第一話 ずっと狩られてきたザコ吸血鬼
「何よこのクソババア! ザコ吸血鬼のくせに、一発で死なないじゃないのよ!」
「おいおい『ババア』は言いすぎだろ。どう見たってまだ二十代じゃねえか」
「どうでもいいのよそんな事! ほらほら髪の毛を見なさいよ、真っ白じゃない。白髪だから年寄りなの。アタシが『ババア』って言ったらコイツは『ババア』なの! いいわね!?」
「……そうですか、ハイハイ」
女と男の大声が、私の鼓膜を痛めてきます。
私は『止めて』と言いたかったのですが、喋る事は出来ませんでした。
なぜなら、私は彼らの攻撃をまともに食らってしまったからです。
激痛で口だけでなく目までも開けず、そのため二人の表情は分かりません。
私は――狩られてしまうようです。
「まあまあ、落ち着いてください」
そこへ三人目の声がしました。
男の声です。
私を『二十代』と言った男より若い印象がします。
「レアアイテムなんて、そうそうにドロップなんてするものではありませんよ。まあ、まずはとどめを刺して落としたアイテムを確認して――」
「――んな事は分かっているわよ!」
私をババアと呼んだ女が怒鳴り声を上げました。
「つうか確かなんでしょうね!? こんなザコ吸血鬼からレアアイテムがドロップするって話は!?」
「はい間違いありません。僕の卓越した情報網から仕入れた物なんです。信用出来ますよ」
「そうでなきゃ、俺たちわざわざこんな初心者ダンジョンなんかに入ったりしねぇよ」
「そうですね。駆け出しの冒険者なら兎も角、僕たちのような中級者クラスですとメリットはありません。吸血鬼は弱点が多くて狩るのは楽ですが」
「なんせ経験値もドロップアイテムもショボいからな」
「あーもうイヤだわっ! こんな所でチマチマしてたって、いつまでたっても冒険者ランクなんて上がんないじゃないのよ」
「落ち着いてください。怒ると美容に悪いですよ――」
「うっさいわよ!」
「まあそう怒んなって。冒険者ギルドに行って上手いパフェでも食おうぜ」
「んまあステキ! アタシね、新しく出た超高級なゴールデンスライムのパフェが食べたかんたんだ〜。本当ありがとう! 大好き! チュッ」
「……おい、ちょっと待て。お、俺が奢る運びになってねぇか? つうかゴールデンスライムとかクソ高ぇだろ! おいお前、何とかしろ!」
「仕方ありませんよ。彼女をなだめるのもリーダーの努めですよ。とりあえず先にお礼を言っておきます。ごちそうさまです」
「誰がお前に奢るって言った! ふざけんなよ!」
「そ、そんな……」
三人目の男が狼狽えた声を出しました。
しかし咳払いをして落ち着いた口調に変えました。
「それはそうと……」
今の私は目をつぶっています。
まだ痛みが引けないからです。
ですが何となく分かるのです。
彼が私を見下ろしている事を。
「仮にレアアイテムをドロップしなかった場合は、とりあえずギルドで一服して再びここへ戻ってくる。その頃にはちょうど復活している事でしょう」
もう一人の男が続きます。
「そうだな。確実にレアアイテムを落としてくれたらいいよな。まっ、もしハズレだったらよ、また来りゃいいだけだぜ」
すると女が怒鳴りました。
「ちょっと縁起が悪いこと言わないでよ! レアアイテムは絶対落とす! この最初の一回で決めるの、いいわね!」
そしてしばらくすると、私のお腹に痛みが追加されました。
「――ぐはっ!」
「はっははは! ごめんめ〜クソババア〜。痛かった〜?」
女の声が大きく聞こえました。
私は歯を食いしばって、目を開きました。
見えてきたのは、女の足が、私のお腹を踏み付けている光景です。
彼女は笑顔をしていました。
きっと楽しいものが見れたからでしょう。
その楽しいものというのは、おそらく崩壊している私の身体。
踏み付けられたお腹の部分が赤く燃え上がり、やがて灰になって崩れてしまったのです。
お腹だけではありません。
手の指が崩れ、やがて手首も失いました。
悲鳴を上げそうになったのですが、声が出せません。
どうやら喉も崩れてしまったようです。
見下ろしてくる三人の笑顔が見えたのを最後に、何も見えなくなりました。
眼球も無くなってしまいましたか。
……ただ身体の機能の大半を失ったのですが、耳だけは辛うじて聞こえました。
三人の人間の声がします。
「何よこれ! ポーション一本だけじゃない!」
「クソ、ハズレちまったな」
「まあ仕方ありません。レアアイテムなんてそうそうに落ちませんから」
「ああもう最悪! こんな初心者ダンジョンまで来て、こんなクソザコ吸血鬼ババアの相手をしなきゃいけないなんて!」
「まあ気にすんな。アイテム探しの周回も冒険者の嗜みってやつだ。それはそうとこの情報、他に漏れていねぇだろうな?」
「大丈夫だと思いますよ。普通こんな初心者ダンジョンにレアアイテムがあるなんて誰も考えませんから」
「まっ、いっか。さ、パフェ食べに行こ♪」
「一回だけにしてくれよ。懐が厳しいんだからな」
「まあ大丈夫でしょう。レアアイテムさえ手に入れば、高級パフェなんて何百・何千個食べたってお釣りがきますからね」
三人目の男が近付いてきたのを感じました。
「今度は『魔王の聖書』をドロップしてくださいよ。ザコモンスターの吸血鬼さん」
この人間たちも『魔王の聖書』という物を探しているのですか。
私はそんな物なんて知りません。
もうこれ以上、私を攻撃したりしないでください。
あなたたちは、ただ黙って私に血を吸われればいいんです。
なのにどうして吸わせてくれないんですか。
私は血を吸わないと死んでしまうんですよ。
少しでいいから吸わせて欲しいんですよ。
ついでにあなたたち人間の肉と骨も食べたいんですよ。
それなのにどうして私を殺すんですか。
私はお腹が空いているんですよ。
優しくしたっていいじゃないですか。
それなのにいつもいつも狩りに来て。
狩られ続けている私の身にもなってほしいですよ。
いつか絶対、私はあなたたちを狩りますからね。
覚悟してください。
頭の中でたくさん愚痴をこぼしましたが、私が本当に言いたいのはただの一つしかありません。
【人間の血が吸いたい】
と考えた瞬間、私は意識を失いました。
どうやら死んでしまったようです。
また死んでしまいました。
殺されてしまうのはこれで何回目になるでしょうか。
意識が戻り、私はゆっくり目を開けました。
見えてくるのは岩の天井。
岩の床に倒れている私。
壁も地味な色をした岩ばかり。
ここはダンジョン。
私はここに住むモンスター。
吸血鬼。
何回殺されても復活する、人間の敵。
「……また血が吸えませんでしたか……」
私は吸血鬼。
人間の血を好む化け物。
でもまだ一度も血を吸った事がありません。
ダンジョンに入ってくる人間を見つければ、飛びかかっていきます。
……そして殺されます。
……いつも殺されます。
ですが今回はマシな死に方でした。
敬語を使っていた男性の投げた瓶が破裂して、中身の液体を浴びたら、激痛が走り動けなくなったのです。
そして私をババアと呼んだ女性にとどめを刺されました。
マシな方です。
その前は、全身を細切れにされましたし、もっと両目を抉り取られたりもしました。
思い出しただけど痛みがします。
上体を起こして、ため息をしました。
「……せめて殺す前に、血の一滴でも吸わせて欲しいものです」
私は血を求めますが、人間は経験値稼ぎが目的のようです。
そうやって、無様な姿になった私を尻目に、『やったぜレベルが上がったぜ』だの『新しいスキルが目覚めたわ』などと大はしゃぎをしていました。
ところがこの三年は狩られる頻度が増えました。
ダンジョンに来る人間たちは『魔王の聖書』という物を求めてくるのです。
私の死体から『魔王の聖書』がドロップするらしいのですが、息絶える間際に聞こえてくる彼らの残念がるセリフから察するに、未だにドロップしていないようです。
いったい『魔王の聖書』とやらが何の役に立つんでしょうかね?
お金になるみたいですが、狩られる私には関係ない事です。
「――いや待って。もしドロップしてしまったら、私はもう復活しないかもしれません」
困りましたね。
さんざん狩られまくった挙げ句、用がすんだからもう永遠に死んちゃっていいよ♪ 、なんてまっぴらゴメンですよ。
そんな事を考えていると、お腹の虫が鳴りました。
ダンジョン内に鳴り響いてしまいました。
私が復活したという事は、もうすぐするとまた人間がやって来るはずです。
私を殺すために。
噂をすればダンジョンの入口から声がしました。
「オーホッホッホ! 見つけましたわよ!」
さっきの女とは違う、無駄に甲高い声がけ響いてきました。
ダンジョンの入口は、ここから離れているため、暗闇で相手の姿が見えません。
甲高い声の人間が、次の狩りに来た者ですか。
私は立ち上がって構えました。
武器が欲しいですけど、無いから仕方ありません。
せめて一発くらい殴ってやりたいものです。
〈やべぇよ嬢ちゃん! 早く逃げないと!〉
〈追いつかれたらオシマイだぜ!〉
〈ふむ、鬼ごっこか。単純明快だがおくが深い。きっとお嬢さんの人生にとって良い経験となるだろう。私も若い頃は――〉
〈さーファイトファイト! フレーフレー幽子ちゃん!〉
相手は一人じゃないですね。
いろんな男性の声がします。
全部で四人、いや五人ですか。
まあいいでしょう、問題ありません。
過去の狩りで、一対一だったにも関わらず大敗ばかりした事が何度もありましたから。
「し、静かにして! き、気付かれちゃうわよ!」
若い女性の怒鳴り声がしました。
甲高いのとは別人です。
普段喋らない人が無理して喋っているような自信の無い感じの声です。
合計で六人ですか。
全員で私をなぶり殺しですか。
嫌ですね。
と考えていると、暗闇の向こうから一人の人間が現れました。
紫の髪に、紫の服を着た少女です。
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