11話 夢
つい、剣を握りそうになる。だが部屋から剣を持ってきていない。雪から手を握られて、制される。無性に殴りたくなるが、今は一旦ノルディックの話を聞こう。
「怒りを抑えてくれてありがとう。君たちの怒りは正当だとも、今回の件においては私に全面の非がある。ここに謝罪を、どうか許してほしい。」
ノルディックが深々と頭を下げる。罪悪感はあったらしい、だからと言ってあれは、俺は本当に雪が死んでしまったとすら思った事を、そう易々と許せるわけがない。
「なぜ、あんなことを。」
「賢い君たちならある程度予想はついていると思うが、私の口から説明しよう。あれは、龍害だ。」
龍害、天龍が死んだことで活発化する、龍の人への攻撃、俺たちが呼ばれた理由の一つ。精々が一匹二匹程度かと高を括っていたが、あの規模のものが世界各地で発生するのか。
「でも、なんでいきなり。」
「龍とは本来、人を喰い、家を襲い、国家を滅ぼす、そんな存在だ。唐突に表れ全てを奪っていく、今は人と寄り添う側面を見せているが、いずれは天龍の影響から抜け出す。龍を相手するのに万全な準備なんてありえない。だから今回は何も言わずに、あれを見せた。」
「結局あれは何なんですか、現実のようでもけして現実ではない、生々しい夢。」
「多分あれは、ノルディックさんの魔術だよ。前見せてくれた時幻を作っていたから、それの応用だと思う。でもあんな規模の一つの都市丸まる再現するなんて。」
幻で作ったいや幻で俺たちに見せたのか。それでもあの痛みは本物で今でも下半身がいまいち動かない。脳が現実と幻とのギャップに不具合を起こしているのだろうか。
「そう、雪君は相変わらず勤勉だね。私の魔術で君たちに幻を見せた。結果としては天羽君は龍数匹の討伐、雪君は残念なことに戦うことはできなかったが、天羽君を助ける勇気を見せた。初めてにしては及第点じゃないかな。」
「その言い方はあんまりじゃないか。まるで俺たちを試しているかのような、そんな物言いは。」
「わからないのかい、君たちはこれからあれ以上の龍と戦うこととなる。もちろん多くの場合君たち二人ではないと思うが、それでもあの程度の数は二人で殲滅しきらないと話にならないのだよ。」
ノルディックの言っていることは紛れもない残酷な事実だろう。俺たちはこの先何度もあんな状況になっても不思議ではない。確かにあの量の龍を倒せないと世界を救うなんて夢のまた夢だ。
雪の方を見る、隠しているようだが手はまだ震え普段よりも顔色がよくない。俺と同じように幻に引っ張られているのだろう。それほどまでにあの幻は現実の様だった。
「さて、説明は終わったかな。安心してほしい、次は君たちからの要望がない限り決してあのような真似はしないと誓おう。ああそれと、私のことは嫌ってもらっても構わないが、姉妹たちのことは嫌いにならないでほしい。彼女たちは何も知らなかったからね。部屋に運んだのもリーランとフェリスがしてくれたんだ。」
そうか、師匠たちは知らなかったのか。じゃないと城外に誘うなんてことしないだろうし。あの場にいた俺たちにだけ魔術をかけた。はたから見ればいきなり寝てしまったのだ、心配をかけてしまっただろう。
「つまり私たちはあの量の龍を倒さない限り、この城から出て世界を救いに行くことはできない。そういうことですか?」
雪の疑問は当然のことだ。あの龍達を倒しつくさない限り、この世界で誰かの庇護なしに生きていくことは不可能に近い。
「そういうこととなるね、この件に関しては私に一任されている。君たちに十分な実力がないと無駄死にしてしまうこととなるからね。子龍としても個人としても君たちには死んでほしくない。」
この言葉は紛れもない本心なのだろうけれど、どうしても穿った見方をしてしまう。それほどまでにあの幻は鮮烈だった。
「それじゃあ、私は失礼するよ。体の不調はしばらくすれば、治るだろう。それと本当にすまない。」
そう言ってノルディックは部屋を出て行った。
「よかったね、天羽君目標が定まって。まずは何とかあの龍達を何とかしなきゃだね。私も戦えるように頑張らないと。」
震える手をぎゅっと握りしめ、決意を表す雪だけど俺は、雪にはもう。
「まだ俺についてこようとしているのか?あんな目にあったのに。もうおとなしく城にいて、フェリスさんと一緒に魔術でも何でもしていればいいだろ。」
声音が強くなる。昨日のあんな場面を見たらもう雪を龍と戦わせるわけにはいかない。ただでさえ昔雪は。
「天羽君、まだ昔のこと気にしているの?あれは私が勝手に、」
「俺がちゃんと周りを見ていれば、雪が傷つくことなんてなかったはずなんだ。」
雪の腹に手で触れる、そこには昔ナイフで刺された刀傷が消えることなく確かにある。雪の傷は俺が他校の生徒がうちの学校の生徒にちょっかいを出しているの止めたときにできたものだ。それ以降は雪の同行を絶対に許さなかった。
「私はもう昔みたいに弱くないよ、そりゃ昨日は全く動けなかったけど慣れれば大丈夫だよ。それに私が死んでも天羽君は止まることはない。だから」
「だから、だよ。そんな自分が嫌なんだ、小さい頃の憧憬がまったく色褪せることなく俺を動かそうと、幼馴染の死すら超えてより多くの命を救えと、だからいつか自分が雪を見殺しにするのが怖いんだ。」
誰もが抱いていた子供のころの憧れはいずれ現実との乖離に消えてなくなるものだけど、俺にはそれが出来なかった。要領がよく周りの人とも友好な関係が気づくことが出来、人を助ける環境が出来てしまった。
俺の近くにいると、余計に雪が傷つきそうで、俺が助けることもできないまま死んでしまうかもしれないと思うと強い言葉を使ってでもここに残ってほしい。
「ノブレスオブリージュだっけ、力あるものの責任。ずっと天羽君はその考えに縛られているんだ。でもねだったら私のも責任がる、この世界を救う義務がある。たとえ天羽君が自分のことを認められなくても、私が認めてあげる。他のだれにも理解されなくても、私だけは理解して上げるよ。私だけは絶対にあなたの味方だよ。だから、ね。連れて行って、うんん一緒に世界を救おうよ。」
俺の感情は連れて行けという。俺の理性はここに残せという。どちらも自分の心からの願いで、そんな自己矛盾にずっと悩まされる。だからこそ、俺はいつも雪に流されて連れて行ってしまうのだろう。そして今回も自分の価値観を曲げたくないが故に。
「わっかた、俺の根負けだ。でも約束、絶対に俺を庇うなんてこと金輪際しないでくれ。」
そう答えると満面の笑みで、雪は頷く。なんてずるいのだろう。俺の価値観を盾にして、自分の願いをかなえるなんて、昔だったらそんなことしなかったのに、子龍、魔術と力を持っているからこその言動だろう。
「そうと決まれば、寝てなんかいられないね。魔術の練習に顔を出さなきゃ。ほら、天羽君も剣の稽古にいかなきゃじゃないの?」
今までの震えはどこに行ったのか、元気溌剌といった感じで普段着に着替えている。俺はまだ下半身の違和感が拭えないので、今日のところは稽古にはいかないでおこう。代わりに図書館で龍に関してしっかりとした知識を身に着けないと。
「じゃあ行ってくるね、天羽君。これからもしっかり努力しないと私一人で龍を倒しちゃうかもだよ。」
「ぬかせ、あんなへっぴり腰じゃまだまだ戦えないだろうに。」
「もう、そうならないために頑張るの。」
雪が出ていくのを見送り、俺も一旦自分の部屋に戻り着替える。昨日教えてもらった図書館への道を何とか思い出しつつ、目的地にたどり着こうとする。
「あれ、おかしいな。確かこの角を曲がったらすぐだったはずなのに。」
曖昧な記憶のせいか道に迷ってしまう。さすがに一回だけじゃこの広大な城の道筋を覚えるのは不可能だったか。いったん部屋に戻って今日のところは休もうかと考えていると、廊下の角から見知った人たちが出てくる。
「頼むよ姉ちゃん、あんな風に壁壊されちゃ、私も直すのに一苦労なんだ。次からは壁に人型の穴開けたり、隣の部屋まで貫通するような斬撃は控えてくれ。」
「すまないとは思っているんだ。けれど如何せん加減が聞かなかったんだ。今度何かおごってやるから許してくれないか。」
青髪の騎士と黄髪の女性が歩いてくる。ウェルトさんとナ―シャさんだ。昨日の指南所の騒動の後、どうやら余りの残状にナ―シャさんでも直すのに苦労するようだ。それほどまでに昨日のウェルトさんのしごきは熾烈なものだったのだろう。
「こんにちは、ウェルトさんとナ―シャさん。道を尋ねたいんですけどいいですか。」
「おっアモウじゃないか、あー昨日は災難だったな。でどこに行きたいんだ。」
「ナ―シャ、子龍殿を呼び捨てにするな。昨日それで騎士団の連中がどうなったか知らないわけじゃないだろう。」
どうやら、俺たちが体験したことを知っているらしい。他三人が知らなくてこの二人がもともと知っていたとは考えにくいので、今日知ったのだろう。
「図書館に行きたいんですけど、道に迷ってしまって。後別に好きに読んでもらって構いませんよ、俺も雪も全然気にしませんから。」
「いや、そういうわけにもいくまい。規律は重んじられてこそ価値がある、だがまあ蔑称でもない限りは子龍殿の言う通り容認するべきだろうか。けれど坊主はないだろう、坊主は。ああ図書館なら私たちも行くところだ、案内しよう。」
少しは考え直してくれると嬉しいのだが、いかんせん向こうでは先輩ぐらいしか敬称で呼ばれたことがないからか、敬称で呼ばれるのは小恥ずかしい。
「なあ、聞いてくれよアモウ。昨日姉ちゃんたらあの指南所半壊にしたんだぜ、信じられないだろ。しかも相手は龍害を相手取って帰ってきた龍装騎士だってのに手加減の一つもないの、おかげでこっちは指南所の図面を確認したりで大変なわけ。」
「ゲルド達って龍害を相手にして帰ってきたんですか。」
「おおそうだぜ、龍狩騎士はそれが主な仕事だから。ああ昨日のことで龍害って言葉に反応しちゃったか。けど龍害に関してならあいつらは専門家だ。話を聞いておくのも悪くはないと思うぜ。」
そうか、あのゲルド達はそもそも騎士であることを忘れそうになるけれど、歴とした騎士であることに違いは無いだろう。次に会ったとき、いや明日にでも話を聞きに行こう。