13話 ドラグーン
「模倣品ってことですか。あくまで本物じゃなくて、」
目の前にある魔力を放つ剣はこれが至高の財だと言われても、誰も違うとは言えないほどの光を放っている。だというのにこれは投影されたもので偽物だという。
「まあ、俺も実物を見たことは無いので何とも言えんがな。だがな天龍自ら創造した龍剣がそのような龍剣などと比べられるはずもない。」
「王様、さっきからおっしゃっているその龍剣って何ですか?また聞き覚えの無い言葉ですけど。」
確かに聞き覚えの無い言葉ではあるが多分俺は見たことがある。ゲルドとの試合の折、あいつの剣は他の騎士が持つ物とは何か雰囲気が違ったあの強烈な魔力はこの剣と似た感じだった。
「龍剣とはな、上位以上の龍から無傷で摘出された龍核を剣として打ち直したものだ。並みの剣などより頑丈で、元となった龍の力を受け継いでいる。この世界に数少ない希少な剣だ。」
そのうち一振りがこの剣…のオリジナル。数少ない剣の内の一本、それを俺が貰ってもいいものかと思ったが、子龍以外扱えないのなら貰っておいた方がいいだろう。
「龍核を使うなら元となる龍剣にも天龍の龍核が?」
「いや龍核を持ちるのは高純度の魔力を必要とするからであって、その代用が出来るのなら龍核でなくても構わない。かつてもそして今もこの剣は天龍やお前の莫大な魔力を基として形作られているのだろうよ。」
だから俺にしかこの魔術は扱えないのだろうか。それにしてもオリジナルはどこにあるのだろう。この世界のどこかにある、ということしかわからないのなら探しようがない。あくまで投影した剣がこの輝きなのだ、オリジナルはさぞ素晴らしい剣なのだろう。
「さて、俺の用事も済んだことだ、ここいらで公務に戻るとするか。アモウ、ユキせいぜい励むことだ。さもなくばあの程度の龍を倒すことすら叶わぬぞ。」
そういい王様は訓練室を後にする。
いきなりこんなすごい代物を貰ったから、まるで子供の用に使いたくなるが指南所は修復中だし、俺も本調子じゃない。今日のところは部屋に帰ることとしよう。
「悪いな雪俺だけこんなもの貰ってしまって。」
「その顔はちっとも思っていないでしょ。でも私だって天羽君と違って沢山魔術の術式覚えているんだから。」
―翌日―
俺たちはウェルトさんに呼ばれて城の尖塔に来ていた。なんでも二人に見せたいものがると言っていたが何を見してくれるのだろうか。
尖塔は部外者が行くには危険だと言われており、足を運んだことはなかったから今日始めていくこととなる。
窓から見下ろすと50mはあるんじゃないかと思うほど尖塔は高い位置にある。高所恐怖症じゃなくてよかったと心底思っている。隣にがくがくと小鹿のように震えている雪がいるからこそありがたみが分かる。
「あ、天羽君絶対に、絶対に手を離さないでね。じゃないと私落っこちちゃう。」
「別に外を歩いているわけじゃないんだ。そう簡単に落ちたりなんかしないよ。」
そう励ますが聞こえていないのか一向に震えが止む気配がない。約束の時間まではあと少しだけれどこの調子じゃ間に合いそうにない。どうしようかと悩んでいると、隣から声を掛けられる。
「おや、アモウ殿にユキ殿まだ頂上には付いてなかったか、どのように遅刻を詫びようか考えていたところだが、無駄だったらしい。
窓の、外から、声をかけられた。声の主はウェルトさんで間違いない。これがフェリスさんの声だったらそこまで驚かなかっただろうが姿も声もウェルトさんで間違いない。
ウェルトさんが窓を開け、こちらに手を伸ばす。
「ちょうどいい、お二人とも私の後ろに乗って頂上まで行こう。空の旅は快適だぞ。」
有無を言わさぬ勢いで俺と雪は窓の外に連れ出される。落下を覚悟したがそうはならなかった。眼を開けると頂上に向かって上昇しており、俺も雪も落ちてはいない。
ジョットコースターよりもなお速い上昇速度に目を眩ませているとあっという間に頂上に着いた。
「どうだった、龍の乗り心地は。なかなか爽快だっただろう。………夫ユキ殿は伸びてしまっているな。」
ようやく落ち着いて俺が乗っているものを確認する。青いうろこ、巨大な翼、爬虫類のような細長い瞳孔が俺と目が合う。
「っうわ、龍、龍に乗っていたのか!?」
「そう驚く事でも無い。この国にいるのならそう珍しい事でも無いんだ。龍にどのような印象を抱いているかは私のあずかり知らぬことだが、このシューゲイズは私が子供のころから育てている、人を襲うことなんてない。」
人を襲わないそう断言できるのは長年一緒に連れ添ったからか。初日の印象、一昨日の印象その二つが綯交ぜになって、いまいち龍に対してどう接すればいいかわからない。
そんなことなどお構いなしかのように、シューゲイズと呼ばれた龍は俺の顔に近づき顔をなめて来る。
「ちょ、くすぐったい、待って、そういうのは雪にでも。」
「シューゲイズが初対面の人にそこまで甘えるとは珍しい。気に入られたようだな、アモウ殿。」
気に入られている?これがか。下手したら俺の頭なんて少し力を入れただけで嚙み潰すことが出来るだろうに。俺が子龍だからか、ただに気に入ったのかわからないが勘弁して欲しい。ただでさえ俺はもうしばらくすれば、こいつの仲間を殺しまくるというのに。
「ううん、落ちるよ落ちちゃうよ、ウェルトさんで浮いてるのなんで浮いているの?」
うめき声をあげながら雪が目を覚ます。もともと高所恐怖症で怯えていたのが、あの一瞬の加速で気を失ってしまったらしい。あたりを見回して自分の置かれている状況を確認している。
「うわ~龍に乗ってる。すごいすごいよ、天羽君私たち龍に乗ってるよ。」
「うん、知ってる。そして今食べられそうになってもいる。雪変わるか?」
とうとう甘噛みを始めた、俺のことを喰う気に違いない。これが愛情表現なら殺人ですらそれになる。
「天羽君顔がべたついている、さすがに私は遠慮しておこうかな。天羽君は存分に楽しんでね。」
まるで俺が楽しんでるかのような言い草だが決して楽しくない。犬のおもちゃにされている気分だ。
「さてシューゲイズそろそろやめておけ、それ以上は嫌われるぞ。」
俺の顔からシューゲイズを引き離す。クルゥゥと可愛げな声をあげる、だが龍である。今の精神状態だと少しばかり心苦しいがこの龍自体に危険性は無いのだから割り切ろう。
「今日は来てくれて感謝する。陛下から今のうちに龍に慣らせておけと命令があったのでな、今日は私のシューゲイズと一緒の空の旅にでもと思ったのだが嫌だったか?」
「全然そんなことないですよ。私いつか龍の背中に乗って空を飛んでみたいと思っていたんです。」
高所恐怖症の雪があそこまで龍に乗りたがるのは意外だった。もっと遠慮するものかと思っていたが、好奇心が勝ったようだ。
「雪がいいなら構いませんよ。俺も楽しみです。それでどこに行くんですか?」
「諸事情で都市の外には出れない規則でな、悪いが城の周りを飛ぶこととなる。だが楽しいことは保証しよう。」
ウェルトさんはシューゲイズに飛び乗り、合図を送るとシューゲイズはゆっくりと離陸する。それから城の周りを旋回し始める。
最初は遅々とした速度で俺たちが慣れるのを待ってくれたのか、次第に速くなっていく。車なんて目じゃないほどのスピードで空を飛び、目まぐるしく景色が移り変わる。城の全様から街の全様と変化していき最後は城壁まで見え始めた。超高高度を何のためらいもなく飛翔する。
やがてどんどん降下していく、最初の急上昇が嘘かのように今度はゆっくりと都市を見下ろせるように飛んでくれる。
見下ろす都市はどこも人がにぎやかに暮らしており、その中には当たり前のように龍が住んでいる。初日に見た幻想のような現実が改めて俺の龍への意識を変化させる。
「お二人はまだ城下町へ行ったことがなかっただろう。時間を作ることは難しいと思うが少しは休まなくてはな。それに私が見せたかったんだ。君たちが守ろうとするこの世界を。」
シューゲイズは先ほどの尖塔の頂上に降り立ち俺たちを降ろしてくれた。
「今日は付き合ってくれてありがとう。これでお二人も立派なドラグーンだ。」
「ウェルトさんそのドラグーンって何ですか?」
俺の疑問を雪が代弁する。
「そうか知らないのだな、騎士の称号を持ち自分のパートナーの龍と一緒に戦う戦士のことだ。二人は騎士ではないが、それ以上の称号を持つ。十分ドラグーンを名乗ってもいいだろう。」
騎士ですらなくパートナーの龍もいないが、名乗ってもいいのだろうか。
「かっこいいですね!ドラグーンぜひ今度から名乗らせてください。」
雪の方は乗り気のようだ。けれど龍を殺すのにドラグーンを名乗るなんて俺にはできそうにない。
「そうか、ああだが気をつけろ。今の時代この国ならまだしも、他国では龍の排斥運動も多い。もはや人と龍との共存は不可能なのだろうな。」
「それは……どうにもならないことですか。まだ何か方法が。」
人の未来を救うために龍の未来を犠牲にする。なるほど生存競争とはよく言ったものだ。人がただの生物なら何の感情も抱かずに龍を殲滅できるだろう。けれど人は、人だ。
「昔、神龍がこの世界に来た時からこれは決まっていたようなものだ。遅かれ早かれ、天龍は寿命を迎え加護は消える。ならば原因を排するしかない。優しいのだな、アモウ殿は。」
優しい、そんなことはない。例え俺のもたらす未来が龍や少数に対して悲惨なものだとしても、俺は俺を誇示するために前に進むのだろう。そんな人間が優しいはずがない。優しさなんて持たない方がいい。きっとその方が楽なんだ。
「そうなんです。優しいんですよ天羽君は。いっつも私やみんなを挙句の果てには世界まで救っちゃう人なんです。」
俺を肯定するかのように雪が同意する。一体守られているのはどちらなのだろうと分からなくなる。本当は俺なんかよりもずっと雪のほうが強いんじゃないかと錯覚を覚える。
ほんの数日で俺の龍への意識は目まぐるしく変わる。初日に抱いた感想は、一昨日抱いた恐怖で塗りつぶせることはなく、今でも心の奥底にあるのだろう。ああだからこそ俺は人も龍も救いたいと思ってしまう。




