20話 老兵は語る
カウレスたちが帰ってきてしばらくのこと、ようやく事態が収拾してきた。マリアさんからの連絡によると親衛隊はもう少しかかるらしい。どうやら龍害を率いる謎の男が現れたみたいだ。
その探索をするらしく今日は帰れそうにないそうだ。あいつさえとらえることが出来るのなら龍害の被害もかなり少なくできる。見えない予測できないということは非常に厄介極まりない。
俺は少しだけソファで仮眠をとっており、カウレスが起こしてくれた。ヴォルフが目を覚ましたから話を聞きたいそうだ。一応記憶障害のことは話しているが、何かしらの収穫はあるかもしれない。
俺とヨウムさん立ち合いのもと、ヴォルフとカウレスが対面する。安全面を考慮したがもうヴォルフに敵対の意思は無いだろう。となると最初にあった時のあれは何だったんだ?
「私はカウレス・リヴィングスだ。ヴォルフ・フォールン君だね。さて、では君の話を聞かせてくれるかな」
「カウレス、僕はアモウが言っていた通り記憶を失っていて、あなたたちが欲している龍害の情報や僕自身のことに関しても話せることはありません」
「そうか………いや、いいんだ気にしないでくれ、勿論知りたいのはやまやまだけどね」
事前にヴォルフに聞いていた通り、言えることは何もないそうだ。だめでもともとで魔法での復元も試みてみたが駄目だったし、やはりヴォルフから何かしらを聞けることはなさそうだ。
「これから君はどうしたい?君も龍害の被災者の一人と言える。国で保護すること可能だし、できれば私は一緒に来てくれるとありがたいかな」
仮に記憶が戻ることがるのなら近くにいてくれた方がいいだろう。それにヴォルフ自体もめちゃくちゃ強い。龍害相手に少しでも有効打を集めておきたいのだろう。ヴォルフの方はというと少しなんやでこう発言した。
「カウレスはアモウたちと一緒に行動しているんですよね。ならユキも一緒ですか?」
雪?どうしてここで雪なんだ?ああいやさっきやたらと雪の料理に食い入っていたか。よほどおいしかったのか、はたまた別の理由故か。ただヴォルフほどの実力者はたとえ記憶を失っていても大いに活躍してくれることだろう。俺としてもその力を存分に振るって欲しい。
だけど、その考えを他人に押し付けるわけにもいかない。結局のところヴォルフの意思次第だ。俺たちは望みこそすれ、それに反した答えが返ってきても身勝手な失望はしちゃいけない。
「俺や雪、それにレティはリヴィングスを襲う終末の龍害の打倒のためにカウレス達と行動している。奴らの本勢力は西部を襲っているが、別に動く小規模の龍害が東部を襲っている。俺たちとカウレスたち親衛隊はそれを追っているんだ」
「なるほど………今リヴィングスはそんな状況だったんですか。強大な災害には切れる手札は多いほうが良いですからね。いいですよ、あなたたちの旅に同行します。けど一つだけお願いできますか?」
「もちろん、君の記憶を取り戻すことに全力を尽くすことは当たり前のことだ。それ以外にも何かあるかな?」
ヴォルフがごくりと喉を鳴らす。よほどそのことだけは外せないことなのだろう。眼がとても真剣な眼差しとなっている。一種の芸術作品のような顔のヴォルフが示す条件は………
「雪のご飯を毎朝食べたいです」
その場に少しの間沈黙が流れる。いや予想はできていた、雪が同行するかどうかを聞いていた時点であたりは付いていたんだが、それでも実際に聞くと言葉を失う。ヴォルフがついてきてくれるのは頼もしいが、そんなことでいいのかとつい疑問を抱いてしまう。
「………本当に、それだけか?」
カウレスも呆気に取られてか微妙に口調が砕けている。誰だってそう思うに違いない、死ぬ可能性もある龍害との戦闘とただのご飯だけではあまりにも釣り合わない。
「それだけですよ、それに正直自分のこれまでなんてあんまり気になりませんし。どうです?作ってくれますかユキ」
「ありゃ、聞いてるのばれちゃった?」
部屋の外から雪が入ってくる。どうやら聞き耳を立てていたようだ。戦闘で疲れていただろうから起こさなかったが、起こしてしまったか?ヨウムさんがレティにあらましを伝え、どうするかを尋ねる。どうやら途切れ途切れにしか聞こえてなかったらしい。
「どうですユキ殿。どうやらヴォルフ殿はあなたの料理をご所望のようです。もし差し支えないのであれば、お受けして戴いてもかまいませんか?」
「もちろん、おいしく食べてくれる人は大歓迎だよ。そこの味音痴は食べてもおいしいしか言ってくれないからね」
「それ以外の感想なんてなかなか出ないだろ。………さて、雪も了承している。これで双方の同意は得られたな、これからよろしくヴォルフ」
ヴォルフの方に手を差し出す。ヴォルフも意図を汲んでこちらに近づき手を差し出して………
「よろしくお願いします、ユキ。これから毎日あなたの料理を食べられるなんて、僕は幸せ者ですね」
「うん、これからよろしくね」
俺を無視し雪の方へ駆けるヴォルフ、何だろう謎の敗北感がある。いやヴォルフが付いてきてくれるだけでもありがたいんだ、気にするようなことじゃない。
「アモウ、まあなんていうか、気にするな。きっと今彼の頭の中はユキの料理を食べられることでいっぱいなんだ」
「大丈夫、ちょっと心が痛んだだけだ。多分大丈夫なはず」
謎の衝撃から立ち直ったカウレスから慰められる。別に悲しくなんてない、そんなことは無いはず………まあともあれこれでヴォルフが一緒に来てくれるようになった。これなら見つけた責任も取れるというものだ。
「さて、もう夜も更けましたし、皆さん朝からの疲労で疲れたでしょう?今晩はゆっくり寝て、今後の対策は明日にでも考えましょうか」
話し合うべきこともなくなりヨウムさんに促されみんな各々の部屋に戻っていく。客室はかなりの部屋が倒壊してしまい中にはカウレスたちの部屋もあったが、残っていた従業員が快く他の空き部屋を貸し出してくれた。
さて問題は俺がそこまで眠くはないということ。少しの仮眠のつもりだったが、結構眠気が取れてしまった。本当は眠った方が体のためなんだろうが、今日は星がよく見える。しばらくの間観賞してみるか。
宿の屋上へと足を進める。リヴィングスの東部の夜は、エルドレ山脈に海風を阻まれ乾燥することが多く、からっとした感じだ。とはいえここまで暑いと部屋着に着替えたのは正解だったな。位置としては赤道直下なのか?大まかに拡大された地図しか見たことないからわからないが。
そもそもこの星が球体かどうかもわからないしな。太陽や月と同じ衛星があるなら球体なんだろうか、まあ何とも言えないな。別に俺はそっち方面は明るくない。一度聞く機会があれば聞いてみるのもいいかもしれないな。
「ん?あれは………」
屋上に続く階段を昇り切るとそこにはヨウムさんがいた。その表情は苦悩に満ちており、背中は少し寂しそうで、けど何かの意思を固めたような人に見えた。
「こんばんはヨウムさん。どうしたんです?こんなところで」
「おや、アモウ殿こんばんは。いえ少々外の夜風に当たりたくてですね。あなたこそどうして?」
「俺は星を見に。まだこちらに来て間もないですけど、元居た世界よりも綺麗に見えるんです」
街の明かりが多少少ないのもあるんだろうし何より空気が澄んでいる。大気汚染で霞んでいる都市部と比べると野宿した時に見る満点の星空は格別だった。勿論向こうの星空は一度たりとも忘れたことは無い。あの星空だけはきっと忘れることなど出来ないんだ。
「そうですか、私たちにとっては見慣れた星空でも、あなたがそう言ってくれると嬉しいですね。暑くはありませんか?寝れないのならこのジュースを、よく冷えていておいしいですよ」
「じゃあぜひ、………確かにおいしいですね」
キンキンとまではいかないが、この暑い夜の中で飲むジュースは戦闘で疲れた体を癒してくれる。
「そういえば、ヨウムさんはいつ頃から親衛隊にいるんですか?」
「これはまた唐突ですね」
「あまり、ヨウムさんとは喋る機会がなかったので。せっかくの機会ですし知っておきたいなと」
ヨウムさんは戦闘も家事もそつなくこなす。人当たりもよく、誰に対しても穏やかに接しており、親衛隊の副隊長という信頼されなければつけない職を任されている。ではこの老騎士は一体何歳なのだろう。おそらくだが血も相当濃いはずだ。雪やダースニック王ほどではないにせよ、それなりの魔力量をヨウムさんは保有している。
「このおいぼれの経歴など知っても仕方がないでしょうに。しかしまあ、子龍殿たっての頼みですし断るわけにもいきませんね」
「すみません無理言ってしまって。いやなら別の大丈夫です」
「いえいえ、ただ本当にそこまで語ることなどないのですよ。私の家は代々王家に仕えてきた家系でしてね。そのおかげで王妃殿下、私の妹が陛下に見初められまして、そのおかげでこうして親衛隊の副隊長にもなれたわけです。過去にも一度親衛隊自体は経験したことがありますしね」
妹が王妃、ということはヨウムさんはカウレスの叔父ということになるのか!初めて知ったな。母方だから王家の血は受け継いでいないんだろうが、過去にも婚姻関係があるなら多少の血の繋がりがあるかもしれない。
「もう生きる理由も殿下と古い友人との約束ぐらいしかありませんが、一度は陛下に忠誠を誓った身、全霊をもって龍害の殲滅に臨む所存ですよ」
「生きる理由が、ぐらいって………」
「いえ、失礼しました。つい口が滑ってしまったようですね。………あまりなじみのないことかもしれませんが、血の濃い龍人は年を経るにつれそういったものが希薄になるんですよ。ですから、ええ、気にしないでください」
ヨウムさんが吐露したことはある種この世界ではままあることなのだろう。俺にはというか元の世界のだれでも200年以上生きる人の考えなんてまずわからないことだ。それだけ生きていると、もしかしたら生きていることに満足してしまうのかもしれない。
生きる理由がなければ生きられないほど人は弱くない。けど一度決めた理由を失ったとき、死んでしまうこともある。もしくはそのために命を投げだすことも。けどそれそのものに満足してしまうと、もうただ死を待つだけの人生になるのかもしれない。
「ヨウムさんは、その」
「大丈夫ですよ、仮にも陛下に授けてもらった騎士の称号がある限り、そのような蛮行をするつもりはありません」
だと、いいんだが。あいにく俺にそれを確かめる手段がない。いまはそれを信じるしかないのだろう。人を励ますのはあまり得意ではないし、ヨウムさんはそもそも落ち込んでいるかというと微妙だ。
「すみませんこんな空気にしてしまって」
「いえ、話してしまったのは私ですので。ですがもし一つだけ頼みを引き受けてくれるとしたら、私と一手勝負して戴けませんか?」
「俺と?」
なにか不備でもあったのだろうか、それとも俺の剣筋が拙過ぎたのか、それとも純粋に興味故か。どれでも構わないが、できる事なら興味であってほしい。師匠がどう思うかわかったもんじゃない。
「ええ、アモウ殿は知りえないことかもしれませんが私とあなたの剣の師、リーラン王女殿下とは少し面識がありましてね。あなたの剣筋を見ていると彼女の姿を思い出します」
「師匠と知り合いだったんですか。どこで知り合ったんです?」
「戦場ですよ、彼女の武勇伝の内おそらくもっとも知られている風龍ブラックモア討伐の折、少しばかり彼女を見る機会がありまして。まあ到着した時にはすでに戦闘は佳境、私たちが手を出す必要もないほど、あのお人は強かった」
ブラックモア、師匠が単独で倒した龍。そして今回の龍害で最も厄介な状況を作り出している龍剣でもある。師匠はあまり口数が多い方ではなかったし、自分のことを語る人でもなかった。ただひたむきに剣のことだけを教えてくれた。知らなくても仕方がないことか。
「ユーダニアの王女の内、最も潜在的な才能が低かったのがリーラン王女殿下と聞き及んでいます。それでも彼女はきっと他人がはかり知ることのできないほどの努力を積んだのでしょうね。剣の腕で彼女に及ぶ人はいないと私は考えています」
「こういう話を師匠はしてくれなかったので、聞けて嬉しかったです。もちろんいいですよ。カウレスからヨウムさんのことは聞いていますし、俺も一度指導してもらいたいと思っていましたから。じゃあさっそく」
腰に佩いている新しい剣を抜く。あくまで模擬戦だ、アドを展開することもない。ヨウムさんも二振りの剣を抜き構える。初めてこうして向かい合うが一部の隙もない。師匠のそれとは違い、守りの剣だ。
ならば動くのは無論こちらから、深く踏み込み師匠直伝の初撃をお見舞いする。しかしそれは確かに防がれる。二振りの内一つが俺の剣を捉え弾かれた。身体強化はほどほどにしているとはいえ弾かれるとは。崩れた姿勢には容赦なく追撃が来るがそれを蹴って回避し、その反動で体制を立て直す。
見切られるとは思っていたけど、こうも的確に返されるとは思わなかった。反応速度は確かに速いけど追撃自体は対応できる速さだ。なら俺はただ速く、ヨウムさんが反応できないほどの連撃で対応するしかない。
身体強化を最大まで上げる、使えるものは何であれ使わなければ。やはりヨウムさんは動かない、カウンター狙いが彼のセオリーなのだろう。ならどんどん攻めるまで。
剣と剣とが鬩ぎあい火花が散る。双方どちらも譲らない。もはや俺の連撃は終えるものではなくなったはずだけど、それでもヨウムさんは喰らい付く。長年の経験か、それとも何かしらの魔術か、もしくはその両方か。
その勝負は千日手になるかとも思われたが、意外なほどその勝負はあっけなく終わる。ほんの少しだが俺が想定していたスピードよりも速い速度で、ヨウムさんのカウンターが俺の剣を捉えた。そしてそっと首筋に剣がそえられる。
「ここまで、ですね。いい戦いでした。もしアモウ殿が今日の戦闘で疲れていなければ、負けていたのは私の方だったかもしれませんね」
「最後の一撃以外全力ではなかったんですね。それに気付かない限り、どんな条件でも負けていたのは俺ですよ」
目の疲労が溜まっているとはいえ、そんな些細なことがわかるとも思えない。初見の相手が手を抜いていて、かつそれを気づかせないようにしているなど、まだまだ俺には考え付くことでなかった。
「それにしてもやはり似ていますね。剣筋がかつての彼女とそっくりです」
「そう言ってもらえると弟子としては励みになります。俺も全力の師匠を一度くらいは見てみたかった」
結局あの夢の中で師匠は一度も俺に本気を出さなかった。最後の一回は龍核解放を使ってくれたが、それでもまだ半分だ。まだもう一振りの龍剣は使わないままだった。
「あなたならきっと王女殿下を超えることが出来ますよ。あなたは筋がいい、才能がある。初めてその剣筋を見た時と比べても、明らかに成長している。きっとこれからもっと強くなれます。頑張ってください、もし私に務まることがあれば何でも言ってくれて構いませんよ」
「師匠にも同じことをいわれました、才能があると。この世界を救う子龍の責任を果たすためにも、もっと剣の腕は磨いていきますよ」
強くなればなるほどその力の責任は大きくなる。それを自分のために使うことなんてありえない。その責任を果たすためだけに力は振るわれるべきなんだ。
「今日はありがとうございました。明日からもよろしくお願いしますねヨウムさん」
「こちらこそ、とはいえおそらく明日は休息日となると思いますからしっかりと休んで下さい。それではいい夢を」
いい具合に体も疲れてきた。これならベッドでゆっくり眠ることもできるだろう。屋上を去り自分の部屋に向かう。ああ星夜が昇る月に照らされていく。星の灯は月明りの元に薄れてしまう。そうして俺の少し長い夜は終わっていく。
「あ、ベッドはレティが使ってるの忘れてた」
「あなたをそこまで責任強くしているのは何なのでしょうね。アモウ殿」
まだ少年の子龍が去った後、1000年の時を生きた男はそう独白する。
火属性の魔術のリストが消えた!?