44話 魔法使いの戦争
「よし」
アギナルドがカウレスさんと交戦状態に入った旨を全体に伝達する。時刻は9時、開戦からおよそ3時間半が過ぎた。それでもまだ戦いは続いていてきっとまだ多くの人が死んでいるのだろう。自分はここにいて良いのかと思ってしまうけど、この仕事だって大事なことだ、だってユキを、そして戦場で戦うアモウを助けることが出来るのだから。
窓から光が差し込む。それはつまりノルディックさんの魔術が解けた証だ。アモウとカウレスさんが考えた対策。昼と夜の逆転、そしてそれに違和感を覚えさせない幻。単純ではあるけれどその分効果がてきめんで実現が難しい。もしノルディックさんがこっちにきてアギナルドさんに直接会うことが出来るのならこれほど大掛かりな魔術にはならなかったと思う。それが出来ないから、リヴィングス全域に幻を駆けるという荒業になったらしい。
『これで私の役目も終わりだね。いやはや流石に疲れたよ。まさか昼と夜の逆転とは天羽君たちも考えたね』
「あの司祭の魔術を見て考えたみたいですよ。おかげでしばらくは昼夜逆転しそう。うん、やっぱり眠い。気合い入れなきゃだよね」
アスターちゃんの頭上の映像に映るノルディックさんが雪に声を掛ける。魔術の解除がしっかり行われているかを確認しに来たらしい。それを聞いたユキは少し眠たそうに返事をする。眠たいのも仕方ないと思う、ユキの仕事はこの龍域の維持だけで他にやることは無い。けど会話をする余裕はあるみたいでほっとした。
『さて、消費魔力も馬鹿にならない。通信はこれぐらいにしておこう。それでは2人とも健闘を祈る』
「うん、必ず勝つよ。と言っても私はここから動けないけど」
「ユキのことは私が守りますから安心して下さい。それじゃあノルディックさんもお元気で」
私がそう言うと通信が切れる。まだどういう原理であれが映っているかちっともわからないけど、凄いことはわかる。
しっかりしないと。実を言うと私も少しだけ眠気がある。昨日までは連日、避難誘導や伝令の打ち合わせなどがあって、あまり眠れてない。だから今は意識をしっかり持たないと。
私がほっぺたをパンパンと叩いて眠気を飛ばしていると、ユキの顔が少し困惑し、眉根を寄せる。
「レティ、この周辺を魔法で探知できる?」
「え?できますけど…………いえ、分かりました。大気の精霊よ『循環』」
ユキに言われた通り、この周辺を魔法で調べる。ここは城の南側に位置する少し広めの部屋。ユキの為にあてがわれた秘密の部屋だ。そんなところに来る人はいないだろうと思ったけど、きっと何かあるのだろう。ここは彼女の龍域、何か感じることがあるのかもしれない。
けど魔法から返ってくる答えは何も手ごたえがなかった。かなり奥に警備の人がいるけど、それは最初と変わらない。
「何も異変はありませんよ。どうかしましたかユキ?」
「うん、何かね言い知れない気持ち悪さって言うか、不気味な感じがするの。だから一応、ね。何もないなら大丈夫かな」
そういうとユキはいつもの笑顔に戻り、黙々と龍域の維持に努める。
私の魔法はかなり精度が高いと思う、けど、絶対じゃない。もしかしたら抜けがあるかもしれない。アギナルドさんの仲間が来ているかもしれないし、だから、
「ユキ、私少しこの周囲を、」
そう言いかけた時アスターちゃんが何もない場所を睨み、グルルと喉を鳴らす。私もユキもそこを見たけど、やっぱりなにもいなくて、
「ユキ!こっち!」
「え?」
ユキに思いっきり引き寄せられる。私がいた場所には何かが通ったような軌跡が刻まれ、髪の先がそれで少し切れた。
敵、敵襲、私を狙って、いや、ユキを?でもだって魔法じゃ何も。
焦って思考が間に合わない。ただ茫然とユキの腕の中で困惑している私と違って、ユキはしっかり警戒していた。
「雑魚から片付けようと思いましたが、邪魔されましたか。忌々しい、人に与する龍など人諸共滅びるべきですね」
「その声、あの司祭?あなたがどうしてここに?カウレスさんと戦っているはずでしょ」
そうたしかにこの声は教会であったアギナルドさんの声だ。未だに私は少しばかり信じられない。あの人がリヴィングスと敵対していることに実感が持てないのだ。あの人の子供に向ける眼差しは確かに慈愛がこもったものだったはずなのに。
「馬鹿ですね、あんなに堂々と侵入する馬鹿はいません。今の私は少しばかり気が立っているので早く死んでくれませんか、子龍」
「偽物の囮ってこと。レティ急い全体に連絡できる?」
「え、あ、で、できます!少し時間かかりますけど」
距離があるから精霊には無理をさせるけど、何とか届きはする。それに飛ばすのには少し時間がかかる。けどこれは真っ先に伝えないといけない。精霊へ指示を出して四方に散らす。それが届くまで数分はかかる上に、私が死んだら精霊も霧散する。
「ふ、私がそんなことさせるとでも?この距離で魔術士が私の速さについてこれませんよ」
見えないけどだいたいの位置はわかる。先ほど位置から動いていなければ私たちとおよそ8mほどの距離にいる。確かにこの距離だと私じゃ反応できずに切られてしまうと思う。でも今はユキを信じて魔法を祈る。
「やってみなきゃわかんないよ」
「ほざくな、小娘」
私では見えないアギナルドさん。けれど濃密な死の気配が近づいてくるのを肌で感じる。この人にとって私なんて簡単に殺せるのだろうと思ってしまう。
「例えばほら、術式の構築を先に終わらせておいたら、ね」
ユキが床に触れる。そこにはすでに魔術の術式が刻まれていて、あとはもう鍵句を唱えるだけだった。
「『サテライトバスター』!」
「上か、造作もないですね」
王城の屋根を突き破り光の柱がアギナルドさん目掛けて落ちて来る。人が当たればひとたまりもなさそうなその一撃は、しかし彼によって危なげなく防がれた。それも当然だろう。ユキは今、まともな魔術が使えない。けれど同時に一瞬だけだが彼の手が止まったのも事実だ。
「逃げるよ、『レッドシフト』!」
瞬間、景色が変わる私たちがいた部屋と違い、太陽が照らすテノティトの街並み。私たちは窓から外に出たのだ、それも相当な速さで。私の体を支えるユキの顔はとても辛そうで、相当無理をしてる。
「ユキ、魔術は、」
「大丈夫、簡単な奴ならそこまで影響ないから。それよりレティ、アスターちゃん、しっかり捕まっててね」
そう今の私たちはそれなりの高さから落ちている。私はいま風信の魔法の集中していて空歩は使えない。ユキも同じく。それにアスターちゃんはまだ人を乗せて運べるほど大きくない。つまり、
「お、落ちる!」
「大丈夫、着地は任せて」
かなりの速度で地面が近づいてくる。龍の血を持たない私にとって、それはもう、死が目前に迫っているようなそんな気分だった。
目をつむってしまう。ユキのことは信頼しているし、高いところが苦手なわけでもない。でもこれは、とても、怖い。
ドンっという音とともに体が少し痺れた。ゆっくり目を開ける。そこは確かに地面でリヴィングス南部の学術区だった。城からはかなりの距離がある。ここまでくれば少しは時間を稼げると思う。
横を見るとユキの顔が見えた。
「今すごくユキがかっこよく見えます」
「でしょう。ふふん、天羽君ほどじゃないにしても身体強化が使えるし、元の体が子龍だからね。この程度の高さならどうってことないんだよ」
それは確かにそうなのだけど、それでもあんな風にユキが運動しているところを見るのを初めてだったので、やっぱり少し驚く。
地面におりて自分の足で立つ。改めて王城の方を見ると煙が上がっている。けど私たちの所にアギナルドさんが来たことはもう伝わったはず。だからすぐに応援が来てくれる。
「龍域の維持は大丈夫そうですか?」
「うん、問題ないよ。けど流石にもう魔術は使えないかな。とりあえずここから離れよっか」
ユキの体を支えてその場を去る。結構離れているけど、もしかしたら追い付かれるかもしれない。私たち、というかユキを狙っているのなら追いかけられているうちは、他に被害は出ないはず。
うかうかしてられない。次あの人が来たら私が戦わないと。ここで使える十翼魔法は多くない。今は霊峰と天狼、それに終炎、あまりここでは使いたくないけど、仕方ない。
すこし歩くと大きな建物が見えた。この学術区の象徴ともいえる建物、魔術院オーガスタ、その校舎があった。王城と同じく質実剛健、機能性を追求した見た目は何度見ても魔術師の学び舎、という印象を受ける。
その学徒のほとんどが今は龍害との戦闘に駆り出されており、残る事務員などはすでに避難していた。
ここの避難は私も手伝っているからある程度内装も把握している。もしアギナルドさんがここにきてもある程度隠れることが出来るはず。
「あそこに行きましょう。あそこなら充分休めるはずです」
「行き場所は、任せるよ。レティも、無茶しないでね」
ユキは少し辛そうにそう告げる。けどそれは、それは無理なお願いだ。だって、ユキもこんなに無茶してるのだから。
避難誘導の際に貸して頂いた許可証を門に押し当てる。なんでもこの許可証がない部外者は侵入者と断じられ、門が開かないと言う。魔術院の中はやはりもぬけの殻だった。普段多くの学生が魔術を学んでいるであろう場所が、こうも静かなのは少し物寂しく感じる。
適当な空き部屋に入る。ここの部屋の鍵は普通の鍵だったので魔法でどうにかなった。そこはかなり広い講堂で階段状の座席が所狭しと並んでいた。いつか私もこういたところで授業を受ける機会があるのだろうか。
「追ってくるでしょうか」
「来ると思うよ、私を殺せば龍害側が有利になるし。それにあの司祭の個人的な理由で子龍を殺したがっているのなら、今の私は一番殺しやすいんじゃないかな」
ユキの言っていることは確かに正しいのだろうけど、それでも自分の生死をそんな風に言わないで欲しい。アモウもユキも自分の命なんてどうでもいいと思っている節がある気がする。それはやっぱり悲しい。
いつでもアギナルドさんが来てもいいように魔法でこの講堂全体を保護する。炎鎖、司書、氷瀑、ここで使えて、守りに向いている精霊の力を借りこの部屋の守りを堅くする。外周を炎の鎖で囲い、その内側で氷の壁を構築する。さらにその内側、講堂までに続く廊下には毒沼を仕掛ける。ここに図書館があって助かった、あの子は気難しいから。
3つの魔法の維持はそれなりにきつくはある。部2小節以上の第7から9階梯の上位精霊で気難しい。それでも今協力してくれているのだから感謝しかない。
雪とレティが隠れる部屋に一つの影が忍び寄る。王城から学術区まで数km、それを物の数分で踏破したアギナルドの目の前にあるのは魔術院オーガスタ。
「なるほど、ここの防衛機能なら多少は私を足止めできるでしょうが、備え付けの術式程度では精々が数分もてばいいと言ったところでしょう」
レティとは違い、アギナルドはこの学舎に足を踏み入れたことは無い。それ故か、正門の前に立ってもその門が開くことなくただ沈黙している。アギナルドが手で触れ魔力を流すがやはり開かず、どこかにある術式から音が流れる。
『警告、ただいま学舎は臨時休校中です。許可なきものの立ち入りを堅く禁じています。お引き取りを』
「録音、耳障りな音ですが今は見逃します。さあ、開け」
アギナルドがさらに魔力を込めると門に施されている術式が破壊される。その瞬間施設の防衛術式が作動し、アギナルドに魔術が襲い掛かる。炎が動物を象り、馬や牛、獅子、はてには龍が顕現する。それら全ての炎がアギナルドに襲い掛かる。
「ここの院長の魔術、どれも芸術の域まで達していますが、綺麗なだけだ」
アギナルドの手にはいつの間にか二振りの龍剣が握られていた。剣が空中を舞い、動物たちを断ち斬る。龍だけは一振りでは仕留めきれなかったが、再び接近した時、すれ違いざまに脳天をかち割る。普通の龍はこの程度では死なないが、これは偽物、崩れ去り灰と化す。
「あちらは、ふっ、自身の師と知って剣が鈍っていますね。やはり脆い。そのような体たらくですからおまえは何も守れない」
どこか遠くを見るような目つきで、そうアギナルドは嘲笑う。彼の剣のさきから延びる黒糸は遠くの人形の下に繋がっており、その戦いを観察している。自らの父であったものと居場所を奪ったものとの戦いを。
しかし今は目の前の子龍を殺すことが、アギナルドという男に与えられた役目であることを思い出す。龍域、それも超広範囲な龍域は人に有利過ぎる。逆にそれさえなくなれば、龍に有利に働く。雪という存在はこの戦いにおいてあまりにも大きな存在だった。
「炎の鎖に氷の壁、これは、あの精霊の姫の魔法か」
門をこじ開けオーガスタ内に入ったアギナルドを待ち受けていたのは、レティの魔法。どれも強力な魔法、その上血の濃い龍人にとって生涯無縁ともいえる魔法は、いくらアギナルドの龍剣といえど介入する隙は無い。
近づくアギナルドに炎の鎖は絡みつき氷の壁は冷気により肌を凍らす。背反する2つの属性も魔法では両立する。そして先ほどの魔術とは異なりアギナルドはその魔法を警戒する。絡みつく鎖は逆に黒糸によって絡めとり、肌を凍て刺す冷気は身に纏う魔力によって打ち消す。
「厄介極まりない、これだから魔法使いは。それにこの空気、毒を孕んでいる。この2つは足止め、本命はこっちか。仕方がない、『カヴチュア・インフィニティ』」
一切の油断なく、アギナルドは大規模魔術を刻印する。黒い穴は、拒む2つの魔法を飲み込み通路を破壊する。炎の鎖も氷の壁も飲み込まれ、残る最後の魔法、「腐海の図書館」その残滓が集まり毒の剣と化してアギナルドを襲う。
「足掻きますか、精霊風情が」
アギナルドは避けることもせずその場に止まるとその剣届くことなく霧散する。行動への道は拓かれた。もうアギナルドを止めるものは無い。ゆっくりとした、けれど確実なその歩みはユキの死刑勧告そのものだ。
けれどそれを拒む詠唱の声が朗らかに紡がれる。場違いな鈴のような声は、歌を歌うようにしっかりとアギナルドの耳に届いた。
「霊峰の精霊よその権威と神聖とをもって奏でよ『天へ捧げる剣峰の絶奏』」
白の墓石が築く世界に無数の剣が乱立する。それに身構えるアギナルドだが数多の剣はアギナルドにその剣先を向けない。ただそこに佇むだけ、故にその歩みを止めることは無い。
講堂へと侵入したアギナルドの目に2人の少女と1匹の龍の姿が映る。片方は彼が入ってきたことにすら気づかないほどの集中力で、地面に広がる術式を眺めており、もう片方はじっとアギナルドを見つめている。
その視線に返すようにアギナルドは彼女に向けて言い放つ。
「諦めなさい、あなたの全力の妨害は私の前には無力です。この距離なら今度こそ私の方が早い」
「たとえ私の力があなたに及ばないとしても、諦める理由にはなりません」
レティが一振りの剣を握る。魔法使いに剣、とてもじゃないが不揃いなその2つは、なぜかアギナルドの目には違和感なく映る。それはその持つ剣がまるでタクトのように細長く、細身な彼女が持つのにふさわしく思えたからだろう。
その不揃いながらも違和感のない存在にアギナルドの反応は一瞬だけ遅れた。
レティの持つ剣が虚空を斬る。それが合図となり、数多の剣が動き出す。それぞれが独立して動き、アギナルドを襲う。四方からくる剣の軍勢を1つずつ丁寧に捌きながらアギナルドは前進する。
「ここに来てなお、まだ人殺しを躊躇しますか。あなたのその魔法なら私に傷をつけることぐらい、訳ないでしょうに」
「私はまだまだ世間知らずですけど、それでも人殺しがダメなことぐらいわかります。それなのにあなたはどうして!」
「ふん、人殺しがダメ?まさか。人という種は、いえ、生命は何かの犠牲なしには生きられない。あなたのそれは倫理観に基づくものじゃない、ただ同族殺しを忌避しているだけの感情に過ぎないのですよ」
剣の雨を掻い潜り、アギナルドは言う。龍を殺すことも人を殺すことも本質は何も変わらない、すでに龍殺しをしているレティにとって、人を殺すことを避ける理由にはならないとそう告げる。
「それは!」
「違わないでしょうに。だが、そうやって愚鈍なまま死に行くのならそれでいい。私とて時間を使いたくはない」
着実に一歩ずつアギナルドは前に進む。魔法の中心、レティたちのいる方へ行くほどに剣の量は増えていくが、それを的確にいなし、弾き、斬り落としていく。そしてとうとう処刑人は刑を執行する。
「蒙昧なまま死になさい。精霊の姫」
「っ!」
振り下ろされた剣が一振りの剣によって拒まれる。純白の剣身は寸でのところで間に合った。闇色の剣身と純白の剣身は鬩ぎあい火花を散らす。
1人の侵入者は剣の嵐に紛れその講堂へと足を踏み入れ、今に至る。
「悪い、待たせた」
「アモウ!」
所々に傷のある天羽は火花を散らす剣を翻し距離を取る。レティもわきに抱いて、雪の下へと一足で跳んだ。そして処刑人の方へ眼を向け尋ねる。
「アギナルド、どうしておまえがここにいる」




