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子龍よ、天を頂け  作者: ハイカラ
リヴィングス覇龍国
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47話 風を纏う流星

南部

天羽が中央に戻り、一番の戦力が消えた南部は老級に対応するために、2人の兵団長とヴォルフが砦まで戻ってきていた。

以前としてもう1匹の老級は姿を見せない。そのおかげで、戦線は維持できてはいるが、嵐の前の静かさともいう。


南部砦はところどころが崩壊しており、今までの激戦を物語っているが、依然その先に1匹も龍を通してはいない。

しかし魔法使いの半数近くが逃亡した影響はかなり大きく、前線との連絡にかなりの時間を要していた。


「ラニウッド達はまだ見つからないか。探索の方は打ち止め、死傷者は!」


「砦全体の3割ほど。あの上級の自爆ともいえる息吹でかなり犠牲になりました。前線の死傷者はまだ…………」


ジークの副官が彼にそう報告する。そのもとにヴォルフたちが集まってきた。

ここに集まる、そういった類の連絡を受けていなかったジークは訝しげにその3人を見る。本来なら前線で戦っているか指揮を執っているはずの人物がここにいれば誰だってそういう反応をしてしまう。

それに今は敵前逃亡をした魔法使いで頭を悩ませている最中だ。もし仮に彼らがそんなことをすれば南部戦線は崩壊する。


「どうしてあなた方が?依然老級は健在のはずです」


「それがですね、これだけ経ってもその魔力すら見えないのですよ。それに砦との連絡が出来ないともなると、我々を掻い潜り砦を襲ったのやも、と思いましたが杞憂だったようですね」


ジークの問いにドミニカ侯爵がそう答える。ブラックモアの前例もある。可能性としては無いとは言えない。しかしそれを差し置いても指揮系統の枠組みに入ってないヴォルフならともかく、団長が最初に来るのは、少しばかりおかしな話だ。


「確認が済んだのならお引き取りを、前線の兵が今も死力を尽くして戦っているはずですよね」


「無論そうするつもりだが、ヴォルフ殿、アモウ殿の状況を教えてくれないか?」


少しばかりケルン伯爵のヴォルフへの態度がぎこちない。彼はもともとリヴィングスの人ではなく、戦いには参加しているがどこの指揮系統にも属していない。つまり彼はこの場で一番扱いに困る人物でもあるのでしょうがない。


「アモウはいま、ユキの安否を確かめに行っています。彼女を守ることがより多くの人を助けることになる、違いますか」


天羽の現状をヴォルフはそう説明する。龍域により老級を抑制するユキの存在は確かにこの戦いにおいて最も重要と言ってもいい。だが彼女を助けに行くということは、戦場からアモウが離れるということ。兵を見捨てた、そう解釈される可能性もある。

少なくとも天羽自身はそう考えていた。彼自身がそう思うのはまだわかるが、その行動を他人が否定することが、なんとなくヴォルフは嫌だった。


「そうですか。他のものに行かせても、いや、アギナルドなる男が殿下を振り切ってユキ殿の所に行った可能性もある。当然のことでしょう。なら我々だけで老級を討伐するほかありませんね。勿論彼が返ってきてくれることに越したことはないですが」


「だな、すでに1匹の老級を2人で討伐という快挙を成し遂げているのだ、その後詰めくらい我らでせねばな」


「ええ、ここで老級を逃せば覇龍軍の名折れ、なんとしてでも老級を討伐いたしましょう」


ジークに続き、ドミニカもケルンもアモウの行いを否定せず受け入れてくれた。なら残る問題は、龍害とそれを率いる老級。けれどその件の龍は一向に姿を見せない。


「しかしどう見つける。そもそも向こうではあれほど苛烈に都市を破壊して回っていたあの老級が、出てこないという状況が不可解だ」


西部戦線で幾度となくその風龍と戦ってきたケルンはこの状況に違和感を覚える。

風龍エア、世界でも光龍と闇龍に次いで珍しい龍だが、その多くは気性が荒く、最も討伐されている種類の老級でもある。そんな龍が前線に出張ることなく人目につかないところに隠れている、そんなことはまずありえない。


「他の誰かに討伐された可能性、いやありませんね。老級の単独討伐など陛下や王家に連なるもの以外には、それこそ子龍以外には無理でしょう。となるとこちらの様子をうかがっているのでしょうか?」


「待ってる間に龍害を殲滅し終わるぞ。すでに勢いはこちらにある。2つの兵団の損耗率も見ても力押しでもどうにかなる。後は時間の問題だ」


「なら今のところは無視、そのうえで丸裸になったところを我々で、」


3人が話している中、ヴォルフはじっと雲が広がる空を眺める。数刻前と違い夜の幕がはがされた空は中天に太陽が昇っている。龍一ついない空は雲はあれど解放感はあった。けれど、それはおかしい。そう龍が、空を覆うほどの黒い影がないのだ、本来なら龍害のさなかにおいて見えないはずの空が見えている。そしてその理由が、今南部砦に舞い降りる。


「上です!全員何かで身を守ってください!」


ヴォルフの呼びかけに反応できた人はいったい何人いただろう。ドミニカ、ケルン、その2人は己が龍装で身を守り、ジークは部下を庇う形で盾を構える。僅か数秒、事態にいち早く気づいたヴォルフにしか天から飛来する流星を迎撃することは叶わなかった。


断熱圧縮により赤く輝くそれはまさしく龍そのもの。それはまっすぐ砦に迫り、その墜落の衝撃で全てを破壊しようとしていた。あれほどの質量がそのまま落ちれば、南部砦だけでなく下手をしたらテノティト全域にまで被害が及ぶ、それは何としてでも防がなければならなかった。


「『ラグナロク』!」


上空で白亜の魔力と熱に包まれた龍が衝突する。一瞬の減速、けれど龍は自らの後方から圧縮した魔力を解放してさらに加速する。ヴォルフも込める魔力を多くしそれに対抗するが、純粋な物理法則に加え、ジェット機のエンジンのようなものまで出されたら分が悪い。

ヴォルフは魔力が籠る龍槍を構え龍へと投擲する。射出された龍槍は音速を超え衝撃波を出しながら落下する龍の胸部を貫こうとする。


「とまれぇぇえええ!」


その願いは届くことはなかった。けれどその努力が無駄になることもなかった。ヴォルフの一撃により、わずかに減速し狙いがそれた龍は砦の数百メートル先に墜落する。しかしそれでも被害は大きく、南部砦は半壊、死傷者は全体の半分以上を超えた。

その被害を生み出した龍は悠然と翼を広げる。体のいたるところに火傷や裂傷があるが、さほど気にしていないようだ。しかしその胸部には深い傷がついており、細かな傷と違って癒える様子がない。

この龍こそ風龍エア、西部戦線で第5兵団と戦いを繰り広げていた老級。


瓦礫の山から生存者が出て来る。生きてはいるという状態の者が2割、戦える状態の者が8割ほど。あの刹那の時間、ヴォルフが警告を出して風龍が落下してくるまでの時間で、彼らは精一杯の防衛策を講じたが、それでも半数が死んでしまった。


「ゔ、」


「無事ですか、ヴォルフ殿。あなたのおかげで全滅は免れた。ここに最大の感謝を」


「ドミニカさん…………」


最後まで身を守る行動をしなかったヴォルフを庇うように、ドミニカが立っていた。しかしその体はもろに衝撃を受けている。おそらく龍装を握っていたはずの右腕は肘から先がちぎれ、腹部には瓦礫の破片が突き刺さっている。もう彼の体は死に体だった。


「………………ありがとう、ございます」


「ええ、やはり謝罪より、感謝の方がうれしいですね。私のことはいい、老級を、頼みます」


ヴォルフはドミニカを近くの兵に預け老級へと向き直る。龍の視線はまっすぐにヴォルフに向いていた。自身の狙いを狂わせ、そして胸部に癒えない傷をつけたヴォルフを完全に敵視しているらしい。


「フヴェズ」


ヴォルフがそうつぶやくと、彼の手元に投げたはずの龍槍が握られていた。白亜の槍は傷一つなく持ち主の手に戻り、その命令を待つ。



「僕には関係のない戦いかもしれない。この国がどうなろうと、確かにどうでもいい」


この国の生まれでもなければ、この国で育ったわけでもない。ただ成り行きで、この戦いに参加しているだけ。愛着もなく、使命もなく、守る義理もない。でもそうだとしても、


「きっとアハカを守ろうとした彼は見返りも、助ける義理もない状況でも、迷わなかったと思うんだ。それに殉じるわけでもないけど、」


過去の記憶は戻らない。きっともう彼になることはない。それでいい、別にそれこそもう関係のない話だ。なら今は少しでも大事な友人たちに胸を張れる自分でいよう。



ヴォルフは槍を構え龍を見据える。老級は1人で戦う存在ではない。それこそ自身がそれと同等の存在にならない限り、太刀打ちできるものではない。

だから彼が選ぶ選択は、


「我は、」


「てぇ!」


轟音が響く。後方から発せられた声と同時に砲弾が発射された。そのほとんどは風龍に通じるものではない。けれど足止め程度には役立つ。その間に魔術士は数人単位で大規模魔術の術式の刻印を始め、それを守るように剣士たちは立っている。まだ彼らは戦う意思を捨ててはいなかった。

ただ一人、龍に挑もうとしていたヴォルフの隣にケルンが立っていた。ヴォルフと違って何か所か目立つ傷があるが、それでもまだ立っていた。


「1人で挑むつもりか」


「…………いえ、ただ少し、やる気になっただけです」


「なら結構、ジーク司令が全体の指揮を執る、俺とヴォルフ殿は前線で奴の気を引くぞ」


大規模魔術の連続刻印。かなりの時間を要するが、成功すれば龍域がない老級になら有効打になりえる。それまで龍に気取られることを阻止し、魔術士達を守り通さなければならない。


「なら僕が囮を引き受けます。多分今あの龍の眼には僕しか映っていないでしょうから」


「俺も可能な限り削るが、期待するなよ。俺の龍弓は老級向きじゃないんだ」


「いえ、周りの雑魚を蹴散らしてくれるだけでもありがたいです。じゃあ行きます」


自らの騎龍に乗ってヴォルフ飛んでいく。対するは風龍エア、風の鎧を纏う嵐の眷属。近づこうとするヴォルフの騎龍に空気の塊を放ち迎撃する。見る事のできない弾丸はしかし、あの水龍と比べれば眼で追える。

近づくにつれ弾幕は濃くなり、容易には近づけなくなるが後方から別の魔力が近づく。ケルンの龍核解放だ。7羽の炎の鷹は数多の空弾を包み込み激しく爆発して消滅する。

空弾は威力も速度も凄まじい。仮にヴォルフの駆る騎龍に接触すれば、半身が吹き飛ぶだろう。それを1度の龍核解放だけでほとんど消し飛ばしたケルンは自身の役割を全うしている。


空弾が効かないとなると風龍エアは翼を羽ばたかせヴォルフに向かって加速する。その殺人的な加速を彼は紙一重で避けたが、ソニックブームが一拍置いて再度襲来する。

龍の飛行は殆ど魔力頼みとは言え、嵐の中を突き進むのは小型の龍では不可能だ。騎龍の姿勢が崩れる。立て直すまでの数秒、その数秒は容易に騎龍の命に届きうる。


「っ!まだ!」


大柄な体躯故に老級は小回りが利かないがそれを圧倒的な速度で補い、すでにヴォルフの目前に迫ってきた。

顎が獲物を見定め、喰らい付く。けれど血塗られた数多の刃は騎龍の体を別つことなく、途中で止まった。


「ぐ、いくら何でも、」


ヴォルフの槍が上顎を指し留め、右足で下顎を押し留める。たった数秒、けれど彼は確実に騎龍が大勢を持ち直す時間を稼いだ。古の城壁をも喰い壊す龍の顎もヴォルフのことを本能的にかみ殺すことが出来なかった。


渾身の力を籠め一瞬だけ上顎をのけぞらせ、騎龍に乗って龍の口から脱出する。しかし風龍も困惑しつつも獲物を逃すことはない。ドラックカーがごとき直進時のみの急加速を持つ風龍と小回りの利く騎龍とが織りなすドックファイトは、たとえ1秒でも騎龍とヴォルフが生き残っていること自体が奇跡だった。

巨大な龍を翻弄するようなヴォルフの龍さばきは、ドラグーンが見ても感嘆の声を漏らすほど綺麗なものだった。


けれどそれも長くは続かない。風龍はまだ余力があるのに対し、ヴォルフの騎龍はすでに限界に近い。もうあと数分で勝負がついてしまうだろう。しかしそれより早く、準備は整った。


ヴォルフの視界の端に完成した術式が映り込む。それを確認した後、ヴォルフは騎龍から飛び降り、大空から落下する。そしてそれを追う形で風龍が追ってきた。これならば龍の軌道は簡単に予想がつく。


龍の視界にすら入らなかった弱きもの。その集団が刻む大規模魔術。それは老級をも喰い破る致命の一撃となる。刻まれる大規模魔術は3つ『プロミネンス・フレア』、

『ミレニアム・ユグドラシア』、『カレイド・アレクサンドロス』

太陽の断片を投射した炎、千年もの歳月を生き抜いた大樹の枝葉、万の輝きを放つ宝剣が止まることのない風龍を襲うべく放たれた。


落下するヴォルフと風龍の眼が合う。龍の眼にはもはやヴォルフしか映っていない。風龍はその構造上、龍の中で最も外殻が薄い種だ。その薄い外殻に3つの大規模魔術があたりさえすれば、龍核まで届きうる。そしてもう彼の龍は止まれない。


最も早い『プロミネンスフレア』が直撃する。ほんの少しのタイムラグで残る2つの魔術も当たるはずだった。突風が、いや竜巻ともいえるほどの風が風龍の周囲に吹き荒れる。風龍を中心に廻る風は残る大規模魔術を減速させ威力を削ぐ。こうして完全とはいかないが、風龍は大規模魔術を防ぎきった。いや生き残ったというべきか、その傷は決して浅くなく、仮に直撃していれば確かに龍核に届いていただろう。うめき声を上げ苦しむ風龍の眼に、砦の魔術師が映る。

竜巻によって投げ出されたヴォルフをケルンの騎龍が回収する。


「無事か?!」


「無事、ですけど、しくじりました」


大規模魔術の刻印は時間がかかる。大規模魔術の刻印を1人でそれも短時間でできる魔術師は一握りの人物だけ。だからもう一度同じことをするにも時間がかかる。そしてそれを許すほど老級は甘くない。


風龍が顎を最後開く。今度はヴォルフを嚙み砕くためじゃない。口の中に高濃度の魔力が圧縮されていく。「龍の息吹」龍の持つ最強の矛が砦に牙を向く。


「戻れますか!?」


「ああ、いったん戻るぞ。だが、砦はあいつの持ち場だ。戻るのは守るためじゃない、立て直すためだ」


白雷を帯びた魔風が砦へと放たれる。老級の放つ息吹は上級とは比べ物にならない。例え強固な砦でさえ、簡単に消し炭になるだろう。故にこそ、龍の敵となった兵は絶対的な死を迎える。


例えるのならそれは闇夜でも淡く輝く緑の宝石。息吹によりすべてが白に包まれ長い影が出来ようと、その宝石は輝きを失うことはなかった。


「『ペリドート・イージス』」


ジークがそう告げると、彼の持つ盾の緑石が砕け周囲に散らばる。分散した緑石同士が魔力によって繋がり砦の半分、今だ健在な部分を包み、淡い緑の光が放たれる。


白風と緑石が交錯した。守ることのみに特化した稀有な龍盾が最大の効力を発揮する。たとえそれが「龍の息吹」といえど、防ぎきることだろう。事実「龍の息吹」はその守りを突破することなく消滅する。いくつかの石は砕け散ったが確かに砦を守り切った。


「ジーク司令無事か?」


「そう見えませんか」


砦にたどり着いたケルンがジークにそう尋ねる。彼の左腕はボロボロだがその他には目立った傷は見えない。あれだけの攻撃を受けてもそれで済んだのはあの風龍がそれなりに損耗していたからだろう。


「とはいえ、状況はよくないですね。あの守りを突破することは今の手持ちでは厳しい」


「俺もだめだな、より強い風属性の魔術、は論外だな。そんなものない。なら突破力のある龍装か」


風龍は息吹の反動で動きを見せない。今だけなら風龍討伐について話し合える最後のチャンスだろう。


「前線の兵団も砦からの援護がない限り、維持するのは厳しいでしょう。ならやはり早急に決着をつけなくては」


「1つだけ、方法があります」


「ほう、それは」


ヴォルフのつぶやきをジークが聞き返す。風の鎧をまとう風龍を正面から討伐するのは難しい。それでもヴォルフは方法が1つだけあるという。


「僕の龍核解放と他の人の風の魔術で加速すればあの風の壁も突破できると思います。けどそれだけの魔術が使える人がいるかどうか」


ヴォルフの槍の破壊力と風の魔術の加速力が合わされば突破できなくはないとふんだのだろう。しかし、風龍と同じく風属性の魔術師は多くない。そしてその中でもそれだけの加速力を生める魔術士は多くない。


「いますよ。私ならあなたをあの龍の所まで送ることが出来る」


「ドミニカさん…………」


各所に包帯を巻かれ、左腕には活血剤の点滴を投与されているドミニカがヴォルフの後ろに立っていた。立つことすらままならないその姿に何人かの兵士が肩を貸そうとしていたが、それでも彼は自分の足で立ち続けた。


「私ならできる。そうでしょう、お二方?」


「たしかにドミニカ侯爵ならできるでしょうが、その体では」


「だが、やる気なんだな」


ボロボロの体はとてもじゃないが魔術を行使できるとは思えない。それでも彼はできると宣言した。彼の意思はまだ死んではいなかった。


「当たり前です。急ぎましょう、いつまで私の体がもつか分からない」


「では、お願いします」


ヴォルフの騎龍に彼自身とドミニカがまたがる。小柄な火龍といえど、人が2人乗る程度ならそこまで変わらない。砦から風龍エアがいる場所がそれなりにある。急がなければまた仕掛けてくるだろう。


「どうしてそこまで命を懸けられるんです?」


龍の背でヴォルフはドミニカになぜ、と問う。命を懸けてまで戦う理由を。彼が少しだけ懐かしく感じるその使命感を。


「騎士道、忠節、自尊心、そういう言葉を並べることはできますが、私が戦う理由は家族の為ですよ」


「家族?」


「ええ、2月ほど前かわいい女の子が生まれまして。その子や妻を死なせるわけにはいかない、その一心ですよ」


誰であれ、守りたいものはある。それが国であれ、人であれ、ものであれ、彼らにとっては命を懸けて戦うに足る理由だろう。そんなことはヴォルフにもわかる。けれど、それでも彼は守るべきものを守るために命を懸けるドミニカを、そのまま生かせるわけにはいかなかった。


「そんなかわいい子が帰りを待っているのなら、生きて帰らないとだめじゃないですか」


ヴォルフは振り返り、そう言う。それと同時にドミニカの鳩尾に手を添えた。そこから発せられる魔力は、簡単に人の意識を刈り取る。


「なに、を」


「帰りを待つ人を、帰らぬ人にするつもりはありません。では安らかに」


意識を失ったドミニカは騎龍の上で横たわる。これ以上彼に魔力を消耗させたら、死に至るのは、ヴォルフの眼からしても明らかだった。

しかしこれで真っ当な方法で風の鎧を突破する方法はなくなった。いやそもそも彼にそんなまわりくどい方法はいらなかった。


「君が何処のだれかなんて興味ないけど、それでもまあ、『これ』が使える理由は気になるな」


ヴォルフを中心に魔力が吹き荒れる。その魔力はアハカで初めて天羽と対峙した時と同じかそれ以上。1人の龍人がもつには多すぎるその魔力は確かに彼の中から発せられていた。


「我は、星の名代にしてこの地の君主。星よ、我に星の血の脈動を」


吹き荒れる魔力が一点に集まる。あたりは静寂に包まれ、風龍エアが発する風の音すら聞こえない。いやそんなものはなくなっている。風の鎧は初めからなかったように消え失せ、無防備なエアの姿だけが彼の眼に映る。


「初めからこうすればよかった。結局人では龍に敵わない。けれど、けれど、そんな彼らが()は好きだ」


彼が一歩踏み出す。虚空に踏み出した脚は落ちることなく、地面のように踏みしめている。


「星の種火を持つもの、星の守護者の名代、彼らなら龍であれ打ち倒せる。なら私が手を貸すのはここだけだ。人の繁栄はまだ終わらない。終末装置は君らではない。では、さようならだ、魂もたぬものよ。『ラグナロク』」


彼がフヴェズの穂先を龍に向け、龍核解放を行使する。風龍エアの眼に怯えも敵意もない。ただ差し出された安楽死を待つだけだった。白亜の奔流がエアを飲み込む。

南部砦の戦い、その決着はただ1人によってなされた。


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