9話 星を願いに
広い砂漠を歩いていた。何も無い砂漠、ただ夜空に星が瞬く。その中でも一際輝く星を見つけ、それを目印に歩き出す。宛はない、目的地を無い、けれどその歩みを止めては行けない事だけは知ってるいる
それは助けるべきもの助けられなかった、後悔と贖罪、確認の夢
傍から見れば星を忘れてないかを確かめて、ただ罰かのように歩き続ける。その面持ちは哀しみにくれ何かに許しを乞う罪人のようだった。
けれどその旅路は1人では無い。その隣には星を見つめ手に入れようと足掻きもがき、少しでも近付こうとする俺がいる。
その積み重ねに意味はなく、ただ虚空に手を伸ばすだけだった。しかし俺の顔は明るいものだ。1度もその選択に悔いがないかのような、いや悔いを残さないように生きてきた者のそれだ。
叶うことならそんな自分はもう見たくもなかった。遠い過去に唾棄した憧憬を今も尚追いかける、見苦しい自分の姿を。
あの日のことは今も尚俺の心に深く残る爪痕だ。雪以外の誰にも話したことの無い俺の回帰不能点。あれが無ければ今でも俺は俺だったのだろう。
なるべく見ないようにして足を進める。果てのない砂漠は消して踏破出来ない旅路故か。いつもは次第に目が覚めるところだか、今回はいつもと違いいるはずの無い珍客がいる。
「やあ久しぶりだね天羽君。」
「………ノルディックなんでお前がここに?夢の中だぞ。」
「何簡単なことさ、ユーダニアで君たちに長いこと夢を見せていたのは誰だかもう忘れたのかい?」
それは確かにそうなのだか、ここからユーダニアまでは馬鹿みたいに遠いのに。
「アスターがいるからね。最近君あの子にあまり構ってあげてないだろう、そのおかげか少々手間取ってしまった。」
「あの映像と同じ原理か。で、人の夢を覗くなんて悪趣味なことする理由は何かあるのか?」
「それはもっと単純。君の安否が気がかりでね。こうやって君の意識と会話して無事かどうか確かめてるのさ。」
む、こいつに心配されるとは。そういえば軽減したとはいえ、息吹を至近距離で浴びたんだったな。耐えられるとは思っていたが、意識を失ってしまったか。
「心配しなくても無茶はなるべくしない。こんなところで死ぬ訳にはいかないからな。」
「それならいいんだけどね。いやそれにしても君の夢の中は面白いね。そこの彼は君なのかい?」
「俺だよ、昔の。自分の願いのためにしか自身の力を使わない。無責任だった過去の俺だ。」
それが他人の話なら興味もなくどうでもいいことだ。けれど俺は間違いなく俺の一要素で、俺が常に否定しないといけないものだ。
「二重人格………というわけではなさそうだ。ただただ君は他の誰よりも自己矛盾が激しいのか。大変だろうね。常に自分の行動を自分自身に否定されるのはつらいだろう?」
「慣れればこの程度、それに嫌いな奴に何を言われても特に気にならないからな。」
「まあ君がそう言うのなら心配はしないでおこう。」
そう言うとノルディックは神妙そうに俺と俺とを見比べる。外見上の違いはない、ただ目指すべきものが違うだけの同一人物だ。
「でもね、私からしてみれば強い責任感のもと誰かを助ける君も、理想のためにがむしゃらに前進する彼も間違ってはいないと思うよ。たとえ彼の、いや君たちの理想が私には到底受け入れ難いものであってもね。」
その言葉に歯噛みする。見透かされている、ああいやそういえば昔夢の中で啖呵を切っていたか。掲げる理想は一緒なのだと、こいつはもうわかっている。
「仮にお前が俺を肯定しても、俺は認めない。俺の理想はただ夜空に毅然と輝く星であればいいんだ。道標にはするが目指すものではない。」
「そうか、君はそう考えるのか。ああ、別に君を否定する訳ではないからね。」
「別に認めようが認めまいが構わないけどな。」
「そうだねその通りだ。さて時間をとってしまったね。外の世界で雪君たちが呼んでるよ。早く行ってあげなさい。」
ノルディックがそう言うと俺の意識は微睡の中に融けるように眠るように遠のいていく。本来ならもう覚醒しているところを、ノルディックが延長させていたのだろう。時間がかかってしまったな。
そして俺は夢から覚める。
「それで君はそのまま何も言わないのかい?」
殉教者が去ったあと、司祭は夢想者へと話しかける。さっきまではどれだけ己から否定されようと、一言も発しなかった夢想者だったがようやく口を開いた。
「さっきまで俺がいたからな。俺とは会話もしたくない。」
「君の方も辛辣だね。一応久しぶりってことでいいのかな。また会えたね、天羽君。」
「別に対して時間もたっていないだろ。一週間しかまでたっていないんだ。」
夢想者は立ち上がり、己が使命を中断する。そしてまるでいつかの問答のように司祭と向き合う。
「俺は随分と言ってくれたな。俺からしてみれば、あいつこそいつまでも情景に焦がれるガキにしか見えない。」
夢想者は殉教者が言ったことを否定する。決して相容れない2人はただ互いを唾棄する理由は一緒だった。
「君も間違いなく久美天羽のようだけど、君も彼も久美天羽を構成する一要素に過ぎないのかい?」
「どう捉えたって構わないさ。俺は俺だ今はあいつの方が多くを占めてるがな」
「ならそう捉えるよ。さてこうやって夢を維持するわけは、一つだけ君に聞きたいことがあるんだ。」
どちらも一呼吸置く。司祭の使命と久美天羽の星は果たして、
「君の星は昔と変わりないのかい?」
「う、もう」
どこからか俺を呼ぶ声が聞こえる。
「天羽君!起きて!」
目を覚ますとそこは身に覚えのない部屋だった。ユーダニアの私室より少し狭いぐらいの部屋で近くには雪がいた。俺の手を握ったまま寝てしまっている。じゃあ今のは寝言か?
「あ!起きましたかアモウ。」
隣の部屋にいたレティが駆けつける。俺のことを精霊で監視してたのか?ベッドに寄り掛る形で寝ているユキをレティが起こす。
「ユキ、アモウが目を覚ましましたよ。起きてください。」
「天羽君!?良かった〜ようやく目を覚ましたんだ。」
「悪い心配かけたな。何時間ぐらい寝てた?」
「すっかり夜中だよ。もう目覚めないかもって不安だったんだからね。」
窓から見える月は半分かけてもう既に沈みかけている。時刻は既に深夜か。9時間近く寝てたな。傷はまだまだ残ってて包帯を巻かれている。この世界に回復出来る魔術や魔法があれば、すぐにでも動けるだろうに、贅沢は言えないな。
「天羽君、次からああいうことをする時はちゃんと宣言してよね。止められるとは思ってないけど、私でも助けることができるかもだから。」
「いやいやユキ。諦めちゃダメですよ。今度からああいったことは控えて下さい。ほんと心配したんですから。」
長い付き合いの雪は俺を止めても無駄だと理解しているが、レティはまだ俺に控えてと言う。心配はありがたいのだか止まるわけにはいかない。
「ありがとな。けど悪いな多分またある。」
「だよね〜でも絶対先に言ってね!」
「だ、だめですよ〜ダメですからねアモウ!」
そんな会話を3人でしていると、部屋に人が入ってくる。ダースニック王とカウレスだ。どうやってか俺が目覚めたのを察知したようだ。
「よっ!目が覚めたか。レティシアから知らせが来たぜ。それにしても無茶したな。『龍の息吹』を真正面から受けるなんてな。」
どうやらレティが知らせていたららしい。俺が目覚めてすぐに来たはずだが、魔法かな。
「龍核解放である程度は相殺しましたし、最後の抵抗でしたから威力もぼちぼち。本当は気絶するつもりもなかったんですけどね。」
「何はともあれ私の隊のものを救ってくれてありがとう。君に心からの感謝を。これからの東方では私が君達のことを命懸けで守ることを誓うよ。」
「いやいや大丈夫だよ。そんな命なんてかけなくたって今回の戦いでもカウリスさんには助けられたから!」
心強い宣言だが流石に命を懸けられたらそれこそ立場が逆転してしまう。誰かと協力するのはいいけど誰かにやってもらうじゃダメなんだ。
「カウリス気にしないでくれ。俺がすきでやった事だし、何よりローランドはもう友達だ。友達を助けるのにそれこそ理由なんて必要ないだろ。」
「そう言ってくれると助かる。けどこの気持ちに嘘偽りはない。全力を持って君たちに協力する。」
「ああそうしてくれると助かる。それとダースニック王一つ質問いいですか?」
「いいぜ、まあ予想は着くがな。」
軽く整理する今までの疑問を。少しだけ考え、今必要なものだけを選んでダースニック王に質問する。
「どうして俺らが最前線に出ないか、か。まあ疑問に思うのも妥当だわな。」
あれだけの強さを持つ王や親衛隊を前線に出さない理由だけはどうしても聞いておきたかった。他の要因で動けないのか、何かしがらみがあるのか。
「私も確かに気になってたかも。どうして、王様?」
「この国は議会制を取っててな、その議会が俺はここにいてテノティトの安全を守ってくれとの決議をしたんだ。」
「それ自体は決して悪いことじゃない。テノティトの守備を最小限に抑えられる。けれど問題はそもそも対応出来る兵力が少ないんだ。」
確かノルディックももって1ヶ月と言っていた。ならあと3週間ほどだ。あのダケスタって龍も1つ砦を破壊している。伝令すらないのなら恐らく全滅なのだろう。
「俺たち親衛隊も陛下が動かなければ動けない。君たちは特例中の特例だな。一国の王と同等の地位とも言える天龍の子龍だから、俺たちにも同行の許可がでた。」
「そういうこった。で次はユキの魔術を切った野郎だな。あの後すぐにヨウムが後を追ったんだか、菅田を暗まし見失った見てぇだ。」
「じゃあやっぱり、ブラックモアを使って龍の援助してる奴がいるってことか。」
「まだそうと決まった訳じゃねぇが、まあほぼそうだろな。魔術を斬れるほどの腕だ、もし仮にに会ったら用心しろよ。」
用心はするがそもそもブラックモアは完全な初見殺しだ。師匠の時は癖や経験でカバー出来たが、今回は使う相手のことを何も知らない。正直会った逃げることしか出来ないかもしれない。
魔術を斬られたことを余程気にしてたのか、雪が聞いてくる
「やっぱり凄いの魔術を斬るって?」
「防ぐとか避けるならまだしも斬るは俺には無理だ。ダースニック王やカウリスはできるのか?」
「俺は出来るが、避けた方が早え。」
「俺も斬れる、これは魔術のことをある程度理解している騎士じゃないときついだろうな。」
魔術の原理を知らずに斬るのは不可能か。一応この龍剣も魔術だがいまいち使えている感じはしない。出来るから振るってるぐらいだ、
魔術が切れるとなると魔法の方はどうなんだ?魔術と違って精霊が行使するそれも人は斬ることができるのかどうか気になったのでレティに聞いてみる。
「私は人に向かって魔法を使ったことがありませんから。けれど魔法はいわゆる自然現象の延長なので不可能では無いと思いますよ。多分魔術より簡単です。」
いつかは試してみたいな、レティは嫌がりそうだけどこれから先どうなるか分からない。知っておいて損は無いだろう。
「そうだレティシア。お前が一月ほど前カペチェに連れてきた子供達、テノティトの孤児院で預かってる。どうせ明日はアモウも万全じゃない。会ってきたらどうだ?」
「あ!すっかり忘れてました。でも良かったです、あの子達が無事にこの都市にいて。ぜひ会いに行きます。」
「そうか、なら東通りの孤児院だ。アギナルドったやつがいるはずだ。じゃ俺たちはこれで帰る。行くぞカウリス。」
「今日はゆっくり休んでくれ。なるべく明日もな。」
これで用事も終わったのかダースニック王達は部屋を出て行った。レティは何かあったら呼んでくださいねと言い隣室へと戻っしまった。雪はここで一緒に寝ると言い聞かずしょうがなく認める。こうやって共に寝るのも久しぶりだ。
夜も完全に更けてしまった。明日はレティに付き添って孤児院に行くのだろうし早く寝よう。