27話 騎士と父親の狭間
「っう!」
目が覚めると同時に腹部に痛みが走る。くっそ、まだ痛みがなくなってない。ここは、ああ、俺の部屋か。確かあの時はあの男、アギナルドと対峙してそれで、
「ヨウムさん!っ痛!」
また痛みが、今は何時だ?まだ傷が治りきっていないならあれからそんなに時間は経ってないってことか?あそこでまだヨウムさんが戦っているなら早く行かないと。痛くとも動けなくても、助けに行かないと。
「あんまり無理しちゃいけませんよ。休めるうちはしっかり休んでおかないと」
「ヴォルフ………」
俺が寝ているベッドの隣にヴォルフが座っている。少し意外な気がした、まだ会って一週間しかたっていないが、この男はそこまで他人に興味がないような気がしたから。
ああでも、弱っているときに誰かが隣にいてくれるのはやっぱり少しだけ安心する。
「ヨウムさんなら無事とはいかないけど、帰ってきてますよ。ですからほら休んでおいてください」
「無事じゃないってことは、どこかに怪我をしたのか?」
「君ほどじゃないですから。彼もそれなりの血の濃さです、活血剤の投与もされているでしょうからもう治っていると思いますよ」
そうか、ならきっと大丈夫なんだろう。血の濃い龍人なら俺と同じように傷の治りも速いはずだ。けど、
「レティの方は無事なのか?あいつも怪我してただろ?」
「彼女ならさっきまでここでユキと一緒にアモウの顔を見ていましたよ。さすがに疲れたのか、あっちの角で休んでます。怪我の方は、どうでしょうね?彼女は魔法使いですからそこまで血は濃くないはずですし。でも命に別状はないはずですよ」
部屋の角を見るとレティと雪が一緒に寝ている。レティの顔は少し火傷のような蚯蚓腫れが出来ており、あの時の風龍との戦いで負った傷がまだ癒えてはいないみたいだった。雪の方はもう治っているようで大したことはなさそうだ。カウレスと一緒にいたのならあまり怪我もしなかったのだろう。
「そうか、無事か、ならよかった。雪の方も大丈夫そうだし俺も、」
「君はダメに決まってるだろう?今はおとなしくしていた方が身のためだよ」
「じゃあせめて毛布を抱けてくれないか?熱くてかなりきつい」
「暑い、ですか?この部屋そこまで暑くはないですけど、ちょっと良く見せて下さい」
ヴォルフはおもむろに毛布と俺のシャツをめくり腹部をじっと眼で見て来る。こうも美男子に見つめられるのはなんだか恥ずかしいというかなんというか、でもどうして腹部を?
「………………見た感じどうやら何かしらの魔術かその残滓のようなものがアモウの患部にありますね」
「魔術?となるとあいつか。ねちっこいなほんと、こんな嫌がらせまでして」
「アモウだから助かってしますが、普通なら激痛のショックで死んでいてもおかしくないですね。まあアモウだから発見が遅れたという弊害もありますけど。痛いときはしっかり痛いと言った方がいいですよ」
そうか、そんな魔術をあんな一瞬の間に。俺でよかったと思う反面、さも当たり前かのようにそれだけの魔術を人に向けて使えるなとも思う。この世界では当たり前のことなのか?いや手段という面では大して変わらないか、どちらも。
「どうします?治しますか」
「治せるのか?」
「ええ、僕の槍はそういうものですから。一刺しすれば治りますよ」
たしか、あの槍は龍装で名前はフヴェズだったはず。龍装のなかには龍核解放をしなくとも特殊な効果を持つものもあると、たしかノルディックが言っていた。アドもその1つらしいが魔術として再現しているうちは使えないものなのだろうか?
「フヴェズは刺した対象の魔力を吸い取りますから、その傷口に刺すだけでその魔力は除去できます」
「じゃあ頼んでいいか?正直痛くてかなりきつい」
ヴォルフが槍を取り出し、俺の傷口にそっと穂先を当てる。ひんやりとした感触が伝わってくる。それと同時に僅かな痛みが走り、仄かな嫌悪感も。どうしてかは分からないが、いやな感じだ。相反する魔力が混ざり合うような、そんな感じだ。
「入るぞアモウ、起きてるか?」
「え?」
「ん?」
扉越しに聞こえた声の主は、制止する間もなく扉を開ける。始まってしまったものは簡単には止められない。治療も入室も、そしてその二つがもたらす結果も相応に止まることは無い。
「ヴォルフ、お前何をしている」
まるで龍と対峙しているかのように、手を佩いている剣にそえるローランド。その声は今までで一番低く明らかにヴォルフを威嚇している。勘違いはしょうがないことだ、避けようがない。それをどうやって解決するかに人間性が出ると言っても過言じゃない、と思う。
「見ての通り、アモウにフヴェズを刺しているだけですけど、どうかしましたか?」
おい、っと叫びそうになったが今は治療中だ。下手に体を動かすと逆に致命傷になりかねない。けれどまずい、ヴォルフは素直に今の状況をそのまま伝えた。ローランドから見れば身動きが取れない俺を痛めつけている構図にしか見えないだろう。せめてそれまでの経緯を説明してくれ。
「冗談でも笑えないな。今すぐその槍をアモウから離すか、俺に斬られるかを選べ」
「待て、待ってくれ。これは治療で、だからヴォルフに悪意は無くて、まずは剣を」
「分かっている、冗談だ」
「冗談でも笑えないぞ」
怪我人相手に冗談なんて、ああいや、ローランドなりに気を使ってくれたのか?ともあれそうして気をもんでいるうちにヴォルフによる治療は終わったようで、槍は俺の腹から引き抜かれていた。
「アモウが気にしている情報を持ってきたんだが、悪いな邪魔だったみたいだ」
「ヨウムさんのことか?」
「それもあるが、子供たちのこと気になるだろう?」
………………まずいすっかり忘れてた。いろいろのことがあったせいではあるけれど、子供たちの安否を忘れるなんてどうかしている。元々今回の騒動の原因は子供たち誘拐が元だっていうのに。
「………忘れてた。お前が別に慌ててないとなると無事なんだろ?」
「アモウの言う通り大した怪我もなくただ眠っているだけだ。医者も直に目覚めるって言っていたそうだ。それとほら」
ローランドのフードからアスターが飛び出て来る。今日は見かけないなと思っていたがそんなところにいるなんて。あんまり俺以外にはなついているところを見たことがないんだが、静かな人間が好きなのか?
「どこに行ってたんだ?」
なんて聞いてもキューとしか返ってこないし、その意味も分からない。まあ無事ならそれでいいか。下手に俺と一緒にいて怪我でもされたらノルディックとの通信手段がなくなってしまう。それを抜きにしても怪我はしてほしくない。
「俺が来たのはもう一つのこともあってだ。怪我人に鞭打つようで悪いが、アギナルドについてわかる範囲でいいから教えてくれ」
「多分知っていることはダースニック王と大して変わらないと思うぞ。俺もまだ二回しか会ってないわけだし。それでもいいなら」
アギナルドのことを話す。奴の雰囲気、魔力、龍剣、戦い方、俺が感じたことを言葉にして二人に伝える。
「消耗していたとはいえアモウ相手そこまで力の差を見せつけるなんてね、子龍というのも嘘じゃないかもだ」
「ああ、それにあいつの身分の隠蔽に龍教会が関わっているとなると、もっと面倒だな」
「何かあるのか?」
たしかカウレスも似たようなことを言っていた気がする。確かに龍教会が関わってくると厄介だと。宗教に関連することはやっぱりどの世界でも厄ネタなのだろうか?
「東部の龍害が発生した時に調査隊を出した話はしたと思うが、その調査隊の一部には龍教会からの司教たちがいたんだ」
「龍害が発生した時に一番重要なのは調査だって、昔聞いたんだがその調査に部外者を使っていたのか?」
「そうせざるを得ない状況だったんだろうな。西部の龍害で東部には必要最低限の兵士しかいない、その状況下ではまともな調査もままならないからな。仕方なく信用のある龍教会に委託していたらしのだが、その結果がこれではな」
「まあ、そのアギナルドが龍核解放で操っていた可能性もありますし、一概に龍教会の責任というわけでもないのでは?」
たしにヴォルフの言う通り、あいつの龍核解放はこういう状況にはうってつけのものだろう。調査を委託されるぐらいには信用されているのなら、操られているとみて良いだろうな。
仮に操られていたとして、何人の規模を一度に操れる?偉い地位の人間だけを操って、報告だけを偽造したのか。はたまた全員操っているのか。今回の件で最低でも8人は同時に操れることが分かっている、乱戦だと逆に不利になるな。
「実際操られていたかどうかは、今頃取り調べを受けているだろうから明日にはわかるだろう。それで、その司祭たちが調査した都市や森林の中にモースウィッグがあるんだ」
「じゃあそこに」
「東部龍害の本体が?」
「そう見て間違いないだろうと隊長は結論づけている。そのことで今ヨウムさんを尋問しているんだ」
「さてヨウム、話を聞かせてくれるか?」
その部屋は明かりはほとんどなく、月明りだけが二人を照らす。二人の間には身内故の容赦も、年長者に対する労いもない。そこにあるのは王子と臣下という近くもあり、冷たい関係性だけが残っている。
ヨウムの怪我はそこまで酷くはない。ヴォルフの言う通りアモウに比べれば大したことは無い。アギナルドと対峙して五体満足で生き残れるのは、彼だからだろう。
「そうですな………………殿下はモースウィッグの一件はどこまで知っておられますか?」
「旧モースウィッグ領主が子龍を作り出そうとして失敗したという認識だった。今日まではな」
「ええ、その認識でおおよそあっています。当時、親衛隊がモースウィッグに到着したときには高濃度の魔力の滞留しており、親衛隊の中でも私と当時の隊長つまりは陛下しか領主の館には入ることが出来ませんでした」
親衛隊とはいえ、高濃度の魔力が毒になることは変わりない。木乃伊取りが木乃伊になることは何としても避けなければならなかったとはいえ、あまりにも人手が足りない状況だ。
「二手に分かれた後私は陛下よりも先にカルロスを見つけました。その時には彼は虫の息で言葉を紡ぐことすらできず、ただ私に一通の手紙を押し付けて死にました。その手紙には子供のこと、その処遇について書かれており私の判断を鈍らせました」
「陛下に報告しなかったのか?」
「………ええ、騎士としての使命、そして長年ともに国を支えてきた戦友の遺志、どちらも大きく、裏切ることなどまして選択することなど出来なかった。けれど陛下がその後すぐに部屋に入ってこられ、私は、手紙を隠したのです」
「手紙にはなんと書いていたんだ?」
「子供を育ててやってくれと、子供に罪はないと。そしてもし、その子がリヴィングスに刃を向けるようであれば殺してくれ、そう書かれていました」
カルロスにあった最後の良心か、それとも自らが引き起こした災禍へのせめてもの贖罪か、その真相は死人に聞いてみなければわからない。しかし同時に彼の愛国心は本物だったことが伺える。どうしてああなってしまったのか、もう彼自身もわからないことだろう。
「傲慢だな、この国はそこまで弱いか、その男から見たリヴィングスは誰かに守ってもらわなければならないほど貧弱なのか。………………いやそうなんだろうな、アモウやユキ、レティシアに頼っている時点でモースウィッグが正しかったのだろう」
「そう、なのかもしれません。あの男の手段はどこまでも汚れていましたが、それでも私はその心は、その妄執が産み落とした子は間違いではないと、証明したかったのかもしれません」
「どうしてアギナルドはあんな男に育ったんだ?あなたが育てたのだろう?」
「ええ、皆が撤収した後、あの館に忍び込み隠されていた赤子を見つけ出し、私の家へ連れ帰りました。このことを知っているのは私しかおりません。誰に知られることなくアギナルドを育てていきましたが、ある日突如として消えたのです」
ヨウムの顔は深い後悔の色に支配されている。自分の選択が間違いだったと思っている男の顔だ。それでもカウレスは質問を止めることはない、それが少しでも今のリヴィングスを救う方法に繋がるのなら、決して緩めることは無い。
「誘拐か、それとも逃げ出したのか?」
「わかりません、部屋に侵入者の痕跡はありませんでした。その当時すでに私は一度親衛隊を辞していたので、ほぼ丸一日探していましたが見つかることはありませんでした。その後もずっとずっと探していましたが、終ぞ見つかることはありませんでした」
「そうか、その後のことは俺も知っての通りか。ならもう話すことは無い。………………ヨウム、親衛隊は明日モースウィッグへ最後調査に行く。そこにはあなたを連れて行くことはできない。ここで静養していてくれ」
「それは、いえ、妥当な判断です。老体が足を引っ張るわけにもいきませんから。ご武運を」
「………………殺すぞ、俺は」
その一言はヨウムを揺らす。アギナルドとともに過ごした期間は彼が幼少期だった、ほんの数十年。情も引け目も負い目もある。けれどもとより自分が殺すつもりだったアギナルドをカウレスが、甥が殺すことは自身の責任を、彼に擦り付ける事ではないかという疑念が彼の頭をよぎる。
「モースウィッグの手紙に書かれていることは忘れろ。あなたに彼は殺せない」
カウレスが席を立つ。もう話すことは無い。ヨウムに話せることも、また無いのだ。甥と伯父、いや父親以上に父親のようなヨウムに子供を殺させるわけにはいかない。それはきっと彼に癒えない傷を残す。龍人といえど癒える事の無い心の傷を。




