3話 金色の王
―夜―
ベッドの上で今日知ったことを整理する。龍の世界、世界の危機、魔術、天龍の子龍、多くの未知があり頭がパンクしそうになる。そもそもとしてなぜ言語が理解できるんだ。彼らの使っている言語は全く日本語のそれではないというのに。
だというのに俺はその言語を理解できる。そういった事情も含めて明日説明するようだが、気になって全く眠ることが出来ない。そう頭を悩ませていると、扉がノックされた。
「天羽君起きてる?私だよ。雪。部屋に入ってもいい?」
か細い声で心配そうにこちらに尋ねてくる。声がひどく懐かしく聞こえてしまうが昨日までは毎日聞いていた声だ。
「入っていいよ雪、もう動けるんだな。」
扉を開き雪が中に入ってくる。恰好は俺と同じ寝巻のまま、こちらのベッドに近づいてきた。
「ごめん、起こしちゃった?フェリスさんからは話しても大丈夫そうだって聞いたから。夜一人で寂しくなっちゃって、つい来ちゃった。」
「いいよ全然、まったく寝れなかったから。それに雪の声を聴いてちょっと安心した。もしかしたら助かったのは俺だけじゃないかと思ったりもしたから。」
「よかった、天羽君が安心できたなら、来たかいがあったよ。…それにしても不思議だね、あの龍に飲み込まれてから、異世界に連れてこられるなんて。お母さんたち心配しているだろうな。天羽君にはちょっと悪いけど一人じゃなくて私も安心したかも。」
異世界でいきなり一人になるのは10代だろうが何だろうが、心細いのは間違いないだろう。
「それでも俺は雪には元の世界にいてほしかったよ。こんなわけもわからない世界に雪が来るなんて」
「私は天羽君が目を離した隙に何かしでかさないか心配だよ。だから一緒に来れてよかった。お母さんたちにも友達にも会えないのは寂しいけど、天羽君がいるならきっと守ってくれるでしょ?」
子供のころから一緒にいるからこそ出る発言だろう。それほどまでに雪とは長く一緒にいる。いつも俺の後ろを歩いてきていつも俺に守られて、けれど
「そうだけど、俺はこの世界を救わないといけないから、その道中に雪を連れていくことはできない。世界の危機がなんにせよ、危険なのは間違いないだろうし。」
きっぱりと否定する。危険なことに雪を巻き込むことはできない。危険をこうむるのは俺ひとりで十分だ。
「もう、やっぱり。全部自分で決めて、まだ何も聞いていないんでしょ?この世界のこと。そりゃ天羽君なら絶対に手を差し伸べることは知っているけど、それなら私もついて行くに決まっているよ。」
いつものことだ。俺が勝手に首を突っ込んでそれに雪がついてくる。いつも来るな来るなというけれど必ず最後にはついてきてしまう。しかし今回に限っては
「だめだ。まだどれだけ危険かもわからないのについてくるなんて。いつもの喧嘩の仲裁や友人間のトラブル解決とはわけがちがうんだぞ」
「そういう天羽君も世界の危機が何か知らないくせに。まあいつもの平行線だね、とりあえず明日話を聞いてみないと。それじゃあね天羽君、よく休んでね」
そう言って出ていこうとする雪の背中に
「今回ばかりは譲らないからな!」
と強く言うが無情にも扉は締まり雪の返事はない。
―翌日―
「おはようございます、アモウ様。お洋服を用意しましたのでこちらを着てください。」
明朝、昨日のだるさが嘘かのように体が軽やかに動く。昨日は自分の体じゃないように感じたが、もうそんな違和感は覚えない。
「おはようございます、フェリスさん。服はそこにおいてもらえますか。後で着替えますから。」
「いえいえ私にかまわず服を脱いで下さい。ささどうぞ。私が着替えさせてさしあげますから。」
笑顔でそんなこと言われても、俺にだって羞恥心はある。年上の女性の着替えさせてもらうなんていくら何でも恥ずかしくて死ぬ。
「冗談はやめてください、子供じゃないんですよ。服ぐらい自分で着ます。それともこの世界では王族は他人に服を着せる習慣でもあるんですか。」
「あれ、私アモウ様に姫であること言いましたっけ。それになんだか昨日よりもしゃべり方が丁寧ですね。」
「昨日は気が立っていて言葉が荒くなっていたんですよ。こっちが素です。それに昨日はノルディックさんがあなたのことを姫と呼んでいたじゃありませんか。」
昨日は会う人全員警戒していて態度が悪くなってしまった。それに相手が王族ならさすがにあんな言葉遣いは後々面倒になりそうだ。
「よく覚えていらっしゃいますね。けれど私のことは姉のように接していただいて結構ですので、さぁさぁお着換えしましょうね。」
昨日会ったばかりの人を姉だなんて思えるわけもなく、それにどちらかといえばこの接し方は親と子だろう。服なんてどの国でも基本的な作りはある程度共通してものだし、見た感じ普通の白シャツに黒のズボンだ。変に飾りとかはなく、実用性を重視したような簡単な作り。
「いいから自分で着替えますから。そこに置いておいてください。そういう態度ぜひ雪にでもしてください。」
そう言い、彼女の背中を押していく。軽く抵抗されるが女性との力比べに負けるはずもなく昨日と違い本調子ならこちらが負けるはずもない
「ユキ様ならさっき着替えさせましたよ。ユキ様と違ってとても素直に応じてくれました。いや~かわいかったですね、新しく妹ができたような気分になりました。もちろんアモウ様のことも弟のように思っていますよ。」
「仮に弟だとしてもこの年で姉に着替えを手伝ってもらう人なんていませんから。早く出て行ってください。」
扉を開けフェリスさんを外に出す。扉の外からは残念そうな声が聞こえてきたが、無視無視。ようやく服を着替えることができ、部屋を出るとそこには雪とフェリスさんが待っており、こちらに近づいてくる。
「天羽君着替えさせてもらわなくてよかったの?せっかく美人さんにお世話してもらえるなんてめったにない機会なのに」
そんな風に茶化してくるがこの年で着替えさせて貰う方がおかしいと思う。女子同士の距離感なのか本当に姉や妹のように感じているのか。男子で一人っ子の俺にはわからない次元の話だ。
「茶化すなよ。そんなことよりも、今から俺たちが呼ばれた理由について話してくれるんですか。」
「そうですね。今から国王との会食になります。昨日から何も食べてないでしょう。そんな二人にユーダニア王国最高のシェフが腕によりをかけて最高の食事を用意しました。さぁさぁ私についてきて下さい。」
フェリスさんは廊下を進みだし、俺たちを案内する。昨日は実感がなかったがこの建物というか城はとてつもなくでかい。行ったことはないがノイシュヴァンシュタイン城なんかよりもよっぽど大きい。窓から見える景色も中庭がえらく遠く見える。
「雪は昨日フェリスさんに魔術で外につれ出された?」
「えぇっ!天羽君そんなことあったの?いいな~私も魔術見てみたい。ねぇねぇどんな感じだった。」
魔術という言葉が耳に入ったのかフェリスさんが足を止めこちらに近づいてくる。よほど魔術が好きなのかはたまた他人にトラウマを作るのが好きなのか。悪い人には見えないけど。
「ユキ様は魔術に興味がありますか?それならそうと言ってくださればいいのに。ちょっとした魔術なら今ここで見せることもできますよ。どうします?」
爛々とした目をしまくしたて雪に尋ねる。昨日みたいないきなり外に出て、人にトラウマを植え付けるような真似はしないと思うが、よくよく考えるとノルディックさんがこれはフェリスさんの悪癖だとも言っていた。ならば止めるべきかと考える暇もなく。雪は「はい」と即答した。
「ぜひ見せてください。天羽君だけ魔術なんて面白いもの見せてもらえるなんてずるいよ。せっかくこの世界に来たのなら楽しまないと。」
知らないことがどれだけ幸せなことだろうと感じていると。フェリスが魔術を行使しようとする。しかし廊下の奥からカツカツと足音が聞こえ、人が来てこちらに声をかけてきた。
「フェリス、こんなところで油を売っていないで、早く子龍のお二人を案内しないか。まったくお前ときたら、魔術のことになるとすぐ他のことが目に見えなくなる。いい加減その癖を直せ。」
群青色の短髪をなびかせ鎧を着た女性が近づいてきた。腰に剣を佩き、まるで物語のナイトのような出で立ちが、この世界が異世界なのだとまた実感させられる。
「ウェルトお姉さま、おはようございます。そうですね会食に遅れるのはまずいですし先を急ぎましょうか。残念ですがユキ様魔術はまたの機会に。それに今後は当たり前のように見る事になると思いますよ。」
「城内で姉さま呼びはやめろと言っただろうに。紹介が遅れたな、私はウェルト・ユーダニアという者だ。国王陛下の近衛騎士の任を任されている。子龍様会えて光栄だ」
丁寧な言葉遣いでこちらにお辞儀する。こんな風に接せられるのは二人とも慣れておらず、面食らう。いや、本当はこの人の所作一つ一つが俺の目から見ても洗練されていて、見惚れてしまったのだろう。
「姉さまお二人が固まっていますよ。もっと柔らかく接してあげないと、二人はまだこちらに来て間もないのですから。」
「いやしかし、相手は子龍様だぞ、我々の希望なのだ。丁寧に接するのは当たり前のことだろう?」
「それにも限度があるというもの、姉さまの場合少しやりすぎです。もっとこう柔らかく家族と接するような感じで…」
俺たちとの接し方について議論しているようだがさっき時間がどうのとか言っていたよな。遅れるとまずいとか。二人の話し合いが泥沼化する前に早く止めないと、最初の挨拶に遅れるなんてあんまり良い印象を与えられるとは思えない。
「すみません。二人とも時間がないんじゃないですか?会食に遅れるのはまずいとか。急ぎません?」
「おおっとそうだった。すまない子龍様大変見苦しいところを見せてしまったな。さあ急ごう。会食用の部屋はもうすぐそこだ」
俺たちは少し急ぎ目的の部屋まで案内される。部屋の前まで来たところで、ウェルトさんが一つ忠告をする。
「父…いや国王陛下は大変尊大というかなんというか、とにかく言葉遣いは礼を失していると感じるかもしれないが、決して見下しているとか敬意がないとかそんな方ではないのだ。どうか誤解がないように頼みたい。」
「ええっと要するに態度が大きいってことですか?」
そんな返し伝いことを雪がき、ウェルトさんはちょっと困ったような笑みを浮かべる。
代わりにフェリスさんが答えた。
「まあつまりは傲岸不遜という言葉一番しっくりくる人なんですよ、父さまは。あまり気を悪くしないでくださいね。」
一体どんな人なのかと気になってくると。ウェルトさんが扉を開け内へ促す。やがて見えたのは金色の目を整った顔立ちのした一人の男が長机の向かいに座っていた。その雰囲気はまるで最初に見たあの金色の龍のようにも感じられた。
「そうか、お前たちが天龍の子龍か」