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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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▽町の南魚

 僕はいったいなにをみて、誰と出会ったのだろう。

 そこはただ古い遺跡の一部だった。なんとなく都市伝説で即身仏がみつかった石室を思い出した。それがみつかったとき、殺人事件が起こったかのように辺り一面に血が付着していたというものだ。一応、写真を何枚か撮る。それなりの好奇心は刺激されるが、僕の望んでいた好奇心の満たされ方ではない。

 なにか発見があるのではないかと潜入した△駅構内の工事現場は、崩れかかった遺跡の調査とその撤去、地盤再補強のための工事に過ぎないのではないか……オカルトめいた期待が暫時、僕に僕を出会わせただけなのだろうか。しかし、なぜこの石室に僕の服があるのだろう。夢の続きなのか。<組織>の誘いはまだ終わってないのではないか。僕の服がここにあるのは<組織>の仕業だとしたら「いつでもおまえの家に侵入できる」という脅しだろうか。

 梯子の上を見上げると駅の天井がみえ、その天井にはライトが灯っていた。いつの間に夕方になったのだろうか。僕がここに入ったのは昼前だったはずだ。天候不順で突然の大雨にでもなったということも考えられる。

 とりあえず、ここから出なくては。

 僕は考えた。この作業服のまま人に出会うより、普段着に着替えた方がいいのではないか。「ここに遺跡が発見された噂を聞いて、悪いとは思ったがこの工事現場が気になって入ってしまった」ということでいこう。作業服を着て作業員でないことがバレたら言い訳できる自信が無い。

 僕は素早く普段着に着替え、作業服を機材の陰に隠すと梯子を昇った。

 梯子をあがると、そこは白い防音壁もなければ工事現場もなかった。大きな赤い鳥居のある無人の駅構内が照明に白々と照らされるばかりだ。外は黒雲に覆われ暗く、なにか恐怖心を否応なく掻き立てる。いや、なにかがおかしい。空気が、影が、光が、すべてが僕を拒むかのような気配がある。みつかってはいけない、と強迫観念にも似た本能的思いが湧き上がり、鳥肌となって現れた。

 僕はパーカーのフードを目深に被り、とりあえず、自宅に戻るべく駅を出た。車やタクシー、バスが行き来する場所には人陰がみえる。その数人と目が合った。それがたまらなく恐怖心を掻き立てられる。僕はそれらを避けるように歩き、人気のない場所を探しながら歩く。心臓は跳ね上がりうるさいくらいだ。なぜ僕はこんなにも恐怖と不安に取り憑かれているのか。突発性の精神病かなにかだろうか。とにかく安心できる場所にいって一息着きたかった。

 空は暗く深い雲が立ち込めていた。いまにも雨が降りそうではあるが不自然に乾いた空気が頬を撫でる。そして町を歩くと知っているはずの町なのに見たこともない場所に出た。

 町の真ん中に大きな川があるのだ。確か昭和初期の干拓事業や堰、ダム建設により川は小さいものへと変わったはずだが、その川は大きく、県道があったはずの場所を悠々と流れている。

 その河川敷には畑があった。幾人かの人が軽トラックを畑に近づけキャベツや白菜などの葉物野菜を収穫していた。そのなかにみたこともない野菜を収穫しているおばさんがいた。その野菜を地面から抜く、遠目には根っこが赤ちゃんのようにみえた。そんな野菜はみたことがなかった。もしかしたら、ジャガイモかサツマイモを見間違いたのかもしれないとみていると、その野菜の葉を切り、胎児に似た根だけを血のように赤いビニール袋にいれた。なにか、みてはいけないものをみた気がして、僕は目を背け歩く。

 いったいなにがあったのだろう。僕が工事現場の縦穴に入っているうちになにかが変わってしまった。とにかく、対岸に渡らなくてはと橋をみつけた。しかし、こんな橋が△市にあっただろうか。その橋の欄干に目をやると『▽大橋』と緑青に錆びた銅板が目に入った。

 ここは△市ではないのだ、と悟った。

 瞬間、肩を叩かれ、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。

 振り返ると、警官の格好した二人組が僕に話しかけてきたのだ。話しかけてきた、といったが、正直なところどうなのかわからない。なぜなら、彼らが話す言語がまったく理解できなかったからだ。

「僕は南魚武というもので」と日本語と拙い英語で話してみたが、ふたりは怪訝な顔をしだし、ひとりはトランシーバーで連絡しているらしい。もうひとりは僕の言葉に熱心に耳を傾け、理解しようと謎言語で話かけてくれている。

 僕は閃き、スマホのグーグル翻訳を使おうとしてスマホを出したが、そこには謎の文字が表情されており、なにがなんだかわからなくなった。それを覗き見た警官ふたりの顔が青ざめた。

 警官の口調は激しさを強め、質問から詰問へと変わってゆくのがわかった。僕は慌てて名刺や車の免許証なら信用されるかもしれない、と慌てて取り出し渡した。警官ふたりは疑惑の表情から確信の顔へと変化し、顔を見合わせて頷いた。僕はようやくわかってもらえた、と安心したが、警官はふたりは僕の腕を掴み、手に手錠をかけた。


 こんな話を聞いたことがあった。

 異世界へと迷い込む話だ。管理人と名乗るおじさんに注意を受け戻されるというもの。普通に道を行って戻ったが、二度とその場所には行けなかったというもの。不思議な体験をしたが、なんやかんやで戻れるというものだ。それがネットの体験談でよくあるものだ。

 こういう話は最近に限ったことではなく、古くは天狗にさらわれ馬糞を食べさせられ、神通力を得た話や、異界に行ったが祖先に助けて貰えた、などなどの話が怪談や昔話にある。

 僕の状況もおそらく同じだろう。

 話は通じないが、文字は同じ日本語を使っているようだった。欄干の橋の名前も読めたし、警官の服にあるという刺繍も読める。しかし、不思議なことに僕の出したスマホ、免許証、名刺の文字はまったく読めない文字へと変化していた。

 二通り考えることができる。書いてある文字が変化したか、それとも僕自身が変化したか、どちらにせよ、早くここから逃げなくてはならないことは確かだろう。しかし僕は手錠をはめられ、窓に鉄格子のついた一室に座らせられ、謎言語で先程の警官の上司と思われる禿げて側頭部にしか髪のない男に事情聴取されていた。

 だが言葉に壁があり、そもそも話ができないのだ。一向に埒が明かない。筆談ならいけそうなので「紙とペンを用意して欲しい」と身振り手振りで説明したが、「上からの命令で紙とペンは渡せない」と身振り手振りで返答された。そして「待て」と手振りをされたのを最後に机の上に置かれたスマホや免許証、名刺を再び取り上げられ、また僕ひとり、部屋に閉じ込められたままとなった。

「待て」と手振りされてもいつまで待てばいいのかわからない。話のわかる人を連れてくるのだろうか? それにしてもここはどこだろう。

 仮にここを▽町としよう。僕は△市の駅の地下へと行ったはずだ。<組織>が隠してあるであろうなにかをみるために。しかし、▽町へと来てしまった。これはどういうことか。

<組織>は△駅の地下と▽町の地下が繋がっていることに気づいていたのだろう。それで僕を罠にはめてここに送り込んだ。なぜだ? 僕がここにきて<組織>はなにか得になることはあるのだろうか。いや、人命軽視の秘密結社だ。単純に繋がっているかどうかの実験してみたということも考えられる。

 どうやったらここから出られるのか。△駅と▽町が繋がっているとしたら△市にあった七つの場所……僕がなんらかの封印と思っていた場所が▽町からの出入口かもしれない。いや、ちょっと待てよ。そこを工事をして再封印をしていたはずだ。急がないと塞がれてしまうのではないか。焦る気持ちばかりがつのる。どうにかしてここを出なくてはならない。

 僕はドアの向こうにいるであろう人(見張りがいるはずだ)にどうにかして出して貰えないか頼んだ。しかし、一向に反応はなく、僕がドアを叩く音だけが虚しく響く。トイレに行きたいんだ、お腹が痛いんだ……しかし、言葉が通じず、ドア一枚隔てている状況で誰かが反応してくれる様子もない。

 なかばあきらめ、椅子に座り、とりあえず落ち着こうと目をつむると外から夕方六時を告げる町内放送であろう音楽が流れてくる。その音楽は『ゆうやけこやけ』でも『うさぎおいし、かのやま』でもない。まるで念仏のような放送が流れていた。


「どうした?」

「八方塞がりでさ」

 気づくとテーブルの向かいに船長が座っていた。相変わらず、お気に入りの宇宙服のヘルメットを被っている。

「せっかくここまで来たんだからゆっくりしていったらいいんじゃないか?」

「そうだね。帰るより、ここがどういうところなのか、はっきりさせたい欲求はある」

「でも良かったよなぁ」

「なにが? 良かったことなんてひとつもないぜ」

「警察に捕まったからさ。警察は一応は管理している側だからな。これが一般人……いや、管理される側に捕まっていたらどうなっていたことやら」

「君はなにか知ってるのか?」

「君と同様くらいなら」

「じゃあ、助言(アドバイス)もなしか」

「同様くらい、だから君より少し知ってる部分は多いよ。例えば、ここからの脱出方法を知っているとしたら?」

「是非とも訊きたいね」

「君と僕、どちらかが残る。するとどちらかが脱出できる」

「ごめんだね。誰かを犠牲にして助かるなんてさ」

「自分自身だから犠牲にしても罪悪感なんてないだろう?」

「でもこうやって話す相手がいないのも寂しいものさ。君だって、犠牲を払いたくはないだろう? だって君はアームストロング船長のヘルメットを被っている。じゃあ、僕はバズ・オルドリンだ。そして僕らはアポロ十一号ということになる」

「僕と君の暗喩(メタファー)だね」

「我ながらいいこといったと思ってる」

「でもひとり月に残して、地球に戻った人がいるなら、君はその人を責めるかい?」

「責める理由がない」

「というと?」

「自分自身の半身だから、これこそ自己責任さ」


「起きて下さい」

 女性の声と肩を揺すられて起きた。

 僕はテーブルに突っ伏しながら寝ていたようだ。辺りは完全に夜となり、部屋には照明が煌々と照っている。僕の目の前には白衣を着た女性いて、肩を揺すっていた。その後ろには大勢の白衣の人が立っている。そして向かいの席にはひとりの頭髪のない老人が座っていた。

 その老人がなにかを話すと女性は「私の言葉はわかりますか?」と話した。女性は通訳らしい。

「あ、はい」と僕が答えると、老人は冷静にこちらをみていたが、後ろの大勢は押し殺したどよめきが湧き上がった。

「あなたはどこから来ましたか?」

 通訳の女性の顔をどこかでみたような気がした。ショートボブが似合う丸顔で、キリっとしたやや強い目線をメガネで隠しているような雰囲気がある。しかしこんなにもストレートじゃなく、少しクセ毛だったはず、というところで彼女の名前を思い出した。

黒咲夜子(クロサキ ヤコ)さん?」

「いまは質問のみを答えてください」

 後ろに立っていた白衣のひとりが老人に話かけて、老人は黒咲さんを柔らかく叱責したようだった。

 黒咲さんは「わかりますか? いまは質問に答える以外は話さないでください」と繰り返しいうと、また白衣のひとりが老人と話し、老人は頷きながら返答していた。

 黒咲さんは僕の方に顔を向け老人の言葉の通訳を待っているようだったが、僕をじっとみていて、僕と目が合うと口だけ動いた。

『あとでたすける』

 状況が理解出来た。

 僕の言葉がわかる人がこのなかにふたりいる。黒咲さんと老人の脇にいる白衣の男。言葉がわかるならば男がすればいいはずだ。わざわざ黒咲さんに通訳をさせるのは黒咲さんよりは言葉を理解できていないのかもしれない。だが、なぜ僕の発する言葉に警戒するのかはわからない。ただ僕は彼らからただならぬ敵意を感じていた。受け応え次第では僕はどうなるかわからないような雰囲気ではある。

 そして黒咲さんだが、なんだか女性として綺麗になった。化粧もナチュラルななかにも華やかさがあり……もしかしたら拝屋雫のいっていた二十二歳の黒咲夜子とは彼女のことではないだろうか、と思い彼女の顔をまじまじと不躾なくらいみてしまった。黒咲さんは気分悪そうに僕から目をそむけた。

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