた、扉があいた様子もなかったのに、どうっやて。
「君がもう一人の子龍のユキ?どう、あたしはかわいい?」
突然やってきた師匠に雪は目を白黒させるが、もうこの世界に来てある程度の耐性がついてしまったのか、即座に佇まいを直す。
「すごくかわいいです。お人形みたいに肌が白くて、赤い髪がよく映えていてとっても綺麗。」
「ありがと、ユキはいい子だね。おいで、膝枕したげる。」
女子トークが進み雪が師匠の上膝の上に寝っ転がる。俺にもしていたが膝枕をするのが好きなのだろうか。
「でもどうしてここに来たんですか?用事がなにか?」
さっき分かれてすぐなのにようが出来たのか、何かあったのか
「さっき廊下でフェリスにあって、ユキの自慢話を聞いたら興味が出たから。」
「フェリスさんどんな風にほめてくれましたか。」
自分がどんな風にほめられてるなんて、普通は恥ずかしくて聞けないだろうに、よほど魔術の練習が楽しいと見える。
「呑み込みが早い、魔力操作が緻密、術式への理解が早い、本当に魔術の無い世界から来たのが信じられないって。」
「いや~魔術は楽しいからなんでも理解できちゃう気がする。勉強もこうならいいのに…」
最後は心のけが漏れたな。容量はいいのに努力を怠るタイプの人間は、楽しくないとやらないからな。
「そうだ、もう一人来てるよ。いい加減入ってきたら、ナ―シャ。」
「お前が壊した壁を修理してんの。いい加減他人の部屋に入る時くらい扉から入れ。なんでいちいちお前は壁を斬るんだ。」
そう愚痴りつつ黄髪の女性が入ってきた。
「ナ―シャがいるときだけ。じゃないと後が面倒だし。それよりほら子龍の二人だよ。
挨拶したら?」
どうやら師匠が入ってきたことに気づかなかったのは壁を切り刻んだからのようだ。なぜわざわざそんなことをするんだ。普通に入ってきたほうが楽だろうに。
「あのな、斬れそう、だからで壁を斬るんじゃない。っと自己紹介がまだだったな。あたしの名前はナ―シャ・カリシエル。まあ一応この国第三王女だ。よろしくな。」
呆れながらも自己紹介してくれた。ノルディックさんが言っていた魔術訓練室を作った手人か。
「それで、魔術訓練室の壁をぶっ壊したのはどっちだ?フェリスから子龍としか聞かなかったんでね。」
ああこれは、怒られるな。そう確信して雪を売る。
「こっちの雪です。俺は魔術がからっきしなので」
「ひどい!、ひどいよ天羽君。そんなすぐに言わなくたって、もう少し弁解を考える時間をくれたっていいじゃない。」
そう叫ばれるが、悪いのは故意じゃなくても壁を壊した雪だろう。ちゃんと弁明して許してもらえなかったら、多少はかばってあげよう。
「おーそうかお前か~」
獲物でも見るような目で、ナ―シャさんが雪のほうに近づいていく。対する雪は師匠の膝の上で小刻みに震えている。まるで捕食者とその獲物だな。
「いやあ~すごいなお前、あの壁をあそこまで粉砕したのはお前が初めてだよ。」
「ふぇぇ」
気の抜けた声が発せられる。てっきり怒られるものかと思っていたが、壁を破壊したことに感心しているようだ。
「あの壁は何度も壊されていてその度に改良しているから、もう壊されるとしたら、親父が暴れるか、フェリスが泣きわめくかのどちらかだろ、なんて考えてたのに、まさかあそこまできれいに壊すとは、いやあ~御見それしたよ。子龍様。」
雪の額をぺしぺししながら満足そうに語っている。よほど壊されることが想定外だったのだろう。
「なあリーラン私にも譲ってくれよ、膝枕。お前はずっとしてるじゃないか」
「だめ、ユキはかわいいって言ってくれた。今はあたしのもの」
そんな感じの女子トークが展開される。もはや男の俺が入る隙間などない。そっとフェードアウトしようとすると。
「じゃあ、アモウで我慢して」
そんな人を所有物みたいに言わないで、ていうか他人に膝枕を見られるなんて恥ずかしくてたまったもんじゃない。
「まあ仕方ないか、それで手を打ってやる。ほらアモウこっち来い、私の膝貸してやるよ。…あれいない」
「ああー逃げた、逃げたよ天羽君そんな恥ずかしいものでもないでしょうに、まったくぅ。」
さすがに無理があるだろう。俺は部屋を出て廊下を走る、まだ風呂上がりの火照ったからだを冷やすため、前に聞いた屋上庭園に向かう。この時間なら誰にも会わずに済むだろう。断じて照れたわけじゃない。
急いで屋上に行き、追手がないことを確認する。それにしても始めて来る屋上は色とりどりの花が咲いている。見惚れて段々奥に進んでいく。どれも見たことがない花だ。物珍しくもあり、美しくもある。けれど突然頭に痛みが走る
「っ痛ぅ」
痛みが走り見渡す世界が減速し始める。これは龍眼、なんでいきなり。頭は痛いが歩けないほどじゃない。いったん部屋に戻ろうとすると視界の端で何かが動いたのが見えた。なぜか無性に気になり、後を追ってしまう。やがて見えたのは髪が白くのぞき込むとこちらが吸い込まれそうなほど碧い瞳の少女だった。痛みをおして彼女に近寄る。あちらは俺にことなど意に介していないように何の反応も見せない。
「誰だ、あんた。この城じゃ見ない顔だな。」
ここに来るには白の最上階を経由しないとたどり着けない。確か今は最上階は俺たちのために侵入を禁止しており、一部のものしか出入りできないはず。なのに彼女はここにいる。まだあったことのないアイリスさんかとも思ったが、顔立ちは幼くとてもじゃないがウェルトさんの姉には見えない。
少女がこちらに振り向いた。まるでそこに存在していないかのような立ち振る舞いだが、じっとこちらを見つめている。
「――-、――――――」
何かを言っているがまるで聞こえない。すると彼女がこちらに近づいてきてそっと俺の瞼に手を乗せる。すると途端に頭痛がなくなり、龍眼も収まった。けれど俺の目の前にいたはずの少女の姿はなくなっている。
「どういうことだ。さっきまで絶対そこにいたのに。…まさか幽霊」
ただ見る事しかできなかった。こちらからは聞くことも触ることもできず、まるで幽霊化のように忽然と姿を見失ってしまった。
俺は急いで部屋に戻り、雪たちにこのことを説明する。
「侵入者…か、確かにこの時期に屋上庭園にいるってことは侵入した可能性は高いけど、忽然と姿をけしたねぇ、もしそれが本当なら相手は風属性の魔術師かね。」
「違う、そいつは魔術を使っていないはず。だったら龍眼を持っているアモウには筒抜け、でも見えなかったんだよね。」
「龍眼って魔術が見えるんですか?」
初耳だ。だったらあの女は魔術を使って消えたわけじゃないだろう。だとするとほんとにどうやって消えたんだ。
「言ってなかったけ。そう見える。だから剣士にとって龍眼は必須なの。正確には見えるのは魔力だけどね。」
「で、どんな容姿だったんだ。」
「髪の色は白色で、瞳は碧い小柄な女性でした。多分まだこの城で見たことはないと思います。」
あの目を一度でも見たら忘れることなどできないだろう。それほどまでに彼女の目は神秘的だった。
「でぇ~天羽君は怖くてもどってきたと、ふ~んなっさけなーい。」
こちらを揶揄うように雪が嫌味を言ってくる。
「違う、万が一侵入者だったら、報告するべきだろう。あの程度のことでいちいちビビっていられるか。」
「白髪に碧眼か………ならこの件は私が親父に話しとく。夜間警備の数も増やしとけってね。まあそんな心配する事でも無いから安心しな。また心配ごとが出来たらいつでも相談に乗るからな。じゃあなー」
特段心配したそぶりもなく、ナ―シャさんは部屋を出て行った。犯人に心当たりでもあるような反応していたから、もう目星はついているのかも。
「じゃあ、アモウ、雪お休み安心して寝ていいよ。侵入者があたしが切るから。」
物騒なことを言いながら師匠も部屋を出ようとするが、
「そうだアモウ、これ」
師匠がこちらに腰に佩いている剣を一つ投げ渡した。
「それあげる。結構頑丈だから気に入ると思う。剣士はいつでも剣を持っていないと」
そう言い残し部屋から出ていく。
「貰ってもいいのかな、結構いい剣だよね?」
作りもしっかりしていて刀身も歪み一つない綺麗な剣だった。
「いいんじゃないかな。せっかくだし貰っておきなよ。これから先の危険からきっと天羽君を守ってくれる。それじゃあ一応気を付けてね。何かあったら叫んで、いつでも飛んでくるよ。」
「叫ばないし、安易に飛ぶなよ。危ないだろ。今日は疲れてるしゆっくり休めよ。お休み。」
雪を部屋まで送って自室に戻る。立場が逆転してるというか、なんというかあいつも成長してるのか。俺も頑張らないと。
本気で走ったからか結構汗をかいてある。また風呂に入りなおさなきゃなんない。簡単に体を流してベッドに入る。今日は疲れているのか途端に眠ってしまった。
―――
夢を見た。
もう見慣れたはずのこの城にある自室だが、今見てるそれはまるで別物で、窓のガラスは割れ、部屋も散らかっていた。体の自由はきかず俺はただ見る事しかできない。
俺の体が勝手に動き部屋を出た。廊下も似たようなものでところどころひびが入っていたり中庭をはさんで向かい側は建物が半壊しており崩れていないのが奇跡のようだった。
そんなことには足を止めず、俺はゆっくりとまた歩き出す。どこへ向かうかもわからないまま、行く当てもなく彷徨する。軽く城内を一周したところで目的が定まったのか最上階へと足を進める。
どこもかしこもひどいものだあの豪華だが落ち着きがあった城内は何かの災害に見舞われたかのように荒廃していた。目的地はどうやら城の最奥にある王都の謁見も間のようだ。あそこにはまだ行ったことがなく、あるということしか知らないのだが、足取りは迷うことなく、進んでいた。
謁見の間には豪華なシャンデリアがあったようだが、今では床に落ち粉々に砕け散っている。本来なら王がいるはずの王座は物悲しくも主の帰りを待っているかのようだった。
何か目的を達したのか自室のほうに戻りだした。城の中には誰もいない、ただ静寂だけがそこにある。けれども自室に戻るにつれかすかにだが足音以外が聞こえてくる。それは歌声のようで微かにだが聞こえてくる。まるで何かを讃えるような、そして悲しむようなそんなメロディー。
やはり発生源は自室のようで、扉を開けるとそこには
さっき見た女性がいた。
「―――――――――――、――――――」
相変わらず何を言っているかは聞こえない。その女性が何かに気づいたのか、同じように瞼に手を当てる。それと同時に、俺は夢から目覚める。
「何なんだ。今のは、あれが夢?、あんな生々しいほどリアルなものが。」