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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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囁かに、それは

 あれはもう数年前の話だ。俺はもうそのことについては、すべてあきらかになることはないとあきらめて、日々を普段通りに過ごすことにしていた。

 遠山(トオヤマ)さんとの決闘(タイマン)の後みたいに、いままでのことに一切振り向かず、ただ目の前のことを精一杯やればいい、未練と悔しさで自分が潰れそうになるが、少なくとも社会は居場所を提供してくれる。

 ただ、やはり、ふとした瞬間に南魚のことや<組織>のことを思い出す。あの後、凹凸建設と何度か仕事の話をしたが、<組織>との繋がりは窺い知ることはできなかった。<組織>との関わりは南魚の隣りの部屋にいた幹部候補の死を最後に、なにもわからなくなってしまった。おそらくあいつは<組織>に粛清されたのではないだろうか。幹部候補と自称していたわりにあまりにも雑な行動が多く、慎重さに欠けていたためだろうと思う。それを証拠にもう<組織>の話を聞かなくなってた。将虎(マサトラ)のところにも連絡は来ないという。△市の凹凸建設の仕事を最後に息を潜め、また秘密結社として<組織>は都市伝説のひとつとなっていた。

 ある日のことだ。俺の携帯に電話が入った。見たこともない番号だったが、仕事終わりに家に着いたばかりだったし、てっきり、建設課関係の仕事もしれないと「はい。お世話様です。建設課の日高ですが」と丁寧に電話に出た。

「私は拝屋礼(オガミヤ レイ)という者ですが、八ヶ谷峠の廃村の撤去の担当は日高という人だと聞いたので……」

 確かに俺だった。過疎化で廃村となった八ヶ谷峠の建物の撤去の担当だった。あのとき△市は財政難だったが、市長が大物政治家と繋がりがあるらしく、公共の建物や公園を一新していた。最後に行った大工事が廃村となっていた八ヶ谷峠だった。あまり印象になかった。ただ村の近くに樹の根が張り出して作業車が入れず、まずは道路を作ったことを覚えているくらいだ。

「はい。自分です」

「<組織>といえばわかりますか?」

 様々な感情が沸き起こるが、その感情は口を動かすことなく、ただ俺は押し黙った。

「話したいことがある」

 電話の向こうの拝屋と名乗る人物は俺の沈黙に心情を察したのか、素で話し始めた。

「俺もだ」

 俺もそれに応える。

 拝屋は「八ヶ谷峠の廃屋の撤去は凹凸建設によって行われただろう? それは<組織>と繋がりのある建設業者だった。君は<組織>の構成員か? それで廃屋撤去の際、なにかが出てこなかったか? 遺跡、遺体、特殊な物品でもいい。ああ、あと<組織>の後ろ盾は期待しない方がいいぞ。<組織>はこの地域ではもはや力を失って……」などなどを一方的に話した。

「まず俺は<組織>じゃないし、むしろ<組織>を追っていた」

「追っていた? なぜ?」

「昔、高校生のとき仲間がおそらく<組織>に殺された。そして数年前に幼なじみが拉致られて行方不明だ」

「なるほど。では話すが、私のわかる範囲がいいか? それとも君が理解できる範囲がいいか?」

 聞いた瞬間、バカにしているのか、と怒鳴りそうになったが、言葉は真剣そのもので見下したようは口調ではなく、事実を事実のまま話したようだった。

「私もすべてを知っているわけじゃないし、憶測も含むが、君が<組織>を追っていたのならば、正直に話して欲しい。遺跡、遺体、特殊な物品などはなかったか?」

「ああ、なかった。あったら大問題だ」

「本当に?」

「ああ、あの頃、俺は<組織>を追っていた。凹凸建設が怪しいと思っていて、視察と称して足繁く通ったさ。あと八ヶ谷峠に興味を持ったN大学の教授も来た。なんでも昭和初期の用水ポンプについてだ。八ヶ谷峠は川の水量が少なく水田を作るためにわざわざ麓の用水路から水を揚げていたからな。ポンプや水田を掘り返して調べていた。まるっきりの外部の人間だ。つまり広く地面を掘ったし、監視もしていた。けれど、なにもなかった。お互い残念だが」

 電話の向こうで沈黙があった。そいつはおそらく俺と同じく<組織>を追っていたのだろう。そして俺が最後の頼みの綱だったのかもしれない。

「情報提供ありがとう」

「いえいえ、で、次はあんたの番だ。まず、遠山(トオヤマ)、イタチ、いや、安達か、それと将虎(マサトラ)。この名前を聞いたことは? もしくは△市の暴走族に関して知っているか?」

 短い沈黙の後、そいつは話した。

「それは聞いているかもしれない。<組織>の伝達員が行っていた仕事だ。リーダーが<組織>の重要な運送品を奪い、<組織>を強請(ゆす)ってきた。だが、それはリーダーの精神を蝕んだ。運送品の中身は怪異だったからだ。抗争の最中、それに殺られた」

 回りくどい話し方だった。

「それはなにかの喩えか?」

「君にわかりやすくいえば、<組織>の運送品は薬だった。リーダーはそれを少しづつ使用していた。さらなる薬が欲しくなり<組織>を強請(ゆす)っていた。結局、<組織>がリーダーを(そそのか)して、他の暴走族と抗争を起こさせた。抗争の最中、<組織>は相手のリーダーを誘導し、仲間に遠山を殺させた。<組織>はなにごともなく邪魔者を排除し、その罪を三人の少年に(なす)りつけた」

 これが<組織>なら電話の向こうのやつに会い、一発ぶん殴って終わりにするはずだった。そんなヤバいものの運送を少年に任せるな、と。いや、俺も大人になったのだろうか。怒りより、すべてを知れた安堵のようなものを感じた。もっとやり場のない怒りがあるかと思っていた。自分にがっかりするとともに静かに遠山さんを理解した。きっと、あのとき遠山さんも俺も少年だったのだ。そして、俺だけが大人になれただけなのだ。

「なるほど。あとは、△駅で行方不明になった南魚武(ナンギョ ブン)という人間を知らないか……」

 俺は詳しく話すつもりだった。ペンネームは南魚文でフリーライターをやっていたとか、オカルト関係の雑誌に寄稿してたとか、俺と同じく<組織>を追っていたとか、そういうことを。しかし、南魚と聞くと相手は俺の話を聞かず話し始めた。

「すまない。君に電話した八ヶ谷峠の話は、その件のことなんだ。君の友人を私は……」

 電話の向こうで頭を下げているのがわかった。回線越しにも相手の自責の念を感じる。

 しかし、そいつの話は知的な口調とは裏腹に絵空事ばかりだった。△市の裏にある▽町の存在。ミシャクジという存在により隔絶された場所に蠢く人外の存在。迷い込み、適応できなかった宇宙人。拝屋家の宗教。本来の人類の姿をみるために行われた特殊な検査。UFOの話……狂気に満ちていた。電話の向こうのそいつは狂人で現実と空想の区別がついていないのかもしれない。だが、一方でその混濁した認識の一端は真実である可能性もある。とにかく、いたずらに刺激して電話を切られないよう用心しながら相槌をして聞いた。南魚はその▽町の脱出前に特殊な検査を受け、立つのがやっとだった。疲れ果てて動けなくなった南魚を山道に置いてきた、という。

「あとで△市への帰路が確保できたら、戻って連れていくつもりだったんだ。しかし、結局、私たちは戻れず逃げた。南魚を見捨てる形で……もう通路は閉じている。だが、私たちが帰って来た瞬間、まだ八ヶ谷峠に通路は開いて繋がっていたとしたら、遺跡や遺物、南魚の遺体でも、あちらのものが、こちらに来ているかもしれない。もし、君が<組織>の構成員なら知っていることがないかと思っていたのだが……」

「喩えではなく、俺にもわかりやすくいってもらえますか?」

 相手を刺激しないように訊いた。さっきの遠山さんの話はそれでうまくいった。今回も話してくれるだろう。

 そいつはため息をした。呆れるというよりは深呼吸をして自らを落ち着かせようとしているようなニュアンスだった。

「△駅の地盤調査のおり、地下に古墳時代の遺跡がみつかり、調査があった。しかし、遺跡は一般的なもので希少価値も低かったので、建物の耐震性のために埋め立てられることになった。そこに<組織>は目をつけた。警察にみつかってはいけない違法な物品、遺体、犯罪の証拠品などを遺跡の空間に埋めるコンクリートとともに埋めようとしていた。それを私や南魚が知ってしまった。私は逃げることができ、潜伏していたが、南魚は<組織>に捕らえられた。拷問され、海に沈められるはずだったが、逃げ出し、△中央病院へ運ばれた。しかし<組織>は病院にいる南魚を拉致する計画をたてていた。それを知った仲間が、私に協力を仰いだ。私は仲間とともに八ヶ谷峠に潜伏することを提案した。あそこは廃村だが私の生家があり、土地勘もある。ほとぼりの冷めるまで潜伏しようと。しかし、<組織>の手が回る直前に病院から抜け出せたはいいが、追っ手が迫っていた。負傷していた南魚は山道は歩けなくなった。私たちはすぐに廃屋から担架を代わりの板を用意したが、戻ったときにはもう南魚の姿はなかった。おそらくは<組織>の手によって殺された。八ヶ谷峠は岩が多く深く掘れない。山菜採りにくる人も多い。遺体を運ぶには山道は険しい。そんなに早く帰れるわけはない。埋めるとしたら廃村の田んぼか畑くらいだ」

「遺体はなかった」

 畑は小さく、ほぼ田んぼだった。そのすべてを掘り返したわけではないが、山間部の耕作地の耕土の深さは、たかが知れている。人が埋まっているなら腐敗すれば盛り上がる。時間の経過とともにわかるはずだ。

「そうか、では南魚の遺体は別の場所に運ばれたのだろう……違う、だが違うんだ! 始めにいったことが本当のことなんだ! 君は次にいった方を信じるんだろう? でも、それは真実ではないんだ!」

 男は少し取り乱しているようだった。

 しかし、少しの沈黙のあと冷静を取り戻したのか「取り乱して、すまない。では、遺体はなかったか」と少し寂しげにいった。

「ええ、ありませんでした。情報ありがとうございます。それに<組織>から南魚を逃がそうとしてくれていたんですね。重ね重ねになりますが、本当にありがとうございます」

「いや、礼はいらない。本当にすまない。では」と一言いうと電話が切られた。

 だが、拝屋から話を聞いても南魚が死んだとは思えなかった。なぜかどこかで生きているような気がする。遺体がみつかってないからそう思えるのだろうか。もしかしたら生きているかもしれない。<組織>にやられて必要以上に潜伏している可能性もある。あの拝屋の話をメモしておいてやるか。南魚が帰ってきたら喜ぶかもしれない。

 あいつはいずれ世の中がひっくり返るようなことが起こるといっていた。そのために自分のような記者がいるのだと。しかし、あきらかにしたのはただの犯罪行為で無念だろうか。いや、オカルトなできごとの一端を掴んで隠れ逃げている最中かもしれない。

 あの拝屋のいうことも南魚なら素直に信じたのだろう。そして記事にして雑誌を買った人の目を楽しませたことだろう。世の中がひっくり返らなくてもあいつにはあいつの生きる意味があるのだ。

 突拍子もない電話だったが、完全に奇抜な妄想だとも思えない。そもそも、この世界はなにがどうなるのかわからないじゃないか。

 この世にはただ無知と闇がどこまでも広がっているのだ。

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