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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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黒咲と八ヶ谷峠

 雫とは瓶のことからよりいっそう仲良くなった。いや、仲良くとは、ていのいい言い方だ。単純に私が雫が大切にしていた瓶の中身(悪霊かなにか)をなくしてしまった引け目があるから雫のいうことにある程度従うしかない、といってしまった方がいいかもしれない。それを傍からみたら仲の良い関係にみえるだろう。仲のいい友人なら休日、買い物につき合って欲しいし、一緒に勉強するとか、遊びに連れて行って欲しいが、雫さまはそんな私の些事には興味がないらしい。まぁ、雫といれば少なくとも退屈はしない。

「臨兵闘者……」

 今日も目の前で呪文を唱えていらっしゃる。ちょっと前までの「オン、ナントカ、ソワカ」という呪文と複雑な指の運動だったのが、指の運動が縦横に手刀を切る単純な動作になり、呪文も変わった。おまじないの種類が変わったのはわかる。色々なものを試したいのもわかる。だが、それをまだ人がまばらにいる放課後の教室でやることはないだろう。他の人には雫の存在はみえないのか、声をかけられたことはない。おそらくは単純に関わりたくないのだろう。私だって色々事情がなければ、そちら側で奇妙なふたりを日常の一風景として横目で眺めつつ、静かに勉学に励むはずだったのだ。私の救いをもとめる視線に皆、憐憫の情の滲む瞳を向けるばかりだ。

「やっぱり、もういないな。まずはよし、と。あと記憶とか戻った?」

 なにがいるのか、いないのか。なにが良いのか、悪いのか、わからないが、おまじないで記憶が戻るなら苦労はしないし、そもそもそういった中二病な行為を教室で行うのはどうかと思う。

「ほんっとに夜子て心の声がだだ漏れていうか、裏表ないよね」

 正直者だといって欲しい。

「そうそう、休みにハイキングにいかない? ほら、これから受験勉強も大変になってくるし、夜子は修学旅行もいってないじゃん。夜子の学生時代の想い出づくりも必要だと思う」

 真っ直ぐな視線でにこやかに手を握られた。温かい雫の手のぬくもりになんだか癒された。少しおかしい子だがおかしさを差っ引けば単純に私を助けたいということだろう。その心根は有難い。


 ハイキングの当日、私は悔やんでいた。まずはハイキングの定義をお互い了承した後に計画を立てるべきだった。妹たちに「友人にハイキングに誘われて」と話、喜ばれ、アドバイスされ、妹たちから借りたややサイズの合わないアウトドアウェアに身を包み、リュックを背負い、駅までいったら、ウィンドブレーカーにジャージ姿で今から学校に部活に行くくらいな軽装の雫がいた。

「うわぁ、本格的だね!」

 そうだ、相手は雫だった。一般論とか常識とか通じないのだ。だが、今、駅構内でふたりのうち、どちらが常識がないかと問われれば私の方に違いない。歩く度にカラカラと鳴る熊よけの鈴が恨めしい。

「いやいや、本格的なのはいいことだよ。備えあれば憂いなしてね。さぁ、レッツゴー!」

 電車に乗り、着いた先はひとつ先の駅で市内すら出ていなかった。なにがレッツゴー! だ。

「まぁまぁ、これから行く八ヶ谷峠に見晴らしのいいところがあるらしいからそこで、お弁当でも食べよう」

 八ヶ谷峠なんて聞いたこともなかった。もっとも記憶喪失の私の記憶なんて当てにはできないが、妹たちによると登山かハイキングなら隣市のY山かK山くらいだろうといっていた。まさか聞き馴染みのない峠が出てくるとは思わなかった。

 駅からバスに乗り、降りた先はレジャーや観光スポットとは程遠い田んぼの中に民家が疎らにある田舎道が山へと続いている寂しい場所だった。

「まさかとは思うけど八ヶ谷って……心霊スポットかなにか?」

「ご明察!」

 はぁ、思わずため息が出た。まるで騙し討ちじゃないか。

「でもでも、景色のいい所だよ!」

 だが、ここまで来たのだ、このまま帰るのも惜しい気もしてきた。どんな辺鄙なところだろうと春うららかな山道を歩くのは悪くない。

「さぁ、レッツゴー!」

 山へ入ると山道という山道はなかった。簡単な舗装がしてあり、ぎりぎり車が通れそうではある。春の日差しは木々の葉を透し、薄明かりのように道を照らしており、耳には小鳥の囀る声が聴こえるばかりだ。道は所々、木の根が侵食してきており、アスファルトをゆっくりと力強く剥ぎ取っているようにみえた。まるでこの山だけ人類が去った後の地球のようだ。

「実はさ。拝屋家て八ヶ谷峠出身なんだよ」

 さっきまでYouTubeくらいでしか盛り上がらないような歌を歌っていた雫が唐突にいい出した。

「なんでも私にとって曾お祖父さんにあたる人が宗教を始めたらしくてさ。それで宗教法人とって世のため人のためて霊能力を使って人助けをしてたんだけど」

「霊能力でお金稼いでるだけで怪しいのに宗教て……かなりぶっ飛んだ家系だね」

「まぁね」と私の皮肉を満更でも無さげに受け取ったようだった。

「けれど、お爺さんもお父さんも嫌だったみたい。霊能力がある人は人助けをしなくちゃならない、みたいなことをいってたのにね。曾お祖父さんが宗教を初めてしばらくして八ヶ谷峠の村全員が教徒になったんだよ。他の地域から来る人たちもいたらしいから、人望もあったのかも。けれど曾お祖父さんが急死して教徒たちが新しい教祖さまを望んだけどお爺さんもお父さんも拒否して、いまの△市中央区に住むようになったんだ」

「じゃあ、これから拝屋教団にいって新しい教祖さまになりにいくってわけ?」

「いいね、それ! お供を引き連れて、教祖さまの御帰還! ってね。でも八ヶ谷峠はいまは過疎が進んで廃村になっているんだよ」

「へぇ、教団は?」

「お父さん、そのことについてはあまり話したがらないからよくわからないんだけど。ただ、調べてみると曾お祖父さんが亡くなった頃に宗教法人を解散している」

「じゃあ、村の皆さん、目が覚めたんじゃない?」

「それがよくわからないんだよ。本物の霊能者じゃなきゃ教祖になれなかったかもしれないし、もしかしたら祀っている神が悪いものだった可能性もある。霊能力云々ていったって科学じゃないんだ。あっという間に変化することはないんだよ。ただ、変化したものをあるがままの姿にするだけの力っていった方がわかりやすいかも。呪われたり、憑かれたりしているものを解く。運勢を読み解くとか、みえないものをみるとか……第三者からみたらなにが起こっているのかわからないくらいの力なんだよ。それを宗教まで推し進めるには第三者にも納得いくだけのデモンストレーションも必要になってくるんだと思う。そのためには霊能力とは違う働きをするものが必要だった……」

「曾お祖父さんがインチキもしてたってこと?」

「それを調べたいんだよ。インチキしてたらそれはそれでOKさ。ただもし、呪う憑く側の力を使っていたら? それが問題。お父さんはなにもいわなかったけど。それが今現在も作用していたら? ここ最近は△市がなにか嫌な雰囲気がしてるしね。この八ヶ谷峠には川があって△市に流れているし、昔から心霊スポットとして有名だし……」

「それを調べたい、と。それはわかったけどさ。なんで私が一緒なん?」

「霊感ゼロだから。あの瓶の中身に曝されても平気だったじゃん。だから心霊スポットの廃村でも大丈夫!」

 ハイキングの話はどこへいったのかと思う。結局、私を利用したいだけじゃないか。このまま回れ右して帰ろうかと思った矢先に山林が終わり、開けたところに出た。

 その春日に照らされた廃村には人影がまるでなく、打ち捨てられた年月にも関わらずその姿をそのままにしていた。遠間にみる分には物陰からひょっこりと人が出てきてもおかしくないくらいだ。おそらく山間の盆地にあり、強風に曝されないためかもしれない。ただ窓ガラスは心無い人たちによってか、割られている場所があるのが残念だが、そこから力強く萌える雑草が人の無力さを知らしめているようでもある。そして人がいるのが当たり前の風景に人がいないという廃村特有の寂しさがなんだか胸に迫った。

「来たかいはあったでしょ?」

 雫の言葉に応えるのが悔しくて、無言でスマホを取り出し八ヶ谷峠の廃村を撮りまくった。

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