【短編】『みんな、シあわせになぁれ』
「詩織!ずっと前から好きだった!付き合ってほしい。」
--嘘っ!?
孝明もそう思ってくれてたなんて、すっごく嬉しい。
私もずっと好きだった。
でも、この関係が崩れるのが嫌だ…
私も好き…
ダメだ…
言えない…
『--大丈夫。自分の気持ちを信じて。』
内なる声が、私の背中を押す。
「私も…孝明のことが-」
※ ※
私、右代詩織は今年の春、高校生になった。
私の通う明誠高校は制服がすっごく可愛くて、ずっと着てみたいと思っていた。
将来の夢が特にない私は、憧れの制服を着て高校に通うんだ!という想いが高校受験のモチベーションだった。
念願叶って袖を通す。
(やっぱり、めちゃくちゃ可愛い)
るん♪と玄関にある姿見の前で一回転してみる。
いざ!ドアを開けて春風を吸い込む。
今日から高校生--その気持ちを胸に一歩踏み出した。
新しい制服で歩く初めての通学路、どきどき鼓動が高鳴る。
私はほんのちょっと足を止めた、その時
「おう、おはよう詩織!その制服似合ってんじゃん!馬子にも衣装だな!」
腐れ縁の前田孝明が声をかけてきた。
「はいはい、ありがとう。」
『孝明は照れてるのか、素直に誉められないみたいだね。』
私には、頭の中に語りかけてくるモノがいる。
『ほら、なんかアイツ顔が赤いぞ。』
(男子の気持ちはよくわからない…)
私は2歳の時、車に轢かれた。
命には問題なかったが、意識を失って右足の太股には一生残る傷が出来、しばらく入院した。
その時から、私は内なる自分の声(?)のようなものが聞こえるようになった。
『ボーッとしてどうしたの?』
(なんか、昔の事を思い出しててね…)
右足の太股をさする。
昔のことを思い出すと少し傷が疼く。
私はこの傷が嫌いで、幼稚園の頃から長ズボンしか履かなかった。
本当はスカートを履きたかったけれど、周りの人に傷が見られている様な気がしていたから…
けれどいつもズボンしか履かない私は小学3年生の頃、男子に男女と言われイジメられた。
「コラー!」とか強がって見せたけど、本当に嫌だった。
小学5年生、こいつが現れた。
前田 孝明。
この頃はまだ苗字で呼ばれていたっけ。
「お前らなぁ!右代さんはスタイルがいいから、パンツが似合うんだよ!お子様にはファッションセンスがわからないんだなぁ!」
その孝明の発言以降、男女とは呼ばれなくなった。
些細な出来事かもしれないけれど、本当に私は救われた気がした。
私はいつもそっけない態度を取ってしまうけれど、こいつの事が気になってしょうがない。
「まさか、一緒の高校とはな!もしかして、そのスラックスで学校選んだとか?」
「悪い?制服で学校を選んじゃいけないなんて決まりはないと思うけど。」
「相変わらず可愛くないこと言うなぁ!そうだ、今日はオリエンテーションだけだから終わったら一緒に帰ろうぜ!」
「私は…」
『ほら、一緒に帰るチャンスだよ。』
言い淀む私に頭の中で後押しする声が響いて…
「わかった。孝明A組でしょ?私B組だから終わったら連絡する。」
「あれ?何で俺がA組って知ってるの」
「うるさいッ!!!また後でねッ!!!!」
私はスタスタと教室へ向かう。
『素直じゃないんだから。』
(お前もうるさい…)
※ ※
時は流れてその秋。
「はぁー、秋だねぇ…詩織は彼氏欲しくないの?」
「?!なに?!藪から棒に!!」
「さては…気になる奴がいるなぁ!!前田くんか?!」
「?!アイツはただの腐れ縁で!たまに話すだけで!!」
「素直じゃないなぁ。」
『素直じゃないなぁ。』
「うるさいッ!!」
唐突に恋愛トークを始めたのは、高校で仲良くなったクラスメイトの本田さん。
「だったらお願いなんだけど、前田くんってスポーツも出来るし、頭も良いしイケメンじゃん?うちの部でも紹介してって言ってる娘もいて、今度3対3で遊びに行こうよ!」
「えぇ…」
「ね!お願いッ!」
「しょうがないなぁ。」
「やった!ありがとう!!そしたら今度の日曜日ファンシーランドに行くってのはでどう?!」
「わかった、聞いてみる…」
『相変わらず、押しに弱いなぁ。』
うぅ…
ファンシーランド当日、何を着て行くか悩みに悩んだ。
(今日は勇気を出して…!スカートを履いてみる!)
スパッツを合わせたらきっと問題ないはず。
ドキドキして鏡を何度も確認した。
『孝明に可愛いって言われたら良いね。』
うるさい…
でも、孝明にも初めてスカート姿を見せるのか…
『頑張れ、詩織。』
待ち合わせ時間は午前10時ファンシーランド駅前、私は15分前に着いた。
待ち合わせ場所には本田さん、同じ部活の日下部さん、孝明のクラスメイトの阿久津君と宇梶君、の4人がいた。
9時55分、孝明が最後に現れた。
「あれ、俺が1番最後か?--うお!詩織その服…」
「何よ…」
「--気合い入ってるな!」
「うるさいッ!!」
あぁ、やっぱり着てくるんじゃなかった。
もう帰りたい…
『詩織、落ち着いて。』
本田さんが小声で話しかけてきた。
「いい?なるべく日下部と前田くんを一緒に行動させるんだよ!」
「了解。」
キャラクターがプリントされているチケットを切られる。
ファンシーランド、そこここから楽しそうな声が響く。
早速本田さんが指揮を取った。
「じゃあまず、スプラッシュサンダーに乗ろうと思うんだけど、せっかくだから、男女で隣り合わせね!したら、前田くんは日下部と…」
「詩織乗ろうぜ!」
言い切る前に孝明は私の手を引いて席についた。
「あ!ちょっと!」
「間隔を空けずに進んで前からお座りくださ〜い!」
結局、スタッフに誘導されて順番に席についた。
女子からは渋々といった感じが見えて少しバツが悪い。
スプラッシュサンダーは水飛沫上がる、水上ジェットコースターだ。
カタカタと、急斜面をゆっくり登って行く。
「詩織。俺、実はあんま絶叫得意じゃないんだよね…」
「え、マジ?」
「うん、マジ。」
「………」
「………」
沈黙の間に頂点に着いたジェットコースターは急降下。
すごいスピードで右へ左へ。
「いーーーやーーーー!!!!」
「きゃーーー!!!」
・・・
「ふふふっ。あー、楽しかった!しかも孝明イーヤーだって!!」
「もう、詩織いじめないでくれよー。」
何だろう、孝明といると心から笑える気がする。
・・・
空が茜色になっている。
ファンシーランドは夕暮れの綺麗さも人気の一つだ。
非日常で見る夕焼け空は格別で…。
ふと隣を見る。
気づけば、殆ど孝明と一緒に過ごしてしまった。
本田さんと約束したのに、周りの事が見えなくなっていた。
今日がもう終わってしまう。
(イヤだなぁ…何だろう…胸が苦しい…)
『詩織、わかっているはずだよ。詩織は孝明の事。』
そう。きっと私は孝明の事が…
好きなのだ。
いや、きっとではなく…
「--好きなんだ。」
「ん?」
孝明に聞こえそうになってハッとする。
そこに本田さんが、私に近づき小声で言った。
「日下部がさぁ、あんた達のこと見てもう諦めるって。あーぁ詩織、なんだかんだガッツリ前田くんの事好きなんじゃん。」
「私…」
『自分の気持ちに素直になって。』
頭の中の声に何かが込み上げそうになる。
「私…孝明の事が…好きだった。」
「そう、お似合いだよ。頑張んな、応援してるよ。」
そう言って、本田さんはヒラヒラ手を振っていた。
「なぁ、詩織。」
孝明に声をかけられ、周りを見ると皆の姿が無かった。
「ちょっとこっちに来てもらえるか?」
何かいつもと違う雰囲気に、鼓動が早くなる。
「うん。」
(もしかして、告白…いやそんな事ない!私なんかに孝明が…)
でも、告白だったらどうしよう。
(付き合ったら何するの?キスとか?)
まだ付き合ってもないのに何考えているんだろう。
周りの音がまるで聞こえない…
(何でこんなにドキドキするの?!)
好きな人の相談かもしれない。先走っちゃダメだ。
(どうしよう…)
『落ち着いて、深呼吸して詩織。』
人気の無い、橋の下。
孝明と2人きり…
無言の数秒が、永遠のように感じる…
色々な考えが巡って耐えられない…深呼吸…
すぅー
はぁ
「孝明…どうしたの。」
ついに言ってしまった!
「詩織って好きな人いる?」
「うーん、どうなのかなぁ。」
(なんてこと言ってるの私!)
「詩織。」
「はいッ!」
緊張で声が裏返る。
「詩織!ずっと前から好きだった!付き合ってほしい。」
--嘘っ!?
孝明もそう思ってくれてたなんて、すっごく嬉しい。
私もずっと好きだった。
でも、この関係が崩れるのが嫌だ…
私も好き…
ダメだ…言えない…
『--大丈夫。自分の気持ちを信じて。』
内なる声が、私の背中を押す。
「私も…孝明のことが--」
続く言葉がなかなか出てこない。
チラッと孝明の顔を見ると、真剣な表情で私を見つめている。
きっと孝明だって伝える事をたくさん躊躇った。
私はその誠意に精一杯の気持ちで応えたい。
だから--
「好き。」
やっとその言葉が溢れた。やっと、言えた。
「嘘…マジで?!」
そう言う孝明の目が潤んでる気がする。
あれ、視界が歪む…
目が潤んでいるのは私の方か…
「嘘。マジで。」
目を閉じる…
孝明が、視界から消える…
あぁ、甘酸っぱい…
これが、キスか…
口の中いっぱいに甘酸っぱさが広がる…
あれ?口の中?何か鉄の味が…
『やはり、セロトニン、ドーパミン、エンドルフィン、オキシトシンが分泌された脳は美味い。』
「孝明…?」
震えながら、前を見る。
首から上がなくなった、孝明だったものは力無く倒れる。
『人が幸せの絶頂に達した時が、最高のご馳走だ。ありがとう。』
口を拭うと手は真っ赤に染まっていた。
私は…私が…?何?何これ?
『ありがとう』
どういう事?
孝明…孝明?!
『実に美味しかった。』
少しずつ状況が理解に変わり、頭の中が真っ白になる…
『ここまで待った甲斐があった。』
なんで?なんで??なに?なに??
「イヤーーーーーーーーっ!!」
嘘だ、嘘、うそ、ウソうそ、うそ。嘘だ…
イヤだ、いや、いやいやいや嫌イヤ…
・・・
『さて。わたしは、また新たな宿主を探すとでもするよ。』
『次なるご馳走を求め、
…みんな、シあわせになぁれ…』
end