4話 王との謁見
かけられてた言葉は初対面の人に使うにしてはひどく、まるで上から見下されているような感じだった。確かにこの様子なら実の娘に傲岸不遜と言われても仕方がないだろう。事前に説明されていなかったら俺も不信感を露わにするところだった。
「初めまして、国王陛下。俺の名前は久美天羽。隣にいるのが幼馴染で一緒に連れてこられた日向雪です」
もう何度もわけのわからない状況なのだからたかだか威圧的な目線に臆することもない。少しだけ無理やり連れてこられた不満を混ぜつつ、俺と雪の自己紹介をする。
「ふん、多少は骨のあるやつを連れてきた方思えば、天龍め、まだまだ子供ではないか。あの龍にとってはしょせん全ての生命は子供同然なのだろうよ。………しかし子龍達よ、よくぞこの世界に来てくれた。再三礼を言われていると思うが改めて俺からも礼を言う」
言葉は粗暴だが、しかっりとした感謝の意が込められている。確かにウェルトさんが言うように悪い人ではないのかもしれない。その言葉遣いは一国の王故か生まれながらに染みついたしゃべり方なのだろう。上に立つ者として威厳は無ければならないということか。
「こちらのお方が138代ユーダニア王国国王カリシエル・フォン・ユーダニア陛下であらせられる。さあお二方席についてくれ」
ウェルトさんが俺たちを席へと促し国王の右後ろに立つ。その姿は父と娘というより国王と臣下にしか見えない。娘であり臣下であることは当たり前のことなのだろうか。そう思案していると。俺たちの後ろにもフェリスさんが立ち、いっこうに座る気配がない。それを不思議に思ったのか雪が座らないのかと尋ねる。
「フェリスさんは触らないんですか?席はたくさんあるのに」
「ユキ様これは国王陛下と子龍であるお二方の会食です。一臣下である私やウェルト近衛騎士が一緒に座ることなどありえませんよ」
そうきっぱりと否定する。その言葉の意味するところは俺や雪の立場が国王と並びうる立場であることを意味していた。それほどまでこの国もしくはこの世界において子龍という存在は大きなものなのだろう。
俺たちは次々に運ばれてくる食事に舌鼓を打つ。どれも見たことがないおいしそうな料理で雪なんかは目を輝かせている。食事が終わり、デザートを食べ終わり、ようやくカリシエル王に質問する。この世界は何なのか、この世界の危機とは、そして子龍とは何のかを。
「そうだなまず順を追って話そう。お前たちを連れてきた、正確には子龍にした龍の名は天龍と言う。本来この世界は天龍の影響下にあった、しかし大昔どこからともなく別の龍がやってきた。その龍は今では神龍とまで言われるほどこの世界を支配している」
「つまり天龍としてはその龍を殺すもしく、はこの世界から追い出したいと。でもそれは単なる生存競争なんじゃないですか?世界の危機というにはいかんせん大げさすぎやしませんか?」
「まあ待て、そんな早く結論づけるものではない。人の話は最後まで聞け」
しまった早合点してしまった。昔からの悪い癖と雪からも言われているのに。
「そうお前の言う通り、生存競争という意味では天龍はすでに敗北しそれを認めている。しかし天龍はこうも言った。神龍はやがてこの世界を飲み込む災厄になり果てるだろうと。天龍はその一点のみを危惧していた、そして自身の寿命がきてこの世界の人と龍とのバランスが崩れた時神龍は動き出すとも」
天龍が死に龍と人とのバランスが崩れる。昨日見た景色ではあんなにも当たり前に人と龍とが一緒に暮らしてきたのに、あれが、崩れる。それはなぜだ?
「なぜ、天龍が死ぬと龍と人とのバランスが崩れるんですか」
「その説明をするには、この今の世界の成り立ちを説明する必要がある。今のこの世界は神龍が遣わした、5匹の始祖龍と呼ばれる龍が環境を作っている。炎龍、氷龍、樹龍、岩龍、嵐龍この5匹の龍がさらに小さな龍を生み出し環境を整えている。小さな龍は昨日お前たちも見ただろう。あのように影響を広げていき、この大陸を支配している。しかし当たり前だが龍も食事をする。この国では豚や牛などの家畜を食っているが、野生の龍だと人を襲う。正確には天龍の影響が及ばない龍達による、龍害だ」
人を食うのかあんなにも当たり前に暮らしていた、龍達が。
「じゃあつまり、天龍が死んでしまうとその天龍の影響がなくなり龍が狂暴化すると。そういうことですか?」
雪が得心が言ったのかそう質問する。天龍が死に龍の狂暴化が始まる。この世界に龍が何匹いるかわからないが、少なくともこの世界の環境を形作る龍が5匹もいるのなら、その5匹が暴れただけでも世界の危機ともいえるだろう。そのうえその5匹の龍の親玉の神龍もいる。この世界が滅亡するには十分なわけだ。ただ私欲のためじゃない。抗わなければ生きてはいけないのだろう。
「そういうことだ。人はみな天龍の加護を受けており、人と長く信頼関係を結ぶほど龍の狂暴性は抑えられ、次の世代にも受け継がれていく。天龍が死んだとしてもしばらくの間は野良の龍しか脅威にはなりえない。しかしもう何十年もたつと世代が変わり天龍の影響はなくなってしまう。長く龍との生活に慣れてきたものはそう簡単に龍と生活との関わりを断つことは難しいだろう。被害が出る前に何としても手を打つ必要がある」
龍の世代交代そのサイクルがおよそ何年かは知らないが最悪天龍が死んだその年にも生まれる龍はいるだろう。それがもし人と共に生活する龍なら当然いつか誰かが傷つく、人であれ龍であれ。
「そのためにお前たちには天龍の子龍として、始祖龍及び神龍の討伐を頼みたい。無理な願いなのは百も承知だがどうか頼む」
「いいですよ」
「ねぇ待ってよ、天羽君お願いだから少しは考えてよ。相手は環境すら作り変えるめちゃくちゃやばい龍なんだよ。私たちなんて昨日窓から見た、普通の龍にだって勝てないよ」
雪が俺を止めようとするがもう決意は固まっている。困っている人がいる、死にそうな人がいる、終わりそうな世界がある。手を伸ばせるならもちろん伸ばす。それに
「王様、こんな何者でもないただの子供に頼むからにはもちろん勝算があるんでしょう。昨日から俺たちを指して使う子龍って言葉一体何なんですか」
違和感を覚えたのは昨日起きた時、いくら何でも丈夫そうなベッドの柱を折ることなんて俺にはでききなかったし、昨日まではフェリスさんになすがままだったのに今日の朝は背中を押せた。明らかに力が強くなっている。それ以外にもあるとしたら。
「ノルディックにも聞いた通り、即決なのだな。子龍は龍の子そのままの意味だ。龍が人に力を授け自らの後継者とすることで子龍が生まれる。多くの場合親である龍の力を受け継ぎ強大な存在になるものが多い。俺たち龍人も元をたどれば子龍が人と子をなしたことで生まれた存在だ」
龍人…そうか彼らは人ではないのか、限りなく人に近しいのだろうがそれでも先祖には龍がいる。だから女性であってもあんな風に人一人を持ち上げるなんて苦じゃないんだ。
「でもなぜ私たちなんですか、わざわざ私たちじゃなくてもこの世界の人たちでも」
その通りだ。この世界の人たちを子龍にしても何ら問題はないはずなのになぜ俺たちの世界にきてまで天龍は俺たちを子龍にした?
「そうだな、まず結論としてこの世界にはすでに純粋な人間はいない。子龍になるには純粋な人間ではないといけなく、仮に龍人がなろうものなら先祖の龍の因子と天龍の因子が互いに喰いあい子龍となる前に死んでしまう。故にお前たちではならなかったのだ。天龍があちらの世界でお前たち2人を選んだ理由は知らんがな」
純粋な人間であるならば誰でもよかったのなら、俺たちに力を与え子龍にしたのはなぜだ。わざわざ自身の力を削ってまで。力を渡し子龍となる。
それなら子龍を作ることは寿命を削ることと同義ではないのだろうか。自らの死期を早め、問題に対処できるだけの存在を生み出す。それならもしかしてもうすでに天龍は
「天龍は死んでいる?」
そんな俺のつぶやきを国王が肯定する。
「よく気が付いたな、天龍はすでにお前たちに力のすべてを譲り渡しもう息絶えている。その証として各地で龍の狂暴化が確認されている」
「もうあの龍は死んでいるですか?私たちをこの世界に連れてきた龍は。じゃあ、もう……」
あの龍なら俺たちを返せたかもしれないそう考えていたのだろう。帰りたい家族に会いたい。そう思うことは何ら不思議ではない。
「それにしたっていくら何でも早すぎますよね、龍の狂暴化はそんなすぐには起きないんじゃ」
「これらの龍は世代交代で狂暴化したわけでもなんでもなく、天龍が子龍を作ったことにより、それを危惧した神龍が遣わした尖兵のようなものだ。それほど子龍という存在は大きい」
神龍に俺たちが狙われている。俺一人じゃなくて雪も?ならなおさら雪を連れていくことはできない。それに龍が狂暴化しているならば、被害とかも
「大丈夫なんですか、すでに被害とかは」
「この件に関してお前たちが責任を感じる必要なんて全くない。むしろ被害者ともいえよう。案ずるな。こちらも長いこと準備はしてきたのだ、たかだか龍の大群ぐらいでこの国は沈むことなどない。さて、具体的な返事はまた今度聞くこととしよう、雪もまだ納得していないようだしな。きちんと話し合え、お前たちは二人で子龍なのだからな」
そう言い残しカリシエル王はウェルトさんを連れてこの部屋から出ていた。