2話 龍の世界
「ここは?…どこだ?」
目が覚めると、今夢見たものを思い出す。美しくも恐ろしいあの夢を。それと同時に実感する。あれは夢なんかじゃなく昨日実際に起きたことなのだと。急いであたりを見渡すが、どこにも雪の姿が見えない。
「どこに…いる、雪。どこに」
うまく力がはいらない、ベッドから起き上がるにも体全体に意識を回さないといけない。まるで自分の体じゃないかの様な感じがする。それでも精一杯の力をこめベッドの柱を掴み立ち上がる。何とかこけそうになりながらも、自力で立ち上がる。途中でぼきっと柱が折れてしまったが、そんなことを気にするわけもなく部屋から出ようとするが、歩くだけでもきつい。
だが途端に部屋のドアが開き、見慣れない人間が入ってくる。俺の体を抱きかかえベットに寝かしつける。抵抗できるはずもなく、またベッドに寝かしつけられた。
「まだ休まれていてください、子龍様。まだ体に慣れていない状態のまま出歩くと絶対にけがをします。」
「誰だ。あんたは、俺と雪になにをした。雪、雪はどこにいるんだ」
「フェリス・ユーダニアと申します。あなたともう一人の子龍様の世話と教育係を申しつけられた者です。以後お見知りおきを。」
俺を運んだ小柄な緑髪の女性はフェリスと名乗った。けれど今俺が欲しいのはそんな情報じゃない。雪の安否にしか俺の意識は向いていない
「さっきから一体何なんだ。子龍だのなんだの。そんなことよりも雪は無事なのか。黒髪で小柄な女の子、ここにいるのか!」
声を荒げてしまう。もう一人、あの時一緒に飲み込まれたなら雪もここにいるはずだ。その子龍が何かは知らないが、俺を指す言葉ならもう一人は雪である可能性が高い。
「安心してください、子龍様。もう一人の子龍様ユキ様は隣室で休まれています。ですからどうぞ、子龍様も今はお休みください。」
「子龍じゃない天羽だ。久美天羽。雪は無事なんだな。」
「はい。少なくともアモウ様よりは体の負担も少なくすぐにでもうごくことができると思いますよ。」
無事…無事なのか。よかった。
それにしてもここは一体どこなんだ。あの龍が言っていた世界だとでも、ありえないにもほどがあるだろう。ただの日常生活を送っていただけなのにいきなり異世界なんて、仮にそうだとしても龍に食われて異世界なんて…
「やぁやぁ気分はどうだい、子龍殿よ。少しはしゃべれるようになったかな。それともまだ身動き一つとれないところかな」
突然長身の男が部屋に現れなれなれしい口調でそう問いかける。こっちは起きたばかりでまだ何もわからない状況なのにこうもわけのわからないことが続くと嫌になる。
「なんなんだよ、あんた。いきなり現れて。こっちはようやく心配事がなくなったてのに次から次に知らないやつが出てくる。ここはどこなんだ」
「もうしゃべれる。それはよかった。元気があることはいいことだよ。まあ混乱するのも無理はない。何せ君たちはいきなり知らない世界に連れてこられたわけだからね。ここがどこだか説明するには、そうだな…フェリス姫窓を開けておやりなさい」
「もう師匠、姫はやめてくださいと何度も言ってるじゃありませんか。」
そういうとフェリスは抱きかかえ窓に近づき
「それではアモウ様、初めて見るこの世界をぜひ目に焼き付けてくださいね。」
窓を開けるとそこには、空を飛ぶ多くの龍がいた多くの龍が人を運び中には荷物を運ぶ龍もいる。子供も大人も老人さえも龍と触れ合いともに生活している。まるである絵本の1ページを見せられているかのような景色につい目が行き自分がおかれている状況を全く把握していなかった。
「こらこらフェリス。窓を開けろとは言ったがね、何も空を飛ぶ必要はなかったんじゃないかい」
空を…飛ぶ。言われて初めて気が付いた。あまりにも馬鹿げた状況だからか脳が理解を拒んでいたのか、はたまた景色に目がくらんでしたのかはわからない。しかし今ようやく理解した。フェリスと名乗った女性が俺を抱え、空を飛んでいる。
「うわ、ちょ、なんだこれ、どうやって宙に浮いてるんだ!」
「子龍様、魔術をご覧になるのは初めてですか?大丈夫ですよ、私は姉妹の中でも飛び切り魔術の腕が得意ですから絶対に落ちたりなんかしませんよ。ちなみにこれは体の周りを風で囲み飛ぶ『エアウォーカー』という魔術です。」
魔術、エアウォーカー、いやそんなことよりも飛んでる。その事実だけで頭がパンクしそうになる。真下を見ても目測で30m近くある気がする。落ちたら洒落にならない。
「いいから下ろせ、下ろしてくれ、頼む、早く魔術でもなんでもいいから部屋にもどしてくれ!」
フェリスはゆっくりと部屋に戻り俺をベッドに寝かしつける。
「どうでした?初めての魔術体験は。自由に空を飛ぶのは楽しいですよね。」
「何も知らずにいきなり飛ぶことが楽しいと思う人間なんて絶対にいない。心の準備も何もかもすっとばして空を飛ぶとか金輪際お断りだ。」
「いや~すまないね。フェリスは人一倍魔術が好きで他人に魔術のすばらしさを教えるのが好きなんだよ。それで何人かにトラウマを植え付けたこともあるのだがね」
耳に近づきそう声かける、フェリスに師匠とか呼ばれた男。トラウマを植え付けるぐらいなら師匠であるなら止めるべきだろうに何をしているのだろうか。内心怯えと怒りが綯交ぜになったのをぐっとこらえて
「で、あんたの名前は、まだ聞いてないだろ」
「いや失礼、私としたことが。私の名はノルディック・パリーグ、ここユーダニア龍王国にある龍教会の司教をやっている者だ。よろしく頼むよ、天龍の子龍君」
今更だけど日本人じゃないんだよな。名前も顔もなんなら使ってる言語も違う。なんで理解できるかもわからない。それに
「さっきからあんたやそのフェリス…さんが俺や雪をさして使う『子龍』って言葉は何なんだ?」
「まだ多くの説明をしていないことはお詫びするよ。けれどもう少し待ってくれないかな。できればもう一人の子龍…雪君と一緒に説明したいからね。今日のところはひとまず、ゆっくり寝てゆっくり休むんだ。この世界や君たちのこれからについては明日必ず説明するよ。」
ノルディックはそう言い、最後にこう付け足した
「最後に心からの謝罪を。君たちの意思を聞かずこの世界に連れてきてしまったこと本当にすまない。」
「言えば、元の世界に返してくれたりはしないのか?」
「すまない、それは私たちにはできないことだ。けれど…」
「ああもういいって、そりゃ無理やり連れてこられたことは腹立たしいけど。雪の無事も分かったし、困っているんだろ?なら助けてやるよ。理由なんて必要ない、困っているなら助けるべきだ。」
当たり前のことだ。人を助ける理由なんて必要ない。相手が助けを求めているなら、俺が助けたいと思ったのなら、もう助けることに決めているんだ。
俺の言葉を聞き少し呆気にとられたノルディックは、少し悩んだ末ほのかに破顔した。
「…これは参った。まさかこちらの事情を話してすらいないのに、もう我々の望みを了承するなんて、なんて気前のいい人なんだ。だがその結論を出すのは明日にしたほうがいい。君が思っているよりもこの世界は滅亡の危機に瀕している。それにもう一人、雪君もいる。結論を出すのは話し合ったほうがいいと思うよ。」
「世界を救うなんて言う荒唐無稽なことに雪を連れていくことなんか絶対にしない。この決断は俺が個人で決めたことだ。雪とは無関係だ」
世界を救うなんて大それたこと、どれだけ危険かわかったもんじゃない。そんなことに雪を連れて行くわけにはいかない。呼び出したのだから、きっと俺が終わらせるまでの間は面倒を見てくれるだろう。
「君の決意は分かったけど、まあまず今日は休みなさい。それとありがとう。たとえ言葉だけども助けてくれると言ったこと、とてもうれしく思うよ。それじゃ私たちはこれで失礼するね。いくよフェリス。」
「はい、師匠。そのアモウ様ありがとうございました、私もうれしかったです。それではお呼びの際は、机のわきにある笛を鳴らしていただければすぐにでも参りますので。今日はゆっくりとして言ってください。」
そう言い二人は出て行った。