39話 父と息子
「ここは、俺の部屋、か」
カウレスが目を覚ますとそこはテノティトにある自室だった。モースウィッグで負った怪我、腹に空いた穴はもうだいぶ塞がっているようだった。とはいえ流石にまだ動けそうにない。時刻は昼過ぎ、アモウたちが起きた日の昼前だった。
カウレスはモースウィッグでは結局何もできなかった。突如として体の力が抜けあの老級に龍核解放を当てることが出来なかった。その原因を未だ彼は知らない。憶測ならいくらでも、けれどその証拠はどこにもない。
「目が覚めたのですねお兄様」
カウレスが声がした方に目を向ける。そこにはまだ幼さの抜けきらない、赤髪の少女がいた。その顔立ちはどことなくカウレスに似ている。カウレスの腹違いの妹のフィオレだ。
「フィオレか、モースウィッグは、どうなった?」
「最初にきになることがそれですの?まずはご自分の心配をして下さい」
彼女の言う通り、カウレスの体は危篤状態から脱したとはいえ無理をするべきではないのは確かだった。とはいえカウレスも知らないわけにはいかない、自分の尻拭いを誰がしたのかぐらい。
「頼む教えてくれないか、フィオレ」
「仕方のない人ですね。モースウィッグに潜伏していた龍達は壊滅。もちろんその首魁である木龍もです。けど報告にあったアギナルドという人物は行方不明だそうです。この戦いでも子龍のお2人が活躍したそうですよ」
「そうか、やっぱり2人には迷惑をかけたか。しかしこれで東部龍害は壊滅、後は終末の龍害のみか」
「それと1つ言っておかなければなりません」
そう言いながらもフィオレは言い淀む。言いたくないこと、けれど言わないといけないこと。それを彼に伝えることがどれだけ難しいかは想像に難くない。
「実はヨウムさまも行方不明なんです」
「…………待て、待ってくれなんでヨウムがモースウィッグにいる、俺はあの人に!」
「待ってカウレス、フィオレを責めないで上げて、そのことは私から話すから」
マリアが部屋に入ってきた。その顔は後悔の色と安堵の色が綯交ぜになったような表情だった。カウレスが起きたと聞いて急いできたのだろう。少しだけ息が上がっていた。
「マリア…………ああ、そうか、そういうことか」
カウレスは手で顔を覆う。おおよそのことを把握したのだろう。マリアがヨウムを説得したことを、決心がついたヨウムとアギナルドがあの場で戦ったことも何となくだが察する。ヨウムはもちろんのことマリアとも長い付き合いだ。
止めても来る可能性は考えていた。だからこそ甥という立場でお願いせず、隊長という立場で命令した。騎士に誇りを持つヨウムならそれで止まると思っていたからだ。
マリアからの説明をカウレスは受ける。その面持ちは悪く、その現実を受け入れたくないようだった。けれどそんなことなどおかまいなしにどうしようもなく現実は突き付けられる。
「私も現場にいたわけじゃないから詳しいことはわからない、けどヨウムさんとアギナルドが一緒に瓦礫の下に落ちて行ったってローランドは言ってた。そしてまだ見つかっていないそう。ごめんなさい、私があんなこと、」
「マリアのせいじゃない。最終的に決めたのはヨウムだ。命令を無視して個人的な理由で戦場に来たあの人の責任だ。だから、誰も悪くない」
その顔は自分に言い聞かせているようなそんな顔だ。ここで自分を責めることは同時にマリアのことも責めることと同義だ。そんなことをヨウムが望んでいるとも思えない。
でも、マリアは自分のせいだとそう思っている。実際、3人それぞれに責任はあるだろう。しかし今それをして何になる。他人を責めてどうにかなるほど簡単な事じゃない。今は自分で自分を責める、それだけで十分だ。
「マリア、お兄様、大丈夫ですよ。あの強いヨウムさまがそう簡単に亡くなられるとは思いません。今はまず体を休ませましょう」
うつむく2人にフィオレが声をかける。カウレスは当然ことだがマリアもその体が万全とは言い難かった。龍害の影響でモースウィッグの魔力濃度が大きく下がったことで、魔法使いでもモースウィッグに行けるようになり、彼女はこの2日間ずっとヨウムを探していた、せめてもの償いかのように。
しかし下がったとはいえ影響が減っただけだ。長くいればそれだけ体に負担がかかる。
フィオレがマリアを引っ張り部屋の外へと促す。その姿は姉や妹、いやそれ以上に離れていても不思議ではないけれど、2人は同年代だ。マリアの実家で育った2人は姉妹同然のはずなのに、血がその成長を別つ。それでも2人の仲はずっといい。
「マリア、きっとヨウムは生てるよ。大丈夫だ、まだきっと死んでない」
その思いはきっと証拠など何もない祈りでしかない。アモウの父への願いのように、不確定のものを自分の中だけではそうであってほしいと思う残されたものの願い。その祈りは届くだろうか、まだ生死もわからずその行方を掴めていないヨウムの下に。
「そうだね、うんきっとそうだ。じゃあフィオレ一緒に、」
途中でマリアの言葉が止まる。それと同時に自然と膝を着いた。親衛隊に入った頃はぎこちなかったその動きも数年もすれば、自然と行えるようになるほど洗練されていた。
「楽にしていいぞマリア、俺はカウレスの方に用があるからな。何なら聞いてくか?」
そう聞くとマリアは立ち上がる。王に対する礼節は必ず必要なものだが、当の本人がそれをめんどくさがってる。
「大丈夫ですわ父上、私とマリアはすぐに下がります。たまには父と子で話すのも悪くないですよ」
「ああわかってる。後お前が会いたがっていた子龍はもう夜中に起きてたぞ、暇が出来たら挨拶にでも行っとけ」
「そうします。それじゃマリアいこ」
「失礼します陛下」
2人が部屋から出ていく。残るのはこの国の王とそれに使える騎士、肩書だけの関係の方がこの2人にはたくさんある。それでも2人きりの時の関係性は親子だけだ。そこには王も王子もなく、ただの父と息子がいた。少なくともダースニックはそうしようと思いここに来た。
「よく戦ったな。カウレス」
「お褒めに預かり光栄です、陛下。しかし私は何も為せずに負けました。労をねぎらうのなら子龍殿の方がふさわしいかと」
他人行儀なカウレス。以前までならそこまで硬くはならなかった。けれどヨウムの件を自分の責任だと感じているカウレスは、そこに私情を挟まないようにしている。それが親子であれ何であれ。
「まったくだ。おまえが失敗するなんて珍しいじゃねえか。限定的とはいえ昼を夜とする、闇属性の大規模魔術の前じゃおまえも無力か?」
「かも、しれませんね。何とかして対抗策を講じないと。お話は以上ですか?なら私は、」
「その状態のおまえを俺は戦場には出さねえぞ」
ダースニックの雰囲気が変わる。息子の心配をする父としてではない、この国の王としての顔だ。
カウレスの傷がどうこうではない、あの傷でも戦えるようになるための時間はさほど長くない。それでもダースニックはカウレスを戦場には出せないと判断した。
「私にただ傍観していろと?」
「そう判断したのはお前だぞ、カウレス。ヨウムを戦場から遠ざけたのはそういうことだ。おまえに責任があるとすればそれはヨウムを戦場から離したことだ。あいつがいたら助かる命もあったかもしれない。そこに私情を持ち込んだお前の責任だ」
フィオレもマリアも突き付けなかった現実を当然のように突き立てる。確かにヨウムが最初からいれば助かった命があったかもしれない。仮定の話だ、実際のところはわからない。けれどそのことを突き付けられて考えない人間は少ない。
「中途半端な情けをかけるぐらいなら最初からあいつを戦場に出せ、戦場でその役割を放棄するなんてあいつにはできない。そんなことも分からないおまえじゃないだろ」
カウレスがダースニックから目を背ける。ダースニックが言うことはどうしようもない事実でカウレスもそれに反論できなかった。それが正しいと納得してしまったのだ。
「じゃあどうしろと、私はヨウムに死にに行けというべきだったのですか」
ヨウムの肉体は昔高濃度の魔力に汚染されていたことはカウレスも知っていた。そして2度目の汚染でどうなるかも。それはヨウムという騎士に死ねというのと同義だった。
「甘ったれるな」
ダースニックがカウレスの襟首をつかみ上げ目線を強引に自分に向けさせる。その時初めてカウレスはダースニックと向かい合った。生まれて初めて、今まではそんなこともないほど彼は王子でダースニックは王だった。
「ヨウムは騎士だ。この国に剣と命を捧げた男だ。その矜持を、その誇りを、その尊厳を、ただ甥だからといって踏みにじっていいと本気で思ってんのか?」
「それは、」
「おまえがただの個人ならそれでもいい。だが親衛隊隊長の座はおまえが望んだ責務だ。その責務を果たす中で個人を出すことは許されねえ」
個人を、自分を殺せとダースニックは言う。それがきっと彼が長年王という重責に身を置けた理由だ。きっと彼はそれが最善だと分かれば、自分すらも犠牲にするだろう。それが上に立つもの、何かを背負うものの責務だと言わんばかりに。
しかし、その機械のような冷徹さに誰もついてくるはずはない。
「だが、だがだ。それでも守りたいというのなら、中途半端な真似はやめろ。そいつの責務を奪え、そいつの憎む敵を討て、そいつに嫌われてでもそいつを生かせ。それが俺たちにできる精一杯の情けだ」
それができるのは力を持った人、失う覚悟を持っている人、そしてそうまでして相手を守りたいと思える人だけだ。それだけが救われようとしない人を救える方法なのだろう。当然その後に残る結果は想像に難くない。
「それはただ死を別の死に置き換えてるだけです。騎士という称号をヨウムから奪ったら、彼は生きる目的を失ってしまう。ただそこに存在しているだけになってしまう」
「そうだ、それがどうした。それが助けたいという己の願望を望まない相手に押し付けた結果だ。妥協点なんて存在しない。自分で救われない道を選んだ人間にまともな結果が残ると本気で思ってんのか」
今度はカウレスがダースニックの襟首を掴む。ヨウムの選択がまともな結果にならないと言われたことがどうしても許されなかった。それが間違いだと正しくないと貶されたようににカウレスには思えた。
「あなたに、ただ王としてしかヨウムを見てないあなたに何がわかる!もういい、あなたと話しても無駄だ。決戦の時俺も戦場に出ます、いいですね」
「…………俺は西、アモウは南だ。あとは好きにしろ」
襟首を正しダースニックは部屋を去る。部屋に残るのは後味の悪い雰囲気。互いに親子のように接することが出来なかった。カウレスはそれでもいいと思っている。あの人は王としてしか人を見ないと。けれどダースニックは違うのだろう。そうでも無ければ最初のやり取りだけで部屋を出ている。
「くそ…………何やってんだ」
王としての責務からか、幼少期のカウレスに時間をさけなかった。子供との接し方が分からない。親として言おうとしてもどうしても王としてしか言葉に出せない。そんな不器用な自分がダースニックには疎ましかった。
――――くちゃくちゃ――――
――――ぐじゅぐじゅ――――
――――べちゃべちゃ――――
虚空に汚い咀嚼音が響く。子供が綺麗な食べ方を知らないように、その食べ方は手でモノを掴みそれを無理やり口に押し込むような汚いものだった。
その空間は暗く、一つも明かりがなかった。もしそこに明かりがあればそこが血の海だということに気づき、見たものの精神を汚染するほどの凄惨な状況だということがわかるだろう。
獣はその獲物の内臓のみを食い散らかす。その外側、表面にはほとんど傷をつけず少し開いた腹から臓物を引きずり出す。
晩餐も終わりを迎える。そのメインディッシュを飾るのは赤々と血に濡れる心臓だった。濃厚な血と魔力、中級の龍に匹敵するほどの魔力をその心臓は含んでいる。獣は恍惚とした表情でその心臓を眺め、一息に飲み込む。いや取りこんだと言った方が正しいかもしれない。
心臓はその体内で獣の心臓の傷を埋めるように吸収され、もはや風前の灯だった獣の命は再び燃え上がる。
「ああ、ようやく元通りです。足りない分はその傷を負わせた血肉が効きますね。これでもう私を縛るものは無くなった。感謝しますよ、」
男の龍剣から黒糸がはい出る。その糸は獲物に巻き付きその表面を覆う。あらゆる感情がそぎ落とされたその顔にはただ虚ろな目がその主を見つめるのみ。その目線はもう敵を見る目ではない。
「お父さん」




