17話 嵐に輝く星光
「アモウその剣、さすがにもう使えないだろ」
ローランドに指摘され剣を見てみると確かに刃こぼれとは呼べないほどのひびが入っている。この人との撃ち合いでかなりの無茶をさせたからな。支給された剣のうちもう既に1本もダメにしてしまったか。
予備の剣はカノンに積んでいるので、とりあえず今は折れないことを祈ろう。
「そういえばフランはどうしたんだ、一緒だったよな?」
「フランなら殿下を呼びに行ってる。あいつが龍眼で見つけて俺が駆けつけたんだ。まったく、間に合って良かった」
そうか、雪とれかと入れ違いになってないといいけど、それにしてもその言い草、俺が負けると思っていたか。いやまあ相手が相手だ、仕方ないのは仕方ないのだが、なんかこう……まあいいか。
「けど驚いたな、龍害を1人で相手取った人がまさかこんな少年だったなんて」
少年の見た目は俺よりも頭一個分小さく、線も細めの印象だ。そんな少年、いやまあこの世界では見た目の年齢なんて大して参考にもならないのだろうけど、それでも驚くものは驚くのだ。
「まあ確かにこれほど幼い見た目で、これほどの力を持っているのはあまり聞かないな。お前と真っ当に打ち合えるなら、各国の王族に匹敵するぞ」
「どっかの国の王族か?いやそれこそ子龍の可能性もあるんじゃないか?」
「ない、とは言わないが現存する子龍はもうゲースティルの教皇ぐらいだ。未発見の子龍がこんな場所をほっつき歩いているとは考えにくい。」
ゲースティルの教皇となると龍教会のトップ、もうその人ぐらいしか残ってないのか。とはいえローランドの言う通りこんな場所を子龍が歩いているのもおかしいのかな?俺は判断つかないから、つくやつに聞いてみよう。
「どう思うカウレス?」
「どうも何も雪とレティシアに呼ばれて今来たところなんだけどな。何があったか説明してくれるか?」
とりあえずカウレスに今までのあらましを伝える。この人を見つけたことそして戦ったこと、およそ30分ほどの出来事だがなかなかに疲れることだった。
「つまりこの人がその人物ということか。よくやったなアモウお手柄だ。直に日もくれる、近隣に別の都市があるからそこまでつれて行くぞ。」
しばらくすると雪たちも戻ってきた。フランとはすれ違いにならなかったようで、一緒に他の面々ともども次々に戻ってきて俺たちは移動を開始した。
とりあえずこの人は俺が預かりカノンに乗せて運んだ。身につけていた荷物に名前が書いており、どうやらこの人はヴォルフ・フォールンというらしい。ヴォルフを後ろに乗せたおかげで、レティからの監視を逃れられたのは思わぬ収穫だった。
俺たちがアハカまでに通ってきた道中にククルクという街がある。ククルクはアハカの近くにあるので、多くの兵士が救援のために駐在しており街中でも数人の兵士がカウレスに向かって敬礼をしていた。今晩はそこで泊めてもらうこととなり、俺はヴォルフの監視を受け持った。
ただ寝ているだけだったらヴォルフは可愛らしい少年なんだが、ひとたび目を覚ますとどうなるかわかったもんじゃない。昼間のように襲われる可能性がある。
対応できそうなのは、俺とカウレスそれにヨウムさんか。その2人も今はこの街の領主に挨拶に行っている。となると必然的に俺が彼を見守ることとなるのだ。
監視している部屋は宿の一室で、カウレスが手配したのもあってかかなり豪華な部屋だ。スウィートクラスぐらいはあるんじゃないか?
こんな部屋で俺はベッドはヴォルフに占領され俺はソファからヴォルフを監視している。剣も新調し戦う準備はできているがあまり抜きたく無いな。まだヴォルフがどういう経緯でアハカで戦い、そして俺を襲ったのかは分からない。
「さてそろそろかな?」
雪がさっき夜食を持ってきてくれると言っていた。厨房を借りて料理をするらしい。ありがたいな、ここでも食べなれた料理を食べれることを改めて雪に感謝しないと。多少の具材の差異はあれど、味はほぼ元の世界のものだ。
「天羽君起きてる?夜食持ってきたよ」
扉が開き雪が入ってくる。手に持つ料理からは美味しそうな香りがする。見てみるとどうやらサンドウィッチのようだ。
「ありがとな雪」
「天羽君こそお疲れ様。どうヴォルフ君の様子は?」
「まだなんとも、うんともすんとも言わない。息も脈拍もあるから大丈夫だとは思うけど」
少しばかり心配になるが、あの程度の衝撃なら気を失う程度のはずだ。体を頑丈な血の濃い龍人だ、しばらくすれば起きるだろう。
「カウレス達は帰ってきたか?」
「ううんそれが全然。一応アルバートさんが見に行ってくれてるし、2人も強いから大丈夫だとは思うけど」
それは確かに意外だな。夜中はカウレスが受け持ってくれると約束してくれたんだが、こうなると夜中も続行かな?まあきっと領主とあれこれ相談しているのだろう。俺や雪には分からない分野の話だ。
「それじゃあ天羽くん頑張ってね。私はレティ達とお話してくるから」
達とってことはマリアさんやフラン、セシルさんもいるのか?元々1人の方が監視は楽とは言えさすがに暇になってくるな。とはいえ雪から貰った夜食もある。それで英気を養うか。
「ん?」
サンドウィッチを食べようと思い、机を見てみると先程まで確かにあったはずの皿が無くなっている。おかしい、確かにそこに置いたのに。
「アスターお前俺の夜食を食ったな?」
犯人候補1に視線を向ける。この部屋には俺とアスター、それにヴォルフしかいない。となると必然的にこいつとなるが、アスターは椅子の上で丸くなっている。持ち上げて口の周りを見てみても、そこにパンくず1つ無い。と、なるとだ。犯人は……
「このパン美味しいですね。是非作った人に拍手を送りたいです」
こいつか…
ベッドの上でサンドウィッチを綺麗に食べる人形、いやヴォルフがいた。話し方は見た目通り丁寧で、落ち着いている。よほどお腹がすいていたのか4つあったサンドウィッチの最後のひとつが、今奴の口の中に消えていった。
「ヴォルフ・フォールン、お前起きたのか?」
「ヴォルフ?それは僕の名前ですか?」
「ん?違うのか?荷物にそう書いてあるからてっきりそうだと思っていたけど」
じゃああの荷物は一体誰のだったんだ?たまたまアハカの住人の荷物をこいつが持っていたのか、それとも誰かのお古なのか。どちらにせよ本名は違うのか。
「いえ、多分僕の名前です」
「多分?」
「ひとつお聞きしてもいいですか?僕は誰なんでしょう」
これは、困ったな。記憶障害か?まさかアハカの龍害を戦い抜いた人がその代償として記憶を失っていたとは。まずはカウレスに相談するべきなのだろうがその本人が不在となるとどうしようもない。とりあえずレティに相談してみるか。
「記憶を戻す魔法ですか?」
ヴォルフには記憶を戻す方法を探してくるから部屋にいるように言って、レティとマリアさんがいる部屋を訪れた。魔法ならばもしかしたら失った記憶を取り戻せるかもしれないと思ったのだ。
「無いと言えば嘘になるけど、多分戻せないんじゃないかな?」
「どうしてだ?マリアさん」
「これは魔法の根幹に関わることなんだけど、広くその概念が知られている魔法は反比例的に効果が薄くなるんだ。本来全ての精霊は1柱の精霊を除いてほぼ同じ力を持っていてね、契約者が少なければ少ないほど分け与える力を多くできる。逆に多いほど均等に分けた時各々に配分される力は少なくなる。簡単に説明するとこんな感じかな」
難しいけど大凡は理解出来た。要は一般的な概念ほど人が扱える力は弱くなり、特殊な概念ほど強くなるということか。つまり記憶に関する精霊は
「その魔法の精霊は広く知られているということか」
「ご明察。アモウくんは賢いね、『星見の天文台』この魔法は追憶の精霊の力を借りるんだけど、追憶なんて誰もがすることだからね。契約している人も多い。存在する過去なら見えるけど、頭の中に無いものを探すのは不可能じゃないかな」
「頭殴れば戻るんじゃねぇのか?」
横からセシルさんが話しかけてきた。それで戻るのなら楽なんだが、さすがに無理だろう。
「セシル、みんながみんな君みたいに単純じゃないんだ。それで戻るのはバカだけだよ」
「ああ?!マリアてめぇ!」
「ほらほら落ち着いてセーちゃん。マリアさんもセーちゃんでおちょくらないで」
今にも暴れだしそうなセシルさんをフランが羽交い締めにする。今のはマリアさんが悪いな。まあ真面目な話をしている時に茶化されるのは良くは思わないけど、セシルさんはきっと本気だ。いや、だからこそタチが悪いのか。
「そういう訳では多分お力添えできませんけど、1回試してみてもいいですか?」
「ああいいぞ。じゃあ付いてきてくれ」
無駄だとわかっていても、もしかしたらがある。試すだけなら問題ないはずだ。
「ヴォルフいるよな?」
部屋に戻ると大人しくヴォルフはベッドの上に座っていた。最初に会った時の凶暴さはどこへやら、今はアスターをじっと見つめていてその姿は子供のようだ。背丈は雪と同じくらいのはずなのに、顔が童顔だからか?
「大人しく待ってましたよ。それで僕の記憶は戻るんですか?おや?隣の方は」
「レティシア・ノーレッジです。良かったです、お目覚めになって」
「そういえば俺の名前も言ってなかったよな。アモウ・ヒサミだ。天羽でいいぞ」
「ええよろしくお願いします、アモウにレティシアさん」
レティがヴォルフの頭に手を置き詠唱を唱える。
「追憶の精霊よ、その権威を示せ『星見の図書館』」
淡い光がヴォルフを包みこんでいく。しばらくレティは集中していたが30秒ほどでその光も収まる。
「ダメですね。記憶を探してみましたけど見つかりませんでした。すみませんお役に立てず」
「いえいえ気にしないでください。それに過去は過去ですから対して気にもなりませんし」
「そんなことはないだろ、誰だって、」
「いえ、気になりませんよ」
きっぱりと否定される、記憶がなくなった人がこうもしっかりと自分の意見を言えるのは意外な気がする。これ以上他人の価値観に踏み込むのは好きではないし深くは聞かないが、せめて自分の責任は果たしたい。
「困ったことがあったらなんでも言ってくれ。俺が見つけたんだ、最後まで責任を持つよ」
「そんな、僕の記憶がなくなったのは僕自身の責任ですし、それに空腹だったからといってあなたの食事を食べてしまった。これ以上迷惑はかけたくない」
身寄りもなく頼るべき人もいないそんな人を放っておくことは、俺にはできないし、したくない。せめてベルクスかテノティトまで連れて身分を調べてあげたい。
どうにか説得しようと考えていると、部屋中に警笛が鳴り響く。いや部屋の中だけじゃない、街中でなっている。初めて聞くがこれがただの警報じゃないことはいやでもわかる。ここに来たのだ龍害が。
「行こうレティ!ヴォルフはとりあえずこの部屋にいてくれ」
レティの手を取り宿の窓から別の建物へと飛び移る。ここで動かなければ東部に来た意味がない。遠くにはテノティト程ではないにしても多くの龍が塊となり、黒く見える。
「ヴォルフさん大丈夫でしょうか?」
急遽飛び出したのに文句ひとつなくついてきてくれるレティには本当に頭が上がらない。龍着き場までは俺が運ぶ形となり、今はお姫様抱っこの状態だ。
「記憶がないとはいえあれだけ強いんだ。自分を守ることができるはず」
龍着き場につきレティをカノンに乗せる。街の西の方では炎が上がっているが、あれは知っている炎だ。向こうは任せて問題ないだろう。となると俺たちはその反対側の東方面。
「宿にいた皆さんも既に各方々に向かっているとマリアさんから連絡が来ました。アモウはどうしますか?」
「東側に行こうと思う。雪もすぐ来るだろうから2人は龍の上から援護を頼む」
「わかりました。皆さんにそう伝えますね。伝令の精霊よ『風信』」
龍眼でよく見てみると龍害は西と東、そして北から囲うように迫ってきている。ブラックモアの龍核解放で姿が見えないことをいいことに、ほぼ至近距離まで気付かれずに攻められた。他の都市もこんな感じにまともな迎撃体制を整えることなく落とされたんだろうな。
「ごめん遅れた。間に合った?」
「いやまだ大丈夫だ思ったより早かったな」
もし市街地に龍が来ていたらすぐにでも対応できるようにすぐに出てしまったけど、これなら雪を迎えに行った方が良かったな。
「エアウォークでスイスイーとね。それで東側だっけ?急ごっか」
カノンとニースに乗って移動する。街中は完全にパニックに陥り、もう夜中なのにそこら中に我先にと避難しようとする人がいる。
街の端まではもうすぐ、防壁の上には既に兵士が集まり防衛戦を開始している。けれどそれも長くは持つまい、ここの兵士はあくまでもアハカに救援を出すために駐在しているとカウレスが言っていた。実践の経験はまだあまりないのだろう。
1人の兵士に襲いかかろうとした龍を貫き落として、戦闘を開始しようとしたが、1人の兵士に呼び止められた。
「あんた達は?!」
「カウレスの仲間だ。あんた達も死なない程度に頑張ってくれ!」
「親衛隊ともあろうお方が殿下を呼び捨てになどするものか!本当のことを言え!」
いや結構呼び捨てにしているよな、あいつら。まあでも俺の事を知らないのだからしょうがない。
「子龍の方だよ!いいから防戦に集中してくれ」
俺が子龍だと告げると兵士たちが色めき立つ。それだけ子龍という存在はこの世界の人にとって大きなものなのだ。むず痒いが、それで気合いが出るなら錦の御旗にでも何でもなってやる。
「てことは、あっちの嬢ちゃん達も子龍なのか!」
「いや子龍は2人だそうだ。となるとあのどちらかだろうな」
「黒髪の方じゃないか?白髪の方は魔法を使ってるし」
ワイワイと盛り上がっているけど、龍害のさなかだ。目移りせずにちゃんと龍との戦いに集中して欲しい
龍の数はざっと数えて300ほど、この数なら1時間もすればここの人もいるし片が付く。とはいえ問題はこれで終わりかどうかだ。老級はまだ姿が見えない、他のところもこれだけしか居ないとなると、この都市にいるのは全体の3分の1ほど。これ以上増えると、ここの守りだけじゃ守り切れるか分からないな。
アドで次々と龍核を破壊していく。雪も大規模魔術で次々に落としていき、レティも魔法でこちらのフォローをしてくれて戦い易い。とはいえ落としても落としても次々に出てくるな。
いい感じ龍がバラけてきた。あまりに密集していると龍核解放も効果が薄いからな、ここらで1回。
「『アド・アストラ』!」
夜空に一条の白光が迸る。その一撃は龍害の一部を飲み込み、黒に群青の穴を開ける。
―とある宿―
「お客様、出てきてください。早く避難しないと行けませんから!」
部屋のドアを激しくノックするが、その部屋の客は一向に出てくる気配がない。宿の従業員も己の責務を果たそうとするが、こうも出てこないと早く逃げたくなる。既に宿の経営主は我先にと逃げてしまった。
この部屋の宿泊客は確かカウレス殿下一行の2人が泊まっていたはずだ。そんな人物に何かあったら、もしこの龍害を生き残っても自分の首はないと思っているのだろう。引くに引けずにその従業員はドアの前で座り込む。
「出てきてよぉ。私も早く避難したいのにぃ………いた、つぅ〜」
ドンッといきなりドアが開き、従業員は頭をぶつけ後ろに倒れ込んだ。その犯人をなかなか出てこなかった宿泊客をキッと睨む。しかしそれも長くは続かない。ヴォルフの端正な顔を睨み続けることなど、誰にもできることでは無い。
「お姉さんそんなところにいると危ないですよ」
「それはあなたが!あなたが、勢いよくドアを、」
最初の勢いこそ良いものの、最後の方は責めるに責められず語尾を小さくしてしまう。女性相手には儚げな男性に見えて、男性相手には美女に見える中性的な顔は一瞥だけでその従業員を黙らせる。
「いえそういう事じゃなくて、危ないのはこれからです」
言い終わると同時にヴォルフは従業員を抱き抱え廊下に飛び出す。その直後部屋であった場所は上空からの巨大質量の落下によって即座に倒壊する。どこかの戦線を突破した龍が勢いよく降下してきたのだ。
「あ、ありがとうございす?」
「気にしないで、それより早く逃げるんだ。僕はここから離れる訳には行かないから」
「そういう訳にも行きません。お客様も一緒に逃げましょうよ」
その従業員は恐怖ゆえかヴォルフの足元に縋り付き放そうとはしなかった。さしものヴォルフもこんな状況で戦いたいとは思わない。
「僕は約束しましたから離れられませんよ。それにこいつを引き止めなきゃいけませんから」
落下してきた龍がムクリと体を起こす。その体躯は他の龍よりも大きく、上級の龍だということが分かる。市街地に上級が解き放たれるとなるとその被害は計り知れない。ここで誰かが止めなければ訪れるのは悪夢そのものだろう。
「そういうわけだから、逃げて」
「わ、わかりました。えっとあの、助けていあただいてありがとうございました」
魔性の相貌は時として相手の心を良い意味で奮い立たせる。恐怖から解放された従業員は感謝を告げその場を去る。空に他の龍は見当たらない。命の恩人との約束と初めて食べたあの美味しいパンのためそして美味しいパンのため……彼の穂先は龍に向く。
「君には悪いけど僕は君を殺さないといけない。恨んでいいよ、僕は僕のやりたいことをするだけだから」




