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子龍よ、天を頂け  作者: ハイカラ
閑話1
19/61

SS 少女の初恋

 精神を統一する。乱されることなくただ一振りに集中する。いつもやっていること、常に欠かさず続けていたこと。もはや意味を為さないことかもしれないけれど、これをしないと落ち着かない。


 あたしの剣は凡人の剣。アモウのような才能は無い。たゆまぬ努力の結果王国最強の剣士なんて呼ばれているけれど、そんなものはただの称号に過ぎない。


 才能ある弟子をうらやましいと思う。たった1週間少しで私の剣を追い越しつつある。彼に絶対的に足りない経験すらも、剣を交えるたびに1の経験を100にも1000にもしてるかのような剣の冴え。もはや鬼才というしかない。


 初日の一撃目を避けられたのは、あたしの努力を簡単に踏みにじられたような気もしたが、ほんの一日でその認識は改めさせられた。まだまともに魔力を扱えない少年がいきなり龍眼を使い始めたのだ、驚きもあった、羨望もあった、でもそれ以上にそんな彼があたしの弟子になることが、いづれあたしなんかを優に超えるアモウが誇らしい気持ちになったのだ。


 ここ最近アモウは2日に1回ぐらいの間隔で指南所に来る。剣だけが全てではないことは百も承知である。他にもたくさん学ぶことがあることも理解している。だが寂しいものは寂しいのだ。初めての弟子、互角に剣を交えることが出来る相手、なかなか得難い人だ。


 今日は多分来る。昨日は来なかったから、多分来るだろう。もし来なかったら文句を言いに行きたいぐらいだ。けれど弟子の手前そんなかっこ悪いところを見せたくはない。


 扉が開く。アモウは一も正午、13時ぴったりに来る。気配でアモウと分かるが気づいていないふりをする、素振りの最中にあたしは反応を見せたことはない。自然に自然に。


「ようやく来た。待ってたよアモウ。」


 素振りを終えアモウの方に振り替える。ちょっとだけ意地悪く、あまり来ない弟子を揶揄う。今日は大事な日。あたしが指導できる最後の日になるとノルディから聞いた。多分明日アモウたちは龍害に挑むのだろう。付いていって上げたい、一緒に戦いたい。それが出来ないわが身が一番悔しい。


「珍しいですね、師匠いつもは木剣なのに今日は真剣なんて。もしかしてそれって龍剣ですか?」


「そう、龍剣ブラックモア。あたしが初めて倒した老級の龍の剣。さあアモウ、構えて。これが最後の稽古」


 有無を言わさずアモウに構えろという、今日も試合気分で来たであろうアモウは、少し面食らっている。しかしすぐに落ち着きを取り戻し剣を構えアドの術式を駆動する。剣はあたしが遺した剣、愛用しているのだろう、うれしい限りだ。


 お互いの準備が整った。向かい合い構える。合図は無くどちらかが仕掛けるまでこの静寂は続く。ずっとこのままでもいいと思ってしまう。けれどやはり剣を持つ限りは剣士であらねばならない。


「龍核解放『エクリプス』」


 初めて見せるっていうのに対処すんだから困ってしまう。空気の偏光率を歪め、魔力も姿も見えなくする慎ましい力、龍が使ったら不可視災いそのものだったがあたしが使ってもそうはいかない。


 一瞬で背後に移動したはずがしっかりと剣で受け止められている。いくらあたしの剣を受け止められてもそれは致命打にもなる。慎ましい力だが、それだけではないのがこの剣の魅力だろう。わずかにでも剣身に触れると魔力を吸収する。この力があるからこそ龍の血が薄いあたしでもこの龍剣を使える


 それを察知したのか、アモウはすぐ後ろに後退する。


「いきなり龍核解放を使うだなんて思いませんでした。凄まじい力ですね、見えなくなり、こちらの魔力を吸収する。何とも厄介だ。」


 返しはしない。そんなにバカでないのだ。けれどこのままでは千日手。持久戦になるほど、魔力が圧倒的なアモウの有利だろう。もしこのまま………ああだめだ。あたしのそれは弟子に向ける感情の度を越えている。


 どんどん速度を上げていく、他のことなど考えないように剣に集中する。斬りこむ速度は今までとは比にならない。見せたことがないはずなのに、最初の一回以外は危なげなく対処される。才能かはたまた経験故か。彼の世界は平和で、ちょっとした喧嘩の経験しかないはずなのに。


「捉えましたよ、師匠。」


 アモウが繰り出す剣戟はあたしのものとは比べ物にならないほど遅いけれど、あたしのそれより何倍も重い。子龍の膂力と今日までの努力の成果でその一撃一撃はあたしの防御を軽々しく打ち砕いてくる。体制を崩されるのは時間の問題だった。剣を弾かれ、この身が露わになる。喉元に剣を添えられて、あたしの敗北が確定する。


「すごかったです師匠の速さ、今までに見たことがない速さでした。でも今日は俺の勝ちですね。」


 そう言って剣を降ろしてくれる。完敗だ、龍剣も使って、龍血脈動までも使ったがアモウには届かなかった。うれしい気持ちも悔しい気持ちも半々だ。けどやっぱりここはうれしく思うべきなのだろう。そんでもって敗者の特権を甘受するべきだ。


「アモウそこに座って。」


「ここにですか?いいですけど。」


 アモウを床に座らせ、その膝の上に頭を乗せる。よくあたしがアモウにしてあげていたことだ今日ぐらいはいいだろう。


「ええっと師匠、どうしたんです?別に構いませんけど小恥ずかしいというかなんというか。」


「敗者の特権。在りたい体に言えば膝枕。勝者として労って。」


「じゃあ初勝利記念ということで、おとなしく勝者の義務を遂行しますよ。」


 長い間そうしていたと思う。短かったかもしれない。つかの間の安息。あたしが彼にしてあげることは全部したつもりだ。まあ一つ以外は、だけど。子龍を守るために死んだのだ、未練など何もないはずだったのに、まさか死んだ後に未練が残るなんて想像だにもしていなかった。


 彼の旅路にあたしの剣がどれだけついていけるかわからない。けれどアモウは大事に使ってくれるだろう。そんな優しい彼だから、こんなに強い彼だから、あたしの初恋だったのだろう。


天羽が強いのは先日龍核解放を使えるようになり、剣との同調率が上がったから。

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