第二話 大人気配信者、勇者パーティーの魔法使いに襲われる
紫の少女はこちらに走ってきます。
彼女の後ろには仲間がいるはずです。
マズいですね。
私が見つかれば確実に袋叩きにされます。
まだ復活したばかりだというのに、もう殺されてしまうなんてごめんこうむりたいものです。
私は周囲を見渡しました。
もう少し生を謳歌したいので、本当は逃げたいのですが、あいにく私は足が遅いのです。
だからどこかに隠れるしかありません。
私の願いが叶ったのか、近くに小屋がありました。
小屋は今にも崩れそうな雰囲気でしたので、中に入る事はせず、裏側に身を隠しました。
しばらくして少女が小屋の前までやって来ました。
彼女は肩で息をしています。
〈嬢ちゃん、取りあえずこの小屋に隠れようぜ〉
〈待って。こんなボロ小屋じゃすぐに見つかるよ〉
〈でも他に隠れる所なんてないぜ〉
〈岩かげなんてどうだ?〉
いろんな男の声が聞こえてきます。
おかしいですね。
目の前にいるのは少女だた一人のはずなのに。
男たちはどこにいるのでしょう?
「わ、分かった、わ。ひ、ひとまず、こ、ここに、か、隠れましょう」
今度は少女の声でした。
はっきりものを言う男性たちとは異なり、自信のない感じです。
それに吃りが酷い。
彼女は小屋の中に入ろうとしています。
ふふ、愚かですね。
私から逃れるつもりなのでしょうが、一部始終を見ているのですよ。
ゴクリッ。
唾を飲み込む音が響いてしまいました。
お腹が空いています。
喉が渇きました。
もうすぐ人間の血が吸えそうです。
うふふ、あとはお仲間たちが全員入ったところを私が襲います。
狭い小屋の中では満足に身動きがとれないはずですよ。
さあ皆さん、一人ずつ殺して差し上げますから覚悟してくださいな。
「ファイヤーボール!」
遠くから甲高い叫び声がしました。
と同時に。
ドカァァァァァァァァンンンンン!!!
小屋が大爆発を起こしました。
「きゃあ!」
私は悲鳴を上げるとともに、吹き飛ばされてしまいました。
私の身体は壁に叩き付けられ、そのまま地面に落ちました。
さらに壁が崩れ、大小の石に押し潰されてしまいました。
「し、死ぬ」
いいえ、この程度では私は終わりません。
今まで狩られてきた痛みに比べれば、大した事ではありません。
でも空腹は増してしまいました。
だから人間を狩って血を吸わなければいけません。
覆い被さっている石を退かして、獲物である少女を探しました。
彼女は破壊された小屋の側にいました。
ケガをしているようです。
赤い血が流れていました。
ゴクリッ。
ああ、あの血が吸いたいです。
美味しそうな彼女から少し離れた所に、もう一人の女性が立っていました。
「さあ、今度こそとどめを刺して差し上げますわ!」
甲高い声の女性は、尖った帽子をかぶり、黒いローブを着ています。
彼女は持っている杖を振り回し、叫びました。
「スパークショット!」
杖から雷が発生して、それが飛んで来ました。
くっ、お仲間は私の存在を気付いていましたか。
雷攻撃ですか。
あれを食らうと、全身の骨が痛むんです。
嫌ですね……あれ?
雷は私には飛んで来ませんでした。
少女の足元に落ちたのです。
「ひっ、ちょ、ちょっと、や、止めてよ!」
少女が、甲高い声の女に言いました。
少女は泣きそうな声です。
「駄目ですわ。貴女には死んでいただきますわ」
仲間割れでしょうか?
私がドロップするらしい『魔王の聖書』などというレアアイテムをめぐっての争い。
「ウィンドカッター!」
甲高い方は、今度は複数のかまいたちを出してきました。
あれは切れ味がとても鋭いです。
過去にあの魔法をまともに受けた私は、身体がサイコロ状に細かくされてしまいました。
少女はしゃがんだ事で、攻撃は直撃こそしませんでしたが、かすったためか少女の服や髪は少し切られてしまいました。
すると再び男たちの声が聞こえてきました。
いえ、今度は女性の声も複数混じっています。
〈やべぇよ嬢ちゃん! あの女、結構レベルの高い魔法使いだぜ!〉
〈当たり前だ。勇者パーティーのヤツだからな〉
〈はあ!? んなもんに勝てるか!〉
〈幽子ちゃんは戦闘力なんて無いからね。もうどうしようもないよ!〉
〈くっそー。ここに商人がいたらスパチャで強い武器が買えたんだけどな〉
〈ふむ。敵とはいえ、まだ若いのに様々な魔法を使いこなせるとは恐れ入る。私も若い頃は――〉
〈そんな事よりワープだ。ワープは使えないのかい?〉
いろんな方々は、少女にアドバイスを出しているようです。
ですが、少女と、魔法使いと呼ばれた甲高い声の、二人以外の姿はどこにも見えません。
「む、無理だよ、わ、ワープなんて。あ、あたし、そ、そんなの、で、出来ないよ」
紫の少女はさっきから誰と話しているのでしょう?
相手は透明なのでしょうか?
魔法使いが笑いました。
「オーホッホッホ! 使い魔は多いみたいですが、ただ騒ぐだけですのね。全く肝心な時にはお役に立ってくれませんわね、オーホッホッホ!」
使い魔?
どこにいるんです?
あ!
あれですか。
紫の少女の近くを、拳くらいの大きさのコウモリが飛んでいました。
少女と同じ紫の色で全身を覆われています。
あのコウモリから様々な声が出ていたのですか。
〈おう! 舐めんじゃねぇぞ、クソ勇者パーティーのクソアマ! こちとら毎日毎日、嬢ちゃんにスパチャをかかしてねぇんだぞ! おかげで母ちゃんに大目玉だけどよ、後悔はしてねぇぜ!〉
〈そうよそうよ。悪役令嬢ぶってんじゃないわよ、このクソ◯ッチ!〉
〈ふむ、悪役令嬢といえば『ざまぁ』される事で初めて価値がつく。だからキミは潔く敗北するべきだよ。私も若い頃は――〉
〈今に見てなさいよ。もうすぐ魔界から四天王が助けに来てくれるはずなんだから!〉
「も、もう、だ、ダメだよ。あ、たし、ま、また、し、死んじゃうんだ」
あの紫色の少女も、今までたくさん狩られてきたのですか?
でしたら今回は是非ともこの私に狩らせてください。
何を隠そう、私はまだ一度も狩りを成功させた事がない女吸血鬼です。
あなたが記念すべき私の非捕食者第一号です。
光栄に思ってください。
あなたの血の味には大変興味があります。
一滴残らず吸いつくして差し上げますよ。
〈諦めちゃいけね! きっと助けがくるはずだ〉
〈とにかく今は全力で逃げましょう〉
〈ふむ。逃げは一時の恥という。だから気にする事はない。私も若い頃は――〉
〈いくら勇者パーティーとはいえ、そろそろマジックポイントがつきるはずだしな〉
「馬鹿ですわね。まだまだ余裕ですわよ」
魔法使いがそう言いますと、杖が白く輝きました。
その輝きにはなんだか寒気を感じます。
〈やっべ! ありゃ光魔法だ。食らっちまったら、いくら嬢ちゃんでもお陀仏だぜ〉
光魔法?
以前、そんな攻撃を受けた事があります。
確か、一瞬にして全身の皮膚が蒸発して骨だけになったところまでは覚えています。
私が身の毛もよだつ事を思い出していると、少女は弱々しく言いました。
「そ、そんな……」
杖の輝きは増していきます。
見ていると、身体が焼かれるような痛みがします。
「オーホッホッホ。この三年間はじつに退屈な日々でしたが、今日はついていますわ。『魔王の聖書』などというドロップするかどうかも分からない情報を信じてここに来ましたが、まさか高ランクモンスターに出会えるなんて夢にも思いませんでしたわよ」
魔王の聖書?
はぁ、またそれですか。
そんなよく分からない物のために、私の命を弄ばないでほしいです。
〈おう! 嬢ちゃんはモンスターなんかじゃねぇぜ〉
〈そうだそうだ。あんなのと比べるのも失礼ってものだよ〉
「お黙り! 貴女を倒せば、ギルドからたんまり報酬が出ますわ。これでわたくしは貴族に返り咲く事が出来ますの」
少女は尻もちをつき、守るように両腕を交差させています。
ずっと彼女の後ろで飛んでいたコウモリは、彼女の前に行っています。
「あんな事をしても防げないでしょうに。少女が狩られたら次は私ですか」
私が呟いていると、ある事に気付きました。
私と魔法使いの距離が近くなっている事に。
しかも相手は背中を無防備に晒しているではありませんか。
ゴクリッ。
私の空腹は限界でした。
喉の渇きも限界でした。
身体が勝手に魔法使いの方へと近付いて行きます。
今まで背後から襲った事は何回もありました。
ですが結果は全て返り討ち。
私の手が触れる瞬間、相手は振り返り攻撃してきたのです。
後ろに目がついているとしか思えませんでした。
だから魔法使いの背中から迫ったって、どうせまた殺されるのは分かっているんです。
ゴクリッ。
でも餓死してしまうくらいなら、狩りをして狩られる方がマシだと思います。
私は吸血鬼。
生きている人間が目の前にいれば、その身体に流れる血を吸いたくなるのは本能。
私は左手で魔法使いの肩を掴み、右手で彼女の髪を払いました。
そして、目当てである、彼女の首筋を噛み付きました。
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