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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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汚れた手帳

 その手帳は風雨にさらされ、紙は歪み膨れていた。

 もしかしたら水溜まりに浸かっていたときや、小川に流されたときもあったかも知れない。どういう経緯を辿ったのか知らないがどうにか読める箇所のみ抜粋する。


(表紙より数ページ、読解不能)


 夢を見つつあるときと同様の気配に常に包まれている感覚は抜けない。現実と区別された夢という状態の中にいると認識しつつ、私は夢と現実との区別のない一元的世界に生きているようだ。

 その夢は常に私に牙を向くような感覚があるが次第にここが私の生きるべき世界のようにも感じつつもある。家に残してきた妻や娘の雫はどうしているのだろう、と心配になることもある。だがそれは空腹が満たされ、十分に睡眠ができたとき、ふいに起こる白昼夢に近い。けれどそれよりは今どう生きるかを心配することが常だ。

 山の袂、木材を置いておくための建物のなかで彼との生活はもう一週間近く続いている。私はやつらの▽町までいき、食べ物らしきものを盗ってきては腹の足しにしていたが、彼はやつらの食べ物は身体に合わないらしい。一度食べたが、酷く嘔吐し、その後、衰弱が激しい。私は満ち足りたのに、この違いはどういうことだろう。病院に連れていこうにも▽町からは出られそうにない。そしてこの▽町の空気は彼には合わないらしい。酷く呼吸は浅く、たまに咳き込んでいた。

「すみません。具合がよくなったら行きましょう」

 彼はまだ希望は捨てていない。

 だが▽駅まで連れていくには体力の回復を待ってからだ、といっても歩くのがやっとの彼には難しい。


(数ページ欠損)


 新しい発見があった。

 やつらの服を着るとやつらには私は同様にみえるらしいことがわかった。ゴミ捨て場らしきところにあったボロの古着を羽織ったら、やつらは私に対して牙を向けようとはしない。だから人目を避け▽町の住宅地に干してあった黒いジャケットを奪った。これで活動範囲を広げられる。試しに無害だと思われるやつらの子供らの集団に何度か観察したが怪訝な表情をされるだけだった。しかし、何度も観察していたおかげで不審者扱いされたのだろう。大人たちに警戒されるようになったのでまた身を潜める。


 彼の様子がおかしい。私が誰かわからないらしく酷く怯えている。まるで私ではなく化物をみるかのようだ。幻覚まで見え始めたのかもしれない。部屋の隅で怯えていた。しかし、それも長くは続かなかった。視力を失ったのだ。▽町の光は彼を知らず知らずのうちに蝕んでいたのかもしれない。

「大丈夫か? もうすぐ<組織>が助けに来てくれる」

 私の慰めに彼は首を振った。

「<組織>の人間は来ません。いや、来れないのです」

 そういい、息も絶え絶えに話し始めた。

「私はここで死ぬかもしれません。そしてあなたはここから出れず、いつか、ここの住人となるでしょう。ですから真実をいいます。俄には信じられないでしょうが、<組織>とはあなたがた人類を多角的に観察するために社会に入り込んだ集団です。そして、あなたがたは我々とは違う次元からやってきた生物なのです。しかもこの宇宙に適応しつつある種であり、まだ違う次元にいたときの名残りもある。それが我々にとっては不思議でならない。ひたすら観察を続けました。そのなかで我々はあなたがたと条約を結び交流するか、あるいはこのまま距離を置くかで派閥がうまれました。これは長い年月討論がなされています。だが答えはこのまま距離を置く方に傾きつつある。あなたがたの行動心理は理解できる範疇であり、交流する価値はあるかもしれない。だが霊力とか、怪異とか呼ぶそれらは我々の理解の範囲を超え、恐怖の対象でしかないのです。しかし、我々は好奇心のあまり人類を長く観察しすぎた。あなたがたがこの宇宙にやってきた際についてきたと思われる怪異は我々を模倣し始めたのです。我々の科学を一切理解せずに。我々の乗物を模倣した乗物で同様の動きをしてみせた。しかも我々の真似て女性を誘拐したり牛を解剖したりした。すべて我々の技術を科学を解することなく模倣し、しかしその模倣は我々の科学力を凌駕し始めた。これは驚異でした。我々は近々、ここを離れるはずだった。人類の霊能者を利用して怪異を封じたのちに。私はこの仕事が終われば帰れるはずだった。……そもそも、古船テイアが地球に墜落したのが始まりだった。知りえなければ、余計な好奇心さえ持たなければ」

 最後は支離滅裂になっていき、あたりをはばからず絶叫した。そもそもこの話は深刻なばかりに侵食された彼の脳と心が彼の口から妄想を吐き出させただけなのかもしれない。この▽町ではなんだって起きる。その後、力を使い果たしたように静かに浅く早く呼吸するばかりになった。

 私は手を握り勇気づけたが、彼は力無く握り返すだけだった。

 彼は「私の名前は」といったきり、口からは判別不能の音が漏れるばかりになり、夜明けを待たず息を引き取った。その無個性の男の顔は歪んで崩れていき、髪は抜け落ち、丸く大きな頭になり、目は大きくアーモンド型で……。


(数ページ欠損)


 ようやく理解できた。

 空のうろこ雲を介してみえる発光体は太陽でも月でも天体でもない。あれは目だ。古来、△市の縄文の土器の文様は蛇紋だ。ミシャクジと名のつけた神はあの空にいる者だろう。

 ここは……


(以下欠損)

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