表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

第五話 商人

「アイテムはいらんかにゃ〜。回復・武器・防具、何でもあるにゃ〜♪」


 若い女の声が、鈴の音とともに、ダンジョンの奥から聞こえてきました。

 それらの音はこちらに近付いてきています。


「食べ物・衣類・ダンジョンの地図もあるにゃ〜。新しいクエスト依頼も来てるにゃ〜」


 私がダンジョンの奥を見ていると、コウモリが喋り出しました。


 〈都合が良いね。ちょうど厄介な魔法使いを倒したところだしな〉

 〈報酬が期待できるわね〉

 〈幽子ちゃん、アンタなに買うんだい?〉


「え、は、はい。えーと、あ、あたしは、う、うう……」


 幽子は、頭を左右に振りました。

 それを何度か繰り返したのち、私を向いて言いました。


「え、えっと。そうだ。きゅ、吸血鬼さん……」


「何でしょうか?」


 彼女の目があちこちの方向に動き回っています。

 さらに頬が赤くなって、呼吸までも激しくなりました。

 何か大切な事を伝えたいようですね。


 ああ、なるほど、分かりました。


「私に血を吸われたい、という申し出は大変嬉しいのですが、お断りいたします」


「え、え、違――」


「なぜなら今のあなたは――」


 幽霊の血なんて美味しいはずがない。

 やっぱり生きている血が吸いたい。

 だから幽子が生き返るまで私は我慢する、と話そうとしたところを慌てて止めました。


 まだまだ私の本性を晒すわけにはいきませんからね。


 幽子は一歩あとずさりしました。

 しまった、捕食しようとしている事を気付かれましたか。

 ところが彼女の口から出てきたのは予想外な言葉でした。


「い、生き返ったら、きゅう、吸血鬼さんに、あ、あたしの血を、す、吸ってほしいな、って思って、いるよ」


「え?」


 信じられません。

 わざわざ殺される事を選ぶなんて、正気とは思えませんね。


「も、もちろん、ぜ、全部は、だ、ダメ、だよ。は、半分、だけなら、い、いいよ」


 〈それでも死にますよ〉


 私の真後ろからコウモリの声が聞こえてきました。

 バカ、余計な事を言うんじゃありません。


「そ、それは、い、イヤ、だな」


 〈じゃあ数滴だけ与えるのはどうだい?〉


「な、なんだか、ケチ、くさいな」


 〈ふむ、窮地を救ってくれたお礼に自分の血液を差し出すとは。立派な心がけだよ。私も若い頃は――〉

 〈それじゃあ、毎日数滴ずつやるのはどうだい?〉

 〈いいね。それ名案〉


 なんだか、彼女たちのやり取りがわざとらしく思えてきました。


 今まで私を狩ってきた人間たちは、こちらの姿を見るとすぐに殺しにきました。

 それだけ吸血鬼という生き物は嫌われているのでしょう。

 まあ無理もありませんよね。

 私は彼らの血を吸いたいのですから。

 その身体に流れる血を一滴も残したくはありません。

 全て吸いつくしてしまいたいです。


 そんな事しか考えていない私ですから、人間と共存できるはずがないのです。


 それなのに、どうして幽子は私と仲間になりたいのでしょう?

 さらには血を吸われたがるなんて。


 もしかしたら何かを企んでいるのかもしれません。

 私を油断させえて狩るつもりなのでしょうか?

 確かに吸血行為に及んでいる間は、私は完全に無防備です。

 食事の最中に襲われれば、ひとたまりもないでしょう。


 なるほど、目の前にいる幽子は実はニセモノかもしれませんね。

 彼女の本体はコウモリなのです。

 私がニセモノを噛み付いている隙に、がら空きになった背後から狩る、と。


 でもなぜそんな回りくどい事を?

 私はザコ吸血鬼です。

 狩るのは容易いはずです。

 確かに幽子は弱そうな感じがしますが、彼女のような者に狩られた経験なんて過去に何度もあります。


 それとも、今はまだ殺せない理由でもあるのでしょうか?

 もしかしたら私の身体は、幽子の血を得る事で『魔王の聖書』が確実にドロップするかもしれません。


 幽子の血液には何か特殊な効果があるのかもしれません。

 生きた人間に戻る事で、その血も復活すると。


 だから幽子を生き返らせる手伝いをさせて、報酬と偽って血を吸わせる。

 そして私を殺して『魔王の聖書』を手に入れる、と。


 もしそうなら私もバカではありません。

 先手をうってあげます。

 狙うは焼田幽霊の本体です。

 私の後ろを飛んでいるコウモリがおそらく幽子の正体。

 きっと無警戒のはずですから、殺るなら今しかありません。


 振り向いてコウモリを捕まえ、噛み砕いてやろうとしました。

 ところがそこにいたのは、見知らぬ少女でした。


「きゃあっ!」


 私は思わず可愛らしい悲鳴を上げました。

 さらに尻もちまでついてしまいました。

 情けないです。


 その少女は、身体が接触しそうなくらい近くにいたのです。

 今まで全く気付きませんでした。

 無警戒すぎます。

 こんなに無警戒だから何度も狩られてきたのですよ、私は。


 攻撃しようとしたのに、少女は笑顔で言いました。


(にゃか)が良いところ邪魔して悪いけど、そろそろアタシの事に気付いてほしいにゃ」


 明るい少女の声で言われました。

 ダンジョンの奥から聞こえてきた声と同じです。

 そこに立っていたのは猫のような顔をした人間でした。


 獣人、という種族でしょうか。

 過去に私を狩ってきた人間たちがそのような話をしていた気がします。

 実際に見るのは初めてですが。


 私は獣人を見つめました。

 彼女の美味しそうな部位。

 彼女の首筋、彼女の頸動脈を。

 あそこを噛み付けば、いったいどれだけの血が吸えるのでしょう。


 ゴクリッ。


 唾を飲み込んだ音を立ててしまいました。

 幸い二人とコウモリには気付かれていないようです。

 ところが私の食欲は急に失せてしまいました。


 もう一度、獣人に目をやりましたが、血を吸いたい気持ちにはなれなくなりました。

 おかしいですね、お腹は空いてきたのですが。


 幽子に目をやると、生き返った彼女の血の温かさを想像してしまいます。

 仮にレアアイテムを得るための罠だったとしても、魅力を感じます。


 コウモリの方には全く食欲がわきませんでした。


 なるほど、どうやら私は人間の血しか美味しく吸えないみたいですね。

 獣人は捕食対象ではないという事です。

 命拾いしましたね、私に感謝してください。


 私は立ち上がって猫の獣人に向き合いました。

 彼女はニコニコ笑っています。

 身長は幽子よりは高いですが、私よりは低いです。

 その身体に不釣り合いなほど大きなリュックを背負っていました。

 リュックには黄色い鈴がつけられています。

 さっきの音はこれでしたか。


 幽子が私の隣に立ちました。


「あ、しょ、商人さん、こ、こんにちは」


「こんにちはだにゃ、幽子。(にゃに)かいい事でもあったかにゃ? ずいぶん顔が緩んでいるにゃ」


「え、は、はい」


 コウモリが、商人と呼ばれた猫みたいな人間の近くに飛んで来ました。


 〈よう商人の嬢ちゃん! 聞いてくれよ。幽子の嬢ちゃんがやっつけちまったんだぜ〉

 〈そうなのよ。何とあの勇者パーティーの魔法使いを退治しちゃったのよ〉


「にゃんと! それは本当かにゃ!?」


「ち、違う。た、倒した、のは」


 〈マジだよマジ〉

 〈っていうかアンタ動画見てないんかい?〉


「アタシは動画というか映像は苦手だにゃ」


 〈僕たち魔族にとって、勇者パーティーは憎たらしい存在ですからね〉

 〈それをひとりとはいえ、始末してくれたんだ。幽子にはマジで感謝しかねぇ〉


「だ、だから、そ、それは」


 〈商人さん。幽子ちゃんにたっぷり報酬はずんでやんなよ〉

 〈商人にとって勇者パーティーは営業妨害の何者でもないからな〉


「それは助かるにゃあ。ちょうど新しいアイテムがあるにゃ。特別に安くしとくにゃ」


 〈そこはタダじゃないんかい!〉


「アタシも生活がかかってるにゃ」


 〈だからあんたも動画配信始めりゃいいんだよ〉


 楽しそうにしている獣人とコウモリをよそに、幽子は何か言いたそうになっていました。

 しかし私にはどうでもいい事です。

 私が興味があるのは、あなたたちの血だけですから。

 やっぱり獣人とコウモリも捕食する事にします。

 会話から察すると生きが良さそうですから。

 お喋りが過ぎたのが命取りなのです、己の愚かさを恨んでくださいな。


 〈こいつは良い事だぜ、ホント。幽子はスゴイよ。魔界の連中はみんな大喜び間違いナシさ〉

 〈幽子は大人気配信者なんだけどよ、コミュ障じゃん。だから商人さんよ。アンタから言ってやってくれねぇか、幹部のヤツによ。俺たちのような視聴者じゃ相手にされねぇからよ〉

 〈なんせアイツら動画配信なんて見ないからな〉

 〈せっかく幽子ちゃんが大活躍したっていうのにね〉


「ま、魔法使い、さん、を、し、したのは、きゅ、吸血鬼さん、で」


 〈幽子ちゃんの手柄だぜ。アンタが新しい魔王になったっていい!〉

 〈まずは順番からいって魔王軍四天王になるんじゃねぇの〉

 〈ふむ、四天王と言えば倒されたのち、『奴は四天王でも最弱』『人間ごときにやられるとは、魔族の面汚しめ』などと他のメンバーから罵られるのが定番だよ。私も若い頃は――〉


「いい加減にしてっ!」


 幽子の怒鳴り声に皆さんはたじろいでしまいました。

 コウモリは羽ばたくのを止めて、くるくる回転しながら地面に落ちていきました。


 おとなしそうな人間だと思っていましたが、中々威勢が良いですね。

 それでこそ血の吸いがいがあるというものです。

 生き返るのが楽しみです。


「よ、横取りは、だ、ダメ、だ、よ。きゅ、吸血鬼さんが、あ、あたしを、助けて、くれたの」


 幽子がそう言うと、コウモリが再び宙に羽ばたいてきました。


 〈いやぁ悪かった悪かった〉

 〈どうしても幽子ちゃんに活躍してほしかったのよ〉

 〈なんせ相手はあの勇者パーティーだろ〉

 〈幽子さんに出世してもらいたかったんですよ〉

 〈ふむ、我々魔族にとって忌々しい勇者の仲間を屠て、つい浮かれていたよ。いや、すまなかったね。私も若い頃は――〉


「あ、あたし、は、いいから、きゅ、吸血鬼さんに、あ、謝って」


 私は幽子の肩をポンと軽く叩きました。


「別にいいですよ。あなたの手柄にすればいいのです」


「だ、ダメ、だよ。きゅ、吸血鬼が、やっつけて、くれたん、だから」


「私は生きた人間の血が吸えればそれで満足です」


(にゃん)にゃ? キミは吸血鬼だったのかにゃ?」


 猫商人が真横まで近付いてきました。

 私は、幽子と商人に挟まれている状況です。


「そうですけど、何か問題でも?」


(にゃ)いにゃ。ただ吸血鬼が珍しいかっただけにゃ」


「そうなのですか」


「吸血鬼は弱点が多いから、ほとんど狩られてしまっているにゃ。アタシも生きた吸血鬼を見るのは数年ぶりだにゃ」


 どうやら他のダンジョンにはいないようですね。

 もしかしたら、吸血鬼からしかドロップしないのかもしれません。

 私は商人に聞いてみました。


「魔王の聖書、というのはご存知でしょうか?」


「何にゃ。キミもあのガセネタを信じているのかにゃ?」


「……ふう、全くもう! あ、いえ失礼、私がそのアイテムをドロップするらしいのですよ。そのせいで何度も襲われました」


「キミも大変だにゃ。そんにゃあり得ないアイテムのために」


「いったい何なのです? その魔王の聖書というのは?」


「その名のとおり、魔王の力が手に入るアイテムにゃ。でもそれは魔王が健在の場合に限るにゃ」


「? 魔王は今いないのですか?」


 私を狩ってきた人間たちの多くは『魔王を倒してやる』と言っていました。

 彼らにとっては最終目標なのでしょう。


 その魔王が不在?


「そうだにゃ。三年前に何者(にゃにもの)かに倒されてしまったにゃ。たぶん勇者パーティーだにゃ」


「魔王が死ぬと聖書も消滅する、という事ですか?」


「そうらしいにゃ。アタシも確認したわけじゃにゃいから断言はできにゃいけど」


「私の身体に『魔王の聖書』はありますか?」


「分からないにゃ。アイテムというのは、所持している者を殺さない限りドロップしにゃいにゃ」


「私を殺して確認しますか?」


「それはダメにゃ! キミは幽子を助けてくれたそうじゃにゃいか。そんな人に酷い事しちゃダメにゃ」


 〈ハイハイ。シミったれた話はここまでにしようや〉

 〈そうそう。あ、そんな事よりさ登録だよ登録〉

 〈猫の嬢ちゃんに頼みてぇ事があるんだ〉

 〈吸血鬼のお姉さんを配信者登録してもらえませんかね?〉


「分かったにゃ。ちょっと待つにゃ」


 配信者になる事で、私にいったい何のメリットがあるのでしょう?

 あまり興味がありませんが、まあ付き合って上げましょう。

 その登録とやらをすると『魔王の聖書』がドロップするようになる、としてもです。


 いいでしょう、あえて罠にかかってあげますよ。

 うふふ。


 だって、殺せると確信したあなた達を返り討ちしてみたい、という欲望が私の心に生まれてしまいましたからね。


 ……うふふ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ