補陀落渡海
「補陀落とはサンスクリット語でポータカラを意味します。インド海の南方にある浄土のことで、日本にもその考えが仏教の伝来とともにやってきました。補陀落渡海とは補陀落浄土を目指して僧が挑む修行といいましょうか。口減らしという説がある? いや、口減らしにしては選ばれるのは僧ですし、一部ではこの世を儚んだ武士だったりしますから、やはり宗教上の信仰なのかもしれません。
渡海の際の船には社のような船室が造られ、そこに僧は閉じ込められます。外から釘を打ちつけてね。ええ、そうです。浄土にいくのに閉じ込められるのです。生贄? 仏教なのに? そうですね。そういう見方もできるかもしれませんが、その時代の人でないと我々、現代人にはその感性は完全に理解することは難しいのかもしれません。
その船室の四方に小さな鳥居が建てられます。まるで神道ですが、古来より日本は神仏習合なので仏教と神道が混じり合って信仰されていたのが、このことからもわかると思います。むしろ現代のように別々なものと分類されている時代の方が短いくらいだと思いますよ。
そして船室には約一ヶ月分の食糧と水、行灯の油などが積み込まれます。そして、他の船に沖へと曳かれて行って、補陀落への長い長い航海に出るのです。え? 選ばれた僧たちは信じていたのかって? 私は信じていませんが、やはり信じていたのでしょうね。たしか補陀落渡海に挑む僧を見送る人の中で羨ましがり泣く人までいたという記録もあるくらいですから。
ですが、江戸時代ともなると補陀落渡海にも終わりがみえはじめます。金光坊という僧が渡海船から脱出したのです。で、どうしたのかって? 民衆に捕まり、また無理矢理、補陀落渡海をさせられました。もう、この時代までくると信仰心も薄れてきたのかもしれません。これよりあとの補陀落渡海は死んだ僧を渡海船に乗せて見送るものへと変わりました。
補陀落へいった僧はどうなったって?
それは海の藻屑となったのではないでしょうか。もし、補陀落が存在したとして? なかなかの想像力をお持ちですね。渡ったのは高僧ですし、補陀落浄土で安らかに暮らしたのではないでしょうか?
その顔は納得してませんね?
補陀落渡海は即身成仏と同じ捨身行という側面があります。人の身を捨てることにより……そうです。人以上の者へと昇華するという側面もあります。
そうそう、補陀落に代表されるように日本には海の向こうには別の世界があるという信仰があります。つまりそういう世界にいき、その世界の人以上の神とか仏とかあるいは仙人に現世を良くしてもらおうという願いがあったのかもしれません。
△市にそういう信仰はあったか?
ないですね。隣の市は海がありますが、日本海ですし、補陀落があるとされるのは南ですしね。
工事現場から石室が発見され、なかから即身成仏が発見された?
え? この△市で、ですか? 聞いたことありません。都市伝説かなにかですか? 地下に……うーん、地下にも別世界があるというのは全世界共通の異世界のあり方ですよね。地獄とか黄泉の国とか。即身成仏も生きながら仏となる捨身行ですから、あながち……ん? 参考になった? もしかしてなにかの取材ですか?
すみませんね。聞き齧った知識しかなくて。若い人なんだからネットの方がもっと知識を得られると思いますよ。
人の話のほうがいいって、それは素晴らしいですな。
小説とかマンガのネタですか? それはそれは。
それよりはUFOの話なんてどうでしょう?
こうみえて私はMUに何度か取材されるくらいのUFO研究家なんですよ。いや、仕事は民族産業資料館の受付ですが。え? UFOはまた今度? いつでもお待ちしておりますよ。 そうそう、この△市にもMUのライターの方がいまして……そうです、南魚さん。ああ、結構有名な方だったんですね。その方なら幅広くやっていますから話を訊いてみるのもいいかもしれません。はい。では、また」




