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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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夜子と雫

 私は土偶を教祖様へ投げつけた。

 もちろん、プロジェクターに映し出されただけの教祖様だ。身体をすり抜けて壁に当たって粉々に砕け、床に散らばった。そして、教祖様がいった言葉が胃袋から逆流する不快感のように湧き上がってきて、ブチ切れた。


 もうこんな茶番つき合っていられるか!

『本来、自分はここにいるべき者ではない』

『本当の自分は今の自分ではない』

 誰もが惹かれるようなかっこいいこといったと思っているだろうが、私の逆鱗に触れまくってるぞ、雫。しかも、雫、その言葉はおまえ自身が感じていることなんじゃないのか?

 自分は霊能者で他人にはみえないものがみえてるとか、お祓いができるとか、運勢がよめる、変えられる? あまつさえ、霊力で現実を歪めることだってできる? そんな他人とは違う特別な人間になりたいって、欲求をぺらぺら喋っているうちに本当にそうなったとでも思っているのか! そうやって誰も共感できないような特別な人間なんてつまんないだろうがよ! だから私以外、誰もつき合ってくれず、いつも教室で孤独なんだ! わかるか? だからおまえはひとりぼっちなんだよ! それを孤高だと気取って誤魔化しやがって、寂しがり屋の中二病患者め!

 泣きそうだよ、私。

 おまえのいった通りなんだよ、私は。

 おまえとはまったく違った理由で、その言葉通りなんだよ、私は!

 記憶がなくて、心細くて、いつも思っている。私は『黒咲夜子』の皮を被った宇宙人かなにかじゃないかって、『本当の自分は今の自分ではない』んだよ。『本来、自分はここにいるべき者ではない』って、常に思っているんだよ。ここに、この姿でいるべき『黒咲夜子』は私じゃないって思っているんだよ! じゃあ自分は誰だよってハナシだよ。皆が望んでいる以上、皆が望んでいる『黒咲夜子』になるしかないじゃないか! 私が私自身だと思えるのは二十二歳の黒咲夜子と十七歳の黒咲夜子とハッキリ分けて話してくれる雫、おまえだけだと思っていたんだ。だから茶番にも必要以上につき合っちゃった。想い出づくりのハイキングなんていわれたら、馬鹿みたいにはしゃいじゃった。おまえの上手いんだか下手なんだかわからない歌だって大好きだ!

 けれど、いまのその言葉は許せない。

 私は叫んだ。

 わけも分からず感情だけのイキモノになって叫んだ。

 ずっと肺腑にわだかまっていたすべてを振り絞って、木の棒を掴んで肉食獣に立ち向かう原始の人類みたいに叫んだ。

 私はこの廃神殿で荒ぶるひとつの嵐だった。

 私はお姉ちゃんでもないし、黒咲家の長女でもないし、△高の優等生でもないし、二十二歳でもないし、UFOに拐われた記憶もないし、そもそも過去の記憶もないし……ないないづくめのなぁんにもない十七歳のひとつの嵐だった。

 気づくと辺りはすべてボロボロだった。なんのために祀られていたのかわからない土偶も、並べられた貴重そうな土器も、異貌の教祖様の写真も、もともと壊れていた木椅子も、幾何学模様の壁も、昔、信者が大切にしていたもの一切合切を……全部めちゃくちゃのボロボロにして、めちゃくちゃのボロボロなだけの空っぽな神殿をみて、なんだか晴れ晴れした。


 嵐が過ぎ去ったあとは澄んだ眩しい空と潤んだ大地があるようにすべて吐き出した私の心も同様だった。

「夜子!」

 雫が神殿に入ってきていた。私に駆け寄り抱き着きながら泣きはじめた。雫の体温は高く汗にまみれていた。そりゃ、大声で朗々と呪文を唱え、あっちへいったり、こっちへいったりだったから大変だったんだろう。だけど抱き着かれて、不思議と不快感はない。

「ごめん、ごめんね」

 私の胸にすがるように謝っていた。私の激情の理由がわかったのだろうか、私だってどうしてこんなにも怒ってしまったのか詳しく話せ、といわれたら「ムカついたから」としかいいようがない。だけど、伝わっていたなら全部、帳消しにして許してやるか。ちょっと楽しかったし。

「二十二歳の黒咲夜子にあなたを守るように頼まれたのに危険な目にあわせちゃって」

 そっちかよ! ここまできて、あくまで設定か! と突っ込みたかった。

「ううん、いいのよ。拝屋さん。たぶん、そのために黒咲夜子がここにいた。だから、あなたが今、ここで拝屋の怪を終わらさせることができたんだ。あなたの真言はずっと聞こえていたよ。こちらこそ、ありがとう」

 気が動転していたのだろうか、それとも茶番につき合いすぎて反射的に反応してしまったのだろうか、私の言葉でないような言葉が出てきた。

 こりゃ、私も雫にかなり毒されているな。

 雫の頭にポンと手を置き撫でた。

「それ、イケメンしか許されないやつ」

 雫は私の手を払って怒ったが、私はまた同じように頭を撫でた。

「私より先に彼氏つくるなよ」

 寂しくなるからな。

「やなこった」

 雫は当然のことのようにいった。

 私はその言葉が嬉しかった。

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