第六話 配信者登録
「まずはコレにゃ」
商人はそう言うと、リュックから板を数枚取り出したのです。
それを組み立ててテーブルと椅子を作りました。
商人は椅子に座り、テーブルに膝を立てたのです。
さらに商人はリュックから丸い物を取り出したのです。
それはコウモリでした。
幽子の周りを飛んでいるコウモリと同じくらいの大きさです。
ただ色は、幽子の側にいるのが紫色なのに対し、商人の方は黒でした。
ただリュックから出てきたのは死んでいるようです。
身動きひとつしません。
「きゅ、吸血鬼さん。あ、あのね。こ、この、こ、コウモリにね。じ、自分の、け、血液を、い、入れると、う、動き出すんだよ」
〈おう。そうなんだぜ。血を吸わせる事が悪魔との契約だ〉
〈全く。そもそも僕たち魔族と悪魔って違いは何なんでしょうね?〉
〈呼び方が違うだけじゃないの?〉
「……血が……必要なのですか?」
私は商人に尋ねました。
私は吸血鬼。
相手から血を奪うのは大好きですが、血を奪われるのははっきり言って嫌です。
ましてや自ら血を与えるなどと。
心臓の鼓動が激しくなり、その振動が血管を通して全身に伝わっていきました。
振動によって、肉や骨の細胞が破壊されているような気がします。
私は、彼女たちから一歩あとずさりしました。
そもそもどれだけの量の血液を必要としているのでしょう。
もしかしたら全身の血を抜かれてしまうかもしれません。
くっ、やはり私があなたたちを捕食しようとしている事に気付いたのですね。
だから登録などと偽って、私を殺すんですか。
「さ、さ。は、早く、と、登録、しよ」
幽子に右腕を掴まれました。
何ですかこれは?
すごい力ですね。
や、やだ。
は、放しなさい。
抵抗虚しく、そのまま商人の所まで引っ張られてしまいました。
そして私の右の人差し指を、リュックから出されたコウモリの前にもっていかれたのです。
「さ、いよいよキミの出番にゃ」
商人が嬉しそうな顔で言いました。
彼女は動かないコウモリの背中をポンと叩きました。
するとコウモリは目を開いて、私の指をガブりと噛み付いたのです。
「きゃあ!」
「大丈夫にゃ。すぐに終わるにゃ」
商人はニコニコ笑っています。
幽子と彼女のコウモリも楽しそうに見つめていました。
血がどんどん失っていくような感じがします。
やはり罠でしたか。
まあ、引っかかった私の落ち度ですが、納得できません。
「クソ! こ、こんな死に方をするんですか、私は!」
〈大袈裟だな吸血鬼のお姉ちゃん。ただちょっと血を抜かれるだけだよ〉
〈まあ無理もないですよ。吸う立場だった吸血鬼の彼女が、逆に吸われているんですから〉
「さ、終わったにゃ」
商人がそう言うと、コウモリは指を噛むのを止めてくれました。
私は急いで、噛まれていた指を自分の口の前まで持っていき、フーフーと息をかけました。
そして商人に怒鳴りました。
「どうしてくれるんですか! 歯型がついてしまったじゃないですか!」
「か、カワイイ、と、お、思う、よ」
私の指を、幽子はさすってきました。
彼女の冷たい手のおかげなのでしょうか、噛まれた痛みと歯型は消えてしまったのです。
私が幽子から商人に視線をうつすと、噛み付いたコウモリが目の前にいました。
その後ろから商人の声が聞こえます。
「さあ、ようく見るにゃ。これがキミのご主人様にゃ」
「な、何ですって? この私がこんな小さな生き物の家来になれと言うのですか?」
〈お、おい姉ちゃん〉
「嫌ですよ、全く。冗談じゃありません。使い魔になりたいなら兎も角、どうして私が下につかなければいけないのですか」
〈吸血鬼さん。それは誤解でして〉
「これはアレですか? 私が獲物を捕まえて、それをこのコウモリに上納しろと? ダメですよ。私が捕らえた人間は私が食します。その身体に流れている血は一滴たりとも誰にもあげませんよ!」
〈も、もしもーし〉
「ああ、もう! 考えただけで目眩がします。ずっとダンジョンにいますが、私は狩られる事はたくさんあっても、誰かに仕えた事なんて一度もありません」
〈クールな声で喋るから賢そうな雰囲気なのに、アンタって結構頭悪いね〉
「もういっそ今すぐ狩ってください」
私はその場で正座をしました。
両手を膝に置いて、姿勢を正し、目を閉じます。
〈お、なんだい? ハラキリやるみてぇな態度だな〉
〈この吸血鬼も幽子ちゃんと同じニホンとかいう異世界から来たんじゃないの?〉
私は目を閉じたまま言いました。
「何ですかその変な呪文は? 私はずっとこのダンジョンにいましたよ」
「ハイハイにゃ。おふざけはそのへんにして、早く立ち上がってほしいにゃ」
「私はいつだって真面目ですよ――!?」
立ってから目を開けると、コウモリの色が変わっていたのです。
真っ赤だったです。
さっきまで黒かったはずなのに。
〈ほほう。まるで炎みてぇな色だな〉
〈知的でカッコいいお姉さんに相応しい色ですね〉
〈アタシたちの紫とは違う魅力があるわね〉
「さっきまでいたコウモリはどうしたのですか?」
「これだにゃ。キミの血を吸った事で、キミに相応しい色に変色したにゃ」
「? それでは幽子のコウモリも始めは黒色だったのですね?」
「そのとおりだにゃ。これは動画配信専用の魔界通信コウモリと呼ぶにゃ」
おかしな単語の数々に、私は混乱を覚えました。
こちらの苦痛にはお構いなしに、商人は嬉しそうに続けます。
「相手と血との契約を結ぶ事で、その人を配信者と認めてくれるにゃ」
よく分かりませんが、このコウモリは私の使い魔になった、と考えればいいのですか。
改めてコウモリを見てみました。
拳ほどの大きさで、胴体も翼も真っ赤な色をしています。
確かに嫌いな色ではありませんね。
むしろ血のように真っ赤で好きになりました。
商人は椅子から立ち、こちらまで回って来ました。
そして私の両手を掴んで、上下に激しく振ったのです。
「ちょっと、止めてください」
「取りあえず動画配信者の登録おめでとうにゃ」
すると幽子が真横から抱き着いてきました。
「お、おめでとう。こ、これから、ちゃ、チャンネル登録者を、ふ、増やしていこう、ね」
〈やったぜお姉ちゃん。頑張ってくれよな〉
〈幽子さんのチャンネル登録者数に届くには、相当な時間がかかると思いますががんばってください〉
〈ふむ、しかし炎上はしないようにね。あんな事を起こすと登録者数はみるみる減少してしまうからね。私も若い頃は――〉
〈ところで吸血鬼ちゃんはどんな動画を流すんだい?〉
「知りません」
〈知らねぇってオメエ……〉
〈まあまあ。無理もありませんよ。存在を知らなかったみたいですし〉
「ちにゃみに幽子は生き返る事を目的として、人間の魂を食べる動画を配信してるそうだにゃ」
〈だからアンタも見ればいいんだよ〉
〈もう最高なんだから!〉
〈ふむ、魂が消滅するという哀愁の漂いが、我々魔族には新鮮な刺激になってね。あの絶望への誘いが何ともいえないものだよ。私も幽子くんのような能力があればよかったのだが、若い頃に得た物といえば――〉
「それでにゃ。幽子のチャンネル名は『100日で生き返る幽霊少女のグルメ動画配信』だにゃ」
「や、やっぱり、は、恥ずかしい、よ」
「私はただ生きた人間の血を吸えればそれで満足です」
すると、商人は自分の手をポンと叩いて、言いました。
「それじゃキミのチャンネル名は『吸血鬼お姉さんのグルメ動画配信』で決まりだにゃ」
〈何だよそれ。二人そろって食い物系かよ〉
〈でもいいじゃないですか。吸血鬼さんが人間を殺し、そこ魂を幽子さんが食べる〉
〈素晴らしい連携だわ〉
〈いやぁ、流石の魔族のオレ様でもドン引きだぜ。そのコンボ〉
「構いません。名前なんてどうだって」
私はそう言うと、二人に背を向けて歩き出しました。
幽子が声をかけてきます。
「ま、待って。ど、どこへ、行く、の?」
「ダンジョンの入口の方です。そろそろ人間たちが、このダンジョンにやって来ると思いますから」
まあ、私はただのザコ吸血鬼ですけどね。
勝てる見込みはありません。
さっきの魔法使いはただの奇跡です。
私はただ敵に突撃する能力しかないのですから。
多彩な技でもあればいいのですが。
私の周りを真っ赤なコウモリが飛んで来ました。
この使い魔に攻撃力があるとは思えません。
どうせただ喋るだけでしょう。
弱そうな雰囲気ですし、盾代わりにも期待できませんね。
「待つにゃ」
商人に服を引っ張られました。
そして青い紙を渡されました。
「何ですか、これは?」
「人間と戦うなら、このクエストをやって欲しいにゃ」