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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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黒咲と拝屋の神

「よし! じゃあ、ミッション開始っスな」

 屈伸をしてアキレス腱を伸ばし、肩のストレッチをしながら雫にいった。雫の目に私はこれから試合に臨むアスリートにみえるに違いないと雫の顔をみたが、呆れた顔で「リラックスしすぎじゃない? もうちょい緊張しなよ」と注文がつけられた。なかなか設定狂で気難しいやつだ。いや、でもなにか気合いの入った仕掛けとかあるかもしれないし、緊張した顔でもつくってやるか。

「ごめん。だってあんまり緊張すると『奴』に飲み込まれてしまうと思うから……」

 私は額からにじみ出た汗(最近、運動不足で山登りと準備運動ですぐ汗が出てしまう)を拭いながら適当な中二病的発言をすると「なるほど」と雫は納得してくれた(雫の設定をよく聞いておくんだった。というか『奴』って誰だよ)

 そして、旧拝屋邸の異様に広い玄関へと入る。

 後ろからは雫が地面に青の格子柄のレジャーシート(私が貸してやったもの)を敷き、胡座をかき、その前に和紙に梵字が書れたものを置き、一心不乱に「おんあびらうんけんばざらだとばん」とよくわからない呪文? を何回も唱えながら指を複雑に結んで集中力を上げ入神(トランス)状態にまで高めているようだった。

 普段からよく歌を歌っているせいか、なかなかいい声量と澄んだ声が峠の村中に響き、臨場感がある。こちらもドキドキしてくる。これが明るい昼じゃなくて夜ならもっとよかったんだが、まぁ、仕方ない。

 改めてこの旧拝屋邸をみるとおかしな建物だ。新興宗教の建物はシンプルなものが多いような偏見があったが、奇妙かつ複雑な幾何学模様が木造建築にびっしりと刻まれており、要所要所は寄木細工のように木と木の色合いを混ぜ合わせたような場所まである。そしてその幾何学模様と混色具合が平衡感覚をずらせるような作用もあるかもしれない。なかに入ると建物の大きさがよくわからなくなる。それはこことは別の異世界のような雰囲気を醸し出していた。しかも通路がよくわからない。入るとすぐに左に回る。もしかしたら、ぐるりと一周してから礼拝堂だか参拝所だがに着くのだろうか。

 それにしても通路一面、壁も天井にも幾何学模様が彫られたり描かれたりしている。混沌としているようにみえて、ある種の法則性というか一貫性がみてとれる。まさかとは思うが、これ、一個人が時間をかけて作業したのではないか、と疑った。もしかしたら雫の曾お祖父さんとやらが造ったのではないか、という想像力が働く。こんな精密で大きな建物全体を独自にデザインするのだ、無名の人ではないだろう。俄然、興味が湧く。家に帰ったら調べてみようか。

 まっすぐの幾何学模様の回廊の左側に大きな引き戸の出入口があった。風雨に晒されたためか、いまでは戸が外れており、そこは住居のようだった。

 なるほど、自宅の脇にこの宗教の神殿ともいうべき奇妙な建物を建て、ひとつの建物にしていたのかもしれない。

 少し悩んだ。なにかしら雫がイベントを用意してくれていそうなところは神殿のほうだろうか、住居のほうだろうか。

 だが迷わず住居のほうへ私は足を運んでいた。

 単純に好奇心が満たされそうだったからだ。現拝屋邸は住宅街の一角にあるなんの変哲もない家だった。正直、つまらない。いったい霊媒師とかお祓い屋はどんな家に住んでいるのか気になる。他人の家のクローゼットや冷蔵庫の中身並に気になる。

 家は木造建築だが、その一面、幾何学模様に彫られ、増築、改造されていた。彫られたり造形された幾何学模様は神殿のものと比べると拙いような印象を受ける。表現したいものが、まだあやふやなのだろう。一部、蔦や葉、動物がモチーフのものがちらほらみえ、神殿のなかのものとは比べられない。ここが創作の始まりという雰囲気だ。やはりこの幾何学模様は雫の曾お祖父さんによるものなのだろう。だが、これはいったい何のモチーフなのだろうか。この世のなにをモチーフにすればこのような多種多様で奇怪な幾何学模様が思いつくのかわからない。

 そんなことを思っていたらインスピレーションことを霊感といいあらわすこともあると思い出した。つまりこの発想は霊感によるものなんじゃないだろうか。雫の曾お祖父さんは霊感によってみえたものを形にしたのだろう。

 いったいなにをみたのか理解もできないが。

「おまえたちは霊感がない」

 急に声が聞こえた。一瞬、霊感について考えていたせいで、こんな幻聴でも聞こえたのかと疑ったが、八畳ほどの客間に三人の男の気配があった。

「あるにはあるが、みえる、祓うのが、やっとだ。繋がってはいない。あちらへ繋がり、姿形を捉えるだけでなく、現実として、こちらへ顕さなければな。霊能者とはいえん」

 誰かが囁くように説教をしていた。

 畳の敷かれた客間。隅に追いやられたローテーブルに三人がいる気配がある。なるほど、質の悪いプロジェクションマッピングかなにかだろう。

 いよいよイベントなのかもしれない。それを証拠にあれだけ響いていた雫の呪文が一切聞こえなくなっていた。

「わかるか? いま、何者がここに来ているぞ」

 目を凝らすと薄らと暗がりに老人がいた。その老人の前に男性と少年がみえる。少年は目元が雫に似ているような気がした。なるほど雫の父親だろうか。そして隣にいる男性が雫のお祖父さんで、説教しているのは曾お祖父さんということか。

 夜なら質の悪いプロジェクターでもある程度みえるのに、真昼間だからなんとなくしか映らないんだよなぁ、と機材がどこにあるのか後ろを振り返ったが、なにもみえない。こだわるところが違うだろう、雫。機材を隠すより、もうちょい映像をなんとかして欲しかった。

 部屋の奥の暗がりに映る老人はこちらに歩み寄ってきた。

 その老人の顔はアーモンド型の目と低い鼻、退化したような口を持ち、日本人というより宇宙人に近い。あるいはそれを混ぜ合わせたような造形で日本人と宇宙人とそのどちらもにもみえる絶妙なバランスのデザインだった。あえていうならショッピングモールで歩いていても少し変な顔だなぁ、と思うくらいのデザインだ。どうやってデザインしたのかわからないが、雫は意外にも才能の塊なのかもしれない。

 言い換えれば私の好きなデザインだ。こういうやり過ぎないデザインの映画とか観てみたい。いや、私が宇宙人が好きなことを雫に話したことがあったかもしれない。そういう情報から色々、楽しませてくれているのだろうか。

「この者がみえるか? 霊でも怪でもない。おそらく時間の壁を超えてきた者だ」

 私を指差し老人がいうと男と少年は戸惑い、老人の指先をみたが、あくまで指の先の空間をみているだけのようだ。

 なんか老人の指が目障りだったので持っていたライトで払うと、老人は驚愕の表情を浮かべながら消えた。

 なるほど廃墟で私が歩き回っているせいで埃が舞うのだ。だからそこにプロジェクターの光が当たり、映像がみえるのかもしれない。今も埃が日光にきらめき、光の結晶のように廃屋のなかを舞っている。チンダル現象とかそういうものなのだろう。それを利用して映像をみせるとは雫、凄いな。

 それにしても軍手やライトよりマスクを持ってくるんだった。昨日の夜、浮かれてリュックにいらんもの詰め込んでいた私にいってやりたい。

 いつの間にか雫の呪文が聞こえていた。定位置に戻ったのだろうか。これでしばらくイベントはないのだろう。それにしても怖がらせるにしてはやっかいな設定が邪魔していまいち怖くない。雫の話した設定をよく聞いておけば、もう少し楽しめたのだろうか。

 とりあえず、宇宙人顔の曾お祖父さんが悪者で八ヶ谷峠の悪い霊能者なのだろう。そしてお祖父さんもお父さんも敗れ、その子孫である霊能者の雫と記憶喪失の神秘的な美少女の私が曾お祖父さんを倒す、とかいう話に違いない。

「よし! やってやるか!」

 ライトを持ちぶんぶんと振り回した。廃屋に舞った埃によりライトの光はまるで巨大なライトセーバーでも振りかざしているようにみえた。


 気合いを入れたにもかかわらず、それからイベントはない。だいたい真昼間に肝試しもないだろう。ただの廃屋探索だ。他人の家の探索は楽しいといえば楽しいが、こんな汚いとこではなく、単純に生活感のあるクローゼットとか冷蔵庫とかのほうが気になる。いや、自分でいっておいてなんだが、そういう趣味やフェチズムがあるわけじゃない。単純に好奇心だ。

 そうそう、廃屋探索でわかったことは居住区はおそらく曾お祖父さんが亡くなった後は信者の詰所かなにかで当番制で泊まれるようにしていたようだ。客間の隅に追いやられたローテーブルも部屋の真ん中に布団を敷くためなのかもしれない。日誌のようなものまであったが、書いてある内容は当番の名前と清掃などの作業内容、信者が何人来たか、くらいでなんの面白味もなにもない。それも信者の数は少なくなっていき、二十年くらい前の記載を最後に使われた形跡はない。もっと、『死』とか『呪』とか、赤い文字がびっしり書かれたページがないか期待したが、そんなものもなかった。

 居間の奥の襖を開けるとおそらく本来、仏壇が置かれていた場所なのだろう。仏壇はなく、教祖である曾お祖父さんの顔写真が飾ってある。さきほどプロジェクションマッピングでみた人よりは人間味があり、温和な印象で大きなつり目がこちらをみて優しく微笑んでいるものだった。そして梵字が書いてある紙が壁に貼り付けてあり『オンはお願いします。アビラウンケンは胎蔵界大日如来。バサラダトバンは金剛界大日如来』と梵字の説明がしてあった。細かな説明文は薄くなり消えかかっていた。これだけだと意味がわからないが、信者にはありがたい呪文なのだろう。そして、神棚があったであろう場所はただの何も無い棚になっており、その棚には埃があるばかりだ。

 私は居住区をあとにした。その回廊は住居区から神殿に向かうと幾何学模様が複雑になっていくように感じ、神殿に向かう度に異世界に誘われるような雰囲気がある。信者にしてみれば参拝所だか礼拝所だかに入るときに敬虔な気持ちになったのではないか、と思ってしまう。

 神殿のほうに向かいながら考えていた。

 新興宗教ならなにかしら教義があるのではないか、と思っていた。もちろんうまいことをいって信者を社会的に孤立させ、宗教に頼らせ、お金を吸い込み、教祖様がウハウハなやつだ。しかし、教義らしきものすら、いまのところみていない。村ひとつを心酔させきったものとはいったいなんだったのだろう。この彫刻や造形だけではテレビの取材が来て少し賑わい終わりだろう。

「知りたいか?」

 幾何学模様の不気味な回廊を歩いていると隣に私の後ろから声がした。振り返るが誰もいない。しかし、雫の呪文が聞こえなくなっている。つまりはこの声は雫だろう。ボイスチェンジャーかなにかで話しているのだ。

「それは違う。そして、あれは雫というのか。なかなかの霊能者だな。あれだけはっきりと身体の一部が変調した巫病済みは久しぶりに出会った」

「あなたが誰だか知らないけど」

 少し、ドキドキしている。私個人の意見だがやっぱりホラー映画は恐怖の存在がまだみえないときが一番ドキドキするのだ。ここは雫の肝試しに乗ってやろう。中二病的発言は得意ではないが「私は……いや、拝屋雫と黒咲夜子がこの八ヶ谷峠の怪を終わらせにきた」とみえない敵に向かってキリっと言い放った。我ながら決まったな。

「拝屋? というと私の曾孫か……なるほど、だから、あれだけの霊力を」

 自分でいってて恥ずかしくないか? 雫。

「ということは、あなたは雫の曾お祖父さんの……」

 いやいや、突っ込みはなしでつき合ってやるか。

拝屋樹(オガミヤ イツキ)だ」

「それで? 私たちの邪魔をしに黄泉の国から舞い戻ってきたってこと?」

「いや、私は死んでない。もう死ぬことはない存在だ」

 きたよ、きたきた。あったよなぁ、そういう新興宗教。教祖様の死体を死んでないって自宅に置いて、あまりの腐臭にご近所さんに通報されたってやつ。

「私は人間本来の姿になっただけだ。そして幾多の信者も」

「はぁ。設定甘いよ」

 もう少し、シリアスにいくつもりだったが、ため息とともに思わず突っ込んでしまった。

「何? 設定?」と戸惑う教祖様の声を遮りながら私はいった。

「そんな数の人が居なくなったら警察が動くし、記録にも残るはずだ。私は五年間、行方不明になったけど、そりゃあ、家族は大変だったみたいだし。それが村ひとつなくなるくらいじゃあ、大騒ぎでしょ? 盛り過ぎだって、せめて数人くらいならリアリティあったんだけどなぁ」

「もちろん段階を踏んでやったさ。大騒ぎになってもらっても困るし、人の身体も様々だ。早く成れる者もいれば、遅い者もいる。この日本で年間八万人もの行方不明者がいる。年間数人なら誰も気づかないさ。それに私たち団体に関する情報を得ながら、意図的に隠してくれた謎の<組織>もいたようだ」

 なるほどそういう設定か。一応、納得してやるか。

「それで? 人間本来の姿ていうのは? あなたみたいにリトルグレイとレプタリアンと日本人の合の子のヒューマノイドになること? つまり霊的な姿は宇宙人てことになるけど。やっぱり霊的にも文明化も人類はアヌンナキの影響下にあるって設定?」

「酷く誤解があるようだ」

 こっちはあんたの設定につき合っているんだ。ちょっとはこっちの設定にもつき合ってくれよ。なんかシリアスに好き勝手いったせいか、顔が真っ赤になっているのがわかった。

「神だよ。私たちは(いにしえ)の神と成った。そして人間が来た高天原(タカマガハラ)へいく準備だ。■■様たちが先導してくださる。ただ、何者かが道を塞いでいる。■■様たちより上位の存在の鱗の獣だ。太古の昔、私ら人間が何処よりか呼んだらしい。ミシャクジと名づけられたそれが邪魔なのだ」

 人の口から発音されたとは思えない名前が出てきた。なぜかその言葉を耳にすると肌があわ立ち身体が震えた。日本語表記できそうもない。だから■■とする。

「それで? 信者たちとともに力を合わせてミシャクジを退けて、高天原だかエデンの園だかにいけばいいじゃない」

「人が足りない」

「人手がないなら重機でしょ? 建設業の方に頼んだら?」

「人でなくてはならない。人が大勢、本来の人になればミシャクジは退くのだ。■■様たちが仰っておられた。感じたことはないか? 『本来、自分はここにいるべき者ではない』『本当の自分は今の自分ではない』と現実と社会に歪みが出来上がりつつある。こちらの世界では私たち人が生きるには不十分なのだ。そこに救いが現れた。私だ。耶蘇教のように原罪を赦すことを乞うわけでもなく、仏教のようにすべてを諦めろと勧めるわけでもなく、回教のように存在しない神と契約するわけでもない。単純に元に戻るだけだ。私たち人が人の欲望のまま満たされる完全なる世界があるのだ。そこでは誰もがいるべき場所と思えるし、本当の自分にも出会える。私は機会を与えただけだ。いまでもこの△市に道があり……」

 私は話を無視して回廊を見物しながら歩いた。予想通り、ぐるりと一周して広間に出た。木椅子が朽ち果て散乱しており、祭壇にはみたことのある縄文土器が並べられていた。これは△市歴史民俗産業資料館でみたものと一緒だ。そしてその祭壇の中央に土偶があった。奇怪な蛇の尾のような手足に顔。そうだ、土器につけられた紋様は縄の紋様ではない。土器の紋様は鱗なのだ。この地方の古代の人々は蛇に願いを込めた。。

「話の途中なんだが、まったく、最近の若いもんは。人の話は最後まで聞けと先生にいわれなかったか? おまえは本当の自分に会いたくはないか? 本来いるべきところに行きたくはないか?」

 なぜだか教祖様の声は私をイラつかせた。私は土偶を手に持ち、壊れた木椅子の残骸の棒を手に握り締めた。

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