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△▽の怪異  作者: Mr.Y
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戌角蓮、悩む

 すべては上手くいくと約束されていると思っていた。

 まるで苦労だとか悩みだとかネガティブな出来事は車窓に流れる風景みたいなもので、次から次へと目まぐるしく変化するが、それはあくまで向こう側で起こっていることで僕になんの影響も与えない。それは視覚であり体感として感じることはない。ただの楽しい風景として眺めるばかりだった。

 ところがそれが一変した。

 いつの間にか眺めていたはずの風景のなかに巻き込まれていた。目まぐるしく変化する渦中に掻き回され、翻弄される。打開する術を持たず、掛け違えたボタンのように状況は不快に歪んだまま、僕の意志とは無関係に振り回され続ける。

 なにが悪いのかといえば日高健のせいだ。<組織>の運送品を僕から先取りし、奪い、そればかりか(<組織>を脅迫するためだろうか)隠してしまったからだ。しかも最初の交渉で穏便にことを終わらせたかった僕をなんの躊躇いもなしに殴り(しかも闘争中に改造モデルガンまで失った)、<反組織>と名乗った。<反組織>? いったいなんなんだ? 聞いたこともなければ、報告した<組織>からもなんの情報もない。<組織>に匹敵する秘密結社があるのだろうか?

 もうなにがなんだかわからない。いっそ日高健を後ろから刺してやればすべては丸くおさまりそうだが、<反組織>というのが気になる。GPSアプリは相変わらずアパートの駐車場か市役所を指している。最近はもっぱらアパートの隣の部屋(冴えないクセ毛眼鏡の男の部屋だ)に泊まり込みで遊びに来ているし、僕が空き巣に入ったあとだ。きっと帰るのが怖いのだろう。だから隙をみて後ろから刺すこともできないわけじゃないだろうが、失敗続きの僕を<組織>は保護してはくれないだろう。それをしたら本当に終わってしまう。焦って日高健の家に運送品を奪い返しにいったのも悪かった。日高健のバイクにGPSをつけたことを<組織>に報告しようか、とも思ったが、そこまでして成果どころか失敗してしまった自分の無能さを開示しているようで報告する気にはならなかった。

 すべては裏目裏目に出てしまう。

 僕はなにをどうしたらいいのだろう。

<組織>からの目下の指示はこうだ。

『正直、この件についてはもういい。終了ということで、飲み会の話といこうじゃないか。では○月✕日午後八時頃、君のアパートに行くよ』

 当初、飲み会に誘ったのは僕だったが、失敗した後だ。てっきり、なかったことになると思っていたのにこれだ。<組織>の幹部がまさかこれだけ乗り気になるとは思ってもみなかった。よほど僕を気に入ってくれているのだろうか。そうなるとこれは失敗するわけにはいかない。まだ挽回のチャンスはある。

 正直、ここ数日は焦りに焦っていたが、明るい高校教師としてはなんとか取り繕うことができた。こういう二面性は天分のようなものだ。長年、一般人と<組織>の構成員というふたつの顔をもっていたせいかもしれない。いや、<組織>がダメなら社会人として、社会人がダメなら<組織>の構成員として生きてゆけばいいという逃げ道があるからか。

 いやいやいや……もっと真剣にならなければ、<組織>はどういった秘密結社か本当のところはわからない。抜けようと思って抜けられるものだろうか。僕は<組織>に様々な情報を提出し幹部とも話せるだけの立場になっている。もし、抜けるにしても危険でしかないだろう。

 とりあえず、飲み会のセッティングだけは取りこぼさないようにしたい。それにしてもなんで僕の部屋なのか理解に苦しむ。学生じゃあるまいし部屋飲みが好きな幹部とか、わけがわからない。それに幹部の好みもわからない。だがいままでの<組織>の性格の傾向からすると、なにも訊かずに満足のゆく接待することが、今後の僕の立場に影響を与えそうな気がする。

 レストランのような食事より単純なオードブルか、いや、学生時代、僕がレストランでバイトをしていた情報を<組織>は得ていて、その僕の料理のレベルを試そうとしているのか……いやいや、相手は秘密結社だ。その性格から考えるとなによりも情報漏洩に神経を尖らせているに違いない。きっと単純に僕の部屋なら人目につかず盗聴の心配がないからだろう。なるほど、と思った。そうなれば、かなり突っ込んだ話も出てくるに違いない。ひとり暮らしの僕が<組織>の幹部と話をするに相応しい料理となれば鍋くらいしか思いつかない。これならば大量に食材を買ったとしても怪しまれないし、春先だがここ最近は夜もなぜか冷えるときもある。うってつけだろう。

「今日はいい顔をしてますね」

 職員室の隣の席にいる橘先生がにこやかに話しかけてきた。

「最近、沈んでいたから、なにか心配事でもあるんじゃないかって、私、ちょっと心配でした」

「いえいえ、最近は少し夜寒いですから、ちょっと体調を崩してまして」

 適当な言い訳をしたが、内心驚いた。

 心配事を完璧に隠し通していたと思っていたが、橘先生は僕の心情を察していたのだ。橘先生は少しぼんやりというか、ほんわかというか、鋭さを感じさせない人だったので意外ということもある。

「ううん、そうじゃないでしょ? よかったら私にいってもいいんだよ」

 橘先生は少し声を落として僕に耳打ちするように顔を近づけていう。その声は女性特有の優しげな声で、どことなく猫を思わせ、耳を心地よくくすぐった。

 そして、まず思ったのは「そういえばこの人に告白したんだっけ」と「この女とはすぐ寝れるな」と思ってしまった。

 だが、いまはそんな場合じゃない。遊びは厄介事が終わってからだ。

 いや、このタイミングで僕が心配事をしていると、なぜ橘先生のような人がわかったのだろうか、もしかしたら<組織>の構成員なのではないだろうか。失礼ながら橘先生みたいな少しぼんやりとした人が僕の心情を察することができるはずはないように思えた。

「実は知人が×日の夜にアパートに遊びに来るんですが、気難しいやつでして、なにを出そうかな、と」

 遠回しにいってみた。<組織>の構成員だろうと幹部と接触するという情報は出回っているはずはないが、構成員ならなにか気づくこともあるかもしれない。

「それでしたら料理の好みを訊いて……だめ? じゃあ、スーパーでオードブルとかお寿司や刺身のようなものを……それでもだめなら鍋なんてどうでしょう。あっ、好き嫌いあってもある程度バリエーションがあればいいですから、串焼きとか。万が一、友人が手をつけなくても日持ちもしますし……お酒好きなら……」

 当たり前といえば当たり前だが、普通の返答が返ってきた。やはり構成員ではないのだろう。もし、<組織>の構成員なら誰と会うかを重点的に訊いてくるはずだが、橘先生は「気難しいやつ」というだけで納得している。となると、よほど僕のことをみていてくれているということなのだろうか。僕は遊びのつもりだが、この人は意外と僕に本気なのかもしれない。

 なんとなく橘先生と自分の関係性を考えると普段の自分が戻ってくるような感覚があった。

「ありがとうございます。参考になります。なんとかなりそうですよ」

「もしよかったら、その日、私も一緒に……」

「あっ、気難しいやつなんでサシで飲みたいていっているんで」

「あっ、そっか、ごめんね。買い物くらいつきあおうか?」

 そういえば、告白したはいいが、<組織>の運送品のゴタゴタで、それらしいことは何ひとつしてないことに今さらながら気がついた。<組織>関係の仕事が一段落したら、今度は橘先生と遊ぼうか。

「ええ、是非、お願いします」

「戌角先生て料理できるの?」

「こうみえても、学生時代、ミシュランの一つ星ですが、バイトで働いていたこともあります」

「凄いです!」

「ウェイターでしたけどね」

「もうっ、料理運ぶことができるだけじゃない」

「そうですけど、そのときコックと仲良くなって少し習ったんです。腕前は普通ですけど」

「え? じゃあなにがつくれるの?」

「今度、つくりますよ。それまでのお楽しみ、ということで」

 橘先生は嬉しそうに「楽しみにしてるね」といいながら幸せそうに笑った。

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