38話 力の代償
忘れてました、補足です。この世界の月は9つあり、炎月、樹月、嵐月、岩月、氷月、煌月、邪月、神月があり、1月45日です。そして新年前後の5日間はどこにも属さない新生の5日間と呼ばれます。今は嵐月、リヴィングスでは分かりづらいですが一応春です。四季を感じやすいのはゲネルシャフト連合国の東部地域です。
「ダースニック王、どうしてここに?」
部屋の入口にダースニック王が立っていた。いつもと変わらないそのいで立ちはまさに威風堂々というにふさわしいだろう。けれどなぜここに彼が?彼はテノティトから離れられない、訳でも何のだろうけれど、あまり離れるわけにもいかないはずだ。それが理由で俺たちが東部に行ったわけだし。
「あ、言ってませんでした。私たちは今テノティトにいるんですよ。東部龍害が終息したので、もう東部にいる理由がなくなりましたからね」
それもそうか、となるとここはテノティトにある王城の客室か。前に俺が止まった部屋と確かに雰囲気が似ている。
「そういうこった。でもって子龍がそんなボロボロだと議会の奴らに何を言われるかわからんからな、今はそこで傷を治しておいてくれ」
「議会?仲悪いんですか?」
あまりそういった話には縁がなかったし、カウレスも言おうとはしなかった。そういった内紛があるかどうかすらも知らなかったが、もしかして何かあるのか?
「軍事の方面はまだ俺の方が発言力があるからな。できれば俺に隠居して欲しんだろ、議会の連中は」
「そういうことですか。あんまりそういったことに巻き込まないでくださいね、俺や雪、それにレティを」
「俺はしねえよ、あいつらは知らんがな」
リヴィングスも一枚岩ではないってことか。議会の連中からしたら俺たちは、ダースニック王を蹴落とす言い分みたいなもんなんだろうな。子龍という存在を独断で動かして怪我を負わせたとなると確かにめんどくさそうだ。
「それでどうかしたんですか?」
「お前たちの様子を見に来ちゃ悪いか?王として子龍の面倒を見るのは当然の責務だからな。で調子はどうだ?」
「左腕はちょっとかかりそうですけど、まあ2,3日あれば何とか。他は別に」
「見えてるところは別にどうとも思ってねえよ、子龍の回復力があれば問題ねえだろうさ。俺が聞いてるのは眼の方だ」
「目?」
レティが不思議そうに俺の目を見る。外から見ればいたって普通の人の眼球だ。それにしてもばれてたんだな。今まで誰にも指摘されななかったから問題ないと思い込んでいたけれど、ダースニック王にはばれてしまった。
「お前カペチェの時から龍眼を一度も解いてないだろ」
「龍眼を?ま、待って下さい、カペチェの惨事が何週間前だと思っているんですか、アモウ!」
「少しでも龍害を早く見つけるに越したことは無い。あいつらがいつ襲ってくるかなんてわからないからな」
夜が多いとはいえ、何件かは昼間にも龍害が都市を襲っていた。そのほとんどはベルクスから遠い都市だったが、近場で無いとも言い切れない。賢い選択とは言えなかったが、やるしかなかった
俺の眼じゃ師匠のブラックモアの効果は破れないと分かってはいたが、せめてやれることをしたかったんだ。
「眼球の負担は計り知れないだろ。それで、まだ見えているのか?」
レティが息をのむ。俺の目が見えていないと思ったのだろう。事実確かに素の視力は落ちているし、今はぼんやりとしか見えてはいないけれど、問題は無い。
「そんな心配するほどのことじゃないです。龍眼さえ使えば視力も回復しますから。だからほら心配しないでくれレティ」
見えていることを証明するためにレティの頭に手を伸ばす。確かにそれはレティの頭に当たり不器用にはなったがその白髪を撫でる。
「ほらちゃんと見えてる」
「じゃあこれは何本だ?」
ダースニック王が指を立てる流石にそのくらいはわかるから2本と答えると、もう一回同じことをされた、今度は立てた指をもう片方の手に乗せて。まずいな輪郭が分からない。
「………………3本です」
「4本だ。馬鹿が、なんでこうなるまで放っておいた」
盛大にため息をつかれる。でも確かに視力は低くなったが、生活にそこまで支障はない。一応こっちにもメガネはあるし、最悪龍眼を使い続ければ問題は無い。
とは言え隠し通すつもりだったんだけどな。こうも簡単にばれるなんて。
「本当に大丈夫なんですか?生活には確かに支障をきたしているようにも見えませんでしたけど、それでもいつかは」
「ああ、龍眼も一種の魔術のようなものだからな。人には属さない龍の力だ、いずれ完全に見えなくなるぞ」
「………………わかってます。なるべく使わないようにしますよ。ですからこの話はやめましょう」
無理やり話をきる。大丈夫、俺もブラックモアさえなければそんなことはしない。視力を落としたいわけでもないしな。長時間連続で使わなければ問題ないだろう。視力の方は、まあ、大丈夫だ。何とかなる。
「まあいい、お前がそれで納得してるならな。でだ、ユキが『龍域刻印』を使ったと報告を受けたが本当か?」
「本当ですけど、どうしたんですか?」
耳が早いな。それに龍域刻印の存在も知っているんだな。子龍しか使えないとなるとかなり限定的にしか伝わってなさそうだけど、まあでも王族なら知っていてもおかしくはないか。なにせ子龍の直流だ。伝わっていたって不思議じゃない。
「最終決戦、終末の龍害との決戦はテノティトでする。その際にユキに龍域刻印を使ってもらいたいんだ」
「確かにあれは強力ですけど、どうしてです?」
本人の了承もないし俺が決められることでもないのだけれど、わざわざ龍域刻印を使って欲しいというのは少しだけ疑問に思う。それにあの龍域で雪が使う魔術は何か様子が変だった。魔力を使わずに魔術を行使することが可能なのか?くそ、そういうこともノルディックに聞いとくべきだった。少し記憶が曖昧だな。
「テノティトで龍害を迎え撃った場合、正直勝率は3:7くらいだ。防衛設備が整っていても物量とそれに老級の壁がある」
「龍域、ですね」
「そうだ、拠点防衛は基本的に守りが有利なのは間違いないんだが、あいつらはその土台から崩してくるからな。その対抗策としてユキの龍域がどうしてもいる」
たしかに雪の龍域はあの木龍の龍域を上書きした。あの面倒だった巨木をなくし戦場を一気に作り変えた。それさえあれば確かに龍害との戦闘もかなり楽になりそうだ。龍域の無い老級なら勝ち筋が見える。
「でもその場合、雪はずっと龍域を刻む必要がありますよね」
「龍域の刻印には老級と言えどそれなりの時間がかかる。それまではしなくていいが、一度刻んだらその後は終わるまでだな」
となるとかなりの負担だな。モースウィッグでは精々2時間ほど、けどテノティトだと予想できない。下手したら夜通しで刻むことになる。そうなると今度は魔力の不調だけじゃ済まないかもしれない。
「けどそれは、それは」
「俺たちがどうこう言っても仕方ないだろレティ。これはあいつの問題なんだから。そういうわけです。雪に聞いてください」
ああ、分かっているさ。今度の戦いにおいて、雪の龍域が担う重要性ぐらい。俺だって多分だけど雪を説得する。だからこそダースニック王は俺の方に来たのだろう。けれどせめてやることになったとしても、それは雪の意思のもとであって欲しい。
「反対はしないんだな」
「どっちつかずですみません。けど雪のことを俺が決めて良いわけがない。俺はあいつの友人であって、保護者でもなんでもないんですから」
「そうか悪いな、またあいつに無茶させることになる」
雪の性格からして、断ることは無いだろう。俺たちだけが無理しているわけじゃない、それはレティもわかっているんだろうけれど、親しいものに無理して欲しくはないものだ。
雪の話も一段落着いた。ならこちらからも聞きたいことを聞いてもいいだろう。
「それはそうと、カウレスの所にはいったんですか?」
「いやまだだ。ユキの所に行ったら行く。国のために死力を尽くした騎士を労うのは王の務めだからな」
それではまるで、まるであくまで仕事としていくようなそんな物言いだ。そういうところはカウレスと似ている。自分と相手の関係値よりも自分の役割を優先させる。それで納得しているのならそれでもいいのだろう。それをダースニック王はできている、けどカウレスはまだ割り切れてない気がする。
「さて、じゃあ俺はユキに会いに行く。おまえはまだしっかり休んでろよ。…………っとそうだ。ほら、これ貰っとけ」
細長い包みをこちらに放り投げる。レティが受け取ろうと掴んだが、その重さに少しよろめいていた。まだ動く右手でレティの肩を掴み、彼女が倒れるのを防ぐ。
「おっと、危ないぞ。何です、これ?」
「前おまえが倒した老級の砕けた龍核を使って作り上げた剣だ。かなり丈夫だから、しばらくはもつと思うぞ」
ああ、そういえばテノティトの龍害の時、戦う前に倒した龍は俺の好きにしていいって言ってたな。あの無駄に硬い老級を使って鍛造しているんだ。確かに丈夫なのだろう。
「ありがとうございます。おせっかいになるかもですけど、きちんとカウレスとは話し合うべきだと思いますよ」
「ったく、余計な世話だ。おまえもあんま心配かけんじゃねえよ」
そう言い残しダースニック王は部屋を出て行った。
誰の心配か、なんて聞くまでもないか。俺だってかけたくはないけれどそれが許されるほど、今の状況はいいわけではない。
王様が部屋から出て行ったあと、アモウは頂いた剣を鞘から抜き出して眺めていた。片手だけで危なっかしい動きだったけれど、剣の素人の私が下手に手を出したら逆に怪我をしてしまうかもしれませんから、とりあえず見守ることにしました。
たしかにその剣は最初アモウが持っていた剣と同じくらい、綺麗で頑丈そうだった。王様はあの剣にあの龍の龍核が使われていると言っていたけれどそうだとしたらあれは龍剣なのでしょうか?
「アモウ、その剣は龍剣なのですか?」
「ん?いや違うぞ。龍剣はまるまる一つ龍核を使うからな。これはあくまで龍核を材料にしただけだ」
初めて知った。龍剣のことにしても他のことにしても私は知らないことが多すぎる。下手したらアモウやユキの方が多くのことを知っているかもしれない。そして私は2人のことも結局は上辺だけしか知らないのかもしれない。
だから聞こう。せめて少しでも彼や彼女のことを知れるのなら僅かでも聞けることは聞いておきたい。
「突然ですみません。アモウ、もう1つの人格って何ですか?」
「………………あーあいつのことか?二重人格って言ってもわかんないよな。正確には解離性同一性障害っていうらしいけど、まあ簡単に言えば1人の人間に2つ人格があるんだ。幼少期のトラウマとかが原因らしい」
アモウのトラウマは多分父親との暮らしだろう。あの暴力的な父親の虐待は心に傷を負うのに十分だと思う。
アモウはもう過去のことだと割り切っているかのようにそこまで気にしていない。私がもうその過去を見ているからかもしれないけれど、話すことに嫌悪感は無いみたい。
「俺とお、あいつは決定的なところで意見が割れている。誰かを助けるために大勢を助けないあいつと、大勢を助けるために誰かを見殺しにする俺とじゃどうしても相いれないんだ」
「不思議だったんです。2人とも経験してきたのは同じはずなのに、どうしてそんな風に違うのかが」
「感情と理性は時に別々の解答をだすんだよ。理屈として通ることも感情では受け入れられない。感情で受け入れられても理屈は通らない。そんな自己矛盾があの地震で限界に達したんだろ」
感情と理性の乖離、たしかにそういったものは誰しもあるのかもしれない。私もアモウやユキが無茶しなければリヴィングスは滅ぶことぐらい何となくだけどわかっている。けどそれでも2人に無茶して欲しくないと思う自分がいる。けどその2つがアモウのように別々のものとは思えない。全部それは私なんだから。
「どっちが先かなんて俺は知らない。興味がないわけではないけれど、それは重要な事でもないしな。他に何かあるか?」
「少しだけ違和感があって、あのアモウとアモウとじゃ少しだけ人を助ける理由が違うんじゃないかと思って」
あのアモウはどうしようもなく、知らないお母さんの記憶に惹かれていたと言っていた。それはきっと感情からくるもの、今のアモウとじゃ少し違う気がする。
「あいつがなんて言ったか知らないが、そうだな俺は罪滅ぼしみたいなものかな。父さんを殺したことのせめてもの贖罪。父さんは、俺の目の前でその首を吊っていた父さんは可哀そうな人だった。どうしようもないほど母を愛していた父さんを死なせたのなら、せめてこれからはそんな人を1人でも助けないといけないんだ」
「それがアモウの、呪いですか?」
あのアモウにも聞いた質問を再度投げかける。彼はもう自分で割り切ったと言っていた。ならアモウは?アモウはあの父の死をどう受け取っているのだろう。
「呪い、か。どうだろうな、人によって受け取り方は違うかもしれないけど、俺は父さんからの愛情だと思っているよ。絶望かもしれない、生きる理由を失ったからかもしれない、けど俺は父さんが最後に残したものは愛情だって、命を懸けて俺を生かそうとしたんだって思いたい。その思いに報いるために俺は誰かを助けるんだ」
いつも誰かの死の責任を自分のものだと感じているのはここからきているのだろう。父の死に報いるために誰かを助けている。ひどく歪んだ呪いのようなものなのに、それを本人は愛情だと言っている。それがきっとアモウと彼の違いなんだ。
「アモウはあの父親を恨んではいないのですか?」
「ああ、今はもうなんとも。母の死の原因は俺だからな。ああなったのも、死んでしまったのも俺の責任だ」
その責任は、きっとアモウ以外には背負えない。他の何かなら私でも一緒に背負ってあげられるかもしれないけど、これはこれだけは踏み込むべきじゃない。それでも踏み込むべきかとも思ったけれど、その結果が私は怖かった。誰かに嫌われる勇気が私にはなかった。
「ならそれは確かに呪いではないのかもしれませんね」
「だろ、俺としても父さんが俺を恨んでないことをいのるばかりだよ」
きっとそんなことは無い。心のどこかでアモウは父親が自分を憎んでいると思っている。そして無意識のうちに自分を罰しようとしている。誰が見たって彼は被害者のはずなのに父を哀れもうとしているんだ。
「…………じゃあ他にも聴きたいこと気いて良いですか?」
「いいよ、もとから眠れそうになかったし。ちょうどいいから話し相手に会ってくれ。ああでもレティは大丈夫なのか?もう夜遅いだろうに」
「私は大丈夫ですよ」
無理するなよ、とアモウが言った。少しくらいはいいでしょう、少なくともあなたよりはマシなんですから。
少し重い瞼を何とか開けて気になることを質問する。元の世界のこと、ユキのこと、それにアモウ自身のことを少しずつだけど聞いていった。




